12.ありえない結末?
結局、営業時間終了まで掛かってしまった。
トモの車に乗り込み、帰路に着くけど、微妙な沈黙。
片付けの最中、一度も目を合わせてくれないトモ。二人で協力してテーブルを運んでいる時も、視線を逸らし続けていた。
もしかして、勇ましいあたしに呆れているの?
「なぁ、セイコ。」
ワイパーを動かした窓の先を見つめたまま、トモが口を開く。
「うん?」
「そんな高級な店ばかり行っているのか?」
「昔は、ね。そういう男ばっかりだったから。でも、最近はめっきり。」
「そういう場所に連れて行ってくれる男が、理想だよな?」
「理想は、そうね。でも、もう飽きちゃった。エリーザもジョルジョポールも行く気になれば行けるけど、もうどうでもいいの。こんな風に豚晴で働いている毎日が充実しているのよ。」
そう、こんな風にトモと一緒にいられる時間が何より今は幸せ。
「セイコが付き合ってきた男って、金持ちで格好良い男ばかりなんだろう。」
「そういう基準で選んできたから。」
「やっぱり、そうなんだ。」
「でも、もう全然、関係ないの。」
「いないのか?そういう男。」
あたしの声とトモの声が重なる。よく聞き取れなかった。
「えっ?」
ゆっくり聞き返すと、前を向いたまま、苦笑している。
「そういう男、いないのか?セイコの基準に当て嵌まるような男。」
「過去の話よ。」
「こんな所で働いていたら、そんな男との出会いもないよな。ごめん。」
「何で謝るのよ。豚晴で働きたいと言い出したのはあたしよ。」
怒りの言葉と共に何故か涙が出てくる。
「もう、そんな条件、どうでもいいのよ。どうして、わかんないの?バカトモ。」
「セイコ?」
懸命に涙を拭うけれど、止まらない。この雨みたいにどんどん落ちてくる。
「もういい。帰る。」
「だから、今、セイコの家に向かっているだろう。」
どうして、そう惚けた返事をする訳?
「止めて!」
「信号が赤だから止まるよ。」
「もうどうして、そんなに鈍感で無神経なの。バカトモ!」
シートベルトを外し、ドアに手を掛ける。
「セイコ?」
「バカトモ!その鈍感、直しなさいよっ。」
音を立て、ドアを閉めた。
「ちょ、セイコ。」
信号が変わり、後ろの車がクラクション。横目であたしを見ながら、車を発進させた。
「本当にバカ…。」
雨なのか涙なのか、わからない雫があたしの頬を濡らし続ける。
「バカなのは、あたしだ…。」
条件ばかりを気にして、本気の恋愛をしなかった。表面に見えるルックスとバックにあるお金、それしか見なかった。大抵の男が振り向いてくれたし、ちやほやしてくれた。
いい気になっていた、罰なのかな?
「あぁ、これで終わりかな?」
「何が終わりなんだ?」
真正面から声を掛けられ、何度も瞬きを繰り返した。
「トモ、何で?」
「そこのコンビニに車を置いた。こんなに濡れて。バカだな、雨が降っているのは知っているはずなのに。」
微笑みながら、傘をあたしに差し出す。
「どうせ、バカよ。」
ぷいと顔を逸らすけど、嬉しくて涙ぐみそう。優し過ぎるよ。
「送るよ。雨に濡れて、寒いだろう。」
「平気よ。一人で帰れる。」
「どうして、そういう態度するんだよ。俺が何をしたって言うんだ。」
トモも限界なのかな?あたしも限界。もう、会わない方がいいのかも…。
「ううん。多分、トモは何も悪くない。あたしが悪いのよ。だから、気にしないで。」
「セイコ?」
「仕事、辞めさせてください。エプロンは後で洗濯して帰しに行きます。」
「どうして?」
「……。」
視線を落として、唇を噛んだ。どうしてなんて、聞かれても困るよ。
「さっきの客を気にしているのか?それだったら、また、二人で撃退すればいい。それに、もっと酷いMKもいる。セイコが気にする事は何もない。」
「そうじゃないの。トモってば、全然、あたしの気持ちに気付いてくれない。トモママに冷やかされても普通だし、あの夜の事も気にも留めていないし、鈍感なんだもん。あたしの気持ちに、あっ。」
急いで言葉を切った。何を言っているんだろう。言うつもりなんてなかったのに…。
あぁ、穴があったら入りたい。みっともなくて、格好悪くて、超ダサダサ。
その上、涙が出てくるし、マスカラが落ちて、パンダになっちゃうよぉ。
「セイコ?」
「ごめん。何でもない。気にしないで。さようなら。」
「待てよ。」
強くあたしの腕を掴むトモ。顔を向ける事なんて、もう出来ない。
きっと、振られるんだ、あたし…。立ち直れるかな?
「もしかして、セイコ。俺の事?」
「……。」
言えない。きっと、声にしたら、一生、顔を合わせられなくなる。
「同じように想ってくれていたのか?」
同じように?どういう意味?
「俺は鈍感じゃないよ。もしかしてとは、考えていたよ。でも、セイコには迷惑なんじゃないかと思って、平然を装っていたんだろう。母さんにからかわれた時も辛かったし、他の男にヤキモチも妬いている。でも、セイコが好きになるのは、金持ちで格好良い男だけだから、絶対に俺なんか相手にしない。だって、チビデブハゲだろう。いや、元々チビだったけど…。あぁ、俺、何を言っているんだろう。」
トモが耳まで赤く染め、少なくなった髪をぐしゃぐしゃにする。
「もっと、少なくなっちゃうよ。」
何か、トモ、可愛い。あたしはトモの腕を掴み、そっと手を握り締めた。
「セイコ?」
「チビは元々でしょう。それを承知で、高校の時、付き合ったんじゃない。それに、ハゲもデブもあたしのお陰で良くなったじゃない。まぁ、ハゲは目立たなくしただけだけど。何か、ルックスはどうでもよくなっちゃったの。あっ、ごめん。こんな言い方、失礼だよね。」
「本当だよ。」
あたしが苦笑するとトモも口元に苦笑を浮かべた。
「もう充分に贅沢な生活してきたから、飽きちゃったの。だから、今度は、気持ちが充実した毎日を過ごしたい。」
二人の視線が合い、肩を竦めながら、微笑みを交わした。
「じゃあ、俺と付き合ってくれますか?」
「ヤケボックイに火を点けてあげてもいいわ。トモが望むなら。」
「二人で当たろう。」
「楽しくなりそうね。」
「きっと、もっと、楽しくなる。」
「うん。」
あたしの右手を握り締め、歩き出すように促す。
そっと握り返し、同じ歩幅で並んで歩くのが、少しくすぐったい。
「さて、二人との濡れねずみだ。温かいお風呂に入って、服を乾かそう。」
「えっ?」
車に戻ると、トモが照れ笑いを零す。
「この間、お預けされたんだから、いいだろう?我慢も限界。」
「今夜もお預けする?」
「冗談だろう?」
トモの顔が苦笑で歪む。あたしは楽しくって、声を出し、笑った。
車で乾燥機の付いているホテルを探した。もちろん、昔からお世話になっている所にはない。
「セイコ、家に電話しておいた方がいいんじゃないか?無断外泊だと心配されるだろう。」
「うん…。」
確かに、今まで付き合った人と泊まりの時も一応電話は入れた。
でも、何と言い訳しよう。まぁ、いいわ。友達と夜通し飲むと言えば、バレないよね?
まぁ、そんな心配される年齢でもないかな?
「もしもし。」
電話口に出たのは、嘘が通じないクウヤ。
「何でクウヤが電話に出るのよ。」
「悪いか?」
「悪い。ママは?」
「お風呂に入っている。」
「じゃあ、パパは?」
「寝ている。」
「ヨウタは?」
「未だ帰っていない。デートじゃないかな?」
あぁ、ダメだぁ。
「クウヤはデートしない訳?」
「今日はしない。で、用件は何だよ。あっ、聞かなくてもわかるけど、一応、聞いておくよ。電話の意味がなくなってしまうからな。」
聞かなくてもわかるなら、聞くな。
「友達と飲む事になったの。だから、ママに伝えておいて。」
「ふぅん。で、帰宅時間は?」
わかっているのに、わざとらしい。
「これから飲むの。わからないわ。」
「何を飲むんだろうな?」
うわぁ。嫌な感じ。
「お酒に決まっているでしょう。こんな時間に友達と会って、お茶に行く訳ないでしょう。違う?」
「二人揃って、明日、同じ服ってどうなんだろうな?」
「なっ。」
言葉に詰まる。確かにその通りだ。
「まぁ、エプロンとか白衣を着ちゃえば、わからないか。まぁ、いいや。」
「誰がトモと一緒だと言ったのよ。」
「誰もトモと一緒だと言っていないよ。今、セイコが言ったんだろう。それに、同じ所で働いている人とは言っていないだろう。」
やっぱり、クウヤは意地が悪い。言葉に詰まるあたしに、電話口で笑っている。
「まぁ、随分、時間が掛かったんだな。可哀想に、その間、ずっとお預けを引き摺っていたんだな。まぁ、明日の仕事に響かない程度に抑えておけよ。」
「何の話をしているのよっ。」
「別にぃ。じゃあ、母さんには適当に伝えておくよ。後で取り調べ、覚悟しておけよ。」
「はい、はい。じゃあ、おやすみ。」
「楽しい夜を。じゃあな。」
電話を切り、横に視線を向けると、声を潜め笑っていたトモが声を出し、思い切り笑い出す。
「何を笑っているのよっ。」
「いや、二人の会話は楽しいなと思ってさ。クウヤ、相変わらず言うな。」
「そうよ。もう少し、優しくして欲しいわね。ヨウタみたいに。」
「ムリだと思うよ。それが、クウヤの表現方法だし。」
「ひねくれた性格。」
「セイコもね。」
横目でトモを睨み付ける。
「じゃあ、今夜もお預けね。」
「そんな殺生な。」
「どうせ、ひねくれた性格ですからっ。」
怒ったはずなのに、笑えてくる。
何かやけに緊張しているあたしがいる。初めてでもないのに…。
「あのさ、セイコ。」
「うん。」
「俺、もしかして、セイコに伝えてなかったかもしれない。」
「何?」
「俺もバツイチ、コナシ、二十九歳なんだ。」
「えぇぇぇっ。ありえなぁい。」
車内にあたしの叫び声が響き渡った。