曖昧で不確かな関係のふたり2
まさにばったりと言うに相応しい再会に対応し切れてない顔を見て、あぁ案外こいつも普通の男なんだなと冷静に思った。
再会って言っても一昨日会ったし、そんなに久し振りってわけでもないけど、場所が場所だけに再会って使ってしまったわけだけど。
「あれ?見たことある顔だけど」
「わざとらしい」
あたしの背中を押してまで、この場に連れてきた友人がわざとらしく首を傾げた。
そこに来て、ようやく我に返ったらしいあいつは、なんで! と大きな声を上げた。その声に返事をしたのはあたしではなく、今回主催の向こう側の男性だ。
「あれ、お前知り合い?」
「知り合いも何も大学の友人……なんでお前こんなとこ居んの?」
「一人、残業で無理って子が居たから、暇してたこの子連れてきたの。まさかあなたが居るとは思わなかったけど」
またも、あたしに問いかけられたはずの言葉に反応したのはこちら側の幹事、あたしの背中を押してきた大学の友人だ。
それだけ言うと、彼女はさっさと席についてしまったのであたしも、やつと目を一瞬だけ合わせて席に着いた。つられるようにやつも慌てて座る。
急に、友人に誘われて参加したけれど、ちらりと今日のことを聞いた。相手はIT系の将来有望株らしく、イケメン揃いだとか。
一人、見せゴマが居るとは聞いてたけど。確実に、あたしの目の前に座るやつのことに違いない。
めんどくさいことになった……。やつの顔を見てため息をつきたくなったけど、さすがにこの席でそれはまずいだろうと、無理やり飲み込んだ。
自己紹介が終わっても、まだ微妙に漂うぎこちない雰囲気に、料理もお酒も楽しめない。
別にそういう目的を持ってこの場に来たわけじゃないし、元は取るつもりで食事に徹する予定だった。けれど、これじゃあ折角の料理も美味しくない。
ため息を禁じたわけだし、愛想笑いも疲れた。
正直、帰りたい。
「おい、」
その一言とともに、幹事の男性が目の前のやつを肘で突付いた。そこで、やつは小さくため息をついた。
「今日限りだからな」
その一言で、安心するかのように緊張を解いて、幹事は笑った。
それからはお見事、としか言いようがない。
巧みな話術で、メンバーを惹き付け上手く巻き込んでいく。気まずい雰囲気はいつの間にかどこかへ吹き飛んで、各々が自由に話すことができるくらいにまで打ち解けてる。
一人取り残された感があるけど、もともと目的は元を取ることだし、いい雰囲気でおいしい料理が食べられるなら問題はない。
誰も手をつけようとしなかった、ガーリック風味のピザに手を伸ばす。ちょっと遠くにあるそれは、単に手を伸ばすだけでは届かない。……だからって諦めるかっ!
腰を浮かして、手を伸ばす。肝心のそれに届く前に、男の大きな手が横から伸びてきて、2切れ持ち上げられる。とろーりとチーズが伸びてて美味しそうだ。
「ホレ。てかお前、何やってんのここで」
その手に見覚えがあったから、何も言わずに腰を下ろしていた。更に取られた2切れのうち、1つをやつが口に運ぶ。
「料理とお酒のみに?」
どうも、と皿を受け取ってまだ熱く、チーズが伸びるように軽く歯を立てて一口。
「お前、いつもこんなのに参加してんのかよ」
「いーや、たまに? 人数合わせで呼ばれるくらい。会費は出さなくていいっていうから、ただ飯? それでも明日の仕事に支障が出ない範囲で受けてるだけ」
「たまにって、それでも数回は参加してんだろ? なくなりそうだけど、次はなに飲むか?」
「ソルティードックがいい。数回って言っても2~3回? ねぇ、この海老とイカのリゾット食べたい」
「お前、誰がこんなに食べんだよ」
確かにメニュー表を見ればイカの姿そのままで、中にリゾットが入ってるらしい。輪切りになってはいるけれど、おしゃべりに夢中な人たちがこれ以上料理を食べるはずもない。
美味しそうだと思ったんだけどな。それに今回はコース料理らしいし、料理の追加は諦めよう。
ギャルソン姿のウエイターにあたしの注文をし終え、メニュー表を置いたところで、聞いてみる。
「そういうあんたは?」
「あ? 俺?」
「なんか慣れてるし」
「あ、気になる?」
「いや、そんなには。べつにどうでもいいし。ね、今度アレとって」
最初に取り分けてから全く手を付けられていないサラダを指差したら、呆れた目をしながらも結局は取ってくれる。
こういうとき、腕が長いといいよね。
「俺は、ただの場の和ませ役」
「ん?」
「さっきの答え…………ったく、ちっとは興味持てっての」
「まぁ、あんたを嫌う人間はそうそういないだろうし。なにより、あんた目当てで女の子が集まりそう」
「そんなこともない、……とは言い切れねぇけど」
どこか歯切れの悪い言い方に、あたしはピンと来た。
たぶん、こういう飲み会で失敗したんだ。こいつにその気はないけど、女の子がその気になっちゃったわけだ。
ホント、昔に比べると要領悪くなったよね。大学時代しか知らないけど、上手い具合に立ち回ってたのに。なんでこうも不器用になっちゃうかな。
会社って、生まれ持った才能だけじゃやっていけないってことかな?
てか、こいつ目当てで飲み会に参加するなら、そういう意志を持った男性陣は女の子全部持ってかれちゃうって心配しないのかな。
「お前、今なに考えてる?」
「や、あんた居たら、彼女作れなさそうだなーって」
そのまま、会話を楽しんでいる男性陣に目を移して、戻ってくると納得したように頷いている。
「別に、そういう目的じゃねぇし」
「そういうもん? 手っ取り早く彼氏彼女つくろーって飲み会じゃないの? これって」
「んな単純なもんじゃねぇって。そりゃ、そういうやつも中にはいるけど、こいつらはただ女の子と飲みたいだけ。お知り合いになりたいの」
で、どうせ飲むなら可愛い子がいいだろ? だから、俺を餌にするわけ。でもときどきマジなやつがいつからヤなんだよ。
ぬるくなって、泡も消えてしまったビールを流し込む。
「んじゃ、一昨日も?」
あたしのその言葉に苦い顔を浮かべる。一昨日も、相変わらず人のベッドを占領していたのだ。
「ちょっと、な」
「珍しい」
「……分かってんのか?」
「女の子といざこざがあったんじゃないの? 例の如く」
「ちょっとは気にしろよ」
「なにか言った?」
「なんにも。お開き?」
聞き返したのに、はぐらかされる。
バカにされた気分で、問い詰めようとしたのに、いつの間にか帰り支度を始めたのを見て、慌てて時計を見る。2時間は経っている。
今日も愛想笑いをしながら、少しセーブして食べなきゃだろうなぁ、とか思ってたのに、やつがいたから満足に食べれたし。
今日の元はとった。
あたしは、何も出さないけど。
今日は金曜日。明日は珍しく休みだ。
そのまま、2次会へとなだれ込む人たちとは別れて、自宅への道を辿る。後ろにおまけがいるけど。
アパートの前まで来て、後ろを振り返る。2~3歩離れた位置で、付いて来ていたやつはあたしの視線を受けて、目で問い返す。
「上がってく? お茶くらいならあるよ?」
話したいこともあったし。心の中で付け加える。やつはあたしの言葉に目を瞠ってから、深い深いため息をついた。そして、恨みがましくあたしを睨んでくる。一体、なに!
「お前、なにもわかってないのな? 俺、かなしい」
「はぁ? わけわかんないって」
「いいですいいです。さっさと風呂入って寝ろ」
投げやりな台詞と振り返った背中に怒りがじわじわとくる。馬鹿にして。
「もう、いい! 言っとくけど、あたし転属になりそうだから! じゃね!」
エントランスに入って、十分、間をおいてからやつの信じられない、というような声が届いた。
便宜上2としてありますけど、前回の続きではありません。
3を待てッッ