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2-5:視線を重ねたその瞬間、戦いの鐘が鳴る

「……? どうして、あなたがお礼を言うんですか」

「なんとなく、アシュレイの代わりに?」

「意味がわかりません」

「そんなズバッと切り捨てないでよ」


 王子が窓から視線を戻し、リラの頭に手を乗せる。

 不快極まりないが、とっさに払いのけられなかったのは、赤い瞳が微かに憂いをはらんでいるように見えたからだ。


(言動と表情が、ちぐはぐすぎる)


 ここまで考えていることがわからないと、いっそ不気味だ。


「アシュレイのことなら、心配しなくても大丈夫だよ。今は長期休暇に入ってると思うし」

「年中無休で働かされてるのに、ですか?」

「考えてもみなよ。彼の護衛対象はどこにいるの?」


(あ……)


「……ここです」

「よかったね。君の大切なアシュレイは、過酷な労働から解放されたわけだ」


 確かに、王子がここにいては第一王子専属の近衛兵は働きようがないだろう。

 だが、憂いの消えた皮肉めいた笑みに、嫌な予感がこみ上げる。


「…………アシュレイは、あなたが王宮を脱走したこと、知ってるんですよね」

「知ってるよ、口頭で教えてあげたから」

「引き止められなかったんですか?」

「勝手にしろって言われたね」


(いや、勝手にしちゃだめでしょうよ)


「でも、王子がいなくなったら、近衛兵って責任を問われるんじゃ――」

「うん。よくて追放、悪くて処刑かな」

「処刑!?」

「当たり前でしょ。王子を守りきれなかったんだから」


 処刑台が「こんにちは」と脳裏に現れ、頭から急降下で血の気が引いていく。


「ま、今の俺は遠方の視察に出かけてることになってるから、すぐにどうこうはならないよ」

「時間の問題じゃないですか! 即刻、王宮に帰ってください!」

「嫌だね」

「嫌とかじゃないです、人の命がかかってるんですよ!?」

「俺だって、命かかってるよ? 亡命しないと、いずれ革命軍に殺されちゃうかもしれないんだから」


(そりゃ、そうかもしれないけど……)


 あまりに身勝手で、アシュレイからすれば理不尽極まりないだろう。

 当然、リラも納得できるわけがない。


「革命軍が襲ってきたとしても、アシュレイが守ってくれるでしょう?」

「甘いね。俺の疑り深さは教えてあげたはずだけど」

「部下のことは信じてあげてください」

「ごめんね。俺、信じられるのは自分だけって信条掲げてるからさ」

「そんなものはドブに捨てるべきです」

「ひどいなあ」

「ひどいのはどっちですか!」


(こうしている間にも、アシュレイの命が危ないかもしれないのに)


 王子の手の中にある手紙が、遺言だったらどうしよう。

 頭から爪先まで、温度を失ったように体が冷えていく。

 

「お嬢さん、アシュレイだって馬鹿じゃない。処刑が嫌なら、とっくに王宮から逃げ出してるよ」

「アシュレイを指名手配犯にしてもいいって言うんですか?」


 一般人でも分かる。

 逃げ出せば追手がかけられ、確実に処刑コースまっしぐらだ。


「俺には関係ないことだからね」

「……最低」

「お嬢さんにも、関係ないことでしょ?」

「関係ありますよ。アシュレイに死んでほしくない」


 人の命に重さはない、みんな平等だと聖人君子は口をそろえて言うだろうが……王子の命と、アシュレイの命、リラの中では圧倒的に後者の方が重い。


(私が捕まってることがすべての元凶なら、やっぱり、絶対、ここから逃げ出さなくちゃ)


「十数年も会ってない男のために王子に歯向かうなんて、お嬢さんは変わってるね」


 皮肉か、冷めた眼差しが返ってくるかと思ったのに、重なった視線はどこか切ない。

 予想を裏切る反応に目を奪われかけたが、ブンブンと首を振って我に返る。


(これ以上こいつの好き勝手になんか、させない!)


 いつの間にか手の届く位置まで下がっていた手紙に狙いを定め、床を蹴る。

 さすがに王子も咄嗟には反応できなかったようで、手紙はすんなりと奪い取ることが出来た。

 だが、その拍子に鎖に足を絡め、床に倒れ込んでしまう。

 全身を打ち付ける感覚に意識が飛んでしまいそうになったが、かろうじて留まった。


「――……いったぁ」


 ボロボロの体を、ゆっくりと起こす。

 痣が出来ているだろうが、後悔はない。王子の意表をつけたことで勇気を持てた。


「何やってるの、お嬢さん」


 呆れたように差し出された手を、パチンと叩く。

 深い赤の瞳が、大きく見開かれた。


「なんでも、あなたの思い通りにいくなんて思わないでください」

「それは、俺から逃げ出すって宣戦布告?」

「そうです」

「引きこもりのくせに勇敢だね、君は」

「これは、私一人の問題じゃないですから」


 人質という立場を忘れたわけではない。

 王子が、命を奪える短剣どうぐを持っていることも、覚えている。

 生命の危機は、素直に怖い。自慢ではないが、リラは勇敢とは程遠い臆病な心しか持ち合わせていないのだ。

 本当は今も、王子を怒らせてしまうのではないかと、体が小刻みに震えている。

 それでも、だ。

 大切な人の命、未来、国の存亡――引きこもりが抱えるには重すぎる荷物だが、放り投げるわけにはいかない。

 目にありったけの力を込めて諸悪の根源を睨みつけると、なぜか、盛大に吹き出された。


「いいね、その目。強気な子をへし折るの、俺大好きだよ」


 王子が床に膝をつき、リラの小さな顎を片手で鷲掴みにする。

 痛みで顔をしかめるが、そんなことはお構いなしに強引に視線を上向けられた。


「逃げられるものなら、逃げてみな」

「……望むところです」


 爪が肌に食い込むほど、強く手を握りしめる。


 戦いの鐘が、頭の中で鳴り響いた。

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