第八話 「門出直前」
ルイが二人の手当てを終えて、手を叩く。
「よし、終わり!」
「ふぅ、助かったよルイ。ありがとうね」
「お安い御用だよ」
「お前…こういうこともできたのか?」
「目が悪くてもこういうことぐらいは出来る」
三人でそういう会話をしている所にリーが割って入り、ソウウォンに話しかけた。
「あの、レン様…」
「ん?どうしたんだい?」
「さっきの試合の事なんですけど…演技ではないです。ただ、体が動かせただけなので」
「…まぁ、自分の技に過信しすぎたっていうのもあるし、素直に負けを認めるよ。でも、またやろう。次は君達がダンジョンから帰ってきたらね」
「はい!」
リーはソウウォンの言葉に笑顔で頷いた。
その光景を見ながらルイが口を開く。
「リーと言い、お前と言い、レン兄を倒しちゃうんだから凄いよなぁ。シエンに関しちゃ最後のビンタ。でたらめだけど良いビンタだったぜ?」
「頬に一撃をもらった時に意識が飛びかけたもんで、次喰らえば負けは必至だったからアレにすべてを掛けた」
「まだアレの痛みが残っているよ…」
「そういうものだ」
「顔に来たからね。頬じゃないんだよ?顔だよ?」
「あはは、顔真っ赤だもんな」
「んー…。笑い事じゃないんだけどね」
そんな会話をしながらソウウォンを除く全員が笑った。
ソウウォンはため息を一つ吐いて、リーに顔を向けて口を開いた。そこから出た言葉は、シエンにも向いていた。
「まぁ、僕じゃすぐに終わってしまったけど。君達は自信を持って欲しい。今の君達は十分に強い。そこらの人間よりは全然ね。だから笑われても胸を張って歩けば良い。そして、迷宮を攻略してそうやって笑ってきた人達を見返してしまえ。その時、君達の人生は大きく逆転する」
「分かっています」
「あぁ」
二人の返事を聞いて、ソウウォンは目を瞑って微笑む。そして立ち上がり、その場を後にしようとしたのでリーが呼び止める。
「あの、何処へ?」
「おいで、君達が行くべきである人生逆転の場所を教えてあげるよ」
そう言って、ソウウォンはその場から離れていった。
石畳の上に三人だけが取り残され、静寂が訪れる。
沈黙の中二人の肩をルイが叩いて言った。
「ほら、何ボサッとしてんの?さっさと行きな」
「お、おう」
「あ、はい」
ルイの言葉に後押しされて二人もその場から離れていった。
遂に、この場所にルイ一人しか居なくなってしまった。
その中でルイは顎に手を当てて俯いていた。頰は少し紅潮していて、一筋の汗が伝う。
何かに焦りを覚えて居るのか、声を若干震わせながら小声でつぶやく。
「不味いな……聞かれちゃった…」
その言葉を吐くとともに、ジグジグと身体を抉るような痛みが彼を襲った。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
ソウウォンの部屋の扉をノックして、リーとシエンが入室する。
ソウウォンは大きな椅子に座り、机に肘をつきながら二人に言った。
「椅子はいるかい?用意するけど」
「いや、構わん。それよりも…」
「焦るなよ。ちゃんと教えるし、地図だって渡すさ」
そう言ってソウウォンは、引き出しから大量の紙が纏めてある束を取り出して、一枚一枚捲っていく。
「えーっと……。あぁ、これだ。はい、リー」
「どうも」
彼が渡したのは黄ばんだ一枚の紙。
それをリーがまじまじと見て、すぐに声をあげた。
「え、これって…砂丘の地図ですか?」
「うん。シャントンとキンペイの間に広がる砂丘地帯の地図さ。そして、全てとまでは行かないが存在している迷宮の位置も明記されている。そして、君達が行ってもらう迷宮なんだけど。生半可な場所じゃ完全に返済できないから、当然高難易度の場所だ。覚悟はできてるかな」
「はい」
「あぁ」
「良かった。じゃあどこに行ってもらうかなんだけど、地図を貸してくれるかい?リー」
「あ、どうぞ」
「ありがとう」
地図を受け取ったソウウォンは、懐から黒鉛でできた棒を取り出し、二人の行くべき場所に印をつけてリーに渡す。
リーが眉間にしわをよせながら、その場所の名前を読もうとするが…。
「えっと…なんて読むんです?これ」
「『射鎖魔郷』。ここらじゃひと際大きな迷宮と言われているよ」
「なるほど…。日光の対策とかしていった方がいいですかね。長時間の移動になりますし…」
「うーん。砂漠とは全然違うから別に対策はいらないと思うよ。でも、肌を心配するんだった対策すればいいと思う。焼けるからね」
「兄様、結構長距離移動になりそうですけど、大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫だ」
「分かりました。それでは早速準備に取り掛かります」
リーは地図を巻いて、懐にしまった。
そして、ふと気付いた様にソウウォンに聞く。
「あ、そういえば私の倭刀」
「勿論分かってるよ。だからまだ少しはここに残ってくれ。万全の状態で向かいたいだろう?」
「はい」
そこで二人の会話は切れて、リーが一礼して部屋を出ていった。それについて行く様にシエンも外に出る。
その二人の背を見ながらソウウォンが呟く。
「もし彼等がダンジョンもとい迷宮を攻略して帰ってきたら、街の人からも英雄扱いされるだろうな。……それ程までにここらの迷宮はタチが悪い」
彼がそう言う理由は彼が別で纏めた行方不明者表という一覧票である。行方不明者は総じて砂丘地帯へと赴き、迷宮に潜って帰ってこなくなった人達だった。
だから他の国ではこの国は、『冒険者の墓場』とか、『帰れずの国』とか散々な別名を付けられた。
そんな所にあの兄妹を送ることを少しばかり、彼は不安を抱いているがそれ以上にあの二人には逆転して欲しいと思っている、だからこうして危険な助け舟を出したのだ。
「まぁ、あの二人なら帰ってこれるだろうな。きっと」
そう言って椅子をくるりと回転させて自分の部屋の窓から外の風景を眺めた。
蒼い空が少しだけ見えて、ルイが手掛けた綺麗な庭が視界の半分を覆い尽くす。
庭の中で沢山の青い薔薇が風に揺らされていた。
ぬあああああ、出すのが遅いいいい!
自分の趣味と執筆を両立させるのって難しいですね。