風邪2
※愛美視点
「え?!」
「お前が行かないなら、行く必要ねーじゃん。そもそも、俺、お前が心配で毎日学校に行ってただけだし」
「ちょっと待って、ちょっと待ってよ」
大和くんがわけのわからないことを言い出した。
「よく考えてみたら、俺にとってもその方が都合がいいんだよな。面倒な事は考えなくてよくなるし、クラス連中のご機嫌とりも不要だ。おまけに俺達の時間はたっぷり増えるから、お前の『やりたいことリスト』も進められる。いいこと尽くしじゃねぇか!」
大和くんは、何を言ってるの?
なんでそうなるの?
混乱して、涙も引っ込んでしまう。
「そんな、駄目だよ!! 大和くんは関係ないんだし、学校に行かなきゃ!」
「イヤだね」
「大和くんっ!!」
もう、わけわかんないよ!
「愛美がいないとつまんねーもん。それに、みんなに迷惑がかかるから行けないって言うなら、俺みたいな不良こそ遠慮すべきじゃねーの?」
「そんな事言ってない! それに、大和くんは不良じゃないよ!」
「お前が知らねーだけだよ」
大和くんは大人びた顔をして私を鼻で笑った。
そして、私の気も知らないで、楽しそうに計画を立て始める。
「学校のある時間にうろうろすると補導されちまうからな、平日はのんびりゲームでもして時間を潰して、休みの日に出掛ければいい。風邪が治ったら、まずは動物園だな。お前、行きたがってただろう? その次は水族館、TDLの年間パスポートを買って、週末ごとに通ってもいいな。ああ、金なら心配しなくていいぞ、バイト代が十分あるからな。お前はこれまで辛い生活を強いられてきたんだから、少しくらい遊びまわったって、親も大目に見てくれるさ。中学なんて行こうが行くまいが卒業できるんだし、愛美の選択はまったく正しいよ」
「違う! 私は、遊びたくて学校に行かないって言ったんじゃない! そんな言い方するなんて大和くん、ひどいよ! だって、私、学校が好きだし、本当は学校に行きたい! みんなと一緒に勉強したい! 叶うなら高校だって!」
涙が再び溢れる。
怠けたいわけじゃない。
悔しかった。
こんな体じゃなかったら、私だって!
「なら、諦めんなよ。高校だって、行けばいい。KYで図々しいのはお前の専売特許じゃないか。やりたいようにすればいいんだ。だいたい、誰にも迷惑かけないで生きているヤツなんていねーよ」
褒められてるんだか、ディスられてるんだか、大和くんになんだかよくわからない慰め方で説得される。
「それに、なんつーかさ、今更なんだよ。お前は、今、気付いたみたいだけどさ、みんなはお前がいろんな意味でやべぇ奴だって、とっくの昔にわかっている。わかって、付き合ってくれているんだ」
ええぇぇー?
「だから、心配すんな。それに、迷惑ばかりって言ったけど、そうでもないぜ? みんな、お前の日誌を楽しみにしてる。代わりに俺が書いてたんだが、大不評だった。お前に早く復帰して欲しいってさ」
日誌は普通日直が書くものだけど、三年一組では私が毎日書いている。
何にもまともに出来ない私だけど、文章を書くのは好きだし、少しでもクラスの役に立ちたくて。
だから、その言葉はどんな言葉よりも嬉しかった。
「だから、早く風邪治せよ」
「大和くん、ありがとう」
「いいんだ。俺達、家族だろ?」
大和くんは私をベッドに寝かせて、頭を撫でた。
私の事を大和くんは家族、双子の妹だって言うけど、実際は同い年の双子というよりは小さな妹を相手にしているように接してくる。
きっとこうやって実の妹さんの面倒を見てきたのだと思う。
大和くんのお家は、お父さんが単身赴任で普段家に居なかったから、大和くんがずっとお父さんの代わりをしてきたみたいだった。
大和くん自身だって、お父さんがいなくて寂しかったに違いないのに。
「家族っていいね」
「ああ」
私に特別に親切にしてくれるのは、私が頼りなさ過ぎて、幼い頃の妹さんと被るからなのだと思う。
だから、世話焼きの兄を遠ざけ始めた思春期の妹さんの代わりに、私を猫可愛がりして、寂しい心を慰めている。
鈴ちゃんにも、許してあげてと頼まれているし、大和くんに多大なる恩義を受けている身としては、少しくらい恥ずかしくても耐えるべきだとは思う。
「あ、あの、大和くん?」
「ん?」
だけど、やっぱり、同学年の男の子に頭を撫でられたり、じっと見られたり、頬を触られるのはかなり恥ずかしい。
しばらくの間は、それでもされるがままにじっと我慢してたけど、さすがに唇に触れられた時はドキッとしてしまった。
「あんまり触ると風邪が移っちゃうよ」
だから、大和くんに他意がない事はわかっていたけど、恥ずかしいから遠回しに止めてと言ったつもりだった。
なのに、大和くんは私の気持ちを全然汲み取ってくれないばかりか、逆にもっと恥ずかしい要求をしてくる。
「愛美、舌を出せ」
「ええ?!」
「ほら、早く!」
「どうして? イヤだよ、そんなの、恥ずかしいもん」
「いいから! 悪いようにはしないから、兄ちゃんの言う事をきけ!」
私が拒絶の意志をハッキリと伝えているのに、大和くんは、ほら、ほら、とプレッシャーをかけてくる。
大和くんはすごく優しいけど、押しが強いところがあって、おまけにしつこい。
あのプレゼント攻撃の時もそうだった。
とうとう根負けして、ほんのちょっとだけ舌を口から出す。
「そんなんじゃ駄目だ。もっと、前に突き出すように出すんだ」
あーん、もう、やだ。
とにかくもう、この恥ずかしい状況から逃れたかった。
早く終わって欲しい一心で、私は舌を前に突き出した。
と、大和くんの顔が覆い被さってきて、私は舌先をチュッと吸われたのだった。




