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納得できない1

「大和くん!」

「ああ」


 青木はあれ以来、毎度律義に誘いにやって来て、俺はプロレスのごっこ遊びに付き合わされている。

 俺自身が青木に誘えと言っただけに、断ることも出来ない。   

 河合への牽制のつもりで言っただけなのに。

 

 俺の誤算は、河合がかなりの格闘技オタクで、俺の技のキレに惚れこんでしまったこと。

 俺が行くとキラキラした目で出迎えて、技をかけてくれとせがんでくる。




「かっけー! 大和ってやっぱスゲーな! どうやったらそんなふうにカッコ良く出来るんだ? コツとかあるのか? 実践で使える技は? 大和は喧嘩の時使った事あるのか? どうだった? なぁ、教えてくれよ~」


 そして、プロレスごっこに仕方なく参加しているうちに、河合達にまとわりつかれるようになった。

 今では休み時間になると、なぜか俺の席の周りに集まって格闘技談議を始める。

 俺がスルーしていてもまったくお構いなしで、熱弁をふるっている。

 これまでは適当にあしらっていたけど、状況が変わった。


 愛美がとうとう学年一の嫌われ者に手を出してしまった。

 もともと愛美は保健室にはよく行っていたから、まだみんなにはバレていない。 


 佐藤の評判は最悪だ。

 友達のフリして裏で悪口を言う裏切り者、男に媚びるあばずれ女、友達のカレシを寝取ったサイテー女、落とした男の数を自慢する尻軽女などなど、クラスの違った俺でさえも知っている。

 噂が本当だろうと嘘だろうと、この学校の女子で佐藤と友達になりたいなどという大馬鹿ものは愛美くらいだろう。

 

 理由は、佐藤にこんな悪女なのだから嫌われて当然、というレッテルを貼った奴らに睨まれたくないからだ。

 奴らの意に添わなければ、生意気だと今度は自分が標的にされる。 

       

 奴らは、好都合の理由があれば嬉々と大義名分にして、理由がなければねつ造して、虐めを娯楽のように楽しむ。

 俺からしたら悪趣味な奴らだと思うが、主犯格の女は、嫉妬深く面倒極まりない怖ろしい女のくせに、なぜか多くの生徒の支持を集める特権階級、不良と病気持ちのスペックでは、たたかうにしても圧倒的に不利だ。

 

 

 面倒だが、愛美を守るためだ。仕方がない。

 俺は、このクラスの主導権を握らせてもらうことにした。 


「なぁ河合、実践で使える打撃コンビネーションを教えてやろうか?」

 

 


 

 俺は積極的にこのクラスのムードメーカーである河合達と親交を深めていく。

 河合は横柄なところもあるが、お調子者で楽しいヤツだから、友達が多い。

 つまり、このクラスの一軍。

 俺は河合を利用して、カーストの一軍に仲間入りを果たした。


 河合達と親しく付き合う俺の姿を見て、クラスの連中の俺を見る目が変わる。

 俺を怖がって近寄らなかった連中が、噂ほど怖い人じゃないかも?とか、敵にまわせば怖いけど味方なら百人力じゃね?みたいな感じで、恐る恐る接触してくる。


 特に男連中は俺に興味深々で、河合達に格闘技(かくとうわざ)のレクチャーをしていると、俺達にも教えてくれよと、わらわら寄ってくる。

 まぁ、河合ほどでなくとも、男なら誰でも喧嘩の強さには憧れるものだ。

 俺は、河合を土台にして男どもの支持を集めていった。



 


「なぁ、大和はどっちが有効だと思う?」


 休み時間、俺の席の周りには大勢の男連中が集まるようになっていた。

 もうビクビク怯えてもいない。


「少なくとも派手なプロレス技は喧嘩には、使えねぇな。技をキメる前に殴られる」 

「ほらほら、やっぱ、打撃技だよ!」

 俺が答えると石井が嬉々として言った。 

      

 先ほどから河合と石井の二人は、喧嘩に一番有効な技は何かについて、持論を展開し言い争っていた。


「そうとも言えないだろ。接近戦では打撃技の威力は半減する!」

「でも、大和が喧嘩に強いのは、空手をやってたからだろ?」

 

「さぁな」


 周りの連中も、喧嘩は殴り合いだろとか、いや投げ技じゃねえかとか、目潰しは?とか、意見が分かれて決着がつかず、俺にジャッジを振ってきたのだ。 

 

「どっちとも言えねぇな。双方ともに弱点があるし、相手や己の体格や力量にもよる」

「「ええ~」」

 どちらの主張も退けられて、二人とも不満げだ。


 俺はピンとひらめいて、二人に言った。

「打撃技か関節技かと聞かれれば、どっちとも言えないが、喧嘩に一番有効な技なら教えてやれるぞ? それはな、ニゲアーシだ」


「え? 何それ! 俺、聞いたことない!」

「俺も!!」

 

「「どんな技なんだ? 教えてくれよ!!」」

 二人は瞳を輝かせ、身を乗り出して俺に訊ねる。


「その技はな、とにかくスピードが重要なんだ」


 ふむふむと、二人は一言も聞き漏らすまいと真剣な面持ちで、俺の話に聴き入っている。

 俺の意図に気付いた周りの連中は、事の成り行きをニヤニヤしながら眺めていた。


「だから、そうだな、お前達にはぴったりの技だ」

「「おおーーーー!!」」



「二人とも本当に分からないの? ニゲアーシって、逃げ足のことだよ」 

 しばらく二人をおちょくって遊んでいたら、ワクワク興奮している河合達を気の毒に思ったのか、気の優しい青木がばらしてしまった。

 きょとんとする河合達に、笑いを堪えていたみんなが、ぶはっと噴き出して大笑いした。


「サッカー部と陸上部なら、足は速いだろ? お前ら、最強じゃねぇか! 良かったな!」

「はぁ?! なんだよそれ! からかったのか?! 大和、ひでーぞ! くっそー、みんなで笑い者にしやがって」 

「そうだよ。こっちは真剣に聞いてるのにさ」

 

 ひどいひどいと口をとがらせて文句を言う河合と石井に、さらに大爆笑となる。

 俺も拗ねる二人が可笑しくて、げらげら笑った。



「大和が笑った・・・」 

「「「「ほんとだ。笑ってる」」」」

 河合が驚いたように言ったかと思うと、周りからも同意の声が上がる。


「はぁ? 俺だって可笑しければ笑うさ」


「いや、おめー、笑わねぇし!」

 河合が即座に否定の言葉を発した。


「そうか? そう・・・だったかな」


 

 考えてみれば、そうかも知れない。

 声を上げて笑ったのは、随分久しぶりの気がする。


 ご機嫌をとる目的のためだけに近付いたはずが、男同士の馬鹿話を楽しいと感じている自分に驚いた。

 居心地も、正直悪くない。

 あれほど人と交わるのが煩わしかったのに。

 どういうことだろう。


 そう言えば、最近はあの捉えどころのない虚無感にも襲われなくなってる。

 何もかもが無為に感じられて、喜びも悲しみも、笑うことも忘れた。

 どれだけもがこうとも薄闇の世界から抜け出せず、ただ亡霊のようにさまようだけの日々。


 

 この世に生きている実感がなかった。

 今は心配事が多くて落ち着かないけど、確かに生きてると思える手応えがある。

 


 あれか!

 やらかしてばかりの愛美のフォローに追われて、つまらない感傷に落ち込んでるひまが無いのか。


 ・・・・・・


 心境としては複雑だけど、まー、あの異次元に一人だけ取り残されたような感覚から、脱出できたのはありがたい。

 何はともあれだ。


 ん? ふと愛美の言った言葉が頭をよぎる。


『自分の努力ではどうにもならない時ってあると思う・・・・・・助け出してくれる誰かの手が必要なの』


 

 ・・・・・・


 

 いやいや、俺の場合、こき使われてる感しかありませんけど?


 





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