閑話:王子様の秘密の拘束具
Dear Lila
この馬鹿。
ヨハンから聞いたけど、お前、あのポンコツ王子に捕まったらしいな。
引きこもりのくせに、外からの侵入者許すんじゃねえよ。
こもるなら鉄壁要塞の中に閉じこもれ、世界を完全シャットアウトするのが真の引きこもりだろ。
俺に余計な心配かけさせるんじゃねえ。
今度会った時、罰としてデコピン決定な。
まあ、手紙にぐだぐだ書いたところでしょうがねえか。
易々と捕まった間抜けに、第一王子付きの近衛兵からのアドバイスだ。
お前、絶対無理して逃げ出そうとすんなよ。
人質は人質らしくおとなしくしとけ。
そうすれば、命だけは助かるだろ。
お前が思うより、王子は残酷な奴だ。
さくっと殺されるならまだしも、言うこと聞かせるために容赦なく拷問なんてのもあり得る。
耳落とされたり、指切られたり、女だったら無理やり抱かれたり……そういうの、嫌だろ。
痛い目に遭いたくなければ、大人しく、いい子にしてろよ。
Ashley
◆ ◆ ◆
「――怖っ!」
王子から手紙を奪い取った翌日。
睡眠を挟んで早速開いた便箋には、大量の脅し文句が綴られていた。
「酷いよね、俺が女の子を傷つけるわけないのに」
「うわっ」
耳に息がかかり、飛び跳ねる。
王子が後ろから覗き込んでいることに、今気づいた。
「でも、あまりに聞き分けが悪かったら、身ぐるみ剥がして無理やり抱くっていう選択肢はありかな?」
「は?」
「さすがに、真っ裸で外には逃げ出せないでしょ」
「……逃げるのを防ぐためなら、身ぐるみ剥がすだけでいいと思いますが」
「それだけだと、一生残る傷にはならない気がしてさ」
(残酷っていうより、下衆すぎる)
蔑みの気持ちを込めて睨みつけても、効果は砂粒ほどもない。
「嫌なら、アシュレイの言う通り、いい子にすることだね」
ぽんぽんと頭を撫でられ、強引に手を振り払った。
(国の命運がかかってるのに、いい子になんてしていられるわけないでしょう)
アシュレイの警告でかき消えるほど、胸に根付いた決意は淡くない。
「相変わらずつれないな。悪い子には、身ぐるみ剥がす前にあれ使っちゃうよ?」
「『あれ』……?」
長い指先が、アトリエの片隅に置いてある年季の入ったトランクケースを示す。
見るからに高級そうな代物だが、見覚えはない。
「王子の私物ですか?」
「正確には、王宮にあったものを持ってきたんだ。……中身、知りたい?」
「知りたくないです」
「そっか、じゃあ特別に教えてあげる」
(壮絶にろくでもないものが入ってるんだろうな)
王子がトランクケースを持って来て、蓋を開けると――中には、銀色に輝く物がたくさん収納されていた。
「わっ、綺麗」
「純銀で塗装されてるからね。売れば相当な値になるよ」
「でも、これ……買い取ってくれる場所ありますか?」
日差しに反射して煌めく銀のひとつを、手にとって眺めてみる。
鎖で繋がれた二つの輪っかは、どう見ても――
「手錠、ですよね」
「うん、お嬢さんの手に合うかどうかはわからないけどね」
「こっちのは……猿轡?」
「そうだけど、お嬢さんには使わないよ。可愛い声が聞けなくなるからね」
「……あっちの、大きい輪っかは?」
「首輪だよ。つけてほしい?」
「断固拒否します」
(予想より、遥かにろくでもないものばかりだった)
アシュレイの「残酷な王子」という警告は、あながち嘘でもないようだ。
「でも、なんだか、変ですね」
「というと?」
「拘束具を、見栄え良くする意図がわからないといいますか……」
リラの足首につけられている枷も、美しい銀だ。
犯罪者や拷問相手に使うものにしては、やけに凝っている。
「この拘束具、誰に使われてたものなんですか?」
好奇心が発した質問に深い意図はなかったが、王子は一瞬、口を噤んだ。
「――俺だよ」
「え……」
「って言ったら、少しは俺に優しくしてくれる?」
「冗談なんですか?」
「さあ、どうだろうね」
(……この言い方、冗談じゃない気がする)
パタン、とトランクケースが閉められる。
王子の過去も、無理やり押し込めるように……。
「さて、話はおしまい。俺は掃除でもしようかな」
「……王子が、掃除?」
「やることなくてさ」
(変な王子様……)
料理も掃除もこなす器用な王子様と、不気味なほど美しい拘束具。
謎は、どんどん増えていく。