異世界王室の殺人1
腕で顔を覆いたくなるなるような眩しい光も徐々に収まっていく中、『宮内 葉』は薄っすらと瞼を開きながら、自身に起こった現象を振り返っていた。
なんてことのない一日だった。朝起きて、両親と朝食をとる。そういえば今日も姉が居なかった。まぁ、それもよくあることだ。大学生の姉が家にいつかないのは、遊びほうけているのではなく、昔からの持病だ。また興味の魅かれる事でも見つけたのであろう。いい性格をしている。
姉が厄介ごとを持ち込まないよう祈りを捧げると、制服に着替え、昼食用の弁当を鞄にしまい、程なく学校へと向かった。
春の陽気はどこへ行ったのか、生憎の曇り空。桜の花弁はすべて舞い落ち、僅かな桃色を残しているだけだ。少し肌寒く感じる通学路を足早に終え学校に着くと、流石に覚えたと言わんばかりに、勝手に足が教室へ動いた。
『2-3』に属してもう三週間目だ、クラスメートの女子からは「おはよう」と挨拶され、男子からは深夜にやっているお笑い番組の話を振られるが、見ていないので聞き耳に徹する。授業が始まれば、少しばかりの退屈を感じながらも、シャープペンシルは反射的に文字を綴る。
普通だ。嫌、どちらかと言えば良好と言えるだろう。刺激はあまりないかもしれないが、日常とはそんなものだ。そう日常とは。
非日常は昼休みに起こった。
四時間目の鐘が鳴ると、まるで当然のように男子数人が集まり、俺の席の周りでパンや弁当を広げ始めた。
「…なんで毎度、俺の席なんだ。」
軽く愚痴をこぼすが、三週間程続いてしまってはもはや止められない。早々に諦めをつけ、自分も弁当を食べようと取り出した。
弁当を見ると、毎日朝早く起床し、弁当を詰めてくれているであろう母が連想された。それと僅かな違和感。群青色の弁当包みを解こうとした時、その違和感の正体が分かった。蝶結びが左右逆なのだ。その程度の事だが、自分には充分すぎるほどの情報量が頭の中を駆け巡る。宮内家には左利きが一人しかいない。
僅かな違和感が、たちまち焦燥感に様変わりしてからの葉の行動は速かった。
「…あぁ、忘れてた。昼は部室で約束があったんだった。」
「へぇ、珍しいな部活の約束なんて。たしか葉の部活って…」
隣に座るクラスメートはパンを齧りながら頭を捻っている。それもそうだろう、俺は自分が入った部活動を誰かに言ったことはない。腐れ縁にそそのかされ、いつの間にか部員になっていたマイナーな文化系の愛好会。部活名を言っただけで苦い顔をされるのは分かりきっている。
「まぁ、機会があったら今度教えるよ。」
「なんだよ、勿体ぶって~」
「悪いな。もうすでに遅れてるし早く行かないと。」
嘘ではない。この弁当を家から持ってきた時点で、事の対処に後れを取っている。今からでも迅速に処理にあたるつもりだ。
「ん、そうか。じゃ、また後でな。」
物分かりのいいクラスメートに感謝しつつ、弁当を持って教室を出る。行先は人目につかなければ何処でもいい。本当に部室に行きたいが、あそこに行けばさらに面倒事が増える予感しかしない。
「…屋上かな。」
――――
いつもだったら昼食を食べる生徒がまばらに居る屋上も、朝方の曇り空が昼になり雨を降らせては誰も来る気配はない。屋上に誰もいない事を確認してから階段に戻ると、静かに座り『危険物Ⅹ』と対峙した。
この『危険物Ⅹ』を作成した犯人はもう判明している。宮内家に一人しかいない左利きの人間は、姉『宮内 冴華』だけだ。ではなぜ姉が作成したただの弁当が『危険物Ⅹ』などとなるのか?
姉が凄まじく料理が下手で、食べたら最後、この世ではない何処かに旅立ってしまうから?
――違う。
姉が弁当に虫や爆竹を入れるような、猟奇的でいかれた人間だから?
――違う。
正解は、『姉が作った物だから』である。
幼いころから姉は、何物にも臆する事なく飛び込んでいく好奇心と高圧的な性格が相まって、面倒事を呼び寄せる天才だった。それはもう才能を超え、性質と言っていいほどに。そしてたちの悪いことに、面倒事は年々、危険度を増している。
飛行機に乗れば、ハイジャックの標的にされ。お使いを頼まれれば、事件に巻き込まれる。全部言っていくと切がないのでここでは割愛するが、最近の事件に比べると、小学四年生の時、クラスメート全員の消しゴムが消えた事件が可愛らしく思えてくる。
そして今回だ。
ここ数ヶ月何も無かったから油断していたが、間違いなく面倒事が降りかかってくるのが分かる。それも超ド級の。まず、姉が自分に弁当を作ってくれたことなど今まで一度もないからだ。しかも、近年の姉が作った弁当など、天災に匹敵する危険物と言っても言い過ぎではない。
開封するかしないかで一瞬迷ったが、この『危険物Ⅹ』を手にした時点でもう手遅れだと判断し、恐る恐る蝶結びを解いた。
「うわぁ…最悪だ…」
ただの弁当が、ここまで嫌悪感を出せるものだろうか。包みを解くと二段重ねの弁当箱の上に、二つ折りにされた白い紙が乗っていた。紙を開くとそれは予想通り、姉の直筆の手紙だった。




