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8.カミオカの過去


 食事を終えた二人は、ミヨに渡されたカギを使いシェルターの空き部屋に入った。コンクリートで囲まれた殺風景な部屋。カミオカは、二つあるベッドのうちの一つに腰かけた。


「明日は早めに出発するから、あまり夜更かししないですぐ寝るんだぞ」


 そう言ったカミオカだったが、ベッドに横になるや否や、カミオカはすぐに寝息を立て始めた。よほど疲れが溜まっていたのだろう。無理もない、彼も今年で48歳だ。


 オズマもベッドに横になり体を休めていると、こんこん、と小さなノックの音が部屋に響いた。


「あら? ゴメンなさい起こしちゃったかしら? 冷えるかと思って毛布を持ってきたんだけど」


 入ってきたのはミヨだった。


「ありがとうございます」


 オズマは毛布を受け取る。ミヨは目を覚まさないカミオカの寝顔を見てくすりと笑うと、彼の体に優しく毛布を掛けてやった。

 

「……あの」


 オズマが口を開く。


「なにかしら?」


「カミオカさんとは、長い付き合いなんでしょうか」


「そうねぇ」


 ミヨは天井を向いて考える。


「いまから2、3年前の話なんだけど、私、戦争で夫を亡くしちゃって。それから各地を転々としながら暮らしてたんだけど、野良ロボットに襲われて」


「⋯⋯カミオカさんが助けてくれたんですか?」


 尋ねるオズマに、ミヨは頷いた。


「でもカミオカさんは私を庇って片腕を失ってしまって⋯⋯」


 ミヨはすまなそうに下を向いた。


「あなたのせいじゃありませんよ」


「ありがとう。優しいのね」


 弱々しく笑うミヨ。その顔を、オズマはじっと見つめた。


「……もしかして、ミヨさんは、カミオカさんのことが?」


「まっ、まさか! 私には死んだ夫がいるし、それに今は仕事が恋人みたいなものですから!」


 ミヨは顔を真っ赤にして立ち上がる。


「ほら、彼は命の恩人だし、カミオカさんもちょうど戦争で家族を亡くしたって言ってて、それでちょっと親近感を抱いたのよ。カミオカさんは、ああいう誰にでも優しい人だし」


 ミヨはスヤスヤと寝息を立てるカミオカを見つめた。


「......私はこのシェルターで居場所を見つけて、カミオカさんにもここで暮せばいいって言ったんだけど、探している人がいるからって......今にして思えば、それはきっとあなただったのね」


「ぼくを?」


 オズマは怪訝な顔をした。ミヨは頷く。


「......と、もうこんな時間ね!明日の準備があるんだったわ。もう遅いし、今日はもう寝たほうがいいわよ! おやすみなさい、オズマちゃん」


 手を振り部屋を去っていくミヨ。


「はい」

 

 去っていくミヨの足音を聞きながら、オズマはベッドに横たわった。

 

 あの人――ミヨさんは違うって言ってたけど、ひょっとしたら彼女は、カミオカに単に命の恩人という以上の感情を抱いているんじゃないか、そんなことを考えながらオズマは目を閉じた。




 オズマが意識を落とすと、最もエネルギーを使う脳部分の出力が低下し、その間に、オズマの体をプログラムがくまなくチェックを始める。


 長い間動かしていなかった体を急に動かしたため、体にかかる負担はかなり大きく、損傷もあった。しかしそれも自動修復プログラムが丹念に修復していく。見る見るうちにオズマの体についた傷は塞がっていった。


 夜中の二時頃、オズマはふと目を覚ました。


 オズマは自分の体を見回した。体の傷は既にほとんどが修復済で、今は使えないいくつかの機能も修復がこのまま進めば、そのうち問題なく使えるようになるだろう。

 

 問題は記憶回路と情動回路に起こった異変だが――記憶回路の修復にはさらなる睡眠が必要だ。


 オズマは眠るのが怖かった。アンドロイドは電気羊の夢を見ない。見るのは悪夢より残酷な現実のリフレインだけ。


 オズマは宇宙の様子を観測する記憶媒体としての役割も担っていた。その記憶容量は、人間のものよりはるかに多く、どんな些細なことでも忘れずに記憶するように設定されている。


 それでもオズマの記憶がどこか抜けているとするならば、それはおそらく情動回路を守るため、あえて壊れたと判断するほかない。オズマはこぶしをぎゅっと握りしめた。


 なぜ人は、ロボットに情動回路こころなどつけたのだろう。人の脳を完全に機械で再現することに、技術者がロマンを感じたのか、あるいは例えロボットでも、感情の通ったものを側に置きたいがため?


 眠れない夜の中で、オズマはそんなことを考えていた。


      

      *



 翌日、二人は朝早くシェルターを発った。


「頑張ってね、二人とも! はいこれおにぎり、お昼に食べてね」


 見送りに来てくれたミヨが小さな包みをカミオカに渡す。


「おう、ありがとよ」


「じゃ、気を付けて」


 笑顔で手を振るミヨを見送ると、オズマとカミオカは水路のカギを開けた。


 薄暗い水路。かび臭い匂いがあたり一面に漂う。天井から水滴がぴちょりぴちょりと滴り落ちる。


「よっしゃあ! 行くぜ!」


「はい!」


 勇ましく腕を振り上げるカミオカに、オズマも答えた。あまり眠れていなかったが、それを悟られぬよう、わざと元気な声を出す。


「行先はどちらです?」


「たぶん、こっちだ」


 カミオカは水路の先を指さす。


「たぶんって……」

 

 何かを言おうとしたオズマだったが、その眼球が一瞬のうちに何かをとらえ、ピクリと動いた。


「カミオカさん!」


「分かってる」


 言うと同時に、カミオカは義手になっている右手で襲い掛かってきた黒い物体を掴んだ。

 が、カミオカは素手でつかまえた黒光りする物体に、大声を上げた。それは巨大なゴキブリだったのである。思わず彼は反射的に虫を地面に落とす。


「――って、うわっ! 何だこいつ!」


 怒り狂った巨大ゴキブリは、黒光りする羽を広げ、再びカミオカの方へと飛びかかってきた。


「うわあああ!」


「……しっかりしてください、カミオカさん」


 カミオカに襲い掛かってきた虫を、オズマは冷静に銃で撃ち抜く。オコノギの店で新調した銃の威力は以前使っていたものよりはるかに高く、巨大ゴキブリは見る間に消し炭になる。満足げに頷いたオズマ。


「た、倒したか」


「はい」


 見るとカミオカは、壁際まで飛び退いて恐る恐るオズマの方を伺っている。


「......何をなさっているんです?」


「だって、気持ち悪ぃんだもん!」


 義手を何度もハンカチで拭うカミオカ。オズマはため息をついた。


「あ」


 そんなカミオカが張り付いている壁を、オズマは指さす。


「......なんだ?」


 カミオカがオズマの指さした方向を見ると、カミオカの顔のすぐ横に、大量の巨大なゴキブリがひしめいていた。


「ぎゃあああああああああ!」


 カミオカの悲鳴がこだまする。


「全く」


 オズマは再び大きなため息をついた。こんな調子で、この先大丈夫なのだろうか?



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