3.あたしは役者?
あたしの離婚話はあっと言う間に広がったらしい。
それもレンの新しい女が、冴えなくて、レンの趣味が悪くなったと言う噂まで流れているらしい。
それを知ったのは、電話の数々。女子大の時の友達やレンを狙っていた同じ会社だった子。
一段落した後来た電話は、いつも遊びに出掛けていたルミとミーコ。
二人ともあたしと似たタイプだけれど、問題あり。
ルミは、化粧が上手でそれなりに見えるけど、化粧を落とした顔は…。頭が良いと言えない事もないけれど、ずるがしこい。
ミーコはその逆にバカ。ルックスは可愛いけれど、明らかに女に嫌われ、男なら誰でも寝てしまう。まぁ、別にあたしに被害がないし、つるんでいると楽しいから、気にしない。
「あっ、また、あのおじさんだ。」
窓際でぼんやりしていると、鵜飼いのようなおじさんと犬のポチ(本当の名前は知らないけど、何となくポチ)。いつものように、たくさんの小型犬を引き連れ歩いている。毎日同じ時間に散歩しているからついつい見てしまう。
まぁ、あたしも暇だという事ね。
「さて、出かけなくちゃ。」
ルミとミーコに誘われて、今日はお出かけ。
カフェでお茶して、夕食、その後、カラオケのいつものコースだろう。それともビリヤードなのかしら?
「セイコ、こっち、こっち。」
ミーコが大きく手を振っている。こっちが恥ずかしくなる行動。
「久しぶり。」
「本当に。何の知らせもなしで、元気だったの?話を聞いた時はびっくりしたわよ。」
ルミはまともな事を口にしてくれる。
「まったく、レンくんも趣味が悪くなったわね。何処の誰だか知らないけれど、このセイコを振るなんて最低。」
「あたしと違うタイプ。地味で大人しい子みたいね。まぁ、出来ちゃっただから仕方がないんじゃない。」
「セイコ、大人。」
ミーコの声はいつ聞いても甘い。
「で、独り身になったセイコに、あたし達から慰労の席を用意したのよ。」
「つまり?」
「その通り。飲み会。女だけでやってもつまんないでしょう。だから、男を呼んであります。いかがでしょう?」
「良い男、いるんでしょうね?」
「あたしを誰だと思っているの。と、言ってもメンバーは、マークンとソークン。あと、もう一人。こっちも三人。どう?」
「でも、年下でしょう?確か、二十五歳だったよね?二人とも。」
「もう一人がセイコ目当てなの。何かマークンのアルバイト先の社長がセイコとあたし達が一緒にいるところを見かけたらしく、マークンをせっついたらしいわ。」
「スケベ親父じゃないでしょうね?」
「三十二歳、独身。結構な良い男らしい。」
「まぁ、いいわ。あまり期待しないで行きましょう。」
「そんな事言わずに期待していて。」
ルミは自分の事のように踏ん反り返る。
本当は知っているんだからね。マークン、狙いなんでしょう。
でも、マークンもソークンもあたし狙い。
だから、何とか引き離そうと考えているんでしょう。レンと別れて、独り身になったから、他の男とくっつけようとしているのね。
まぁ、あたしもあの二人はちょっと遠慮したいから丁度いいわ。
マークンもソークンも顔はストライクゾーンなんだけれど、マークンは俳優を目指していて、貧乏だし、ソークンはお金があるんだけど、何となく気を許せない。何より四歳も年下なのは…。
「で、ルミとミーコは何か発展は?」
「あたしねぇ、何も変わんないよ。」
「ミーコを落ち着かせてくれる男なんているのかしら?最近、思うわ。」
「ミーコもあたしと同じ歳なんだから、それなりの男に落ち着きなよ。」
「だってぇ、素敵な人が多いんだもん。それに、長く続かないのは男にも問題があるんだと思うな。」
あたしとルミが同時に溜息を零す。
ミーコは誰とでも寝る癖があり、一人の男に留まる事をしない。出来ないのかもしれない。
「で、ルミは?」
「あたしも何も変わらないわ。ダメ、どの男も今一つ。」
「ふぅん。」
マークンはルミに惹かれていないのか。
まぁ、マークンと付き合っても先は見えている。売れない役者は金食い虫。
「マークンとソークンも変わりない?」
「うん。特にないみたい。」
「二人ともセイコに夢中よ。あっ、そうよ。ソークンと付き合っちゃえば?」
「嫌よ。」
「どうして?確かに年下だけれど、お金もあるし、ルックスもまぁまぁでしょう。それに、結構上手いわよ。」
「何が上手いのよ?」
「あっ、もしかして、ソークンとも寝たの?」
「うん。終電が終わっちゃって、タクシーも捕まらないで困っていたら、ちょうどソークンがいて、ホテルに行っちゃった。」
あたしとルミの溜息が重なる。
「まさか、マークンとはしていないわよね?」
ルミのその質問はどうなの?明らかにマークン狙いなのがバレバレよ。
「したよ。あの時は、酔っ払ったあたしを送ってくれて、そのまま、しちゃった。でも、両方とも一回だけよ。」
「あんたねぇ、盛りのついた猫じゃないんだから。もし、子供が出来たら、誰が父親かわからないでしょう。どうするつもり?遊びもほどほどにした方がいいわよ。」
「それは平気。ちゃんと避妊もしているし、そんなヘマしないわよ。」
あたしもルミも同じ感想みたいで口を閉じるしかない。
あぁ、何か、頭が痛くなってきた。
あっ、ちなみにあたしは付き合った男は多いけれど、付き合っている間はその男だけよ。
誰でも寝る尻軽じゃないから。
「そんなんだから、男が捕まらないんじゃない?この間の合コンでお持ち帰りした男、結構良かったじゃない。」
「あぁ、確かにルックスも職業も良かったんだけれど、変態だったのよ。」
「変態?」
「SM部屋に連れて行かれたわ。って言うか、彼の部屋の一つが、それ専用の部屋。ロープとかローソクとかいっぱいあって、女王様の格好をさせられたわ。まぁ、それもたまには楽しいけれど、毎回それじゃねぇ。」
「ありえなぁい。」
あたしとルミの声が重なる。
一番、色々な経験をしているのは、ミーコかもしれない。
「それで、どうしたの?」
身を乗り出し、話に食い付く。自分ではしたくないけれど、興味はある。
「それで、壁にある手錠みたいなのに縛り付けて、ムチで叩いたり、ローソクをたらしたり、ほら、よくあるじゃない。あたしの靴をお嘗めってヤツ?あれもしちゃった。彼、感動して、ソッコーいっちゃった。」
「そんな事して、楽しいのかな?」
「楽しいんじゃなぁい?もう、あれから煩くって。会いたいって何度もメールや電話が入る。はっきり言ってウザイ。」
「確かに引くわね。」
ミーコが女王様の格好って笑える。
「さて、ミーコの武勇伝も聞いたし、そろそろ行こうか。」
「あぁ、もうそんな時間?」
「あたし達はミーコみたいに一晩限りのお相手じゃなく、一生ラクさせてくれる良い男をゲットしなくちゃね。」
「その通りよ。」
三人連れ立って、歩き出す。
「この傍なんでしょう?」
「うん。エリーザ。」
「じゃあ、近くていいわ。」
エリーザは溜まり場としてよく使う店。多国籍料理で薄暗い照明で、バーみたいな店。実際にはレストランなのかバーなのか知らない。
まぁ、味もいいし、居心地も良いから。
「お待たせ。」
店内の奥。大きなテーブルにマークンとソークンが座っている。
「セイコさん、久しぶり。」
「相変わらず、綺麗だね。」
マークンとソークンがあたしの周りに集まってくる。
「本当に久しぶりね。二人とも未だにフリーな訳?一度の結婚で悟れる事もあるわ。高望みしていないで、妥協してみたら?」
「相変わらず、きつい事で。」
二人同時に苦笑を零す。
「で、もう一人来る人はどうなの?」
ルミが口を挟む。あたしとマークンが会話しているのが気に入らないらしい。
「それはもう上玉。でも、俺には負けるよ。」
「じゃあ、ダメじゃない。」
ルミがソークンにきつい一言。ルミはどうでも良い男には冷たいところがある。
「ルミさん。まるで俺がダメみたいじゃないか。酷いと思わないか?セイコさん。」
ソークンの熱い視線。
「あら、あたしはルミの言う通りだと思っていたわよ。あたしの好きになる人の条件、知らないわけじゃないでしょう?」
「あぁ、セイコさんにまでそんな風に言われたら、俺、生きていけないかも。」
「一度、マークンに演技指導を煽った方がいいかもね。大根役者、そのものよ。」
ミーコが横で楽しそうに笑っている。相変わらず、マイペース。
「マー。」
マークンを呼ぶ声に振り返ると、なかなかの良い男。
社長って事はそれなりのお金もあるだろうし、問題は性格ね。
「アツヤさん、こっちです。」
彼が人の好い笑みを浮かべ、小さくお辞儀する。もちろん、真っ直ぐにあたしだけを見つめて。
「始めまして。原淳哉です。セイコさんの噂をマーから聞き、お会いしたいと思っていたんです。今日、そのチャンスが到来した事に感謝します。」
「あら、ありがとうございます。藤堂星子です。よろしくお願いします。」
マークンとソークンには向けない笑みを零すあたしにヤキモチの視線。
あぁ、心地良い。
その後、礼儀程度にミーコとルミに視線を向け、自己紹介を交わすが、すぐにあたしに視線を戻す。
アルコールが届き、乾杯すると、あたしの横を陣取り続ける彼は、真っ直ぐにあたしを見つめている。
「本当に綺麗な女性だ。」
「ありがとうございます。でも、そんなに見つめられないと、恥ずかしい。」
あぁ、また、演技している自分がいる。
皆はいつもの事だと気にしていないようだが、先ほどのミーコと同じように呆れているのかも。
まぁ、いいけど。
「ハラさんは、マークンのアルバイト先の社長さんだと伺ったのですが?」
「えぇ、母が輸入の仕事を手広くやっておりまして、その助けとして、一店舗任されているんですよ。アンティークの雑貨を中心においてある店舗で、セイコさんに似合いそうな物がたくさんありますよ。多少ですが貴金属も取り扱っていますし、一度いらっしゃいませんか?何かプレゼントさせてください。」
「あら、ありがとうございます。是非、お邪魔させてください。」
あまりに言い回しが上手過ぎる。もしかすると遊び人なのかしら?
「きっと、ハラさんには素敵な方がいらっしゃるんでしょう。こんな所にいても大丈夫なんですか?」
ちょっと発破を掛けてみよう。尻尾を出すようなら、ダメね。
「まさか。そんな素敵な女性がいたら、こうして、こんな魅力的な女性に会ったりしませんよ。惹かれてしまうのがわかっている。」
「本当にお上手ね。」
「いや、本当に。嫌だなぁ。何か誤解してらっしゃるみたいだ。僕はそんなにもてませんよ。これ、本当に。」
唇に手を添え、笑う。
事実じゃないとしても、彼なら、まぁ、合格点でしょう。
「マークンから私の事、何て聞いていらしたんですか?過剰評価されている気がする。」
「とても素敵な女性だと聞いていますよ。お会いして、マーの言葉が事実だと納得しました。いや、想像以上です。」
こんな風に褒めまくる男は、下心が見え隠れして、ドキドキさせる。久しぶりの高揚感。
「この後、もし宜しければ、二件目に行きますか?奢りますよ。」
「あら、でも、六人分ともなると多額になってしまうわよ。」
「セイコさんも人が悪い。もちろん、二人きりですよ。夜景の綺麗なバーがあるんです。」
「せっかくのお誘い、嬉しいんですけれど、先約があるんです。」
「先約?」
「えぇ、母に買い物を頼まれているんです。」
「こんなに遅くにですか?」
「えぇ、コンビニで牛乳とパンを。それがないと、十二時の弟の夜食がなくなってしまうの。最近、仕事が忙しいらしくて、受験生みたいに遅くまで仕事を。」
どう聞いても嘘でしょう。これを聞いても引き下がらないようだったら、見切るわよ。
「それは大変ですね。じゃあ、ムリにお誘いする訳にはいきませんね。今度、行きましょう。あっ、携帯番号とメールの交換には応じていただけますよね?」
「えぇ、もちろん。本当にごめんなさいね。気を悪くなさらないでね。」
「えぇ、家族思いの素敵な人だと、感激しただけですよ。ご心配なく。」
「ありがとうございます。」
にっこり笑顔で携帯を出す。
まぁ、こんなモンね。最初の誘いはさり気なく断らないと、軽い女だと思われてしまう。
男も最初の誘いは断られるモノだとわかっているはず。
「セイコさんとお会い出来て、とても楽しかった。もっとお話したいところですが、仕事に戻らなくてはいけなくて。」
「そうですか。残念。今度はもっとゆっくりお話聞かせてください。お仕事、頑張ってくださいね。」
見送りのために立ち上がろうとするあたしを制止する。
「ここで。今度は二人でゆっくりお話しましょう。じゃあ、また。」
「はい、お気を付けて。」
椅子に座ったまま、彼を見送る。振り返った彼に小さくはにかみながら手を振る事も忘れない。
良い印象を植え付けたはず。きっと、明日には電話があるだろう。
「セイコも役者ねぇ。」
「本当、本当。」
彼の姿が見えなくなると、ルミとミーコが呆れた声を零す。
「この位、普通でしょう。何を今更言っているのよ。」
「あたし、横で噴出しそうになった。」
「あたしも。何よ。弟の夜食のパンと牛乳って。ありえないでしょう。でも、確かにここまでやれば、大体の男はイチコロね。」
「俺、自分と話しているはずじゃないのに、すげぇー、ドキドキした。セイコさんに惚れ直した。」
「俺も。ねぇ、俺にも同じ会話させて。」
「何を言っているの?バッカじゃないの?本気で落とそうか見極めるための駆け引きでしょう。今更、駆け引きもないでしょう。」
「じゃあ、駆け引きなしで俺と付き合ってくれる?俺、セイコさんのためなら、どんどん貢いじゃうな。」
あたしは脱力感で溜息を零した。
「ルミ、ミーコ。二件目に行こう。カラオケなんてどう?」
「あっ、賛成。」
「えっ、セイコさん。パンと牛乳は?」
ルミとミーコさえ溜息。
「女だけで行った方が良さそうね。」
「えぇ、俺達も連れて行ってよ。久しぶりに集まったんだし、なっ。」
マークンが顔の前で手を合わせ、あたし達に視線を向ける。
あぁ、ダメだわ。ルミはそれに弱いのよね。
「わかったわ。いいわよね?」
簡単にルミが折れる。まぁ、人数が多ければ、盛り上がりが違うからいいけど。
「よし、カラオケに行くよ。」
「おぅ!」
ヘンな五人組が街に繰り出す。賑やかで楽しい時間になりそうね。