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11.最悪な一日の最後は勇敢に

 と、二人に意気込んでみたが、何をどうしていいのか、さっぱりわからない。

少なからず、あたしの気持ちに気付いても良さそうなのに、何も変わらないトモの態度。

苛立ちがピークに達し、逆切れしてしまいそう。


「そろそろ昼休みにしよう。」

 雨が降り出しそうなお昼でも店内は賑わいを見せた。やっとそれも一段落して、今度はあたし達のおなかを満たす番。

簡単にかつヘルシーに作った昼食は冷め切っていて、レンジで温め直すしかなさそうだ。

「じゃあ、お先にお昼に行ってきます。」

 ハルトくんとハルミちゃんがさっさと裏口から出て行く。ハルミちゃんが前に言っていた恋人はハルトくんらしい。でも、仕事中はそんな素振りを一切見せない。楽しそうにお昼休みに消える姿だけの判断。

「セイコ、用意出来た?」

 エプロンと言うか、前掛けを外しながら、問うトモ。

あぁ、あたし達には進展がありえないのかしら?

「出来ました。」

「じゃあ、烏龍茶を用意しておくな。」

 いつものテーブルに行くと、冷たい烏龍茶のペットボトルを抱えたトモがいる。トンカツを常時揚げているせいで、喉がからからになってしまうらしい。

「いただきます。」

 美味しそうにあたしの作った料理を食べ始めるトモ。

朝のウォーキングも続けているし、すっかり元の体型だ。

時々、笑顔が高校の頃とダブってしまうくらいだ。

「あら、もうお昼休み?」

 入り口から声がして、トモが立ち上がった。あたしはそのまま、食べ続けた。

こういう時は店長に任せるのが一番。

「珍しいな。母さんがここに来るなんて。」

 入り口付近でトモの砕けた声。

えっ、母さん?って事は、トモママ?

「まぁね。新しい子が入ったって言うから、覗き見するつもりだったのよ。だって、こっちは私が口出しするのは厳禁なんでしょう。隠れて見るくらいは許されるわよね。」

「別に、隠れて見なくてもいいだろう。」

 トモの呆れた声。

「でも、お昼休みだし、誰もいないんでしょう?もう少し早く来ればよかった。あっ、もうトンカツ揚がらないわよね?油落としちゃったもんね?」

「何、お昼が未だ?」

「うん。トンカツでも食べようかと思って。」

「あっ、トンカツはないけど、お昼ならすぐに用意出来ます。」

 あぁ、自分で余分な事を言っている意識があるが、勝手に口から出ちゃったのよね。仕方がない。出て行こうかしら。

「誰かいるの?」

「あぁ、働いてもらっている子だよ。」

「一緒にお昼食べているの?」

「あぁ。」

 あたしが奥から出て行くと、トモママが驚いた顔をしている。

「セイコちゃん。」

「ご無沙汰しています。」

 高校の時、何度か顔を合わせている。

外面用のモードに切り替えて、深くお辞儀をする。

「セイコちゃんが働いてくれているの?」

「えぇ。」

「ふぅん。ヤケボックイに火が点いたのかしら?それも仲良く一緒にお昼なんて。」

 火が点いたのはあたしの頬。一気に熱くなり、耳まで赤くなっていると思う。

「何を言っているんだよ、母さんは。」

 慌てた声のトモ。ふと見ると、耳まで赤くなっている。ねぇ、それって…。

「セイコはダイエットに協力してくれているんだよ。だから、お昼を作ってくれている。それだけだよ。」

 それだけ…。

それって、つまり、友達以上じゃないって事だよね?

「じゃあ、お邪魔虫は消えるわ。」

「あの、でも、お昼は?」

「大丈夫よ、家で適当に済ませるから。何より、若い二人の邪魔は出来ないじゃない。じゃあ、頑張って、稼いでね。」

 トモママが、出て行く。後姿で手を振りながら。トモは脱力したように、大きく息を吐き出した。

「煩いのが去った。さぁ、お昼の続きを食べよう。なっ。」

 トモは何にもなかったように、昼食の置いてあるテーブルに歩いていく。

付き合っていると思われたんだよ。それなのに、どうして、何も言わない訳?そんな事を言う必要もないって事?

「セイコ、どうしたんだよ。」

「今、行くわよ。」

 もう、いい。トモなんか知らない。

あたしの事なんて、女なんて想っていないんだ。だから、あの時も…。

「セイコ?」

 本当はトモの顔を見るのも少し辛い。あたしは気付いてしまったから。

でも、夕方からすぐに仕事だし、放り出す訳にはいかない。

「どうしたんだよ。」

 あたしが力なく、椅子に座ると、心配そうに顔を覗き込むトモ。

人の気も知らないで。この鈍感バカ。

「何でもないってば。」

「急にどうしたんだよ。」

「何でもないの。」

 箸を持っても食欲は失せてしまっている。

「母さんが余分な事を言った事は謝るよ。だから、機嫌直せよ。」

「…。」

 そうじゃない。トモママが言った事は謝る必要はない。

ただ、その後のトモの態度が気に入らないだけ。

どうして、わからないの?本当に筋金入りの鈍感バカ。

「セイコ?」

「何でもない。ご馳走様。」

 もうここに座っていたら、トモの前で思い切り悪態をつき、泣いてしまいそう。

食事もそこそこに席を立った。

「食べたくないのか?」

「そんな事ないよ。食べたよ。」

「未だ、残っているよ。」

「今日、ちょっと大盛りだったのよ。」

 お皿を持って、調理場に向かう。思い切り水を出し、食器を洗い出す。水の音を聞いていると、泣けてくる。唇を噛み締めながら、食器を洗い続けた。

「TRRRR、TRRRR。」

 水の音に交じって、携帯の着信音。水を止め、手を拭いてから通話を開いた。

「はい。」

「あっ、セイコか?」

 電話口からは久しぶりに聞く元夫、レンの声。

「どうしたの?」

「あぁ、ちょっと話を聞いて欲しくて、さ。今、平気か?」

「えぇ。」

 通話を続けたまま、歩き出す。料理場とホールを繋ぐカウンターの所の椅子に腰掛けた。

「あのさ、やり直せないか?」

「えっ?何を言っているの?再婚したばかりの人の言葉?それともあたしをからかっているの?」

「からかっていないよ。本気だ。セイコと別れてみて、どれだけ良い女だったのか、よくわかったんだ。」

「冗談はやめて。貴方が別れを求めたんでしょう?それに、彼女、貴方の子供を身籠っているんでしょう?」

「本当に俺の子なのかな?」

「どういう意味?」

 声が強張っているのがわかる。苛立ちが爆発しそう。

「彼女、カフェでバイトしているんだけれど、未だ、辞めようとしないんだよ。休暇を取っているんだけれど、子供が産まれたらすぐにでも復帰するつもりらしくて。食べていくには俺の給料だけで充分なはずなのに、やけに執拗する。だから、もしかすると、そこに他の男が…。」

「あぁ、メイドカフェね。貴方も常連だったそうね。秘密の小部屋とかいう場所に入り浸りだったそうね。」

「えっ?」

 レンが驚きの声を上げる。

「惚けなくてもいいわよ。知っているから。確か、レンカちゃんとか言う名前よね。あぁ、別にあたしが調べた訳じゃないから。友達が教えてくれただけ。」

「…セイコ。」

「安心して。あたし、貴方とやり直すつもりないから。あんな女に惹かれた貴方には興味が失せたの。あたしに復縁を迫るくらいなら、彼女を見張っておいたら?何なら、お母様に頼んで見張りでもつけてもらえば?」

「セイコ?」

「あの女と貴方が喧嘩するのは自由よ。でも、子供を巻き込む事だけはしないでね。貴方の子供が可哀想よ。」

「俺の子なのかな?」

「さぁね?身に覚えがあるんでしょう?それなら、貴方の子じゃないの?それに、あの女がそれほどもてるとは思えないし、貴方の事、本気で好きみたいよ。浮気をするようには見えなかった。疑い始めればキリがないけれど、探偵でも雇って調べてみれば?事実がわかるはずよ。」

「そうかな?」

 レンの声が明るくなる。

苛立つ気持ちもあるけど、あたしを捨ててまで選んだ女とそんな簡単に終わりにされたら、あたしの立場がないわ。そうでしょう?

「ヤキモチをあたしにまで振らないでくれない?あたしもそれほど暇じゃないの。話はそれだけよね。じゃあね。」

 レンの返事を待たずに通話を切る。

肺の奥から息を吐き出した。

「セイコ、どうした?」

「元の旦那がやり直したいと言ってきただけ。新しい奥さんが浮気しているのかもと不安になったみたいね。」

「やり直すのか?」

「まさか。もうあんな男、興味がないわ。それに、もうすぐ子供が産まれるはずなの。新しい家庭があるのに、そんな事を考えるなんて信じられないわよね。」

 ついつい正直に答えてしまった。

まぁ、別にいいわね。

「そうかぁ。」

 トモが何処か嬉しそうな笑み。

「洗い物、したの?」

「あぁ、済ませたよ。」

「じゃあ、買い物に行きましょうか?明日の昼食のおかずを買いに。」

「今夜の夕食は?」

「もちろん、作りますよ。」

「じゃあ、よかった。」

 二人で近くのスーパーに出掛け、いつもと同じように夕食の部の仕事が始まる。

午後三時頃から雨が降り続き、お客様の入りが悪い。欠伸が出そうな位、暇。

「ハルトくんとハルミちゃんは、今日、もう上がってもいいよ。もう、お客さんもそんなに入りそうにないし、セイコと二人で出来るだろうから、さ。」

「えっ、本当ですか?」

 ハルトくんとハルミちゃんの声が綺麗に重なる。嬉しそうな笑みは隠しきれていない。

「あぁ、いいよ。今日は特別な。」

「はぁい、ありがとうございます。」

「じゃあ、お先に失礼します。」

 二人はさっさと片付けを行い、裏口から出て行ってしまう。

もう、何であたしが居残り組なのよっ。

まぁ、トモと二人だから良いけど…。

でも、納得出来なぁい。

「どうして、あたしはダメなの?」

「若い二人に気遣ってやれよ。」

「どうせ、若くないわよっ。」

「そうじゃなくて、さ。」

 トモが苦笑しながら、短く切り揃えた髪に触れる。

「付き合っているんだろう。だから、さ。」

「そうみたいね。」

 そうよ、どうせ、あたしには恋人はいないわ。仕方がないじゃない、アンタに片想いしているんだから、ねっ。まったく、気付かない鈍感だし、本当にどう想っているのよっ。

「終わったら、いつも通り、送っていくから、そんなに機嫌の悪そうな顔をするなよ。」

「元の顔よっ。」

「何を言っているんだか。セイコは凄く綺麗なんだから、そんな怒った顔をしたら、もったいないと言いたいんだよ。」

「えっ?」

 ヤバイ。超赤くなっている。急にそんな風に褒められたら、動揺するじゃない。

「セイコ?」

「何でもないわよ、何でも。」

 投げ遣りに言葉を吐き出し、後ろを向いた。でも、きっと耳まで赤くなっている。

「綺麗って言われ慣れているセイコが、何で赤くなるんだよ。」

「煩いっ。」

 調理場から逃げ出すように、ホールに出ると、低く流れている有線の音だけで、静まり返っている。ドアが開くと鳴る鈴の音が聞こえ、振り返った。

「いらっしゃいませ。」

 とびきりの笑顔を向ける。

「三名様でよろしいですか?お煙草は吸われますか?」

「はい。」

「じゃあ、こちらへどうぞ。」

 冴えない男、三人組。明らかにあたしに熱い視線を送ってくる。

「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお知らせください。」

 あたしが歩き出すと同時に、三人が話を始めた。潜めているつもりだけど、丸聞こえ。

「ほら、綺麗だろう。」

「あぁ、萌えだなぁ。出来れば、メイド服とかコスプレして欲しいよな。」

「それじゃ、店が違うだろう。」

「でも、あんな上玉がそんな店にいないだろう。それに、あの子が、女王様の格好をしていたら、興奮するだろう。」

「する、する。何でもしますとか言うな。」

「いや、やらせてくれるなら、貢ぐよ。ありったけね。」

 何を言っているのかしら?まったく。勝手な想像で盛り上がっているんじゃないわよ。

「どうした?」

「お客様、三名様です。」

 トモは首を捻り、小さく返事しただけ。

今日は最悪の日かもしれない。何か、泣けてくる。昼間はトモママにからかわれても何も変わらないトモに苛立ち、その後、レンからの電話。夜になったと思ったら、がらがらの店内に変態男達。

「ピンポーン。」

 来た。あの変態は何を注文するつもりよ。

「お待たせ致しました。」

 あたしがテーブルまで行くと、目尻を下げて、鼻の下を伸ばし、イヤラシイ顔付き。不細工がますます酷くなっている。

「お勧めってある?」

「お勧めですか?やはり、ロースカツです。脂が苦手な方やカロリーが気になるようでしたら、ヒレカツをお勧めします。」

「キミならどっちにする?」

「えっ、私ですか?」

「そう、キミ。」

「ヒレカツですかね。」

「そう。じゃあ、ヒレカツ定食を三つ。あと、アイスコーヒーをサービスしてくれない?」

「えっ?サービスですか?」

「こんなにがらがらなのに、客が来てやったんだから、その位良いんじゃないか?」

「あの、店長に聞いてまいります。」

「店長とは関係なしに、キミの一存で頼むよ。これからもちょくちょく来るからさ。」

 来なくてもいい。って言うか、来るな。今すぐ帰って欲しいくらいだ。

「とりあえず、店長に確認してまいります。少々お待ちください。」

 出来る限りの笑顔をやっと作り、一礼して、調理室に向かう。

冗談じゃないわ。何なの、あの変態男達め。

「どうした?」

「MKが来たわ。」

 MK、問題客の隠語。

「何だって?」

「アイスコーヒーをサービスしろって。それに、あたしをイヤラシイ目で見るのよっ。」

「セイコに?」

「そうよ。メイド服とか女王様の格好とか、そんな事を言っているのよ。」

「そんなのは客じゃないな。」

「トモ?」

 凄い形相で、トモがホールに向かっていく。

「ちょっと、トモ。」

 ヤバイ。思い出した。トモは確か柔道か何か格闘技の有段者だ。

「お客様、何か特別な御用があるそうですが、店長の私が伺わせていただきます。」

「男には用はないよ。さっきの子は?」

 後ろからトモを追いかけてきたあたしは、トモに半分隠れるように足を止めた。

「あぁ、いた、いた。」

「アイスコーヒー、いいだろう?店長も良いと言っているよ。」

 調子の良い事。トモは一言もそんな事を言っていないでしょう。

「私は何も言っていませんが。」

「いいじゃん。こんなに綺麗な子にサービスしてもらったら、次も来る気になるだろう。それに、友達を紹介してもいいし。」

「どうして、弊店がお客様方だけにサービスしなくてはいけないんですか?そういう特別扱いは当店では出来ません。」

「俺達は、お前じゃなくて、彼女と話をしたいの。下がってくれない?」

 トモの顔色が変わっている。掌を握り締め、今にも爆発しそう。

「ねぇ、ねぇ、キミ。こんなに暇そうな所で働いていないで、一緒にお酒でも行かない?お洒落なバーを知っているんだ。奢るよ。常連だから、サービスもしてくれるし。」

「どんな所なんですか?」

「ほら、駅前のエリーザ。この辺では有名だろう。知っているよね?」

「えぇ、知っていますよ。あたしもよく利用させてもらいました。でも、一度も貴方達にお会いした事ありませんよね。あぁ、あたし達、いつも奥の部屋にいるからかしら?」

「部屋?」

「あら、常連なのに、ご存じないんですか?おかしいわね。店長が認めた常連だけしか入る事を許されないカウンターとボックス席があるんですよ。普通のお客様は知らないらしいですけど。」

「バカにしているのか?」

 男達の顔色が変わっていく。でも、あたしは事実を言っているだけ。

「いいえ。」

 あたしは笑顔で首を横に振る。

思い切り、バカにしているわ。あんた達みたいな下衆な男と話をしてあげるだけ有り難いと思って欲しいわね。

「でも、エリーザは飽きてきたの。たまにはジョルジョポールとかに行きたいわね。あそこのワインは良い品揃えをしているわ。ご存知でしょう?」

 こんな男が行くはずがない。あたしだって、記念日とかにしか行かなかった場所。

小金持ちには、こういう事でプライドを切り刻んでやるのが手っ取り早い。

「あぁ、でも、ムリね。一日五組しか予約客を取らないから。もし、予約が取れたら、お誘いください。あっ、でも、あたし、あのお店で飲み出すと、お酒が美味しくって、金額がはってしまうのよね」

 彼等の顔が赤から青に変わる。信号機みたい。バカね。

「ジョルジョポールにそんなに行った事があるなんて、お前、何者なんだよ。」

 声が上擦っているわよ。バカね。ジョルジョポール位で何をビビっているのよ。

「何者?ただ、お友達がそういう場所が好きな方ばかりなんです。それだけですよ。」

「へぇ。」

 必死に平然を装おうとしているけど、声さえも引き攣っているわよ。

「そんな方が、アイスコーヒーをサービスしろなんて…。」

 ヤバイ。つい本音が。完全に煽っているよね。青い顔が赤く変色していく。あぁ、やっちゃったよ。

「ケチだよなぁ。」

 傍観者をしていたトモがぽろりと本音を小声で零す。あぁ、もう、油を注いじゃった。

「何だと。」

 あぁ、始まっちゃった。でも、トモなら楽勝ね。ってココじゃ、まずいよね。そう思っている間に、客の一人がトモに殴りかかる。

「トモ!」

 あたしが叫ぶより早く宙に浮かぶ客。背中からお座敷席の畳の上に。

「ふざけんなよ。」

 お決まりの言葉を吐き出し、もう一人の客がトモに駆け寄る。胸倉を掴んだと思うと、先ほど投げられた客の横に並んで寝かせられていた。

「あぁ。」

 あたしが声を零すと、背後から首元を掴まれる。

「キャッ。」

 短い声を出し、抵抗するが、力で抱かかえられる。もがくけど、思ったより力が強い。

「やめろ!」

 最後まで手出し出来なかった男が、負けを認めたらしく、卑怯な手に出る。早い話が人質ね。トモが座敷に寝そべったヤツ等に背中を向け、あたしに振り返る。

「セイコ。」

 あぁ、どうして、こう悪役らしい事が出来るのかしら?こういう男共は。でも、ちょっと振り返るトモは格好良いかも。

「動いてみろ。女がどうなるかは、わかっているだろう。」

 どうなるの?何て暢気なあたし。

畳から起き上がった男がトモに歩み寄る。ゆっくりじりじりと。いかにも悪役。

って事はあたしがヒロイン?トモはヒーロー?ヤバイ。こんな時なのに、笑えるぅ。

「何を笑っているんだよ。」

 あたしを抱えた男が不機嫌そうに呟く。

「言わないとダメだよね?」

「言え。」

「三流の悪役のする事だなぁって思って。」

「何をぉ。」

「バカ。」

 客の怒りの声とトモのあたしに対する呆れの声が重なる。

あたしを抱えた男があたしの口元を抑えようとするのと同時に、トモの後ろにいたヤツ等がトモに襲い掛かる。

冗談じゃないわ。あたしがこうしていたら、トモは手出し出来ないじゃない。

あたしは男の指に齧り付き、怯んだ隙に男の弱点(はっきり言って凄く不本意、こんな汚い場所)に、キックをお見舞いしてやる。痛みに耐えかね、そこを両手で覆ったまま、ピョンピョンは跳ね始めた。

凄くバカな格好。

その間に、自由を得たトモが、二人の男を投げ飛ばした。

「喧嘩を売ってきたのは、貴方達よ。何なら、警察に行く?」

 ピョンピョンと跳ねている男は相手に出来そうにない。苦痛で死にそうな顔をしているんだもん。やっぱり、尖った靴の先は辛いかな?

トモが投げ飛ばした男に尋ねてみる。もちろん、勝者のお決まり、高い位置から見下ろして。

「すみませんでした。」

 抵抗不可能、負けを認めたヤツ等は大きく頭を下げた。プライドは捨てられたみたいね。

「今後一切、ご迷惑おかけしません。これで失礼させていただきます。」

 ピョンピョン男を引き摺って、小走りに店を出て行く。

あぁ、バカ相手にしちゃったわ。軽く掌をパンパンと叩き、トモに視線を向ける。トモも同様の行動をしている。

「やるな、セイコ。」

「まぁね。美人はヘンなヤツに絡まれる事が多いのよ。護身術くらい身に付けないとね。」

「なるほどな。」

「トモこそ、格好良かったよ。相手が怪我しないように、畳の上なんて、さすがね。」

「それほどでもないよ。」

 にっこりと笑みを交わす。

「でも、後で面倒な事にならないかしら?」

「正当防衛だよ。先に喧嘩を売ってきたのは、あっちだろう。」

「そうだよね。あたしなんて、セクハラされたし。」

「その通り。さて、嫌な客を追っ払ったから、もう上がろう。」

「うん。」

 大暴れしたお陰でぐしゃぐしゃになった店内を見回し、噴出した。

ちょっと楽しかったと思うあたしは不謹慎かな?



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