第十五話 「迷い人の壺」
チィはぼうっとする意識のまま輪廻転生環の中を彷徨い歩いていた。
莫耶に味の確かめをされた為に気怠い感じが未だに体内に残っているのだ。
服を残してくれたのだけは良かった。急いで此処から脱出しようと今こうしてあてもなく歩いているのだ。
「……あんな沢山の女を捕まえてどうしようってんだい。リーも同じ様なことをされてなきゃいいけど…」
そんな独り言を呟きながら終わることのない道を進み続ける。服が擦れるたびに下腹部が熱くなってたまったもんじゃない。
ゾクゾク、ゾクゾク、と体の奥深くからやってくる快感の様な物は次第に強くなっていく。
────気持ちいい。そう感じたら終わりな気がする。
必死にその言葉を脳裏にかすめない様に進んでいく。
「はぁ…はぁ…」
身体中を駆け巡る快感は、チィの歩みを止めようとする。ダメだ、止まるな、進め。進め。
そして、ようやく広間の様な所に辿り着いた。
辺りは暗く、奥は何も見えない。
当然此処がゴールではないと分かっているので早めに通過したいと思い、早足で歩いていく。
その時に、何かに躓いた。
「んあっ…!?」
転んだ拍子に激しい快楽が襲う。
股下から液体状の物が流れ出てくるのが分かる。じわじわと自分の服が濡らされていく。
さっきまで服が擦れる度に液を漏らしていたので今更、そんな事では気になりはしないが、何に躓いたのか気になった。
ちらりと後ろに振り向く。
白い棒の様な物が薄らと見えた。
その棒は根元が少し膨らんでいた。
先の方には自分達と同じ物が付いていた。その棒を辿っていくと、ソレがなんなのかが分かってくる。
「………ひっ」
既に生き絶えて白くなった女性の死体が其処に転がっていた。
顔の一部が無くて、四肢の一部が引きちぎられている。でもそんな状態でも──────笑っていた。
もしかして、と思った。あの少女が言っていた、『いい剣の材料になる』という言葉。そして、少女に運ばれたあの部屋の中に居た大量の女性。
あの部屋に運ばれた女性達はあの少女に選ばれた剣の材料とするならば、あまり芳しくない者だって居るはずだ。じゃあその芳しくない者はどこへいくのか。
当然、捨てられる。生きたままなんてありえない。
─────突然、耳に虫の動く音が入ってきた。
「あぁぁっ…!」
芳しくない者が捨てられて、どうなるのか。
今の物音で完全に理解した。
虫の餌にされる。そして捨てられた女性達はその喰われていく途中でさえ痛みを伴う事も無く、ただただ快楽を味わいながら死んでいくのだ。
チィは背に感じる恐怖を背負いながら走った。
ギチギチギチギチ。節が擦れる音が聞こえてくる。その物音が迫ってくる。
「(逃げないと…逃げなきゃ…死ぬ!)」
頭が痛い、クラクラする。毒の抜けきっていない体で走っている為に視界がぼやけるし、足の力が入らない。いつもの四分の一の力も出ない。そんな膂力で走ってもたかが知れていた。
彼女はすぐに力尽きて、その場に倒れた。
足の感覚は無くなり、頭は快楽に侵されてもう何も分からない。
虫がチィの上に乗ってくる。何匹も何匹も群れを成して。
虫の垂らす体液がチィの服にかかり溶かされていく。
服を溶かした体液はそのままチィの体をも溶かしていく。
「あ゛ぁぁはっ……あれっ?いらいはずなのに、なんでこんらに、きもちいいの?」
蟻の様な虫の鋏が足に噛み付き、肉を噛みちぎる。
それさえも、彼女には快楽でしかない。
血が絶え間なく流れようが伝わってくるのは快楽、快楽、快楽。
「…………あはっ、あはははははははははははははっ!!あはぁっ、あはははっ、あははははははははははははっっ!」
その快楽の果てに、彼女の精神は壊れた。
己の身体を溶かされ、喰われながら、痛みも感じずにただただ気持ちよく死んでいく。
さっき見た女だって、恐らくこういう愉しい死に方をしたんだろう。
呆気ないけど、こういう死に方なら悪くない。気持ちいいまま死ねるなら、それでいい。
きっと前の彼女なら思わないであろう事を思いながら、絶え間なく出て来る笑い声をあげながら粗雑に喰われていった。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
ハオとシエンは惨劇が有った少し後にその場所に辿り着いた。
シエンが反響定位でその場所の情報を把握し、一点に大量の虫が群がっているという事をハオに伝えた。
ハオは奇跡的に使える形で残ったランプを片手にその虫が群がっている所を見て絶句した。
「っっっ…!……っくそ」
「どうした…?」
「な、んで…なんでそんな嬉しそうな顔して死んでやがる……こんな死に方、お前は絶対に好まなかっただろうが!」
いつもの口調が荒ぶり、息は荒い。目は怒りか、悲しみか、大きく見開いている。
ハオは腰に下げていた四本の剣のうち、二本を抜き、そこら一帯の虫を死体を傷付ける事なく一瞬で斬り散らした。
「ハオ…」
シエンの小さな声は届かなかった様でハオは無視して次の行動に移していた。
死体を起こして邪魔な髪をどかしてその顔を再度確認する。
それなりに鍛えてある四肢や腹、凛々しい顔は正真正銘チィの物だった。彼女の腹部や胸部の至る所が食い荒らされ、骨が見えている。足の片方は膝下から無くなっていた。
まだここまで綺麗に残っていたのが奇跡と言えるのだろうか。
「…なぁ、シエン。儂…いや俺はどうすりゃいい?」
「どう、とは…」
「こいつが死んだ事が何故か凄いショックで、後を追いたくなっとる俺がいる。………死んで良いか?」
「はぁ?」
そんな、答えが決まっている様な馬鹿みたいな事を聞いてくるハオにシエンは顔を顰め、その顔に蹴りを入れた。
「ぐおっ!?」
「馬鹿な事を言うな。後を追うなんて何を考えている。取り残された者は先立った者の意思を継ぐのが道理だろうが」
「……」
「リーを奪還し、この迷宮を攻略する。勘違いとはいえ稼げない訳ではあるまい」
「……そうやな」
「だが、お前とあの女は結構長い間一緒に居たのだろう。さっきの動揺の仕方で分かった………俺もそういう関係の人を失ったらそうなるんだろうか」
「ならんだろ。お前は薄情だからな」
的を突く発言に、シエンはがくりと崩れた。
「中々に酷いよな、あの女にも言われたぞ」
「俺だったら大切な妹が連れてかれたら焦る」
「強い妹だから信用してるんだ。放ってる訳じゃない」
会話を続けながらシエンは簡単にチィに火を付ける。
初めて嗅ぐ人の焼ける臭いにむせ返りそうだった。
「しかし…なんであいつは嬉しそうな顔をしていたのかね、そこだけが気掛かりだ」
「……そんなこと知るか。あと喋らせるな、臭いが酷くて息を吸いたくないんだ」
最後には黒ずんだ骨しか残らず、その周りに焦げた卵の様な物が散らばっていて寒気がした。
そして、要らない会話をして多少は軽くなった空気の中、骨を回収して進もうとした時、二人の背後から少女の声が聞こえた。
「あれ…。格納庫から抜け出したら此処に着くはずなんですけど、居ませんね…。あら?男のお方は珍しいですね。迷い人でしょうか」




