王子様の革命宣言
『人』は、生まれる場所を選べない代わりに、生き方の選択肢を与えられる。
だが『王子』は、生まれる場所を選べない上に、生き方の選択肢すら与えられない。
王宮という名の牢獄に足枷をつけられ、権謀術数を巡らせながら国のために一生を尽くす。
なんと理不尽で、哀れな生き物だろう。
それが、エスポワール王国の第一王子、レイナルド=クロイゼルの口癖だった。
◆ ◆ ◆
「アシュレイ、俺はこの国を壊すよ」
「は?」
真夜中の、神聖なる謁見の間。
ステンドグラスに描かれた神々の視線を一挙に浴ながら、淡い茶髪の青年――レイナルドは、王子らしからぬ爆弾発言を爽やかに投下した。
「再起不能なまでに国をめちゃくちゃにして、王族を徹底的に排除する」
礼服の重い装飾を揺らし、臙脂のマントをなびかせながら、一直線に向かう先にあるのは空席の玉座だ。
豪華絢爛の極みを尽くしたその玉座は、王だけが腰掛けることを許される、格式高いもの。その深紅の台座を、レイナルドは土足で踏みつける。まるで、この椅子に価値はないのだと示すように、堂々と。
「俺を縛るすべてのものを壊す、革命の始まりだ」
「よくわかんねえけど、勝手にしろよ。……言ってることすげえ痛いけどな」
国をも揺るがす発言を一蹴したしたのは、謁見の間の豪奢な扉に背を預けている青年だ。
レイナルドの纏う白い礼服とは対象的な黒のコートに身を包み、その顔をフードで隠している。見るからに暗殺者顔負けの不審人物だが、レイナルドに警戒する様子はない。
「君に言われなくても、勝手にするよ。それでね、手始めに王子をやめようと思うんだ」
「じゃ、宰相に退職届でも出すんだな」
「受理してもらえるかな?」
「もらえねえから、国壊すとか言ってんだろ、あんた」
「ふふ……君のそういう賢いところ、大好きだよ」
レイナルドが、天井を仰ぐ。
ステンドグラス越しに降り注ぐ月の光は、まるでスポットライトのように彼を包み込んでいた。
「俺は、お前のすべてが大嫌いだけどな」
一方、光の当たらない場所にいるアシュレイは、泣く子も黙る鋭い眼光を飛ばす。
『嫌い』という字面通り、フードの奥に嫌悪を滲ませて。
「そっか、残念。気が合わないね」
「御託はいい。……それで?」
「ん?」
「レイナルド、お前は俺に何をさせるつもりだ? 用もないのに呼び出したわけじゃねえだろ」
視線を戻したレイナルドが、満足げに頬を緩める。
「国を壊す前に、会いたい人がいるんだ」
「誰だ?」
「プリドール公爵が溺愛している、引きこもり画家」
「……画家?」
「君も知ってるでしょ? プリドール公爵が、森の奥深くに可愛らしいお嬢さんを隠してるっていう有名な噂」
「ああ、あったな……そんなのも」
シルヴァン=プリドール公爵。
王弟の子息に当たる彼には、数年前からひとりの女性を溺愛しているという噂が流れている。
誰の目にも触れないよう、大切に大切に飼われているその女性は、稀有な才能を持った画家らしい。
だがあくまでも噂であって、実際にプリドール公爵の溺愛する画家を見たことのある人物は、少なくとも社交界にはいない。
それくらい不明瞭な情報だと言うのに、レイナルドの笑みには『実在する』という絶対的な自信があった。
「国を壊すのと、その引きこもり画家に会うのは何か関係があるのか?」
「もちろん、俺が関係ないことをするわけないよね」
王座が、軋んだ音を立てる。
悲鳴にも聞こえるそれは、国の行く末を嘆いているのか、それとももっと別のことを示唆しているのか。
「彼女には、革命の礎になってもらう」
「なんでただの画家が、お前の遊びに付き合わなくちゃなんねえんだよ」
「それは秘密。でもいずれ、アシュレイにも教えてあげるよ」
くすくすと、レイナルドの笑い声が大きくなっていく。
神聖な場所をぶち壊すように、大切なものを粉々にするように。
「だって彼女は、君の大切な友人だもんね」
「……っ」
「アシュレイは隠してたつもりかもしれないけど、俺は全部知ってるよ」
明るい赤の瞳が、残酷に細められる。
「ねえ、アシュレイ。――『リラ』を、俺にちょうだい?」
場を満たす静寂な空気が、微かに震えた。