プロローグ
人目を避けるかのように、山奥にひっそりと佇むさびれた研究所。
かつてロボットに関する実験や開発を行っていたこの建物には、三度目の大戦以降、もはや人の姿はない。
そんな廃墟と化した研究所にカミオカはやってきた。
ボロボロのコートを身にまとったこの中年男は、黒光りする無骨な義手を器用に操り、そっと扉へカードキーを押し当てる。
人の姿こそないものの、太陽光発電衛星からの送電システムはまだ生きているらしく、ドアは問題なく開く。
カミオカは薄暗い階段を早足で下りた。「B4」と書かれた蜘蛛の巣だらけの電気板がチカチカと不気味に瞬くその横を通り抜ける。
エレベーターもあるのだが、館内の電気はいつ止まってもおかしくはない。
それにエレベーターを悠長に待っている気分では無かった。早く「あいつ」の顔が見たかった。
地下4階の突き当たり、その薄暗い部屋のドアをゆっくりと開けると、そこにはボロボロの毛布にくるまった人間そっくりのロボットが、壁にもたれかかって眠っている。
カミオカは安堵の笑みを浮かべると、ロボットの起動スイッチを入れた。
短く柔らかな髪。幼いながらも整った顔だちは、少年のようにも少女のようにも見えた。
やがて星空の煌めきをたたえたブルーの瞳はうっすらと開き、目に光が宿る。
「やっと会えた。久しぶりだな、オズマ」
* * *
オズマは夢を見ていた。
正確には前回記録した情報をリプレイし再構築している、と言ったほうがいいのかもしれない。
だが人間の夢というのも、寝ている間に自分の体験や蓄積してきた情報を脳が処理するという役目を担っているという。
ならばロボット起動時のそれも、ひょっとしたら夢と呼べるのかもしれない。
電子回路の夢の中で、オズマは満天の星空を見ていた。
おそらく山のてっぺんだからだろう。それはとても綺麗な星空で、空は高く澄み渡っていた。ひとりの少年が、星空を見上げながらオズマに語りかける。
「――だからさ、ここからお前が行く【データ破損】は見えるのかなって……」
寂しげな少年の横顔
「【データ破損】に行っちゃったらさ、もう一緒に遊べないだろ?」
高く、遠く、果てしなく広がる銀河の海。
「でも、【データ破損】のどっかにいるんだって思ったら、少しは寂しくないのかなって……」
・
・
オズマの記録は、ところどころ欠けていた。
・
・
「大丈夫。【データ破損】はあなたのせいじゃない。だから安心してここにいていいのよ」
「呑気に話してる場合じゃない!【データ破損】の奴ら、もうここを突き止め――」
「やっと見つけたぞ! 【データ破損】め! その女ごとバラバラにしてやるッ!」
「やめてください......やめてください。ぼくは――」
修復プログラムが働いたが、その部分だけはどういう訳かどうしても復元できなかった。それでも過去のデータは否応なしに次々と再生されていく。
そして起動が最終段階に入るとプログラムがくまなくオズマの体をチェックを始めた。
Administrator code collating .......... complete
Release code identifying .......... complete
Behavior system checking .......... all green
Sensory system checking .......... all green
Emotion circuits checking .......... [error minor]
Extra-Terrestrial Exploration Humanoid 01 system rebooting ......................
かつての英雄は、壊れていた。
特に記憶回路の損傷が大きい。情動回路の一部にも不具合があった。
だが起動するだけならば何も問題はない。そうプログラムは判断し、オズマを起動させた。
オズマはゆっくりと目を覚ます。
目の前にいたのはボロボロのコートを身にまとった長身の男。
男はオズマの記憶している姿よりもずいぶんと歳をとっていた。だが見間違うはずもない。
男はオズマが目を覚ましたのを見ると、どこかほっとしたような、柔らかな微笑みを浮かべた。まるで懐かしい友人と再会でもしたかように――