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婚約破棄からはじまる自分探し  作者: 一集
第三部 病弱少年からはじまる自分探し
20/35

4.王国に変事あり



王国の未来を揺るがす事件が起きた。


別に騎士団が何かに関わったわけではない。

強いて言えば、国全体の問題だ。


第十三代国王崩御。

まだ年若く、先日大々的に十周年を祝ったばかりで、あと二十年はその治世が揺るがないだろうと思われていた矢先のことだった。


アリシアも国王に面会したことがある。

強く(強すぎず)、賢く(馬鹿ではなく)、優しい(厳し過ぎない)王だったと記憶が囁く。

あの壮健な王がたった三年もせずに亡くなるとは、アルトですら予想外だった。

残念な事だと、一人、黙祷を捧げる。


そんなアルトを余所に、ロウ一派は一報が届いた後、号令もなく速やかに部屋に集まった。

アルトが目を白黒させているうちに相談が始まる。


「……こーれは、――揺れるな。どうする? 騎士団はどこにつくと思う?」

「王妃か、王弟か、か」


王はまだ自分の衰えを感じていなかったのだろう。

明確な次代を指名していない。


故の密談だった。

これから国が割れるかもしれないのだ。


大きな派閥は二つ。

王妃と、王弟。


「王妃も、そもそも先々代の王の直系だしな」


当時の王の長男は子を残したが、王位に就くことなく亡くなっている。

その後、王権は現在の王族へと移った。

長兄の子孫たちの王権への執着は大変強く、それを知っていた十三代国王が自らの妻に王妃を迎え、二人の子供を王にすることで融和を図ろうとしていたのは周知の事実である。

子こそいまだ授かっていなかったが、王妃からすれば王位は悲願だろう。


「王弟にしてみれば、古い血が返り咲くのは業腹だろうな」


王が存命の間は大人しくその治世に協力していたが、幼少時から兄より優秀と評価されていただけにその内面たるや……というわけである。

まして王妃との犬猿の仲は皆の知るところだ。

かつて国王と王妃との婚姻を先頭に立って反対していたのは誰であろう彼の王弟。

王と王妃の結婚はそのせいで遅れに遅れた。


互いに互いだけは絶対に王位に就かせたくはないと思っているはずだ。


そのどちらが権力争いに勝ち、実権を握るのか。

焦点はそこだった。


それを読みきり、最大限に売り込み、生き残らなければならない。

なぜなら騎士団はいまだ戦争を知らず、実績もなく、ゴミ溜めという蔑称に相応しく絶対に必要という組織ではないのだ。


だからこそ時勢を読まなければならない。


「待って、ちょっと待って。どうして王子を無視するの?」


アルトはいい加減焦れて声を上げた。

王には実子がいる。


「……王子は遠からず排される。三歳では、海千山千の人間の皮を被った妖魔どもには勝てん」


まして身分の低い側室の子であり、その母も産後の肥立ち悪く王子が一歳の誕生日を迎える前に身罷っている。

後ろ盾が皆無なのだ。


アルトは声も出せずに目を見開いた。

王子の誕生を覚えている。

祝いの言葉を送った時に、王は喜びにあふれた顔で自慢の王子を見せてくれた。

あの小さな命に、なんてものを背負わせたのか。


絶句しているアルトを置いて話は進む。


「隊長の一存だろう。右往左往したって始まらない」


結局はそれがロウの結論。


ロウは何故か最後にちらりとアルトを見た。

もちろんアルトは気付いたが、その視線の意味までは読み取れなかった。





騎士団は見栄えだけはいい。

腐っても貴族出身者ばかりで構成されているのだから当たり前ではあるが。


その見栄えのおかげで王の葬儀にも駆り出された。

国民からは憧憬の眼差しで見られたが、内情を知らないというのは幸せなことだ。


それにしても、本当に王の死を悼んでいるのは自分だけではないかとアルトは視線を走らせて会場を見渡す。

どいつもこいつも、野心に目を光らせ、他人の観察に余念がない。


両親も同じだったのだろう。

アルトと騎士団は旗色を明らかにしていなかったが、その選択に巻き込まれたくはなかったのか、弔事に合わせ廃嫡と家名の返還を求められた。

実家は王弟につくつもりのようだが、アルトの目にはいまだ吉とも凶とも見えない。


要求にはもちろん素直に従った。

騎士団の中にあっては、家名があろうがなかろうが関係のない事だ。


困ることと言えば、アリシアとユージンに会いに行くことも出来なくなった事とルークを宥めるのが大変なことくらい。


結婚式が間近だった二人も、この弔事で延期が決まっている。

次の機会にアルトの招待資格はもうない。

なんともタイミングの悪いことだ。


隊長から呼び出しがあったのはそれから数日もしないうちだった。

最初は怖かった髭面も見慣れてくれば、彼の特徴の一つ。

その彼が自慢の髭を撫でながら唸るように切り出した。


「現在の国の状況について。そして騎士団がどう動くべきか、お前たちの考えを聞かせて欲しい」


用件はまさかの自分たちの意見の聞き取りだった。


「ロウ、お前はどう思っている?」

「お、おれえ!?」


いつもふてぶてしいロウの声が裏返るくらいには驚くべき出来事だ。

一派などと呼ばれ一目置かれてはいるが、それでもロウとて平騎士の一人でしかない。

まさか騎士団の命運を左右する判断材料に選ばれるとは思ってもいなかった。


しかもロウたちは隊長の判断を待つ、という結論を出したばかりだったのだ。

まさか全面的に隊長の意見に従います、なんて情けない答えは言えない。

焦ったロウが水を向けたのは隣にいたアルト。


「な、なあ、アルト、お前ならどうする?」

「ぼ、ぼくぅ!?」


普段から意見を挟まないアルトもまた、ロウと同じトーンで驚きを示した。

違ったのは、アルトには水を向ける相手がすでに誰もいなかった事である。


「あ、ああ~? ええと、」


うんうんと唸る。

頭の中でぐるぐると回るのは生前の王だとか、生まれたばかりの王子だとか、それからアリシアとユージンは大丈夫だろうかとか、取り留めのない事ばかり。


その内段々腹が立ってきた。

そもそも権謀術数は得意ではない。

そんな自分に何たることを求めるのか!


最終的に、公人としての意見も立場も見解も述べる術なく、アルトはただの私人として肩を落として希望を口にした。


「僕は、アリシアとユージンが付いた方に味方したい、かな」


隊長は顔に疑問符を張り付け、ロウは「はあ!?」とアルトを驚愕の目で振り返った。

なんだよ、文句あるのかよ。お前が僕に振るのが悪いんだ。と険の乗った目線で思い切り語ってやった。


だれだ、それ。と隊長が聞くから、アルトは素直に答える。


「友達です」


一拍を置いてから、隊長は爆笑した。


「友達か! そうか、友達か!」


アルトには何がおもしろいのかさっぱりわからない。

けれど、どこかどんよりとしていた隊長に影はもう見えない。

良い事をしたのだと思う。


涙を流すくらい笑っていた隊長は、ひいひい言いながら腑に落ちない顔のままのロウに退出許可を出した。


「アルトには少しだけ話がある」


辛うじて聞き取れた言葉を頼りにアルトはその場に留まった。

ロウが退出したのを確認してから隊長は咳払いをしながら笑いを収める。


「いや、大した話ではないんだ。緊張しなくてもいい」


ひらひらと手を振る。


「先に礼を言っておこうと思ってな」


正式な話ではないと示すように、行儀悪く隊長は机に座った。


「お礼、ですか?」

「覚えはないとでも言いたそうだな?」


ははと隊長は笑う。


「ロウの話だ。俺は随分とあいつに目をかけてきた。次の隊長はアイツしかいないと思ってたからな」


彼にとっては親友の遺児で長らく面倒を見てきた贔屓目もあるが、それ抜きにしてもロウは優秀だった。


「が、如何せんやる気がない。どうしたもんかと思っていた所にお前がきた」


びしりと指を差されてアルトは面食らう。


なんとかして取り立てようとしているこちら(自分)の意図はわかっているだろうに、ロウはのらりくらりと逃げ回る毎日。

突出し過ぎず、かといって埋没し過ぎず。

あの地位は、ロウが意図して築いたものだ。

賢しくも有望な男と言わざるを得ない。


「なのに、近頃のあいつはめっきり権力闘争に余念がない。少し前までは興味すらなかったのにな」


アルトははて、と首を傾げた。

ロウがそのような争いに参加している様子などまるでなかった。


「楽しそうに相手()を叩き潰してるのを見ると、俺の目は正しかったんだとつくづくと思うよ」


陽気だが飄々としていて、どちらかと言えば権力からは距離を置いているのがロウだ。

それ故にきな臭さとは縁遠い。

隊長の話すロウはまるで知らない人間だ。


アルトの心の声は大変読みやすかったのか、隊長は小さく笑う。

誰のために、何のために、狸寝入りの猛獣が目を開けたのか。

そしていまだに道化の皮を被ったままなのは誰のせいか。


「お前のおかげだ」


念を押すようにゆっくりとそう告げられた。

同室の自分が気付かないのだ、勘違いでは? と言いたくなったが、隊長の目には確信が宿っていた。


「自覚がないか?」


ええ、まあ。

とは言えず、目を泳がせる。


「お前たちはそれでいいのかもしれんな」


いつもの強面はどこへやら、細めた目は息子でも見るように優しい。


そんな隊長が唐突にポンと一つ手を叩いた。

まるでいいことを思いついたと言わんばばかりだ。


「よし、俺もロウに倣うことにしよう」


唐突過ぎる。


「……つまり?」


なにが?


「お前に賭けるってことだ」


は? と口に出さなかった自分をアルトは褒めたい。

そんなアルトの様子に気付いているだろうに、隊長はまったく頓着はしてくれず、吹っ切れたような笑顔で自慢の髭を撫でる。


「アリシアとユージンだったか? 侯爵家の息子がそんな名だったか。まあいい、調べさせよう。彼らの動向に従えばいいんだろう? なに、簡単なことだ」


もう退出してもいいぞと言われたが、アルトは最後までワケがわからなかった。

……できればわからない振りをしていたい。


「じょ、冗談だよね?」


思わず笑ったアルトの声は誰もいない廊下でいやに乾いて響いた。



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