3-1:与えられた罰(1)
銀の足枷が、国や、友人の運命を左右する。
そんな真実を知れば知るほど、焦燥感は膨らんでいく。
一刻も早く、枷を外さなくては。
一刻も早く、元の日常を取り戻さなくては。
どんな手を使っても、必ず――
◆ ◆ ◆
「いいですか、リラ様」
監禁生活3日目。
この日アトリエを訪れたのは、シワひとつない燕尾服をかっちり着込んだ小柄な青年だった。
オリーブ色の長い髪を一つに束ね、翡翠の瞳に銀の枷を映している彼は、プリドール公爵家に仕えている執事のエリカだ。
「足枷についている錠を外すのは、難しいことではありません。金庫の鍵に比べると、赤子の手を捻るようなものですよ」
「ふむふむ……」
「つまり、ピッキングマスターである俺の手にかかれば、こんなの鍵のかかっていない足枷と同じわけです!」
「ピッキングマスターって、それ犯罪者じゃ……」
「まず、二本の針金を用意します」
「聞いてないね」
エリカが懐から取り出したのは、曲がった針金と、真っ直ぐな針金の二本だ。
なぜそのようなものがポケットに入っているのかは、怖くて聞けない。
(まあ、枷が外れるならなんだっていいや)
王子は、エリカが持ってきた大量の国政に関わる書類の決裁に追われている。
さすがに国の機密情報をアトリエ内で処理するつもりはないようで、隣のリビングにこもっているのだ。
王子の監視がないこの隙に足枷を外せたなら、国や友人を救うことが出来る。
犯罪がどうこう突っ込んでいる場合ではない。
(そもそも、アシュレイの忠告を無視してエリカに助けを求めたのは私なんだから……)
『ピッキングのやり方を教えてもらいたい』と言い出したのは、リラだ。
いつの間にか道具を使った実戦形式の指導になっているが……これで枷が外れれば、細かいことには目を瞑れる。
「初めに、この折れ曲がった針金を鍵穴に差し込みます。次に、真っ直ぐな針金を入れて……」
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
銀の錠と針金が、不快な金属音を奏で始める。
「……入れて、回せば……」
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ。
「うん……外れないですね」
「諦め早!」
「さすが、王族御用達の足枷です。やっぱり一筋縄ではいきませんか」
(自称ピッキングマスターでも外せないんだ)
希望は、一気に絶望へと変わった。
「仕方ありません。かくなる上は、これを使いましょう」
「まだ何か策があるの?」
「ええ」
ピンをしまったエリカが、懐から細長いものを取り出す。
短剣にも見えるそれは、鞘を外すとギザギザの刃をきらめかせた。
「な、なんでノコギリを持ってるの……?」
「執事たるもの、どんな不測の事態にでも対処出来るようありとあらゆる物を持ち歩いてるんですよ」
(ノコギリが必要な不測の事態ってなに!?)
これも、深く聞くと闇を見てしまいそうだ。
だが、繰り返そう。枷が外れるなら何だっていい。
「ノコギリマスターである俺の手にかかれば、こんなの鎖のない足枷と同じわけです」
「あれ、なんだか、デジャブが……」
「さあ、いきますよー!」
ギイギイギイ。
鎖とノコギリが擦れ合い、先ほどとは比較にならないほどの不協和音が耳を襲う。
(これは、辛い……っ)
「……こうやって、地道に削っていけば……」
ギイギイ、ギイギイ。
ギイギイ、ギイギイ、ギイギイ、ギイギイ。
「ねえ、うるさいんだけど」
「「あ……!」」
パキン――と、ノコギリの刃が欠けてしまう。
(細い鎖なのに……強い!)
「俺の、俺のノコギリが!!」
がくっと膝をついたエリカを、アトリエに戻ってきた王子が冷ややかに見下ろした。
「何やっても無駄だよ。足枷も鎖も、国民の血税で作られた特注品だからさ。労力と工具を無駄にしたくなければ、力づくで外そうとするのはやめた方がいい」
「でしたら、最終手段として王子を抹殺し鍵を……」
「待ってエリカ! それはやめよう、落ち着こう!」
立ち上がってノコギリを振りかざそうとしたエリカに、すかさず声を投げる。
アトリエで流血沙汰だけは、掃除が大変なのでやめてほしい。
「プリドール家の執事は血気盛んだね。ただの画家がそんなに大切?」
「大切ですよ! リラ様は、俺のご主人様にとって大切な宝物ですから!」
(私の絵、そんなにシルヴァン様に評価されてるんだ)
宝物とは、そういう意味だろう。
胸の奥が少しくすぐったい。
「それなら、悪人に奪われないよう手元に置いて大切に愛でるべきだったね」
「大丈夫です、奪い返せばいいだけの話ですから」
「あれ、それは俺に対する宣戦布告?」
「それ以外の何だって言うんですか」
「へえ……」
(あ、まずい)
王子とエリカの間に、見えない火花が散り始める。
小さな火は、大きな火事のもとだ。
「あの、二人とも一旦落ち着いて――」
「物分りの悪い執事には、人質の意味を叩き込まなくちゃいけないみたいだね」
「……!」
不吉な宣言とともに、王子がリラの腰を抱き寄せる。
相変わらず抵抗する間もない素早さで、ワンピースの襟をぐっと引っ張られて――
「逃げ出そうとした罰だよ、お嬢さん」