納得できない2
「からかって、悪かったよ」
俺は二人に謝った。
「でも、逃げ足が最強なのは本当だぜ。だいたい喧嘩なんて、勝っても負けても、いい事なんて一つもないんだから。どんなに理不尽でも、怪我を負わせれば傷害罪で訴えられる」
みんなの顔色がさっと変わる。
しまった。自虐ネタのつもりだったけど、重かったか?
「ごめん」
河合が謝る。
「お前が謝ることはない。俺の中ではもう終わったことだし。本当に気にしないでくれ」
俺は小学生の時、空手もやっていたけど、少年野球のチームにも所属していたから、中学の部活は迷わず仲間と共に野球部を選択した。
ところが、希望を持って入部した野球部は、不良どものたまり場だった。
しごきの名のもと上級生による下級生のいたぶりは日常茶飯事だったし、裏では恐喝や万引きの強要もあった。
そして、俺が空手をやめるきっかけとなったリンチ事件が起こった。
「違うんだ。そうじゃなくて、俺達、噂話や裏サイトに書かれてたことを信じてさ、ずっと大和のこと、狂暴なサイコパス野郎だと思ってた。大森に本当の事を聞いて、誤解してたことを謝りたいと思ってたんだ。本当にごめん」
驚いた。
河合達がそんなふうに思っていたなんて。
「全部が誤解でもないさ、やさぐれてたのは事実だからな」
俺は部活動に無関心だった顧問に実状を訴えた。
その結果、中途半端な指導が上級生にされ、よくもチクったなと俺はリンチを受けた。
だがそれは想定の範囲内、身体は鍛えているし、暴力を受けた結果を見せれば、学校もそれなりに動くと踏んでの行動だった。
途中でアイツが助けにやって来なければ、何も問題はなかったのだ。
「貴史、あの時は悪かったな。みんな、俺を庇ってくれたのにさ」
「うううん、でも、よかった、よかったよ。功ちゃんが戻って来てくれて。本当に、俺、嬉しい。康平もどんなに喜ぶかっ、あいつ、本当に、気にして」
貴史は、泣き出した。
大森貴史は、同小で少年野球チームの仲間でもあった。
「ああ、康平には悪いことをしたな。あいつの性格じゃ、気にしないわけないもんな」
「そうだ! 功ちゃん、待ってて! 俺、康平呼んで来る!」
貴史はハッと気付いたように、教室を駆け出して行く。
最終的にリンチ事件は俺が手を出して、怪我を負わされたと保護者から訴えられた。
しかし、学校の隠蔽体質と一年の野球部員の証言のおかげで、俺は不問に付されたのだが、おそらくそれを不服に思った誰かが空手協会に通報したのだろう、俺は全国大会への出場停止処分を受けた。
そればかりか、学校の裏サイトにあることないこと書き込まれて、喧嘩をふっかけられる事が多くなり、結果的に、俺は野球部も空手もやめざるを得なくなった。
貴史が康平を連れて来て、俺が悪かったと謝ると康平は泣いて抱き付いてくる。
「お前のせいじゃないってあれほど言ったのに、まだ気にしてたのかよ」
「気にするよ。グレて、誰とも口をきかなくなって、みんな、どんなに心配したか、・・・功ちゃんは分かってない」
確かに理不尽だと憤慨していたのは事実だが、事件はきっかけに過ぎなかったと、今ならはっきり分かる。
俺は既に虚無に侵されていた。
全ては虚無が原因なのに、状況的には事件のせいみたいになって、なんか悪いことをしたなと反省する。
「本当に悪かったよ。ごめんな、心配かけて」
「約束だよ? 俺・・・もう、いやだからな・・・」
デカい図体の男にぎゅうぎゅう抱きしめられて、苦しい。
「分かったから、もう泣くなよ。康平は相変わらず泣き虫だな。お前、野球部の主将なんだろ? しっかりしろよ」
康平の腕から逃れて、ポケットから清潔なハンカチを出し、涙を拭いてやる。
ちなみに、ポケットの中にはオキシドールとバンドエイドも入っている。
愛美はしょっちゅう転ぶから、いつでも処置できるように常備しているのだ。
「好きでやってるんじゃない! 功ちゃんが勝手にやめちゃうからじゃないか!」
康平が怒って文句を言う。
俺と康平は、小学三年生の時からずっとバッテリーを組んでて、俺はこいつの女房役だった。
こいつの面倒をずっとみてきたから、一から十まで癖も性格もよく知っている。
普通、ピッチャーは俺が俺がっていう自信家タイプが多いのに、こいつは気が優し過ぎて。
確かに、野球は上手いけどリーダータイプではないんだよな。
「わかった! わかったから! 俺が悪かった! 済まなかったから、泣きやんでくれよ、な?」
「ねぇ、野球部に戻って、俺の球受けてくれよ! また、一緒にやろう? 功ちゃん、俺、うんって言うまで、離さないよ!」
そう言って、康平は俺の右腕にしっかりしがみついた。
「「「そうだよ! それがいいよ!」」」
「それ、いい考えだな!」
「大和なら、すぐに勘を取り戻せるよ」
「最後の大会、一緒に出ようぜ!」
「俺、功ちゃんとまた野球やりたい」
「なぁ、一緒にやろうぜ、大和」
康平を宥めてる間に、いつやって来たのか野球部の連中に取り囲まれていた。
イラついてひどい態度をとった俺に、温かい言葉をかけてくれる。
素直に嬉しいと感じた。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて、本当に嬉しいよ」
「「「功ちゃん!!」」」
「「「大和!!」」」
すると突然、河合が野球部の囲いを破って入って来た。
「どうした?」
ムッとした顔をして、俺の目の前に仁王立ちする。
ああ、こいつらがクラスを騒がせたのを怒っているのか。
俺もまさかこんな事態になるとは、思ってもみなかった。
悪いなと謝ろうとしたその時、河合は無言で俺の左腕に巻き付いた。
・・・・・・
「なんで?」
「・・・なんとなく?」