4.試作メサイア
ドアの奥には薄暗い階段が続いていた。二人は地下四階から三階、二階へと階段を上って行く。
地下二階から地下一階へ上がろうとした時、カミオカが足を止めた。目の前には階段をふさぐ瓦礫の山。壁や天井が崩れて先に進めそうにない。オズマはカミオカの顔を見た。
「カミオカさん――」
「待て待て、ちょっとどいてな。今こいつをどかすから」
カミオカは、ぺたぺたと壁を触って感触を確かめたかと思うと、右腕の義手におもむろに力を込めはじめた。
黒光りするパーツが鈍い音とともに動く。関節部分から蒸気と、真っ白な光が漏れ始める。
「――でりゃ!」
カミオカは思い切り拳を瓦礫の山に叩き込んだ。爆風、そして轟音。辺りに壁の破片が飛び散る。
砂埃が収まるのを待ってオズマが先ほどの亀裂があった場所を見ると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。
「ったく、相変わらずイカれた性能だぜ! 改造人間にでもなった気分だ」
カミオカは、傷一つない機械の右手を振り上げ笑う。オズマは戸惑ったように口を開いた。
「カミオカさん」
「ん? なんだ?」
「先ほどから気になってはいたんですが……その腕はどうなさったんですか? 以前お会いした時には」
「ああ、この義手か? なかなかイカしてるだろ。知り合いの職人がオーダーメイドで――」
無骨でメタリックなロボットの指を自慢げに動かしてみせるカミオカ。カタカタと金属の擦れる音。オズマは首を振った。
「違います。そんなものを付ける羽目になった理由を伺っているんです」
カミオカは小さく笑うと、オズマの頭をポンポンと叩いた。
「野良犬に噛まれたんだよ。大したことじゃないから、あんまり気にすんな」
あまり詮索されたくない事なのだろうか。オズマはそれ以上追及するのをやめた。
オズマが眠っている間にも、きっと外の世界ではいろいろあったに違いない。
カミオカは穴の中へと体をねじ込む。
「よっ……と」
続いてオズマも中に入る。
「オズマ」
カミオカがオズマを制止した。こちらへ向かってくる何かの気配を感じ取ったのだ。
「何――」
目を凝らすオズマ。人間の視覚よりもはるかに性能のいいレーザーがとらえたのは、薄闇の中こちらへ向かってくる、鈍色に光る大きな一体の人型ロボットと、その横で人型ロボットを守るように飛んでいる二体のドローンだった。
「危ない‼」
オズマが叫びながらカミオカの背中を押す。
「うげっ!」
盛大にすっ転び地面に倒れるカミオカ。その頭上を、ドローンによる赤いレーザー砲が通り抜けていった。
「うひー、危ねぇ危ねぇ」
カミオカはコートの汚れをパンパンと払いのける。
「危うく一張羅が駄目になるところだったぜ」
「……一張羅だけでなく、カミオカさんまでズタボロになるところでしたよ」
オズマがため息をつく。
「ははっ、そうなったら右手以外も機械にするしかねぇな」
「笑いごとですか」
「……まあ、そうなったらそれで。案外その方が頑丈でいいかもしれないな」
カミオカは苦笑する。先の大戦では戦闘用義肢の開発が進み、中には全身機械化をしたものまでいたという噂だ。そうした機械化兵士たちは、条約で禁止されたアンドロイド兵器の代わりに目覚ましい活躍を見せたのだという。
二人は柱の影から相手を覗き見た。通路の先には、三体のロボットたちがこちらの様子を伺っている。
「出てくるとは思ったけどよ、あの真ん中にいるデカいのは『試作メサイア』だな」
中心にいる、先ほどオズマたちが見た廃棄ロボットたちと似たような人型の機体。それを見たカミオカは舌打ちした。
オズマも名前だけは聞いたことがある。兵器工学期待の星、タカクラによって設計された「メサイア」というロボットがあるということを。あれはその試作機ということか。
先ほどまでの敵とは明らかに違うオーラをまとうその姿に、オズマたちは身を引き締めた。ぴりり、という張りつめた空気が電気信号のように空気を伝う。
「気は進まねえが、眠らせてやるよ。オズマ、お前は下がって――」
刀を抜くカミオカに、オズマは首を横に振った。
「お断りします。人間への危険を看過するわけにはいきません」
それは機械に宿命づけられた、本能めいた呪い。そして、何もかも失ったオズマに残された、たった一つの行動原理でもある。
カミオカは口元に笑を浮かべると、勢いよく刀を抜き、叫んだ。
「ああ、分かった! そんじゃあ行くぜ!」
二人は目の前の鉄色をした人型ロボット『試作メサイア』とそれを守るようにして飛んでいる二体のドローンを見据えた。
「まずはセオリー通り一体づつ片付けていくか」
「はい」
オズマは銃を構え、素早く柱から出た。レーザーを身をひねりながら避けつつ、一体目のドローンを打ち抜く。続いて二体目。カミオカが叫んだ。
「オズマ!」
オズマの背後でメサイアが巨大な腕を振り上げる。オズマは間一髪のところでそれをかわした。
地面に深々と開いた穴が、その威力のすさまじさを物語っている。
オズマはメサイアの頭部に狙いを定める。電磁波を帯びた弾丸が真っすぐに光を放つ。
銃弾は計算通り頭部に命中。だがメサイアは、オズマの攻撃をものともせず腕を振り上げた。狙いはカミオカ。
「おお、あぶねぇ」
メサイアのこぶしが、風圧とともにカミオカのすぐ脇を通り過ぎる。
カミオカは相手の攻撃を避けながらも間合いを詰めた。刀を抜き、メサイアの胴体へ一閃、斬りつける。メサイアの胴体に刻まれる横一線の傷。だがそれはメサイアの外装を傷つけたのみで、メサイアの動きは止まらない。
「ちっ、頑丈だぜ!」
カミオカは舌打ちすると一足飛びで相手の間合いから離れた。
「カミオカさん、あのロボット、何か変です」
「んあ?」
メサイアが、空気を震わせるような妙な動きをするのを見て、オズマもメサイアから距離をとる。
「なんだ?」
二人が戸惑っていると、メサイアが発する振動音に呼応したように、二体のドローンが新たに飛んで来た。
「げっ、あいつ、仲間を呼びやがった!」
カミオカが眉をしかめる。
「作戦変更だ。横を倒してもすぐに仲間を呼ばれる。真ん中から倒すぜ!」
「はい」
言いつつも、カミオカはげんなりとした顔をする。
「とはいえ……奴はかなりの耐久性がありそうだなあ」
「そのようですね」
オズマは頷くと、じっと相手を見つめた。青く光るオズマの大きな瞳。先ほどまでの戦闘データをもとに、メサイアの動きや構造を分析する。
「……おそらくですが、継ぎ目の部分の耐久値が若干落ちるようです。そこを狙えば良いかと」
「さっすがオズマ!」
カミオカは言われた通り刀を構え、腕の切れ目に狙いをつけた。慣れた脚運びで間合いへ入り込む。そして狙いすましたように刀を振り下ろした。
ブレのないその刀裁きにオズマは舌を巻く。鋭い金属音を音を立て、メサイアの左腕が地面に転がった。
「よっしゃ!」
一瞬喜んだカミオカだったが、すぐにその笑みが消えた。メサイアの様子がおかしい。動きが止まり、けたたましい音と蒸気を上げ、残ったほうの腕をオズマたちの方へ突き出し始める。
「何だ? また仲間を呼ぶ気か?」
「いや」
カミオカの呟きに、オズマは真剣な顔をする。
「違う――これは……カミオカさん、耳を塞いでください!」
「お、おう?」
カミオカはとっさに耳をふさいだ。
同時に、メサイアの周囲から放射状に音圧の波が巻き起こる。
轟音と共に発せられた、台風の様な圧力波に、周囲に置かれていた段ボールや石ころが飛びすさぶ。
「ぐあっ!」
カミオカとオズマも、数メートル離れた壁に体をたたきつけられた。
――『ショックウェーブ』と呼ばれるメサイア最大の武器である。