表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄からはじまる自分探し  作者: 一集
第二部 ヒロインからはじまる自分探し
11/35

4.兄妹



現在少々疑問に思っていることがある。


実家を出て、商人見習いとなったはずの兄。

休暇をもぎ取って実家へリリィの顔を見に来たと言っていた彼。


初めは距離があったけれど、今では兄弟の中では一番仲が良いかもしれない。

多くの物事を知っている彼はリリィの良き相談役だった。


なにかと口うるさいのは確かなのだが、それも心配されていると思えばくすぐったさに変わる。


そのルークがなかなか仕事へ戻らない。

帰らずに何をしているのか。


毎日ゴロゴロしてないでリリィを見習って少しは家に金を入れろ、と両親に一喝された末、生活の糧を得るためにリリィと共に冒険者として迷宮探索をしている。


「あの、そろそろ本業に戻った方がいいのでは?」


いつも通り町外れの迷宮に連れ立って歩きながら、リリィは困惑気味に聞いた。


「いいんだよ、今までが働き過ぎだったんだ。少しくらい長い休暇を貰っても問題はないさ」


なくはないとリリィは思う。

少なくとも出世は遅くなる。


「俺も休める、リリィも安全、親も安心、家には金が入る、いいこと尽くめじゃないか」


肩を竦める彼はリリィの兄だけあって見目もいい。

相当にモテる筈なのだが、シスコンを拗らせている事を知っている近所のお姉さま方は秋波の一つも送ってこない。

妹としては彼の行く末が心配でならなかった。


迷宮探索をしていては休暇にはならないのではないか、とはリリィはもう言わない。

舌先三寸で言いくるめられるのがオチである。


この兄、実は商人見習いになるまでは冒険者職で稼いでいたというだけあって、それなりに実力があるところがまたリリィがなにも言えなくなる要因だった。


かつてのリリィが冒険者なんてやっていたのは絶対にこの兄の影響だとリリィは思っている。

当人である兄はまったくそこに思い至っていない所がまた何とも……。


そもそも、リリィはルークが心配する程の危険を冒してはいなかった。

自分の実力くらい知っているつもりだし、無茶をして自分のものばかりではない体を傷つけるわけにはいかない。

薬草摘みのバイトと同じような感覚で、迷宮のごく浅い場所で探索者たちが好まない安物素材となる石ころを拾っていただけだ。


なのに兄とパーティーを組んでしまったから、中階層などという危険地帯を歩く羽目になっている。


本末転倒だ。


「そういえば一度聞いてみたかったんだけど、なぜ君はうちの妹を助けてくれたんだ?」

「利害の一致です。彼女だけに利があったのではありません」

「どう考えても、君の方が苦労しているように思えるけど?」

「あら、そう見えます? 私、こんなに楽しいのに? 感情を伝えることも少しは上手くなったと思ったけど、まだまだということでしょうか。……難しいものですね」


少し気落ちしたようにリリィはため息を吐いた。


ルークからみても、確かに楽しそうに見える。

見えるのだが、それが真実とは限らないから聞いたのだ。


納得していないルークをみて、リリィは力なく笑った。


「……私、本当は昔から身分を投げ出したかったの。内面と外面が乖離し過ぎて、とても疲れていたから。これが一生続くのだと。その諦観はきっと他の誰か(・・・・)の絶望には遠く及ばないとわかっていたけど……でも私にとってはとても重要なことでした」


自分と他人の感情なんて天秤に乗せられるものではない。

それでも他人を慮れる彼女は、きっと優しい人なのだろう。


あるいは、『他人』ではなく、それは特定の『誰か』だったりするのかもしれない。

アリシアにとって、近しい誰か。

だがリリィとなったいま、アリシアの優しさに救われていたかもしれないその誰かにすら、もはや会うこともない。


ルークは彼女が置いてきたものを垣間見たような気になって、少しばかり顔を強張らせた。


当の本人としては黒歴史を掘り返されている気分で落ち着かない。

早々に話をすり替える。


「だから、あなたの妹さんからの申し出は、本当に、本当に渡りに船だったの」


にっこりと笑うリリィの目は美しい。

そこに冴え冴えとした美貌と謳われたアリシアの鋭さはなく、妹の溌溂とした瞳とも違う。


これが彼女の本当の姿なのだとしたら、確かに今のリリィが貴族としてやっていけるとは思えない。


ルークは自分の調べ上げた彼女の情報をつらつらと思い浮かべる。

目の前の彼女が、あの情報通りの人物を演じていたのだとしたら、それはなんて歪な生活だろう。


「どうぞ気を遣わないで」


ね?

とリリィが小首を傾げてルークに同意を求めた。


「もういいのですよ、無理に私に付き合わなくて。罪滅ぼしなんていらないとわかって頂けましたでしょう?」


その台詞に驚いたのは、今度はルークの方だった。


つみほろぼし、

「……そんな風に思われてたのか。いや確かに最初はそうだったけども!」


ルークの言葉の強さにリリィが数度目を瞬いた。


「嫌々付き合ってたと思われるのは心外だって話」

「ええ、いつも悪いと思っていましたが」

「それが、とても傷付くって話」

「……ええと、ごめんなさい?」

「その、内容を理解してなくてもとりあえず謝る癖は直すこと!」

「はい、お兄さま」

「……俺は怒ってるんだぞ? なんで笑ってるんだ」

「ふふ、――さて、なぜでしょう?」


逆に質問を返された。


ルークがため息を吐きながら肩を落とす。

暖簾に腕押し、糠に釘。

何を言ってもこの妹には効いている気がしない。


妹がルークを見上げて得意気に胸を張った。


「お兄さまのお説教は、優しすぎるので怒られてる気になれません」


ドヤ顔のリリィだが、ルークにはなぜ彼女が偉そうなのか理解が出来ない。


天真爛漫、猪突猛進だった妹の変貌を寂しいと思うことは確かにあった。

が、新しい妹の行動に散々振り回されているルークにはそんな暇もそう多くはない。


「少しは内容にも耳を傾けて欲しいんだが……」

「もちろん聞いてますとも! いつも人のことしか考えてないお兄さまの言葉ですもの。聞かないわけがないでしょう?」


かつての妹ならば怒鳴ればよかったのだが、この妹には勝てる気がしなかった。

兄としての威厳についてルークが悶々と考えていると、意外に観察眼の鋭い彼女が独白のように零す。


「お兄さまは、彼女のために商人になったのですね」


耳聡く、平民でも貴族と縁を持てて、貴族と渡り合うこともある、商人。

好き勝手に生きていたルークが将来を決めたのは、妹の学園への入学が決まった直後のことだったと聞いた。

貴族社会の中に放り込まれる妹にいつでも手を差し伸べられるように――。


その推測にリリィは確信を持っていた。


「……なんのことだかわからないが、君の勘違いだと思うな」


ルークが慌てて肩を竦めて軽薄に笑う。


「その選択は無駄にはなりません。きっと、これから先、彼女がお兄さまの力を必要とする時が来ます」


アリシアは貴族だが、貴族の中ではただの小娘。

彼女がやりたいことを見つけ、それをやろうと思った時、貴族社会はその壁となって立ち塞がるに違いない。


リリィはルークの言い訳を右から左へ聞き流してしまった。

まるで戯言扱いだ。


「兄妹ってすてき! 彼女がうらやましいわ」


わたしもそんな兄が欲しかった。

そんな願いと、

わたしたちは、そんな風になれなかった。

そんな後悔。


アリシアと彼女の兄の関係は随分と冷え切っていたと事前調査で知っているだけにルークは少しだけ目を泳がせる。


ルークは頭を掻いた。

彼女は肝心な事実を忘れているらしい。


「君が、俺の妹だよ。今は」


きょとんとした顔がルークを見る。


「君の選ぶ道次第では、職業を変えるかもな?」


茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばす。


「まあ」


嬉しそうにリリィは頬を染めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ