気になる2
「おい、まさか、それを全部持ち帰るつもりじゃないだろうな?!」
帰り支度をしている愛美に、思わず声を出た。
「? どうして? 家で勉強するには持って帰らないと」
「お前には無理だ。それとも親が迎えに来てくれるのか?」
「ううん、自分で帰るよ。私、これからは全部自分でするの。そう決めたの! 朝、休み休みだったけど持って来られたんだもの、帰りだって大丈夫よ。家近いし。心配してくれてありがとう。じゃ、大和くん、また明日。うんしょっと。あれ? すごく重い。おかしいな」
そりゃ、今朝は張り切って来たんだろうさ。
でも、今は、早朝から久方ぶりの慣れない学校生活で、どう見てもお前ヘロヘロじゃないか。
「ちょっと貸せ」
俺はカバンを分捕ると必要なものだけを残し、要らない教材は机の中にしまった。
「勉強したいなら、家用に他の教材を買ってもらえ。持って帰るのは宿題で必要なヤツだけだ」
それでもコイツにしたら結構な重さになった。
「あ、ありがとう」
半分納得いかないような顔をしながらも、持ちあがらないのは事実だったので、愛美はカバンを受け取ると重そうに持ちながら、よたよたと教室を出て行く。
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イライラしながら時間が経つのを待つ。
さすがにもう、行っただろ、・・・行ったよな?
まだ、廊下を歩いてる、なんて事はないだろう。
念のため、廊下をちらりと覗いてみる。
・・・・・・
いた。
うちの教室から数メートルくらい進んだ先に。
口だけは立派なコイツもコイツだけど、困ってる奴が目の前にいるってのに、手を貸してやろうっていう人間は一人もいないのか?!
手伝ってやれよ!!
だああああああああああああ、もう、だめだ! 我慢出来ない!!
廊下をよろめきながら歩く愛美の背後から、カバンを取り上げた。
「家まで運んでやる。帰り道のついでだから、遠慮はいらない。行くぞ」
愛美はごちゃごちゃ言っていたけど、無視した。
とにかく、愛美を自宅に返品しなければ、俺の頭がおかしくなりそうだった。
声がしなくなったなと校門を出たところで気付いた。
振り向くとやっぱりいない。
うっかり、本人を置いてきてしまった。
愛美の家は知っている。
学校の近くにある内科、小児科の高岡医院。学校の担当医でもある。
愛美は皮肉にも医者の子供だった。
「大和くん、歩くの、速い」
ようやく追いついた愛美がはぁはぁ息を整えながら言う。
「悪い、大丈夫か?」
「うん、でも、もう少し休ませて」
「ああ」
周りにいる生徒達が俺達をちらちら横目で見てくるから、ギロリと睨み付けて追っ払った。
愛美は見せ物じゃねぇ。
「ごめんね、もう大丈夫」
「ゆっくり行こう」
「うん、ありがとう。大和くんの家ってどこ? 帰り道が同じで助かっちゃった。正直に言うと、もうヘトヘトだったの」
・・・・・・
「ずっと、車で送り迎えだったから、こんな風に誰かと一緒に下校するのも初めてで、実はちょっと嬉しいの。今日はいろいろ大変だったけど、今まで生きてきた中で一番充実した日だった。大和くんには、お世話になりっぱなしで、今日は本当にありがとう」
「いや、いいんだ。クラスメイトなんだし、助け合うのは当然だ。副委員長の川越は頼りになるヤツだから、困った事があったら何でもアイツに相談するといい。解決策を示してくれるはずだ。・・・・・・からかわれたり、イジメにあったら俺に言え。シメてやる」
「ありがとう。みんな親切にしてくれる人達ばかりだから、大丈夫だと思うけど、もしそうなったらお願いするね」
俺の足なら数分で着く距離を、ゆっくり話しながら歩いた。
俺のような者でも話し相手がいるのが余程嬉しいのか、愛美は今日学校であった出来事についてしゃべりっぱなしだ。
それは、感想だったり、質問だったり、報告だったりで、顔を紅潮させて一生懸命に話す愛美は遊園地に初めて行った子供のようだった。
道路の真ん中に出て、こちらに向かって手を振っている人が見えた。
「あ、お母さんだ」
おそらく愛美が心配で、今か今かと無事に帰って来るのを待っていたに違いない。
俺も今日一日、ハラハラしながら愛美を見ていたから分かる。
本当なら学校まで迎えに行きたいところを、愛美の意志を尊重して、我慢していたのだ。
愛美の母親は、俺が愛美のカバンを持っているのに気付くと、小走りでやってきて、俺からカバンを受け取る。
「愛美がお世話をかけたようで、すみません。ありがとうございました」
「いえ、帰り道のついでですから」
「お母さん、こちら大和功一くんといって、同じクラスで席が隣なの。お隣さんのよしみで、今日は学校でもいろいろ親切にしてもらったから、お母さんからもお礼を言ってくれる?」
「それはそれは、本当にありがとうございます。愛美が我儘を言って、皆さんを困らせるような事はなかったでしょうか?」
「・・・・・・そんな事はありません」
愛美は我儘を言ったわけではないのだ。
ただ、危なっかし過ぎて、俺が勝手に気を揉んでいただけ。
だが、母親に預ければもう安心、やっと俺に安息の時間が訪れる。
「あの、もしよろしかったら、上がってお茶でも、」
「いえ、今日一日、愛美さんは頑張り過ぎているので、ゆっくり休ませてやってください、では」
愛美はカンペキに疲れているし、俺も主に精神的な部分がくたくたにすり減っていた。
俺は申し出を断り、うっかり踵を返そうとして、ハッとした。
いけないいけない。
二人はいつまで経っても俺を見送っていて家に入ろうとしないから、仕方がないのでその日はぐるりと大回りをして家に帰った。




