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2-2:不機嫌王子の人質教育(2)

「革命軍に送った密偵から、おもしれー話が聞けましたよ」

「吉報? 凶報?」

「取り返しがつかなくなる前に情報を掴んだって点じゃ吉報だし、水面下で勢力拡大してたって事実だけ見りゃ、凶報っすね」

「なるほど」


(亡命の次は、革命軍? なにそれ……?)


 さすがに寝転がって聞くような話ではないのか、王子がゆっくりと体を起こす。

 あれほど固かった拘束が解け、すかさず逃げるが、王子の興味はすでにヨハンの報告に向けられているようで一瞥もされなかった。


「革命軍の隊員増加? それとも、武器の新規密輸ルートの開拓?」

「後者です。近隣諸国の武器商人と秘密裏に交渉を勧めてるよーで」

「成立したら厄介だね。妨害は?」

「諸外国が関わってるんで、その辺は外交官とシルヴィに一任してます」

「ん、ご苦労。引き続き監視と妨害はよろしくね。亡命する前に内戦始まっちゃうの、困るから」

「へーい」


 『明日の夕食何にしよう』というくらいの軽いテンションで、武器がどうの、内戦がどうのと平和ではない会話が繰り広げられる。

 それらすべてを無視できるほど、リラもお気楽な性格ではない。


「あの、つかぬことをお伺いしますが……この国で一体、何が起こってるんですか?」

「え、知らないの?」

「引きこもりだかんなー、リラは」

「う……」


 ここ数年、世間とは隔絶された小さな世界アトリエで生きてきた。

 時事情報は一切耳に入ってこない、ゆりかごのような場所で。


(こういう時、すごく不便だな)


「だめだよお嬢さん。たまには外に出ないと、気づいたら国がなくなってた……なんてこともあるかもしれないでしょ?」

「さすがにそれはないと信じたい……けど……」


(二人の話を聞く限り、絶対ないとは言い切れない)


「まあいいや。君も無関係ってわけじゃないからね。特別に教えたげよう」

「……ありがとうございます」

「かいつまんで言うとね――」


 ぐううう、と王子の言葉を遮るように、お腹が地響きを立てる。


(う、わ……なんでこのタイミングでっ)


 慌ててお腹を押さえるが、時すでに遅し。

 女子力を丸めて捨てたような音に、顔から火が吹き出そうになる。


(聞こえてなければいいけど……)


 そんな淡い期待は、王子とヨハンのきょとんとした顔により砕け散った。


「今のはなんだー?」

「天災?」

「……忘れて、ください」


 思えばもう何時間、食事をしていないことか。

 なんとも言えない沈黙は、二人の容赦ない大爆笑によって打ち破られた。


「とりあえず、話の前に食事しよっか、お嬢さん」


◆ ◆ ◆


 エビが入ったトマトとレタスの前菜に、ほかほかのパン付きポタージュスープ。メインディッシュはクリームソースがけのムニエルに、赤ワインソース添えのローストビーフ、そしてデザートにチーズタルトまで……。


「これ、誰が作ったんですか?」

「そんなわかりきったことを聞く必要ある?」


 顔料の付着したテーブルにクロスを引いて、王子が次々に料理を並べていく。盛り付けはもはや、一流シェフが作ったといっても過言ではないほどの出来栄えだ。


(何これ……昔、シルヴァン様の屋敷に招かれた時のご馳走とほぼ同じくらいのクオリティなんだけど……)


 鎖に繋がれているため調理中のキッチンを覗くことは出来なかったが、ヨハンは料理が出来上がるまでの間ずっとアトリエのソファーに寝転がっていた。となると、幽霊や妖精といったイレギュラーな存在でもいない限り、作ったのは王子しかいない。


「本当はこれ、昨日の夕食だったんだけどね。引きこもりの割に食材が豊富にあって、なかなか作りがいがあったよ」

「あー、この家、エリカが定期的に食材補充しに来るんすよね。……にしても、すげー。あんた、王子やめたらシェフに転職出来るんじゃないすか?」

「いいね、それ。王宮に縛られるよりはずっと楽しそうだ」

「あの……根本的な問題で大変恐縮ですが、どうして王子が料理を作れるんですか?」


 王宮には、宮廷料理人がいるはずだ。

 王子が料理を作る機会など、皆無に等しいだろう。


「なに? 王子が料理しちゃいけないの?」

「そこまでは言ってませんけど……料理作りが趣味なんですか?」

「いや? 別に、料理を作るのが好きってわけじゃないよ」

「好きじゃないのに、作れちゃうんですか……?」

「生きるために必要なことだったからね」

「はい?」

「宮廷料理なんて、食べられたもんじゃない」


 王子が三つのグラスに水を注ぎ、リラの隣に腰を下ろす。

 テーブルを挟んだ向かいでは、眠たげなヨハンが小さくアクビをもらしていた。


(食べられないくらい、料理人の腕が壊滅的なの……?)


 そんなわけはない、と瞬時に否定する。

 王宮に在籍する料理人は、国内でも一位、二位を争う腕の持ち主であるはずだ。勝手な想像ではあるが、そうでなくては務まらない職だろう。


「とりあえず、冷める前に食べようか?」

「へーい。俺もさり気なくいただきまーす」

「……い、いただきます」


 どんどん疑問符を増やしていくリラのそばで、王子はナイフとフォークを手に取り、上品な手付きでムニエルを切り分けていく。白身をフォークに取り、それを自分の口――ではなく、リラの唇の前に差し出した。


「はい、あーん」

「……っ、自分で食べられます」

「俺が食べさせたいんだよ。ほら、どうぞ?」

「どうぞって、なんで……、むぐっ」


 半ば強制的に、口の中に白身魚が放り込まれる。

 クリームソースを絡められた白身は、王子に対する苦情が瞬く間に溶けてなくなるほど、美味だった。


「どう?」

「…………美味しい、です」

「それはよかった」


 くくっと王子が喉で笑い、クリームソースのついたリラの唇を親指で軽くなぞる。


「ねえ、もしこの料理に毒が入ってたら、どうする?」

「……っ」


 ドキリ、と鼓動が胸を刺す。

 唇をなぞられた感触と、脅しのような囁きの両方に反応した心臓は、ひそかに早鐘を打ち始めた。


(いやいや、待って。おかしい……)


「……人質を殺すメリットが、あなたにあるとは思えません」

「うん、そうだね。俺は君を殺すつもりはない。だから、毒を盛ることもない」


 指についたクリームを、王子が舌で舐め取る。毒が盛られていない証拠だ。

 微かな緊張がほどけ、ほっと胸を撫で下ろす。


「でも、第一王子を目障りだと思って、殺したいなと思ってる人間はたくさんいる」

「あ」

「ここまで言えば、もうわかるでしょ? 俺が、料理作れる理由」

「……他人が作った料理には、毒が入ってるかもしれないからですか?」


 正解だと示すように、王子の口角が上がった。


「もちろん毒味係がいるし、そう簡単に毒は盛れないんだけどね。でも、『絶対大丈夫』なんて言葉は王宮には存在しない。実際、俺は毒で死にかけたことあるし」

 

 毒を盛られた過去が、料理の腕をシェフ並みにしてしまったのか。

 なんとも、やるせない理由だ。


「そういうの、日常茶飯事なんですか?」

「まあね」

「ひどい……」


 肩をすくめた王子に、それまで黙っていたヨハンがふっと息をつく。


「つーか、王宮に人の心を持った奴らが集まってるなら、そもそも革命なんて起きねーよ」

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