呪い天使 36 『費用』
母さん―――
呪い天使 36 『費用』
母は家で倒れた。
救急車が到着し、母はタンカで運ばれた。
「お母さんは胃潰瘍ですね。」
「・・・え・・・・・?」
「ストレスや疲れによるものでしょう。状態が悪いのでさらに手術、入院となります。」
母はそこじゃそこらの主婦とは比べ物にならない労働をしている。
一人で生計を立てているのである。
母はずっとパートの仕事をし続けて、家に帰ったら僕と一緒に内職をする。
寝る時間を惜しんで・・・働いては働いて・・・休むことなく・・・働いていた・・・。
そしてストレス―――
僕が跳び箱で鈴科を怪我させた犯人・・・審議・・・。
先生からの知らせ・・・
間違いない。
これが大きな原因だ。
気付けばハンカチで顔を覆っている。
全て鈴科のせいで・・・せっかく幸せを手に入れたと思ったのに・・・
何故・・・何故・・・何故僕だけこんな目に・・・。
医者は僕が落ち着くのを少し待ったあと切り出した。
「・・・手術費のお話ですが・・・・・・」
母はこれからも入院し、治療を長い間うけなくてはならないらしい。
その代金が・・・とても家にあるとは思えなかった。
仕方なく嘘をつき、払えると言ったものの、僕はどうすることもできなかった。
次の日の朝。
もう学校に出かけても良いような時間。
僕は公衆電話の前に立ち、学校に電話をかけていた。
交渉は長くなったが、なんとか大丈夫であった。
そして疲れがどっときたのか、僕は久しぶりに眠りについた。
学校に着く時間は―――もう遅刻である。
人影さえない、お昼時。
学校の門の前に立った。
とうとう学校の門の目の前に足が付き、その足をゆっくりと校内に入れていく。
冷汗がでてくる。
無意識のうちにズボンでその汗をふきながら教室に向かった。
何も知らない三日月たちが歩み寄ってきて優しく話しかけてきた。
そして心配もしてくる。
今、申し訳ないのは分かっていたが、そんな心配を求めていなかった。
何もない無言がいい。
だが、いざ無言になると聞こえてくるひそひそ話。
すぐにチャイムは鳴り、帰りの会が始まった。
「はい、みんな席について下さい。まずは伊藤からお話があるそうだ。」
ざわつく生徒たち。
先生の顔がどこか暗いと生徒は察していた。
それくらい分かるだろう・・・毎日会っている先生なのだから。
僕は立った。
「理由はいえませんが、僕は今日でこの学校を転校することになります。」
ざわついてくれたことが何より嬉しかった。
だけどもそれが当然寂しくて未練に溢れた。
だが涙は流さなかった。
どうせ皆はイジメに耐えられなくて転校するのか?とでも思ったのだろう。
そんな中で泣くのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。
高校に通ってる場合じゃない。
教科書はあるんだ。
自分で勉強ならできる。
一日中バイトをして、その休みに勉強すればいい。
そうすればなんとかなるはずだ。
転校なんて――――――嘘に決まっている。
僕は仕事に生きる。
帰りの会が終わり、廊下で話を聞いていた三日月が当然やってくる。
今度は走って来てくれた。
「なんで・・・?ねぇ・・・・」
すでに三日月は泣いていた。
それを僕は正面から見つめることができなかった。
「どこに行っちゃうの・・・伊藤・・・
まさか・・・クラスのみんなが原因なの・・・ねぇ・・・私・・・ごめん・・・・」
僕は嘘をついた罪悪感に襲われた。
どこにも行かない、そんなこといえない。
とりあえず『クラスとか鈴科とかは関係ない』とだけ告げておく。
そしてごめんね、わからない、を繰り返してただただ帰りの身支度を進めた。
この椅子も、今日が最後となる。
この机も、教室も、みんなの笑顔も、全部が全部最後となる。
生徒が完全に下校した後、一人で校門を出る。
そこには三日月がただ一人待っていた。
目を赤く染め、まだその涙は止まろうとしない。
「三日月・・・・」
ついに僕の中の何かが吹っ切れた。
感情が込み上げてくる。
未練――――それは僕の最高の仲間。
その中でも一番の未練が・・・三日月だ・・・。
僕は本当のことを全部打ち上げて、二人一緒に泣いていた。
伊藤の学園生活は終了した