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兄上がいて、母上がいて、父上がいて。
高彬がいて、葛葉がいて、葉先生がいて。
あたしには、みんながいた。
ちいさいあたしは毎日幸せで。
まさか、そんな日が壊れるなんて疑ってもみなかった。
大人たちの切羽詰った顔も、ピリピリとした空気もあたしとは関係のないところにあるものだと何の根拠もなしに思い込んでいて。
淡海国から大和国へ行くときも、ちょっとした旅行気分だった。
高彬は泣いて離れるのを嫌がったけれど、あたしはすぐ帰って来れるものだと思っていたから、大袈裟ねと笑って近江を出て行った。
それから、1年。あたしと高彬は離れることになる。
たった1年。その1年が、あの一瞬が、あたしからあまりにも多くのものを奪っていった。あたしには、何も残らなかった。
葉先生の優しい声を。
葛葉のぬくもりを。
母上の愛情を。
つぐが、みやが、桔梗が。台盤所の女たちが作ってくれた暖かいご飯を。
松尾が、高村が、堺が。父上に仕えてきた男達の笑顔を。
何度も何度も何度も夢に見た。何故失わなければならなかったのか。何故奪われなければならなかったのか。不条理さに涙が出た。嗚咽が漏れた。人が近くにいなければ眠れなかった。眠ってもすぐに飛び起きる。今隣にいる人もいついなくなるかわからない。その恐怖に怯えて眠れなかった。
小さかったあたしに、そのときの傷は大きすぎた。
高彬がいた。兄上がいた。父上がいた。自分も辛いだろうにあたしを気遣ってくれた。
でも母上はいなかった。皆死んだ。
そして、11歳の秋が来る。
二度と忘れることの出来ない地獄の秋が。
大和国…今の奈良県あたり