気になる1
「教室に行くぞ」
「あ、そうだね」
しばらく歩いて、ちゃんと後ろに付いてきているか気にかかって振り向いた。
いない。
一体どこに行ってしまったのか、と辺りを見回して、絶句した。
まだ、校庭の真ん中あたりをよたよたと歩いている。
嘘だろ。
待っていたら日が暮れる。
仕方がないので、もう一度戻って、重そうな方のカバンを一つを取り上げた。
「持ってやる」
「えっ? あの、私、大丈夫だから。ゆっくり行くから、あなたは気にしないで先に行ってていいよ?」
「いい。気にしなくていいから、お前は歩くことに専念して、ちゃんと俺の後をついて来い」
その後の言葉を言わせることなく、俺は向きを変え歩き始める。
速く歩き過ぎないよう、時々、ちゃんと付いて来ているかをチラチラ確かめながら、下駄箱に向かう。
三年一組の下駄箱の前で、上靴に履き替えると、
「あ、同じクラスだったんだ」
「ああ」
留年する奴がいるというのは、二年の時にも噂では聞いていたし、三年になってからは、担任から話があった。
「じゃあ、私の事知っていて、それで親切にしてくれたんだ」
「まぁな」
俺が答えると途端に元気がなくなって、しょぼんとしてしまった。
さっきまでは、確かに顔色は病的な青白さだけど、明るい顔をしていたのに。
俺なんか気に障るような事を言っちまったか?!
「お、俺の名前は大和功一だ。ちなみに、お前の席は、悪いが俺の隣だ。だから、カバンはそこまで運んでやる」
今は、学期が始まったばかりで、席は出席番号順だ。
俺は廊下側の一番後ろで、コイツはその隣。
俺が後ろの扉近くに陣取っているために、今のところクラスの連中が出入りするのは、前の扉オンリーになっている。
「そのうち、席替えがあるだろうから、それまでは我慢しとけ」
俺の定番の席は窓際の一番後ろ。そういうことになっているらしい。
クラスの連中が気を利かせているつもりなのか、厄介者をただ教室の隅に追い払いたいだけなのかは、分からないけど。
「あ! えっと、私は高岡愛美です! 御存じの通り、一年留年しました! あの、大和くん、いろいろありがとう。それから、あの、一年間よろしくお願いします!」
名前を言ったにもかかわらず、にっこり笑って挨拶された。
「お、おう!」
もしかしてコイツ、俺の事知らないのか?
「高岡愛美です。子供の頃からの心臓の病気で、昨年手術をしました。出席日数が足りなくて、もう一度三年生をやり直す事になりました。体育の授業とか運動会とかは参加出来ませんが、この一年はいろんな事に挑戦したいと思っています。ご迷惑をかける事もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
朝のホームルーム、愛美が席を立って、自己紹介をしている。
クラスの反応はビミョーだ。特に女子が。
一応拍手で、歓迎の意思表示を示したものの、ゴシップ好きなお喋りの今井からも質問が飛び出す事もなく、重い空気のままホームルームの時間は終わった。
既にクラス内ではグループが出来上がっている。
一コ上の、しかも重い病気持ち。
同情する気持ちはあるものの、声をかけてわざわざ厄介者を抱え込むようなマネはしたくないし、もっと言えば自分達のグループに向こうから声を掛けて来たらどうしようと戦々恐々としている。
クラス全体がどうやって接していけばいいのかと困惑している状況を、おそらく本人は分かっているのだろう、愛美は申し訳なさそうな顔をしていた。
切なくて、胸がギュッと締め付けられる。
俺は愛美にそんな顔をさせたくなかった。
「愛美、俺達クラスの厄介者同士仲良くしようぜ」
図星をつかれたクラスメイト達がギョッとしたように、俺を見る。
「ちょ、ちょっと、大和くん、ヘンな事言わないでよ! あの、高岡さん、私達高岡さんの事、厄介者なんて思ってませんから」
慌てたように、副委員長の川越がフォローに入る。
「そうか、厄介者は俺だけか。良かったな、愛美」
「ちょっと、さっきから高岡さんの事を愛美愛美って呼び捨てにして、失礼でしょ! やめなさいよ!」
「や・め・ねぇ。一つ年上だからって同じクラスメイトなのに、高岡さんなんて他人行儀過ぎるじゃないか。お前、クラス全員に川越さんって呼ばれたいか?」
副委員長は、黙った。
「俺と愛美は今朝から友達になったんだ。何の問題もない」
「えっと、あの、愛美さん、私の名前は川越鈴で、このクラスの副委員長です。大和くんが何かしたら、私に言って下さいね」
「あ、ありがとう、す、鈴ちゃん」
川越は一瞬驚いた顔をしたが、にっこり微笑んで、また授業の後で、と席についた。
「大和くんもありがとう」
笑って俺に礼を言う愛美は、すごく可愛かった。
不細工ではないが、特に美人というわけでもない。
地味だし、青白い顔でガリガリだし。
でも、笑うと可愛い。
真剣な顔で、一生懸命になってる姿も可愛い。
嬉しい時は目がキラキラして俺まで嬉しくなる。
困った顔をしていれば、助けてやりたくなるし、喜んでくれるなら何だってしてやりたいと思う。
朝の一件で、川越は愛美の面倒をみると決めたようだった。
グループの仲間のところへ愛美を連れて行って、メンバーを紹介している。
川越とは小学校が同じだから、よく知っている。
優等生タイプで、面倒見もいい。
こいつに任せておけば、安心だ。クラスに溶け込めるよう上手く立ち回ってくれるだろう。
俺は男だし、素行の悪い不良だし、女の川越が傍にいた方が、ずっと心強いに決まっている。
そう思っているのに、どうにも気になる。
その日は一日中、目が勝手に愛美を探して、困っていないか、安心して笑っているかと確認していた。
いったい俺はどうしちまったんだ!?