第六話 「白き逆転」
翌朝二人は石畳が敷いてある普段行った事も無い場所にやってきた。
昨日、ここに来いと彼が行ったからである。
そんな彼はもう既に持ち場に着いていた。
「おはよう二人とも。しっかり寝れたかな?」
「はい」
「あぁ」
「そうか、良かった」
そう言ってソウウォンはニコリと笑った。対して二人の顔は無表情を保ったまま崩れない。
緊張しているのだ。リーに関しては少しばかり震えているか。
ソウウォンが剣が入った鞘を持って、震えているリーを指さして言う。
「さてと、始めようか。まずはリーからだね」
「…はい」
「先に言っとこう。僕も君と同じく剣を使う、君のとは結構形状が違うけどね」
ソウウォンが鞘から剣を抜き、見せるように前に突き出す。
倭刀に似た剣だが、倭刀とは違い、刃があまり湾曲しておらず、少し細い。
「倭刀では…ないですね」
「まさしく。これは僕の特注品でね、世界でこれを持ってる人は恐らく僕だけしかいない。特別な刀だよ」
「本気という事ですか?」
「うん。だから、君も此処まで培ってきた物を全部出して掛かってきな」
細い目が開き、その凶暴そうな目がリーを射抜く。
それに呼応して、リーも倭刀を握り直立する。
そして、互いに身を引くし、ほぼ同タイミングで走り、刃をぶつからせた。
しかし、彼女の刃はいとも簡単に弾かれる。
間髪入れずにソウウォンは次の攻撃に出るが、それもリーは防ぎきる。
リーが逃げてはソウウォンの斬撃を防ぐというのを五十回を過ぎるぐらい続けていると、ようやくリーが足を滑らせて態勢を崩してしまった。
「…っ!」
態勢を崩したリーだったが、その隙を突いた斬撃を瞬時に刃で防ぎ、そのまま距離を取るためにソウウォンの懐に思い切り刃を振り下ろす。力任せな物なので、その刃のぶつかりあいを終わらせるための物だろう。
その衝撃でソウウォンは少しだけ距離を開けられ、ほんの少しの隙が出来てしまった。
その隙は、リーの次の攻撃に入る為の動作には十分なものだった。
倭刀を逆手に持ち、ソウウォンの真上に飛び上がり、落下と共に刃を脳天めがけて叩きつける。
が、それはかなわず、ぎりぎりのところで刃で受け止められた。
この時のリーの攻撃の威力が高かったのか、ソウウォンの立っている場所を中心に床にひびが入り始める。
勢いが無くなり、押さえつける力が無くなって来た頃、地に降り、距離を離すように勢いよく走り、距離を十分開けた後、ソウウォンの方を睨みつけた。
対してソウウォンはリーの剣を迎え撃ち、低くしていた態勢を上げて、リーの方を見据える。
「今の攻撃っ…。良いねぇ、殺気があって、重くて鋭い一撃だった!」
「……」
軽快に話すソウウォンに対して、リーは一切気を緩めることはせず睨みつける。
それを見た、ソウウォンはにっこりと笑って、剣を鞘に戻した。
抜刀の動きと察知したリーはそれに対応できるように警戒心を強める。
「だから、僕もそうしよう。受けな」
「っっっっ!!!?」
瞬間移動。リーにはそう思うほど速かった。一瞬で開けた距離を目鼻の先まで詰められ額の部分に剣の柄をドンっとぶつけられる。
「ふあっ…!?」
その速度に伴い、額に来た衝撃は頭に岩をぶつけられたような衝撃を与えられ、尚且つ、勢いのせいでその場に立っているのが難しくなり、地面から足が離れ、体が宙に浮く。
そのままきりもみしながら吹っ飛び、一度地面を転がってから壁に激突した。
「カハッ!」
息を全て吐き出してしまい、急いで呼吸をしようとする。
だが、それ以前に、視界がぐるぐると回って非常に気分が悪い。
「ハァッ…ハッ…ゥ……?」
「辛そうだね?まぁしょうがないか」
脳震盪。強い外力を受けて一時的に起こる障害。短時間で回復することが多いが、戦闘中等に起これば死は免れない。
ソウウォンは縮地で一気に距離を縮め、そのまま勢いで柄を頭にぶつけさせることで意図的に脳震盪を引き起こさせたのだ。
「どうする?僕が君の綺麗な肌に深い傷を作れば僕の勝ちだけど?」
「…まだ、動けます」
「んっ…?勢いが足りなかったか?」
よろよろと立ち上がり、虚ろな目でソウウォンを見やるリー。
その姿を見てソウウォンは二歩後ずさる。
「(失敗か…?いや…息の仕方といい、手の震えといい確実に脳震盪を起こしているはず…)」
「辛い…」
口ではそう言いながらも目と刃はしっかりとソウウォンの方を向いていた。
ソウウォンは剣を鞘に戻し、後ずさってしまった足を前に戻し、リーに近づく。
そして、倭刀に向かって回し蹴りをしてその刃を蹴り折った。
鉄のかけらが辺りに飛び散る中、リーが少し気を取り戻したのか。あっ、という声を出して、勢いよく横に飛び出して距離を開けた。
「これで君の武器は無くなった!君の無駄な演技がそうさせたんだ!」
ソウウォンは大きな声でそう言う。嘘を吐かれるのが嫌いなソウウォンはこの行動に腹を立てた。
しかし、その言葉を聞き入れるようなことはせず、折れた倭刀を再び構えた。
ほぼ根元から折れて、使い物にならなくなった倭刀を、だ。
「大層な演技だったよリー!でもこれまでだ!」
「いいえ!これが私の逆転です!」
互いに叫びを上げ、ソウウォンが突貫する。
その時に彼が見たリーの利き手には、倭刀は握られておらず、代わりにこちらに向けて手のひらを見せつけていて。それは近づくにつれて、その手のひらが大きくなり、最後には。
ソウウォンの剣の腹に手が置かれたと同時に。
「っっぬぁっ!?」
「今っ!」
ソウウォンの体がぐるりと回転し、宙を舞う。
突然の合気に仰天し、剣から手を離してしまった。
リーが後ろに回り込み、足で背中を蹴りおとし、無理矢理うつぶせの状態させて、宙を舞うソウウォンの剣を手に取り、首元にかざす。
「……終わりです」
「…あぁ、こんな負け方あるかなぁ?」
あはは、と乾いた笑いをするソウウォン。
リーは無言のまま首に剣を突き立てたまま動かない。
「ねえリー、聞いても良いかな?」
「……」
「どうしてあの時、脳震盪を起こさなかった?それぐらいの威力はあったはずだけど…リー?」
「……」
「ん?」
リーは剣を持ったまま、力なく右に倒れた。
ソウウォンが慌てて起き上がり、リーの様子を見て絶句した。
顔色が悪く、手足が痙攣していて、冷や汗をかいている。
「まさか…演技だったのは最後のあの時だけで…本当は脳震盪を起こしていたのか?」
「……」
「レン」
「シエン…」
「リーを端にやる。俺との闘いはその後だ」
「分かったよ」
シエンの顔は至って冷静だった。
妹が倒れてるのに、こういう時だけ薄情なのか、それとも大丈夫だと信用しているからなのか。
状況を理解しているはずなのに。前のシエンであればあたふたしていただろうが随分と落ち着いたものだ。
リーは勝利した。門出への準備はあと少し。
あとはシエンが勝つだけだ。