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婚約破棄からはじまる自分探し  作者: 一集
第三部 病弱少年からはじまる自分探し
21/35

5.前夜の訪問者



王宮内は紛糾しているらしい。


王妃陣営も王弟陣営も互いに一歩も譲らない。

票集め、ならぬ人材と人数集めも熱を帯びてきた。


いい加減どちらかに付かなければ情勢が許さない。


貴族たちはきれいに割れた。

二分である。

どちらに偏っている、と誰も言えない程だ。


これには仕方なしに消極的参加した貴族たちの意図も大きい。

互いに様子を見ながら思想や利権は二の次で、第一にバランスをとった結果である。


拮抗状態を作り出し、政治が乱れることを防ごうとしたのだ。


苛立ち、地団太を踏むのは玉座を狙う二人。

彼らの意図に気付かず、敵と差がつけられない状況に「なぜ!?」と憤慨を露わにした。


もう形振りを構っていられない。


「そんなわけで、合同演習だ」


どんな訳なのか、わかっていないのはアルトばかり。


「騎士団はまだ去就を明らかにしない。これが大前提だと二人とも忘れるなよ」


隊長が念を押すようにそれを繰り返すが、ロウはともかく、そもそもどうして自分まで隊長の部屋に呼ばれているのかもアルトはわかっていなかった。


「なぜ俺たち(第三騎士団)なんですか隊長。別に第一騎士団でも第二騎士団でもよかったのでは?」

「考えてもみろ。この微妙な情勢で、繊細なバランスが求められてるんだぞ。他の奴ら(あいつら)に出来ると思うか?」


ロウは隊長の言う「あいつら」を思い浮かべた。

第一騎士団は個人戦闘力ならば突出している。

第二騎士団は練度なら一番だ。


つまり、第一騎士団は脳筋の集まりで、第二騎士団は頭が居なければ役立たず、とも言える。


「その点、ウチなら明確な命令系統だけで三つはある。危急の事態でも細かい対処と判断が出来るってことだ」


白羽の矢は考えた末に立てられたものらしい。

が、アルトにはわからない事が一つあった。


「命令系統が三つ? 隊長とロウの命令に従うのはわかるよ? もう一人って誰よ。いなくない?」

「お・ま・え・だよ!」


ロウから頭上に拳骨を頂いた。

理不尽な仕打ちである。


部屋に帰れば猛特訓が待っていた。


「いいか、最低限覚えておけよ? 隊長の名前がサラ。副隊長がルシャナ」


赤髪の女と、水色の髪だからわかりやすいとはロウの言。


今回の合同演習相手の話だ。

女、

――つまりは女性騎士団。


「そんなのあったんだ」


その隊長格ともなれば、男に負けない筋肉もりもりな女性なのだろうか。

となると、アルトは負ける自信がある。

お前にそんなものは初めから期待してないとロウに断言されたが、なら一体何を求められているのだろうか。


「知らないのも無理はない。設立はごく最近だ。具体的に言えば、――派閥が割れてから」


一気に話がキナ臭くなった。

アルトはとても嫌な顔をする。

ぽかりと頭を叩かれた。


「ちゃんと聞いとけ。自衛のためにもな」


ロウの説明はいつもわかりやすい。

要約するとこんな感じになる。


今までも王妃や姫には必要であるため、女性だけで構成された部隊はあった。

だが、正式な組織かと言えばそうではない。

それが今回王妃の一声で『騎士団』という名を付けて取り立てられた。

もちろん正規の騎士団に組み込まれているわけではない独立した別の組織。

王冠を被っていない王妃に正規の組織に変更を加える権限はないのだ。


「……ややこい」

「そう言うな」


宥めるロウの声にも覇気はない。

直接面会できるなら、王妃に余計なことをしてくれるなとでも言いだしそうだ。


とにかく大事なのは、つまり女性騎士団は王妃派という一点。

その目的は本物の騎士団である自分たちの取り込みだろう。


「いいか、今回の演習で必ず勧誘がある。誘いに乗れば王妃派、拒否すれば自動的に王弟派として見なされる」


求められるのは、どちらにも与しないための行動。


「ノーともイエスとも答えてはいけないってコト?」

「質問をさせないことが最善だ。聞かれなければ答えなくとも不自然ではない。……が、それも限度があるだろうな」


ロウが難しい顔で唸る。

アルトはもっと顔を顰めた。


「それなりの政治的判断が要求される。他の連中には無理だ。で、俺たちにお鉢が回ってきたってワケ」


こっちにだって無理だよ! と言いたかったが、第一騎士団や第二騎士団とも交流のあるアルトはさすがに黙り込んだ。

これはベストとかマスト以前の問題で、どちらがマシかという話なのである。


「わ、わかった。なんとかやってみる」


というか、やらねばならない。

言ってから、どうして金魚のふんである自分が騎士団の命運を背負う羽目になっているのだろうかとアルトは一頻り考え込んだ。


「俺と同室になったのが運の尽きってヤツじゃないか? 諦めろよ、相棒!」


言葉にしなくても勝手に思考を読んでくる男が無駄にいい笑顔でアルトの肩を叩いていった。

相変わらず癪に障る行動をするやつである。






合同演習を翌日に控え、宿舎全体にどこか緊張感が漂っていた。

腐っても貴族連中の寄せ集めで、自分たちの置かれた状況は理解しているということだ。


そんな騎士団宿舎に一つの珍事が起きた。


外部からの突然の来訪者である。

しかも日が沈み、食事も終え、談話室で仲間たちとしばしの休憩か、部屋での一時を過ごしているような時間に。

誰かに呼ばれたわけでもない、招かれざる客。

ここに微妙な情勢というスパイスを加えると、犬も食わない。


騎士団全体が警戒態勢に入ったほどだった。


その怪しげな訪問者(の使者)が言うには、

「お取次ぎをお願いしたい。アルト様という方がこちらに所属しておられると聞いております」

とのことだ。


突然の指名に、当のアルトは仰天どころの話ではなかった。

心当りがなさすぎる。

しかも訪問者が家名を名乗らないとなるとなおさら。

アルトには後ろ暗い知り合いが全くいないのだ。


慌てて門に駆け付けてみれば(誰も中に招かなかったらしい)困り顔の御者と横付けされた馬車。

使者に立ったのは十中八九この御者なのだろうが、厳つい男たちに睨まれ脅され、貧乏くじもいいところである。


馬車に家紋はない。

商紋もない。

そこまで確認してからアルトは驚きに身を固めた。


勢いよく馬車の扉が開き、飛び出してきた小柄な影があったからだ。

殺意の一つも見当たらなかったせいで、アルトも周りもつい見守ってしまった。

一足で距離を縮め、その勢いの割にはふわりと抱きついていたその人からはデミリシアのいい香りがした。


思わず抱き留めてしまった腕の中にはフードを目深にかぶった女性。

まじまじと見下ろすアルトは、フードからさらりと零れる銀色を目にして慌てて自分のマントを脱いで被せた。


「な、なんでこんな所に!」

「どうしてもお会いしたくて。あなたはここにしかいないのですから、仕方なかったの」


婚約者がいる女性の身ではかなりの理由を捏造しない限り、男しかいない騎士団への訪問など許されない。

昼間の正式訪問などできるはずもなかったのだ。


「よ、呼び出すとか!」


もちろん自分を、である。

休暇日だってあるのだから、手紙の一つでもくれれば町で落ち合うこともできただろう。


「そんな暇はありませんでした。アルト……どうかわたくしの話を聞いてください」


顔が隠れててもわかる。

涙が落ちた。


慌てたのは周りの連中である。

どうも危惧していたキナ臭い連中ではないとほっとしたのもつかの間、それはどうやら美しい妙齢の女性で、しかもアルトに抱き着きさめざめと泣いているのだ。

なにかやんごとない事情でアルトを頼ってきたのだろうと想像はついた。


普段男ばかりの生活のせいで、騎士団は得てして女に弱い。

――ロウは例外だ。

野次馬たちは当事者でもないのに無駄に右往左往しながら、女性の涙を止める方法を大声で話し合っている。


「おい、どうすんだ!」

「女性には花だ。花を差し上げれば慰めになるのでは!?」

「むさ苦しい男宿舎のどこに花があるってんだ! もっとマシな意見を言え!」

「とにかくこんな夜風の中では体に悪い。宿舎にあがってもらおう」

「ばか野郎! 一体どこに女性を招ける場所があるんだ!」

「談話室は!? さっき火を入れたから暖まってるはずだ」

「酒と賭け盤と煙草も転がってるけどな」

「しょ、食堂に!」


……とても恥ずかしい。


「おい、アル。隊長室を使え」

「感謝します!」


同じく野次馬に来ていたらしい隊長からありがたい許可と無造作に放られた鍵を受け取って、アルトは即座に密談向けの隊長室に駆け込んだ。



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