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花火なんて嫌いだ

作者: 榎降雪

 部活終わり、部室棟の前にはその日の部活を終えた生徒たちがたむろしていた。学校は夏休みに入り、大抵の部活は午前中に活動を終わらせる。私は道具の手入れをするふりをして先輩と先輩のお友達との会話にこっそり聞き耳を立てていた。

「花火大会行く?」

「うん、行くよ」

「ふーん、そっか」

 

他愛のないやり取りだった。でも、私にとっては最重要な情報が得られた。

 明日は夏の花火大会の日だ。学校の近くの河川敷で開催される。多くの屋台が並び、とても賑やかになる。私は今年入学してしかもやや離れた場所に住んでいるから行ったことがなく、人から聞いた情報だ。この学校の生徒の半数は遊びに行くのが普通とのことだが、先輩も参加するのが確かめられた。

 私はその日の夕方美容院に行った。


 花火大会当日の部活は何だかいつもより長く感じられた。そんな風に感じていたのは私だけだっただろうか。ほかのみんなはいつも通りに練習をこなしているようだった。

 

やっとのことで部活が終わると私はそそくさと家に帰り、お母さんにはお昼ご飯は食べたと嘘をついて念入りにシャワーを浴びた後、鏡の前で思いつく限りの髪型を試した。

 気付けば長い時間が過ぎていた。私は髪型に妥協し、一番最近に買った洋服に着替えた。まだちょっと早いかなとも思ったけど、はやる気持ちに従い家を出た。


 いったん学校に自転車を置いてから河川敷に向かうと、結構な数の人が集まっていた。屋台の営業も始まり、老若男女が列を作っていた。

 私は土手の中ほどに腰を下ろし、行き交う人の中に先輩の姿を探した。


 先輩に背格好の似ている人を見かけるたびに胸を高鳴らせるということを繰り返しているうちに日が沈み、花火大会の開始を宣言するアナウンスが流れた。

 ポップな音楽が流れはじめ、その場にいたみんなが川のほうを見上げた。ヒューと威勢のいい音を立てながら光球が空を登っていく。派手な爆発音とともにそれはパっと弾け夜空に大輪の花が咲いた。

 観客は大歓声をあげた。次々と花火が上空に射出されていき、色とりどりの炎が夜の帳を飾った。

 

 私はしばらくそれに見とれていたけど、本来の目的を思い出してハッとした。立ち上がって歩きながら先輩を探すことにした。

 歩きながら先輩にどう声をかけようかを考えた。偶然ですねとか、奇遇ですねとか。一向に気の利いたセリフは出て来なかった。

 いい案が思い浮かばないまま先輩の姿を見た。私は意を決して先輩に駆け寄った。

「先ぱ……」

 言いかけて、先輩が誰かと一緒だということに気付いた。しかも、手をつないで歩いていた。その人は私の知らない人だったけど、たぶん先輩と同学年の人だろう。きれいな人だった。藍色の浴衣がよく似合い髪をアップにしていて、雪のように白い首筋が目を引いた。


 私は自分の日焼けした肌と所詮は普段着に過ぎない服装を省みた。途端に恥ずかしくなり、うつむいて回れ右をして花火会場を後にした。

 花火なんて嫌いだ。そう思った。


 学校で自転車を回収した。花火もが終わっていないのに家に帰るのはばつが悪く、とぼとぼと自転車を押して歩いた。家に近づいても花火の音が後ろに聞こえていた。

 私は公園のところで足を止めた。その公園からは花火が建物の陰になっていたので見物客もいなかった。


 ブランコに乗り、ゆっくりと漕いだ。顔に感じる風が心地よかった。涙がにじんできてブランコを止めた。

「目にゴミが入っただけだよ」

 自分自身に弁解し、顔を伏せて涙をふいた。


「泣いてるの?」

 ふいに、声をかけられた。顔を上げると同じクラスの男子が立っていた。彼の名前は夏休みに入る前ごろに覚えた。

「別に? 泣いてないよ」

 努めて明るい声を出した。

「この辺に住んでるんだっけ?」

 私は彼に尋ねた。

「まあね」

「なんでここに?」

「ここの雲梯でのトレーニングが日課で」

 彼は運動部だったっけ? 私の記憶が正しければ帰宅部のはずなんだけど。

「いつもは恥ずかしいから人目のないころを見計らっているんだけど」

「私が邪魔ってこと?」

「いや、別に」

 彼はそういうと私の隣のブランコに腰かけた。


「花火は? 行かないの?」

 私は聞いていた。

「うーん、花火は苦手」

「なんで?」

 私と同じで嫌な思い出でもあるのだろうか?

「あのデカい音が嫌いでね。まあ雷が怖いみたいなものかな」

「何それ、女の子みたい」

 私はくすくすと笑っていた。


「それよりさ、花火のせいで目立たないけど今夜は月が綺麗に見えるよ」

 彼がこんなことを言いだした。確かに三日月が綺麗に見えているけど、……それってもしかして?

「一応言っておくけど漱石じゃねえから」

 何だ、少しだけドキッとして損した。

「逸話では”I love you.”を漱石は『月が綺麗ですね』って訳したけど、それは漱石のものであって俺らのものではないじゃん。100人いたら100通りの訳がないとだめだと俺は思ってる」

「ふーん、じゃあ君ならどう訳すの? ほら、気になる子を想像してさ」

「え? うーん」

 彼は腕組みをして考え始めた。自分の訳を用意しているわけではないらしい。


「君と見る花火なら悪くない……とか?」

「あはは、クサいね」

「うるさいな」

「でも、いいと思うよ。その子は君が花火苦手なの知ってるんだ?」

「うん、知ってる」

「今日はもう終わっちゃうけど、来年の花火はその子を誘って行かなくちゃなだね」

「うーん」

 彼は、大げさに顔をしかめた。心の底から花火が苦手みたいだ。


「やっぱ月だな。月のほうがいい。漱石は正しかったんだ」

 そんなことを言って誤魔化した。

「じゃあさ、月見に誘ってみなよ。それなら今年中だよ」

「えー、今どきの女の子が月見なんて喜ぶか?」

「大丈夫だって」

「そうかなあ、……うん、じゃあ勇気を出して誘ってみるよ」

「よし!」


 やがて花火の音が止んだ。もう遅いからと彼は私を家まで送ってくれた。短い道中だったけど話は盛り上がって家についても話したりなく感じた。

「じゃあまた学校で」

「うん、じゃあね」

 私は彼の姿が見えなくなるまで玄関前で見送った。

 花火よりも月のほうが好きになり始めていた。

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