Nサイド
間に合った。
「直喜多さん直喜多さん♪」
「いきなりなんなんですかそのテンション。今の今まで物思いに耽ってボーっとしていたじゃないですか」
「羽毛がいっぱい降ってきていますよー。あったかいですねー」
「ニコさん、しっかりしてください。それは雪ですよ」
「もうちょっと驚いてもいいでしょーに。冷たいですねー、雪も直喜多さんも」
「あー、はいはい。さっと配達済ませて、その後ゆっくりあったかいミルクでも飲みましょう」
「そうですねー、暖炉のある暖かい部屋で。私はココアがいいですねー」
「僕は前も後ろも足が蹄なので、ミルクお願いしますね」
「じゃあ私のと直喜多さんの間を取って、ミルクココアにしましょうよー」
「そうですね。そうしたいのは山々なんですが、配達用のソリを持ってかれてしまっては、それも叶わないでしょう」
「はぁ、本当。雪が降り積もってて良かったですね。あ、あと直喜多さんも居てくれて助かりました」
「まさかソリから引き離されて落とされて、挙句にまたニコさんの下敷きになるとは……」
「どうしたものですかねー」
「考えあぐねている暇はありませんよ、徒歩で行きましょう徒歩で」
「歩くんですかー? そんな途方もないことしたくないですよー。ぶーぶー!」
「一応サンタ代表ラウスの娘だというのに」
「直喜多さんまでそんな事いうんですかー?」
「までって、僕の目の前以外でもそんな体たらく晒しているんですか?」
「ふふん、侮らないで下さい直喜多さん? こんな体たらくは直喜多さんと弟のセント以外には見せていませんのよ!」
「はー。そうですか。はいこれ予備の袋。自分で考えてプレゼントを出してくださいね」
「直喜多さん! ツッコんでくれないと私本当にそういう人ってことになっちゃいます!」
「信憑性は高いんじゃないですか?」
「ど、どういうことですかー!」
「感じ取ったそのままですよ」
拝啓、今私達の飛んでいた空よりずっと上に居る父さんへ、どうやら私はピンチというものにぶつかってしまったようです。父さんがそんなところにいるから私がこんな大役をやる羽目になったんですよ。こんなのちっとも嬉しくないです。父さんと一緒に、配りまわるのが夢だったのに。酷いです、まったく。なんて。冗談。
紳士淑女のみなさん、おはこんばんちわちわ。
直喜多さんの優しさに心打ち拉がれている銃先ニコです。
みなさんお察しの通り、ソリが取られました。
私は突き落とされたんです。
夜中に、
ソリから、
白い羽毛の、
ふかふか絨毯の上に。
あぁ。
絨毯は比喩です。
ふかふかは過言です。
ついでに羽毛は暗示です。
そして今です。
この極寒の中、歩かなければならないそうです。
あの密林が全自動ヘリで宅配をしようと試みている最中、私達は進化の過程に用いられた移動手段を使わざるを得ないという現実を甘んじて受け入れなければならない。
私はまた例に漏れず、きちっとした正装で防寒具の着用を認められていないというのにですよ。
更にはいつも使っている便利な袋をソリに置いてきてしまいましたので、予備の袋で何とかしなければならないのです。
私あまり頓知の利く方ではないのに、便利なあの袋があれば、ただ無心でその窓その窓と袋を出し入れしていれば、それで良かったのに……。
まぁ、例外はありますけど。それでもただ入ればそれでオッケーだったのです。
が。
不明瞭なプレゼント希望を自分の頭で考えて、それでもって枕元に置いていかなければいけない。
正直面倒くさいし、それより何より、思いつくか不安です……。
「また物思いに……いきますよニコさん」
「はぁーい」
「こっちまで滅入りそうな返事ですね」
「うぅ、すいません。――よし、がんばりましょう!」
「はい、それでこそニコさんです」
「いつも前で先導してくれて助かりますよー。あれ? 直喜多さん汗かいてません?」
「分かりますか? さっきから無性に熱いんですよねぇ……――うぅ、グハァッ!」
「なな直喜多さん? 直喜多さんがトメイトジュウスを! 白き花が紅色に染まった! いえ、そんなこと言っている場合じゃないですよね!」
「あ゛っ、熱いですニコさん」
「その調子です。熱湯風呂に入った後の芸人張りに、熱く火照ったその身体を雪にこすり付けるんです!」
「ニコさんも、雪、かけてください」
「そうですね、ほっ、ほっ、そいや、せーりゃ!」
「もっとです!」
「ぶるどーざーからの、ほっ、ほっ」
「ありがとうございます。グ、グァアアァアア、そういえば、さ、さっき。落とされたときに、何かチクリとした感覚が、ングッ」
「何か盛られたのね……」
「そうみたいでふ、ふぅ、フウンヌウァアアアアアアアアアアアア!」
「な、直喜多さんが目に良くない光を断続的に放ってるぅー!」
「フゥウウウウウウ!――ハァ、っはぁ……」
「あ、目に良くない光が収まった。直喜多さん大丈夫ですか! 私、直喜多さんに何かあっ、た……ら…………ひゃあ!」
「はぁ、とてつもない疲労感が。ってあれ、上手く起き上がれない」
「ままままえ、前を、隠して、ください!」
「なんでですか?」
「ととりあえず、服を願ってください! 出しますから!」
「服? いつも着てないじゃあないですか。あれ」
「人! 男の人になってるんですぅ!」
「なんてこった……、蹄じゃないなんて」
「そんなこと言ってないで、ほら、願って!」
「冬に似合う服を下さい」
「ちゃっかりしてますね! はい!――」
「――着られましたか?」
「はい、なんとか着てみましたけど、違和感がすごいです」
「傍からはクリスマスの日に寂しくバイトしてる人にしか見えません」
「具体的にどうなんです?」
「今のも具体的だったと思いますけど、うーんそーですねぇー。なんだかチャライですねぇ」
「……ショック」
「落ち込まないで下さい。お、男泣きするほどでもないですよ、十分カッコイイですよ! ね? ほら、鏡です」
「いいです、さっさと配達に行きましょう」
「見て損はないと思いますよ」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
「どうです?」
「配達行きましょう、配達……」
「どうでしたか?」
「…………自慢の角が残っていて安心しました」
「そ、そうですか」
「人が雪を踏む感触ってこんな感じなんですねー」
「直喜多さん平然と二足歩行してますけど、すごい適応能力ですね。風太くんもビックリです」
「なに言ってんですか。配達の日以外僕は二足歩行ですよ? 何をいまさら普通ですよ普通」
「知らなかったですよ! そもそもトナカイが歩くなんて普通じゃないです!」
「人語喋ってる時点で二足歩行も約束されたようなものなんです。風太くんなんて目じゃないですよ」
「風太くん……」
「そうこういっている内に最初のお宅に着きましたよ」
「ずいぶんと唐突ですねぇ。ふむふむ紙にはなんて書いてあるんでしょう」
「開きますよ」
せかいせいふく
「おー、これはまたべたなのがきましたね。しかもおにいちゃんの方が書い多っぽいですよー」
「じゃあいつも通りのものを、おいておきましょうか」
「えー、あの世界を言うTシャツですかー?」
「えぇ、世界SEY服」
「前々から疑問だったんですよそれ、クリスマスにTシャツ貰って嬉しいのかって。ですからこれを」
「せかいせいふくでクリスマスに貰って嬉しいものなんて他にありますかね?」
「てってれてってってー。世界の制服図鑑ー1470円也ー。うん、Tシャツよりはマシね」
「どっこいどっこいですね」
「じゃあ次弟さんの」
「なんでしょうかね」
せかいへいわ
「この兄弟は何でここまで世界を案じているんでしょうかね、そういう使命を背負って生きているんですかね。
死に際にでも思い出せたら応援しますね。せかいへいわかぁー直喜多さーん、何か案ありますかー?」
「ずみまぜん、泣いてません、袖とか濡れてません」
「直喜多さん何時にも増して涙腺ゆるゆるですね。誰です? あなたのをそこまでゆるゆるにしたのは」
「特に子供と動物ものです」
「ふーん。そこまで子供思いなら、この弟さんへのプレゼント決めてあげてください。はい、どーぞ」
任されてしまった。プレゼント選びを。
どんなものが、この子に相応しいのだろうか。
考えろ、考えるんだ。
まずは何か、判断基準になるものを。
この子、いやこの子達は、どんな風にこの願いを決めるに至ったんだろう。
人になったことでトナカイだった時より、幾分大きくなったこの抱えた頭で考えるんだ――
「にーしゃん、にーしゃん」
「あ? 何だよ」
「ことしはサンタしゃんくるかな」
「……こねーよ」
「なんで?」
「し、しるか」
「まえはこなかったよね。おかあしゃんかえってこなかったよね」
「い、いうなぁ!」
「う、うぁ、うあーん!」
「泣きたいのは、こっちのほうだよ……クソッ!」
日本社会が一つのプロパガンダとして設けたこの日。
楽しく嬉しく盛り上がり、きらびやかなその日
誰しもが幸せになれるはずのそんな日。
誰かに、しわ寄せがいっていることを、僕たちだけが知っている。
明日、そう明日。
みんなには幸せが、僕たちにはしわ寄せが。
鈴の音と共にやってくる。
「ふんふんふーん、ふんふんふーん、ふんふんふーふふーん」
「どうしたんだそれ」
「となりのおばあしゃんが、おしえてくれたんだー」
「違う、その手に持ってるもんだ」
「ん? ふふ、いいでしょ。これクリスマスツリーのてっぺんにかざるんだって」
「ちっ、返して来い」
「おんなのひとがくれたんだ、きゃんぺーんってやつらしいよ」
「なあ、おまえ。……クリスマスしたいのか?」
「うーん。にーしゃんと笑っていられれば、じゅうぶんだよ」
「と、か」
「?」
「そうか……」
そんな事いうなよ、そんな顔、するなよ。
「にーしゃん?」
「……やるか――クリスマス」
「ふふ、わーいやったー!」
欲しいものは手に入らなかった。
死んだ人間をどうこう出来るわけがなかったんだ。
「母さんを返して」だなんて、まるでサンタさんが母さんを取っていったような口ぶりで。
それでもただ、俺は俺を取り戻すために、そう願った。
それが叶わぬと分かった今、更に願うことはない。
辛くなるだけ、やらないほうが幾分マシだ。
でもそれが、弟の笑顔を奪うものなら、なにを突っぱねてでもやる他ない。
そうさ――
「にーしゃん、かかないのー?」
「あ、ぁあ」
「にーしゃん?」
――もう一度くらい願ったって。
「か、かぁさん」
やっぱり、泣き濡らした紙に「母さん」なんて書けないな。
「にーしゃーん」
「揺らすなこぼれるだろ」
「なにがー?」
「なんでもねーよ」
せめて現状の世界くらいは守ってやる。この二人の世界を。
「で、にーしゃんはなんてかくの?」
「せかいせいふく」
「ほえー」
「で、どうするんだおまえは」
「ぼくはねーせかいへいわかなー。にーしゃんのせかいがへいわでありますよーにー」
「そ」
そう、その笑顔が見られればいい。
それだけで――
「それだけでいいんですよぉ!」
「いきなりなんなんですか! というか、配達忘れなんてありませんよ! しかも表札見る限りお母さんはご健在です!」
「二人が一緒に涙を拭える様に、長いマフラーを」
「聞いてますかぁ?!」
「ファッ!」
「はぅ!」
「何色がいいんでしょうか」
「もう! 直喜多さん!」
「はい?」
「赤色がいいと思います」
「サンタ感押し過ぎですよ。ニコさん」
「ぐぬぅ」
「あ、でも。赤色を半分に、青色をもう半分にして、磁石に見立ててみるというのはどうでしょうか」
「お互い離れ離れにならない様にですか?」
「それでいきましょう。ふん!」
「ふぅわぁー……って、ちょっと長くないですかー」
「このくらいが、丁度いいんです。では次のお宅へ行きましょうか」
「ところがどっこい直喜多さん。実は頭を抱えている間に、私が紙を取ってきてあります。ほれ」
「うわぁ、それぷにきゅあのメモ帳じゃないですか。次の子は、まだ純粋な夢や希望を見ている女の子かな? なんて書いてあるんですか? 貸してください。あ、ちょっと」
「待ってください。なんでこのアニメの名前知っているんですか。その答え次第では渡しかねますよ」
「毎週欠かさずリアルタイムで嘗め回すように見てるからです」
「私はたった今から直喜多徒運を、軽蔑、します」
「え? 何故ですか? 何故そんな養豚場の豚よりも劣等だと言わんばかりに虐げる目で、僕の事を見ているんですか」
「分からないんですか?」
「あぁ分かりました! アニメを見る姿勢ですね。ちゃんと正座で全裸待機ですから安心してください。ってあれ、僕が遠くにある何かの遮蔽物になってる感じですかこれ。ニコさんが此方に顔を向けながら、とても遠い目になってしまってる」
「よりにもよって、ぷにきゅあが好きだなんて……」
「ニコさんだって、評価見てたじゃないですか! 毎週気になりますって」
「あ、あれはいいんです。問題は女の子向けのアニメを、どうして直喜多さんが観ているかです」
「二十代男性だって観ていいんですよ! ターゲット層ですからねぇ!」
「大きなお友達って奴ですか? それいいんですか?」
「いいんです! クゥー! まぁ僕は二十代になってませんけどね」
「そうですか。じゃあ次行きますよアラトゥエ」
「アラトゥエ?!」
「ここ、ですよ」
「やっぱり窓からですよね。さむいなぁ。そういえばこの子の願いはなんなんですか?」
「あ、えぇと、これです」
嫁
「なんなんすかこれ」
「いやぁ私に聞かれましても」
「にしてもここの部屋は、なんというか男の子の部屋って感じですねぇ。アニオタというか。次のお宅はオタクですね」
「私には分かりかねます」
「いや大体分かるでしょう。ん? つけっぱなしのテレビの前で胡坐をかきながら寝ている。いや、あの前傾姿勢は」
「デュフ……」
「起きてますねー」
「いやニコさんこれは……」
「デュッフッフー、デュッフッフー、ヌッカッコッ、ポウッ! フゥ!」
「歌ってる! クリスマス物をそれっぽく歌ってますよ!」
「いや、クリスマス物で歌ってる、の方が正しいでしょう」
「はい?」
「あ、やばい」
「デュフッ! 誰だ!」
「あ、えと、サンタです」
「あぁニコさん! 名乗っては駄目です!」
「え? 本物? こんなにかわゆい女の子なん?」
「かっ、かわっ、はわわっ」
「やめて下さい! ニコさんはお世辞を知らないんです!」
「あはははは~信じててよかった~」
「意外と純粋みたいですよ。まだ純粋な夢や希望を見ている男の子」
「く、皮肉なもんですね」
「で。あのぉ、サンタたそが僕ちんのお嫁さんになって、くれるん?」
「は? あ、いやぁ」
「お世辞はそこまでにしておけ!」
「は、ああ、あ、あ。よ、横のはぁ、まさかぁ、彼氏? ですか?」
「ちがいますよ。断じて」
「断たれたぁ!」
「じゃ、じゃあ! 黙ってろ出来損ない中途半端二枚目が!」
「違います! そんな言い方酷いじゃないですか! 確かに出来損ないだけど、中途半端じゃありませんし二枚目でもありません。きっちり三枚目ですよ」
「更に貶されてるぅ!」
「彼氏じゃないならいいや。おっ、お頼み申すっ! 生唾あゴックン。ぼ、僕チンとぉーはぁはぁっはぁ。けっ、結婚してくだひゃい!」
「落ち着いてください、声が裏返ってますよ」
「うげぇ……ニコさん大丈夫ですか?」
「な、なんですとほぉー! だ、大丈夫に決まってるだろほぉー!」
「はい、大丈夫です。結婚はしませんけど」
「……」
「うそ、そんなぁ~」
「そんなに落胆しなくても大丈夫です。この幸せになれる壷を今なら一千万で「ニコさん! ちょっとコイツと話があるので、向こう、話の聞こえない辺りまで逃げておいてください! 今すぐ!」は、はぁい。分かりました。せっかくいいカモが……」
「な、なんだーお! なんでサンタたそとの赤い糸、運命を邪魔するんだおー!」
「そんなに求むなら教えて差し上げましょう。ですが教えるのは、あのサンタの秘密です」
「ぬあんだお」
「あー残虐ゥ、あー非道のォ。あーブラックサンタなんですよォ!」
「な、なんだってー!」
「あるときは自分へのプレゼントと称しィ、配達先の家から物を持ち出しィ!」
「そんな、本当にブラックサンタだお……」
「そしてェ、男を食い散らかすゥ。クリボッチもといクソビッチィ!」
「あぁ、あいつらぁはぁクソビッチ共はぁ、僕チンを人として捉えていないぃ。関わりたくないから見ないように下を向いて歩いているのにぃ。振り向いてきたと思えば僕チンをあざ笑ってキモーイだお。そのあともチラちらチラちらキモイきもいキモイきもい、キモーイガールズもビックリの使用率だったお! その場しのぎのネタに使ってんじゃねーお!」
「そうですゥ! そのクソビッチに勝るとも劣らなァーい。そんなクソビッチがァ! あのサンタなんですよォ!」
「ウソダドンドコドーン!」
「この真実を受けて分かったでしょう。三次元には碌な女がいないと!」
「わっ、わかったお~ぉ」
「だからといって結婚を申し込むに至るまで上がりきったそのリビドー、今更無理に抑えろというのもまた無理」
「そうだぬぁ、無理だおー」
「ですから僕からのささやかなプレゼントです。はい、クリスマス物のギャルゲです」
「わわ、WAーありがとうだおー」
「いいんですよ、同士よ」
「お、おう!」
「では、また会う日まで!」
「バイバイだお!」
「ふぅ……ニコさん、次行きましょう次」
ニコさんの顔が真っ青に引きつっている。
吹雪にやられてしまってのだろうか?
いや、違う。
ニコさんの片手には、今にも落とされそうな携帯がある。
「あ、あは、は。直喜多……さん――」
それは、風で蝋燭の火が傾くように――そのまま消え入ってしまうかのように。
雪の中に消えてしまう。
「ニコさん!」
それから暫くしないうちに、ニコさんは大きな蝋燭の上に再び灯る。
「えへへ、心配掛けました」
「本当ですよ。僕、ニコさんに何かあっ、た……ら…………ひゃあ」
「真似しないで下さいーっ!」
「元気なようでなにより。で、どうしたんですか? いきなり倒れるなんて。貧血とか眩暈の類なら少し休んでいきますが」
「ま、まぁ眩暈というか、あまりにもショックな事がありまして……」
「電話でですか?」
「そうですね、電話です」
「セクハラですか?」
「えぇまぁ」
「色を聞かれたり?」
「えぇ、他にも。いや直喜多さんや、知らない人から聞かれる分にはいいんですよ。眩暈を起こすまでには至らないですし」
「なんだか複雑な気持ちになりますね」
「でも訊いてきた人があまりにも身近で。しかも変なんです。いきなり褒められたかと思えば、次は貶されて。そしてセクハラですよ」
「誰なんですか?」
「弟です」
「……」
「弟のセントです」
「で、何色だって答えたんですか?」
「玉虫色です」
「ヘエ、アンガイマトモデスネ」
「嘘ですよ」
「ですよね。ニコさんがそんなエキセントリックな色身につけてないですよね」
「そうですね、赤か白です」
「あぁ、赤と白のストライプ」
「今日は赤の単色です」
「あはは、それじゃまるで、ふんどしですねぇ」
「そうですね」
「え? 本当に……。サンタがふんどし? なにもそこまで日本のクリスマス、和洋折衷を体現しなくても」
「嘘ですよ、真に受けないでください。ていうか、身を挺して話を逸らさないで下さい」
「いやだって、セント君がそんなこと。あれですよ、オレオレ詐欺をセクハラに転用したんじゃ」
「そうであってほしいです。次のお宅へ行きましょう」
「あ、でも一人称ボクだから、オレじゃないんじゃ」
「最近オレになりましたよ」
「そうなんですか、残念です」
焼きそばパン買ってこいよ。
「次の子はヤンキーですね」
「おっふ、女の子ヤンキーですか」
「なっ、やきますよ」
「え? 餅をですか? 僕に妬いてくれるんですか?」
「直喜多さんにじゃなく、直喜多さんを、です」
「待ってください」
「もう動物を愛護する団体からは訴えられませんよね? だって人間だもの」
「確かに! そことはもう関係ありませんが! ですが人間です! 更に強大な法という裁きが待ってます!」
「あなたに戸籍はありません」
「関係なく罰せられます!」
「そうですか、しょうがないので餅でも焼きましょうかね」
「帰れれば、焼けますね」
「言わないで下さいよぉ」
「じゃあさっとプレゼントして、ソリを探しに行きましょう」
「そうですね……というか、何の雑紙に書いたんですかね? ちょっと読みにくいですね」
「グラビアの袋とじのようですね。どれ、見せてください」
「みにくいですね。直喜多さん」
「そ、そんなぁ下心なんてあーりません。袋とじに書くくらいですから、実は願い事も袋とじに」
「そーんなわけ」
先公の健康
「ほ、ほらいった。僕の言った通り」
「ありましたねぇ」
「お、おいせんこー。これはんぶんこして、いっしょにたべようぜー……むにゃむにゃ」
「なんて、なんてかわっ……、良い子なんだ!」
「直喜多さーん。大き目の焼きそばパンを置いていくとかどうですか?」
「自分でやってください。はいどうぞ袋です」
「えー」
「えーじゃないですよ。元々ニコさんの役目でしょうに」
「わかりましたー。うへー。りょうかいでーす」
「ミルクココア奢ってあげますから」
「は? 侮らないで下さい。もう子供じゃあるまいし、その程度で私が釣られるとでも?」
「甘くて温かいですよ」
「ふん、自分で買えますから」
「財布をソリに置いてきたくせに?」
「へ、嘘っ、えーと。私のべりべりどこですか!」
「マジックテープなんですか?! てっきりブランド物の長財布だとばかり」
「私だってそうだと思って買ったんですよぉ! 道端で色気ムンムンなクール系お姉さんが使わなくなったからって。諭吉一人でいいって。ブランド物をですよぉ!」
「で、いざ開いてみたら」
「ちょーべりべりでした」
「そして今現在一文無しのニコさんの出来上がりですか」
「ちょーべりべりばっとです」
「この寒空の中。さぞやミルクココアは美味しいでしょうねぇ」
「うぅー」
「素直になってください」
「くっ、後でちゃんと払いますから!」
「分かってます」
「じゃあ早速、焼きそばパンの呪文を唱えます」
「じゅ、呪文?!」
「そーですよー。知らないんですかー? はっずかしー」
「そんな呪文ありえないです! というかいらないです!」
「焼きそばパンをここに召喚するための呪文! サモンズ! ヤキソーヴァン!」
「……」
「ヤーキーヤーキーヤキソバパンパン。ヤーキーヤーキーヤキソバパンパン」
「…………」
「ほら直喜多さんもご一緒に」
「やりませんよ」
「んんっ――ヤーキーヤーキーヤキソバパンパン。パァ! DE・TA!」
「袋から出しただけじゃないですか」
「もぉー、素っ気無ーい」
「ミルクココアくださいミルクココアください」
「慌てないで、落ち着いてください。ミルクココアは逃げません。というかお金まだ入れてないのに連打しないでください」
「今からミルクココアが飲めると思うと、なんていうか――武者震いが」
「いやミルクココア飲むだけなのに、なにアドレナリン放出させてるんですか」
「てへ、本当は寒さによる震えなんです」
「だとしても尋常じゃないふり幅の震えですね」
「察してくださいよ」
「じゃあ察して欲しいその震えの理由とやらのステルス迷彩脱がしてください。どこにいるのか分かりかねます」
「今脱がせと?」
「もういいです。うわー殆ど売り切れてる。あ、でも狙いのミルクココアが売り切れてないなら、まあ御の字ですかね」
「そうですね」
「おいしょっと。あっちあっち。ん? お、当たり? おー自販機で当たりがでましたよニコさん!」
「ほんとですねー」
「何にしましょうかね、ニコさん。選んでいいですよ」
「選ぶも何も、もうスポーツドリンクしか」
「今、手にしたら、飲料水というより投擲物に成り下がりますね。一本いっとく? 投げとく? みたいな」
「いいですねぇそれ」
「ん、はいどうぞ」
「サンタより」
「爪で引っかいて書くとか……」
「っんはぁ…………――こんな当たりは、傍迷惑じゃぁああああ!」
「良い弾道で飛んでいきましたねー。あの辺り住宅街ですけど」
「窓ガラスからサンタのプレゼントって普通ですよね」
「Oh! Nicehit!」
「飛んでった先なんてもう見えないでしょうに」
「えぇ、全く」
「さて、この一本のミルクココア。どうしましょう」
「関節キスとか気にならないのならそれでも」
「気になります」
「じゃあ、僕らも二等分しますか」
「はて、どうやって? コップでもあるんですか?」
「いえ、皿です。トナカイですから皿位常備しています。実は僕の妹とペアの皿なんです」
「あぁ、私も弟とペアのコインがありますよ。いえ、ありました、ですかね」
「またそれはどうしてですか? コイントスしたら大気圏を越えてったとかそういう話ですか?」
「何処かへいってしまうという点ではあってますが違います。そのコイン、実は何処にあるやら見当もつかないんです。探せるところは探しましたし。とにかく神隠しにでもあったかのように全然見当たらないんです」
「んーそういえば去年の配達の日に、手紙書いてませんでした? 最後のお宅で」
「あー! 書きましたねぇ。あの子が大きくなったら、それはそれは良い子になるんでしょうねぇ」
「そうですねぇ。じゃなく、その手紙の文鎮代わりに使ってませんでした? そのコイン」
「確かに言われてみればそうかもしれない。あの時は親が起きてきそうで咄嗟に置いた気がします。まさに紙かくし」
「なにが、まさにですか。隠れてないじゃないですか」
「手紙を書いたから、紙書くし!」
「しっかしニコさんも、あわてんぼうですねぇ」
「クリスマス前は絶対に働きません」
「きっちりしてますねー」
「そうですね。コインの取り扱いをその位きっちりしていれば」
「そんなに言うほどに思い入れがある代物なんですか?」
「思い入れというよりは、父さんからプレゼントという形で貰った唯一のものですから」
「唯一、ですか」
「弟のセントのほうにはカタカナでセントコインって印字されているコインをプレゼントしていました」
「セント君も持ってるんですねーコイン」
「それで私にプレゼントされたコインには英語で印字されていたんです」
「あるんですかね? カタカナと英語に分ける意味は」
「えぇ、あったんです」
「ほう、それは」
「父さんが、ニコとコインはアナグラムだなって」
「あぁ、確かに。コインを英語表記にして入れ替えるとニコになりますね」
「ほんとーに、くだらない。けど、私の事を考えながら買ってくれたんだと思うと、自然に顔が綻びます」
「いいお父さんですねぇ」
『おーい! ねぇーさーん!』
「おっと悪寒が」
「え? あ、え? ニコさん、セント君が乗ってるソリって……」
「えぇ、私達のソリです……。こっちに来ないでセクハラ魔!」
『それには止むに止まれぬ事情があるんだ!』
「セント君が、そんな本当に……」
「一旦降りてきなさいよ!」
『わかったよ――で、降りてきたわけだが。そこのビミョ男は誰だ』
「ビ、ビミョ」
「直喜多さんよ」
『直喜多はトナカイ、ビミョ男は人間。オケイ?――』
「この立派な角を見たら直喜多さんだって分かるはず」
『――じゃ、じゃあ。な、直喜多なのか?』
「はい、純度百パー直喜多徒運です」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってもらえます? アナタは誰なんですか?」
【ワタシ? 覚えていない? まぁ無理もないわよね】
「あー! 私に偽ブランド掴ませた色気ムンムンなクール系お姉さん!」
【偽ブランド? これの事かしら?】
「おかえりべりべり!」
【いたくお気に入りみたいで結構なことね。まぁこれだけは言わせて、夢をありがとう】
「変な人ね」
【なんせ、未来から来てるんだもの。変で当然よ。はい、コインお返しするわ】
「これ、私のコインだ」
「よかったじゃないですかニコさん」
「はい! 良かったです!」
「それじゃあ僕からお返しです」
「あれ、その赤青マフラー置いてこなかったんですか?」
「いえ、誰かさんの願いを叶えたまでです」
『こっちみるな』
「後は若いもの二人で頑張ってください」
『わっぷ』
「直喜多さんいつ私から袋を」
「ミルクココアを飲みながらコインの話しをしてる時です」
「ぜーんぜん気づかなかったです」
「そういえばこれって、サンタにも有効なんですか?」
「はい。人であれば」
「では、僕からニコさんへ赤い手袋を送ります」
「本当ですか! じゃあ私は青い手袋を」
「ありがたいです」
「折角だし、片方交換しません?」
「いいですよ。両手が磁石みたいになりますけど」
「確かに、拍手には向かない色あわせですね」
「じゃあ一本締めにしましょうか。お手を拝借です。ニコさん」
「合点承知之助です! よーおっ」
読んでくれてありがとうございます。