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2-3:不機嫌王子の人質教育(3)

「つーか、王宮に人の心を持った奴らが集まってるなら、そもそも革命なんて起きねーよ」


(そうだ、革命)


 呑気に食事をしている場合ではない。この国で今起こっていることを聞かなくては。


「国の中枢って、そんなに人でなしが多いの?」

「ああ」


 ヨハンに聞いたつもりだったが、先に口を開いたのは王子だった。


「政敵に毒盛って屠ろうとする奴らに、倫理的な心を期待出来る?」

「……出来ないです」

「だろ? 自己の利益に貪欲な奴らが圧倒的多数を占めてるんだよ」


(知らなかった……)


 王宮には、シルヴァンのような清廉潔白な貴族が大勢いるのかと思っていたのだが……どうやら、認識を改めた方がよさそうだ。


「そんな奴らが、国民のことなんて真面目に考えると思う?」

「……思わないです」

「だよね。そこに、革命の根本的要因がある」

「リラ、知ってたかー? 今の王様はな、戦争好きでしょっちゅう他国と戦してんだ」

「えっ」

「そんで、他の貴族たちは豪遊三昧」

「ええ!?」

「戦争と豪遊にかかる金をすべて負担してんのが、第三身分の国民だ。すげーだろ?」

「すごいというか……理不尽」


 エスポワール王国の厳格な身分制社会では、聖職者たちが所属する第一身分、貴族たちが所属する第二身分、そして、その他大勢が所属する第三身分に区分される。第一身分のさらに上が、レイナルド王子の所属する王族だ。

 遠い昔に習った身分制についての記憶を引っ張りだしつつ、ヨハンの情報を整理すると――この国の二割を占める第二身分以上の人たちが、八割を占める第三身分の人たちを苦しめていることになる。


「こんな国、いっそ壊れちゃえって思う人、たくさん出てきそうじゃない?」

「……確かに」

「そーいう奴らを意図的に集めて、先導する組織が最近できたんだよなー」

「あ、それが、『革命軍』?」

「そう」


 王子がよく出来ましたと言わんばかりに、リラの口にローストビーフを運ぶ。

 自分で食べますと主張するため口を開くと、その隙を逃さずまた強引に放り込まれた。


(……悔しいけど、美味しい)


「革命軍の目的は、身分制社会を壊し、新しい体制を作ることだ」

「その目的自体はいーんだけどよ、身分をなくしてくださいって、話し合いで解決するわけねーよな」

「口で言ってわからないなら、リラはどうする?」

「諦めます」

「うん、そう。拳でわからせるしかないよね」


 リラの発言をなかったことにして、王子は自分の口にもローストビーフを運ぶ。


(ええっと、つまり……)


「革命軍が、国を相手に戦争を起こそうとしてるってことですか?」

「おう」

「……で、そういう国の一大事に、王子は亡命を企んでると」

「うん。俺、我が身が可愛いからさ」


(何なの、それ)


 子どもの頃『王族は私たち国民を守ってくれる。そのお礼に、私たちは王族に尽くすの』と、母親が口癖のように言っていたことを思い出す。

 だが、王子は王族としての恩恵を受けるだけで、『私たち』を守ってくれる気はないらしい。

 口の中に残ったローストビーフの甘みが、苦いものに変わっていく。


「あなたは、国がどうなってもいいんですか?」

「うん。俺はむしろ、こんな薄汚い国壊れちゃえばいいのにって思ってるよ」


(とても、王族の言葉とは思えない)


 深い赤の瞳に、影が落ちる。

 そこにはリラの計り知れない『何か』が隠されているのかもしれないが、今心に思うことは一つ。


(この王子……やっぱり最低だ)


◆ ◆ ◆


 食事を終えてヨハンが帰り、アトリエ内に静けさが戻ってくる。王子は食事の後片付けをするため、キッチンへと姿を消した。


(今って、逃げ出すには絶好のチャンスだよね)


 革命の話が本当だとすれば、王子を亡命させるわけにはいかないのだ。

 内戦が勃発すると、シルヴァンはきっと苦しい思いをすることになる。それだけは、なんとしてでも避けたい。


(王族なら、革命軍が戦を起こさなくても、国を良くする力を持ってるはずだから……)


 王子に、考えを改め直してもらう。

 そのためにはひとまず、このアトリエから逃げなくては。

 リラが王子の手中にいる限り、シルヴァンは亡命の準備を進めてしまうだろう。

 なぜ平々凡々な画家を切り捨てないのかはわからないが、人質としての効力を発揮しているのが現状だ。


(……この枷、どうやったら取れるかな)


「あれ、まだ寝てないの?」

「……っ!」


 思考に耽っていると、王子が戻ってきてしまった。


「声かけただけなのに、なんでそんなに動揺するの? もしかして、逃げる術でも考えてた?」

「考えてません!」

「目が泳いでる」

「泳いでません……!」

「お嬢さんはわかりやすいなあ」


 くくっと、王子が楽しそうに喉を鳴らす。反して、リラの背筋には冷や汗が流れた。


(ご、誤魔化せそうにない……)


「逃げようとしたお嬢さんには、躾が必要かな」

「そんなの、いらないですっ」

「まあ、遠慮しないでよ」


 王子から逃げるように後ずさると、膝裏がソファーの角に当たってしまう。そのせいで体のバランスを崩し、背中が柔らかな材質に沈んだ。


「よしよし、いい子」

「ぶっ!?」


 起き上がるより早く、王子が近くにあったブランケットをリラにかぶせる。

 視界が遮られ必死にもがくが、上から体を押さえつけられてしまった。


「取りあえず、君が今するべきなのは、逃走よりも睡眠だ」

「ぐ……っ、苦しい!」

「大人しく眠らないなら、このまま気絶させちゃうよ?」


(気絶以前に、窒息して死ぬ……!)


 生命の危機を感じ抵抗を諦めると、王子の拘束も解ける。

 急いでブランケットから顔を出し、空気を肺いっぱいに取り込んだ。


「……人質を、殺す気ですか?」

「殺すんじゃなくて、寝かせるつもりだったんだけど」

「あなたの前で寝るつもりはありません」

「そんな聞き分けのないこと言うと、後で後悔するよ?」


 リラのそばに腰を下ろした王子が、懐から封筒を取り出す。


(あ……っ)


 ライラックの花が描かれた質のいい封筒には、見覚えがあった。


「アシュレイからの手紙、いらないの?」

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