罪作りな男2
愛美が俺にとって特別なかけがえのない存在だと気付いた瞬間から、俺の世界は愛美を中心にして再構築されていった。
頭の中はクリアに冴えきって、とても気分がいい。
愛美を育むこの世のすべてが愛おしい。
皆が食べ終わるのを見計らって声をかける。
「バイト代が入ったから、俺が払うよ」
特にバイト代が入ったわけではなかったけれど、俺の懐具合はそこらへんの大人よりずっと潤沢で、コイツらになけなしの小遣いを使わせる気は元からなかった。
それに、売れるならば今のうちに恩を売っておきたい気持ちもある。
愛美はまだ佐藤を引っ張り出すことに成功していないが、可能性はゼロではないのだ。
「スゲー、大和、バイトなんてやってたんだ。何やってんの?」
・・・・・・
でまかせに言ったバイトに河合が食いついて、興味深々で尋ねてきた。
中学に上がった時、親父に自由に使えと一千万を渡された。
俺はその金を当時底値だった仮想通貨につっこんで、今現在、それが何倍にも膨れ上がっている。
原資はともかく、利ざやは正真正銘俺が稼いだ金だし、投資をバイトと言えなくもないが・・・
って、こんなぶっ飛んだ話、誰ができるかっ!!
「何って、・・・まあ、いろいろだ」
だから、俺は口を濁して誤魔化した。
「ほんとにいいのか? 全額だと結構な金額だぞ?」
「問題ない」
一、二万など、俺にとってははした金だ。
「大和くん、いいよ。私、ちゃんとお金持ってきてるし、自分の分は自分で払うから」
「大和がそう言うなら、甘えちゃおうっかな? サンキュー、大和」
「大和くん、ダメだよ! 奢ったりとか、そういうのは絶対にダメ!」
だが、その一、二万を母さんは生活費を切り詰めて、俺達の将来の為にと毎月貯金してくれている。
家計簿と格闘してる母さんを見れば、切なくなるし罪悪感に胸が痛むけれど、母さんの愛情が嬉しいのも事実。
俺が今なおマトモな感覚を持ち得てるのは、全部母さんのおかげだと思う。
だから、愛美が遠慮する気持ちも、川越がダメだと言うのも理解出来た。
と言っても、俺に譲る気はさらさらないが。
人間の感情とは不思議なもので、こういう些細な出来事が無意識下において好悪の判断を下す。
俺は愛美を守る為に、押し売りでも何でも、恩に着せて貸しを作っておきたかった。
と、谷口が思いがけないことを口走り始める。
「不良の間ではカツアゲする事をバイトと呼ぶのでしょうか? 他人から巻き上げたお金で奢られても嬉しくないというか、」
カツアゲ?
谷口の言葉に周りの人間が凍りつく。
「・・・えっと、私、」
「ガッツリ、大和に毒を吐いてたよ」
河崎が呆れたように答え、河合はおろおろして、川越は気まずそうにしている。
あー・・・
カツアゲなんて俺には全く縁のないシロモノだったから、ついうっかりしていた。
確かに、不良だったらやってても不思議じゃないよな。
「す、す、す、す、すみませんすみません! でも、あの、大和くん、私、思ってません! 大和くんは不良だけど、優しくて、そんな、恐喝とか、本当に、思ってないのに! 私は、ただ、不良の人達って、学校の外では何をしてるんだろうとか、出所がはっきりしないお金は少し気持ち悪いなとか、ほんのちょっと思っただけで、本当に、」
「わかってる。わかってるから、谷口、落ち着け」
「あの、私、頭がおかしいんです! だから、あの、本当にごめんなさい。どうかゆるしてください」
「谷口、俺は、怒ってない。だから、落ち着け」
俺は、怯えてパニックを起こしている谷口を落ち着かせるために、ゆっくりと言い聞かせるように言葉をかける。
「・・・はい」
素直な性格の谷口は俺の暗示に簡単にかかった。
「もう、麻耶ちゃんったら」
「あの、・・・本当に、ごめんなさい」
「いいんだ。俺は不良だし、知り合って間もないお前らがそう思うのも無理はない。誤魔化すような言い方をした俺が悪かった」
川越は谷口を二重人格のコミュ障と呼んでいるが、それは単にそういう状況に陥っているだけで、谷口の本質を言い表した言葉ではない。
谷口はある種のマインドリーダーだ。
精度の高い感受性で、周囲の人間の胸の内を読み取っている。
毒を吐く代弁者は、オリジナルの人格が許容量を超えた毒に耐え切れず作り出してしまった二次的な人格だ。
「谷口には、いらぬことを言わせてしまったな。すまなかった」
谷口の問題は、全てが無意識下で行われ、本人に自覚がないことにある。
皮肉にも、谷口は自身を守るために生まれた代弁者に翻弄され、窮地に追い込まれている。




