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葛葉  作者: 50まい
3/5

「ん?なぁにこれ?」




「あ、姫様。またいらしたのですか?姫様はほんっとうに神出鬼没ですね・・・・」




台所で、あたしはてかてかと光る楕円形の物を手に取った。




「・・・・・これ、木?」




食べれる木?




そう言って見上げれば、つぐは口元に手を当ててころころと笑った。




「違いますよ姫様。これは、鰹節、というものです。薄く削って食べるんです。後はこれでお出汁をとると、おいしいものが出来るんですよ」




「ふぅん・・・」




「この鰹節は、大殿様が持ってきてくださった一級品ですよ。今晩のおかずに出しますから、期待しててくださいね。腕によりをかけちゃいます」




「うん。かけちゃって」




あたしは鰹節を手で触る。つるつるとしてる。




「これ、食べれるの?」




「勿論です」




「おいしい?」




「それは、もう。しかも栄養満点で。病もたちどころに癒えてしまいますよ」




「じゃぁ、葛葉にあげてこよう!」




「あ、こら、姫様!」




走り出そうとしたあたしの首根っこをつぐが掴んで止める。




「だめですよ。これはいいものなんですから。大殿様たちようです。そんなに量があるわけでもないんですから」




「でも病がよくなるんでしょ?葛葉最近おかしいもん・・・・」




「それは・・・」




「!」




急に、後ろから肩を誰かに引っ張られて、あたしはこてんと転がった。




「姫様!・・・・・と、葛葉様」




「葛葉!よくなったの!?体は!?大・・・ぅわっぷ」




葛葉があたしの顔をべろべろべろと舐める。




「きゃーーーーー!!やめてよ葛葉ぁ!!あははははっ」




あたしの上から、つぐが葛葉をどけてくれて、あたしは袖でごしごしと顔を拭く。その間も、葛葉はあたしにじゃれてくる。




「葛葉ったら!葛葉はもう瑠螺蔚より大きいんだから!気をつけてよね!瑠螺蔚がつぶれたらどうするのよー」




隣でつぐが頬に手を当てて、うんうんと頷いた。




「そうですよねぇ・・・・。もう3年にもなりますか?姫様が葛葉様を拾ってこられたときは、私そりゃぁ驚かされましたわ・・・。拾ってこられたときは、もうほんとにこんなに小さくて可愛らしくて・・・・。それがまぁ、まさか姫様より大きくなるとは思いもしませんでしたからねぇ・・・。今一番の食べ盛りはこの前田家で葛葉様ですよ・・・。反対に吉野助様はあんまりお食べにならないのに・・・。台所担当としては頭の痛い存在ですね・・・・」




「三年?」




あたしは葛葉を抱きしめて頬を葛葉に擦りつけた。




そっか、葛葉はもう3歳になったのかぁ・・・。





















「葛葉おいで。ちゃんとありがとうって言わないとだめなんだから」




あたしは屋敷近くにある古臭い一軒家の戸をバンバンと叩いた。それだけでもう壊れそうに撓んでいる。




「たのもーっ!!たーのーもーーーーっ!!!」




瑠螺蔚るらいちゃん」




がたがたと音がして、立て付けの悪い扉が開くと、苦笑いの葉先生が頬を掻きながら出てきた。




「入ってくるときに『たのもー』はないかな・・・・」




「だって、この前誰かがそう言いながらおっきい屋敷に入って行くの見たよ」




「それはきっと道場破りと言うものじゃないかな?普通に家に入ってるのとはちょっと違ってね・・・」




「ま、いいよそんなのどうでも。それより見て、よーせんせー!!!」




あたしは葛葉をぐいっと前に押し出した。




「お、葛葉じゃないか。良くなったのかい?」




「うん!よーせんせーのおかげだよ!葛葉!挨拶!」




葛葉が恐る恐るといった感じで葉先生の足の端っこの方に頭をこすり付ける。




「葛葉は本当に・・・・照れ屋というかなんと言うか・・・・。瑠螺蔚ちゃん以外にあまりなつかないねぇ・・・」




葉先生が葛葉の頭をぽんぽんって叩いた。




「お母さん離れできなくて困ってるの。よーせんせーお母さん離れできる薬とかない?」




「それは・・・流石にないかな」




苦笑いした葉先生の手をあたしは握った。




「瑠螺蔚ちゃん、今日も行くのかい?」




「うん」




「まいったなぁ・・・今日はちょっと用事があってね・・・・。薬草採りはまた明日にしよう?」




「えー」




「今日は縁側で日向ぼっこでもしよう」




「んー・・・・いいよ。日向ぼっこは葛葉も好きだし」




あたしも好きだし。




葉先生のうちの小さな庭はやさしい葉先生の性格がそのまま出たような、のんびりできるところで、あたしはここが凄く好き。




葉先生は膝にあたしを乗せて、いろいろな話をしてくれる。




薬草のこと、薬のこと。あたしが知りたいこと、何でも、葉先生は知っていた。




これとこれは一緒に食べちゃ駄目、こっちは食べれるけど、こっちは食べられないから注意して、今日市で可愛い赤い簪を見つけたんだ。瑠螺蔚ちゃんに似合うかと思って。でもお金がなかったから、今度買って来てあげるね。また床が抜けたよ。ははは。ん?でも私はこの家で一生過ごすつもりだからね。まだまだ住めるよ。そうだね、壁に瑠螺蔚ちゃんくらいのでっかい穴が開いたら考えようかな。今日の用というのはね、歳の離れた瑠螺蔚ちゃんぐらいの弟が今日来るんだよ。え?んー・・・別々に暮らしているのはいろいろとワケがあってね・・・。ああそうだ珍しいお菓子を今日貰ってね。食べるかい?




隣では葛葉がもう夢の世界に旅立っている。




葉先生の声は、聞いてると心地よくて、眠くなってくる・・・。





















一番最初に会ったときに、葉先生のことをいろいろ聞いた。




後から言って嫌われるより、最初に言って嫌われた方がいいんだって。




葉先生は海をひとつ隔てた明というおっきな国から、おじいさんの頃にこっちに来たらしい。だから、和語も、あっちの方の言葉も、両方話せるんだって言っていた。




でも今はもう明の言葉は殆ど忘れちゃったなぁって言った葉先生のほっぺをあたしはぐーっと引っ張った。




「あいたたたた・・・・なんだい?瑠螺蔚ちゃん」




寂しそうな葉先生。たまにそういう顔をする。




父上がうちのお抱えの先生として、葉先生を連れてきた。




葉先生のうちは代々医家で、その腕は一級品。だけど今まで誰のお抱えにもならなかった。葉先生が、全部断ってきた。




「瑠螺蔚ちゃんのお父上の・・・忠宗ただむね様だけだよ。私を、私としてみてくださったのは。感謝してもしきれないよ。ここは、凄く住み心地がいい。忠宗様が治めてくださっているからかな。人も、土地も、私を受け入れてくれる」




でも瑠螺蔚ちゃんにはまだわからない話かな、って言って笑った葉先生の顔は大人の顔。




ぜんぜんわかんない。




でも父上が、あたしが思っているより凄い人なのだろうなぁ、ということはわかった。





















「・・・・瑠螺蔚ちゃん?寝ちゃったかな・・・」




葉先生に何か言われた気がしてあたしはむにゃむにゃと応える。




葉先生の匂い、落ち着ける。あたしの髪を撫でる葉先生の手が、心地いい。




「どうか、戦にだけはなりませんように・・・。この子が、泣くことがありませんように・・・・」




溜息のように紡がれた葉先生の言葉をあたしは知らない。





















それは母上の亡くなる1年前。




戦の始まる、ほんの少し前のこと。

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