表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

王子様の革命宣言

 『人』は、生まれる場所を選べない代わりに、生き方の選択肢を与えられる。

 だが『王子』は、生まれる場所を選べない上に、生き方の選択肢すら与えられない。

 王宮という名の牢獄に足枷をつけられ、権謀術数を巡らせながら国のために一生を尽くす。

 なんと理不尽で、哀れな生き物だろう。

 それが、エスポワール王国の第一王子、レイナルド=クロイゼルの口癖だった。

 

◆ ◆ ◆


「アシュレイ、俺はこの国を壊すよ」

「は?」


 真夜中の、神聖なる謁見の間。

 ステンドグラスに描かれた神々の視線を一挙に浴ながら、淡い茶髪の青年――レイナルドは、王子らしからぬ爆弾発言を爽やかに投下した。


「再起不能なまでに国をめちゃくちゃにして、王族を徹底的に排除する」


 礼服の重い装飾を揺らし、臙脂のマントをなびかせながら、一直線に向かう先にあるのは空席の玉座だ。

 豪華絢爛の極みを尽くしたその玉座は、王だけが腰掛けることを許される、格式高いもの。その深紅の台座を、レイナルドは土足で踏みつける。まるで、この椅子に価値はないのだと示すように、堂々と。


「俺を縛るすべてのものを壊す、革命の始まりだ」

「よくわかんねえけど、勝手にしろよ。……言ってることすげえ痛いけどな」


 国をも揺るがす発言を一蹴したしたのは、謁見の間の豪奢な扉に背を預けている青年だ。

 レイナルドの纏う白い礼服とは対象的な黒のコートに身を包み、その顔をフードで隠している。見るからに暗殺者顔負けの不審人物だが、レイナルドに警戒する様子はない。


「君に言われなくても、勝手にするよ。それでね、手始めに王子をやめようと思うんだ」

「じゃ、宰相に退職届でも出すんだな」

「受理してもらえるかな?」

「もらえねえから、国壊すとか言ってんだろ、あんた」

「ふふ……君のそういう賢いところ、大好きだよ」


 レイナルドが、天井を仰ぐ。

 ステンドグラス越しに降り注ぐ月の光は、まるでスポットライトのように彼を包み込んでいた。


「俺は、お前のすべてが大嫌いだけどな」


 一方、光の当たらない場所にいるアシュレイは、泣く子も黙る鋭い眼光を飛ばす。

 『嫌い』という字面通り、フードの奥に嫌悪を滲ませて。


「そっか、残念。気が合わないね」

「御託はいい。……それで?」

「ん?」

「レイナルド、お前は俺に何をさせるつもりだ? 用もないのに呼び出したわけじゃねえだろ」


 視線を戻したレイナルドが、満足げに頬を緩める。


「国を壊す前に、会いたい人がいるんだ」

「誰だ?」

「プリドール公爵が溺愛している、引きこもり画家」

「……画家?」

「君も知ってるでしょ? プリドール公爵が、森の奥深くに可愛らしいお嬢さんを隠してるっていう有名な噂」

「ああ、あったな……そんなのも」


 シルヴァン=プリドール公爵。

 王弟の子息に当たる彼には、数年前からひとりの女性を溺愛しているという噂が流れている。

 誰の目にも触れないよう、大切に大切に飼われているその女性は、稀有な才能を持った画家らしい。

 だがあくまでも噂であって、実際にプリドール公爵の溺愛する画家を見たことのある人物は、少なくとも社交界にはいない。

 それくらい不明瞭な情報だと言うのに、レイナルドの笑みには『実在する』という絶対的な自信があった。


「国を壊すのと、その引きこもり画家に会うのは何か関係があるのか?」

「もちろん、俺が関係ないことをするわけないよね」


 王座が、軋んだ音を立てる。

 悲鳴にも聞こえるそれは、国の行く末を嘆いているのか、それとももっと別のことを示唆しているのか。


「彼女には、革命の礎になってもらう」

「なんでただの画家が、お前の遊びに付き合わなくちゃなんねえんだよ」

「それは秘密。でもいずれ、アシュレイにも教えてあげるよ」


 くすくすと、レイナルドの笑い声が大きくなっていく。

 神聖な場所をぶち壊すように、大切なものを粉々にするように。


「だって彼女は、君の大切な友人だもんね」

「……っ」

「アシュレイは隠してたつもりかもしれないけど、俺は全部知ってるよ」


 明るい赤の瞳が、残酷に細められる。


「ねえ、アシュレイ。――『リラ』を、俺にちょうだい?」


 場を満たす静寂な空気が、微かに震えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ