I will DO anything.
遠山 英夫 30歳の場合
どさっと
ソファに倒れこむ。
さすが有村
いいソファだ。
本当に忙しかった。
ここ、5年はかけぬけた。
大学時代は
おんなに
ちょっかいを出しては遊ぶ。
それを
ひとに自慢してまわる。
いやなやつだった。
さらに、
金遣いのあらさでも。
ひとは皆。
おれのことを
「遠山の金さん」と
呼んでいた。
金は金でも
お金の金さん。
まあ
一族みーんな お金持ってて
特に叔父なんか
おそろしく
生活感のない
高級マンションで
「お金ありすぎて
なんでもあって
あとは することないから
結婚するか」
って
ぼそっと一言。
さらに続けて
「あと
ないのは
しあわせな家庭か」
おれもそうなるのかあ。
そう思ったもんだ。
そして
叔父きが
自分の会社に
入社をすすめたんだっけ
そして、迷ったが入社。
「なんでももってて
じつは何にもない」
そんな生活。
しだし名言。
何年か前の大晦日には
「倉、俺たち社会人になるからって
来年から
つきあわないか」
盛山けやきにも
どさくさに紛れて
プロポーズもしたか
ふられた。
でも
会社やってて思うのは
この国は
なんでも行政。
行政の力が大きすぎる。
認可も権限も
すべて省庁。
そんな省庁のご機嫌伺い。
くさった奴等。
だから、
外資で
勝負したかった。
「 ボビッド アンド カンパニー ジャパン」
役員出向から社長に。
叔父の力もあったが
頑張ったぜ。
早くから
中国系の通販に目をつけ。
叔父の知り合いを総動員。
陳さんに中国商法を教わる。
陳さん曰く
「暗い夜道と
ライバル企業の
甘いささやき」
に要注意と言って
にかっと笑う。
なぜ笑う。
でも、このフレーズを
何度もなんども言っていた。
あとで聞いた話。
提携から会社を乗っ取られ。
特許。商法の大切さを
こわい顔になって説く。
しかし
仕事は超できて。
どこから
そんなつてがあるのか
インターネット
中華販売大手の「シルクロード」を紹介。
日本側の出店審査。
出店までの実務を請け負う。
ただでさえ
利にさとい外資。
猛烈に働かなければ基本給どまり。
金があるからこその
余裕だったと
今は思う。
かねがあるやつで
こうなんだから
金もない奴は。
身もこころもぼろぼろだあ。
現に何人かはあまりの激務にやめていった。
ガッツがなければ
つとまらない。
それでも私は運よく
働き以上の働きができて
日本法人の社長になれた。
叔父の身元保証もあって
本店の打算もあったろうけどな。
しかし、偉くならないと
できない仕事もあるからな。
人脈は10倍に。
いや100倍か。
なし