霧の守り人
暴力的な部分があります。
自分がいるのはこの世界。
でも……違う自分が住んでいるかもしれない世界があるとしたら……
なりたい自分が居るかもしれない世界。
人はそれをパラレルワールドと呼び、交わることのない世界を想像してみたりする。
交わることがないから、色々創造が広がり、たくさんの夢を持つことが出来る。
でも、交わることが出来るとしたら……?
人は努力を放棄して、簡単になりたい自分になろうとするかもしれない。
堕落に身を委ね、
世界の崩壊を招くかもしれない。
世界の秩序は絶対である。
交わらなくても良い世界。
それが混じってしまったとき、世界の秩序を守るために生まれた組織。
”守り人”
ガァン!!!!
突然銃声が鳴り響いた。
そこに居た全員の視線が音のしたほうへと向かう。
そこにはライフルを持った迷彩柄の服を着た、
背の高い男が居た。
その場が一瞬凍りつく……
次の瞬間には、悲鳴が上がり、辺りはパニックに陥った。
人々は男が居る扉とは反対側にある扉に向かって走り出した。
脱げた靴があちこちに散らばっていた。
急いで逃げようとして、転ぶ者もあった。
みんな髪を振り乱して、着崩れることも気にせず、
この恐怖に支配されようとしている広間から、逃れることに必死になっていた。
突然、出口に向かって走っていた人達の波が急にすべてで止まった。
みんなが後ずさりしながら中に戻ってくる。
その表情は不安と恐怖が入り混じっていた。
全員が広間の中心へと集められていく。
扉の外には男達がライフルを人々に向けて立っていた。
全部で十人ほどいるだろうか、
その全ての男たちの手にあるライフルの銃口が、人々に向けられていた。
「久しぶりだね~」
そこら中で飛び交っている言葉。
十五年ぶりに開かれた中学の同窓会。
大人になった同窓生達が、中学生に戻ったかのように、楽しそうに、懐かしそうにおしゃべりに花を咲かせている。
ホテルの一室を貸し切っての同窓会
まばゆいばかりに輝いている大きなシャンデリア、
辺りに響く、静かでゆったりとした音楽は、和やかな空気を演出するのに一役かっていた。
りんも久しぶりに会った友達と、笑いあい、近況を報告しあいながら、普段の忙しい日常から離れ、つかの間の休息を満喫していた。
そして、二次会になだれ込む……
中学生に戻り、思いっきり楽しい一日になるはずだった……
「……タイミング、悪すぎ……」
りんは目を閉じて小さなため息をついた
「りん……」
桜が震える声で名前を呼ぶ。
肩で切りそろえられ、ゆるくパーマが当てられている髪の毛に包まれた顔が、不安で今にも泣き出しそうだ。
それとは反対に黒髪のストレートを胸辺りまで伸ばして、いかにもスレンダーな印象をあたえている、りんは桜を振り返り、安心させるかのように小さく優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、桜。必ず助かるよ……必ず……」
男達にライフルを突き付けられ、りんと桜も広間の中央へと移動する。
すべての人達を広間の中央に集め、開け放たれていたすべての扉が閉められた……
「ボス」
声と共に扉が開かれる。
ボスと呼ばれたまだ、あどけなさの残る少年が扉のほうへ視線を向ける。
「ちょっと、これ見て」
そう言い、机の上に紙を乗せる。
「……はるか……何度も言ってますが、せめてノックくらいは……」
ボスが小さく諦めたようにため息をつく。
このはるか、
かなり自分勝手で、仕事上の上司であっても、自分の思うように動くという、
なんとも我が道を走っている男なのである。
ただ、柔らかそうなちょっと癖のある黒の髪の毛に、切れ長の目、スレンダーな体型、漂うちょっと影があるような雰囲気。
女なの子にはなかなか人気があるのである。
本人はかなり嫌がっているが……
ボスがその紙に目を落とす。
「……これは……」
「……盗まれたね……」
はるかが机の角にもたれかかる。
「第3のパラレルワールドの連中が、行き来できるはずがないからね」
ボスの顔が険しくなる。
「誰のが盗まれたのかすぐ調べてください。今の居所もお願いします」
「今、調べてるよ」
二人の間に重い沈黙が流れる。
どのくらい経ったか、そんなに時間は経っていなかっただろう。
はるかの携帯が鳴った。
携帯を耳にあて、はるかは一言も発しなかった。
「第3のパラレルワールドの警戒を強めて」
最後にこれだけを言って、はるかは携帯を切った。
「……やられたよ……ボス」
ボスの眼の中には鋭い光があった。
今、この部屋の空気を動かしているのは、さっきまで和やかな雰囲気を作りだしてくれていた、ゆったりした音楽だけだった。
携帯電話が回収される。
(これで外との連絡の手段は無くなった……)
りんは視線を手首に落とし、時間を確認した。
(定期連絡まで後一時間……)
りんはあたりに視線を向けた。
同級生やスタッフはみんな床に座らされている。
そこに置いてあった机や椅子はすべて壁際に追いやられていた。
犯人はさっき確認した通り、十名。
みんなライフルを所持。
しかも全員が扱いには慣れているようだ。
(……うかつには動けない……こっちは私一人……あっちは十人……私以外は素人……)
りんは太ももを撫でる。
「ねえ、りん」
横に座っていた桜が小声で話しかけてきた。
中学生時代、一番りんと仲が良かった女の子。
ちょっと泣き虫で、
でも、とっても人のことを思っていてくれるりんの一番の親友。
入学してすぐの頃、りんがクラスになじめないで居ると、ニッコリ明るい笑顔で声を掛けてくれた女の子。
桜がこの時、声を掛けてくれたお陰で、りんはとっても楽しい中学生活を送ることが出来たのである。
別々の高校に進んでからは、お互いが疎遠になり連絡を取り合ったりはしてないものの、こうして会えばすぐ昔のように仲良くなれる、今でもりんにとっては特別な存在だ。
「私たち、どうなっちゃうの? 殺されちゃうの?」
「え?」
「こういう場合、一人ずつ、見せしめに……」
桜の声がしだいに小さくなり、最後にはほとんど聞き取れないほどだった。
顔が強張って、緊張しているのが目に見えて分かる。
損な桜を安心させようと、りんは小さな笑顔を見せた。
「大丈夫だよ、桜」
「え?」
「絶対に助けが来る。 来なくても私が何とかしてみせる。 絶対にここに居る人、一人も殺させない」
桜がちょっと驚いた表情を見せた。
「どうしたの?桜?」
「あんまりにもりんが強くなっててビックリしちゃった……」
「桜はいまだに泣き虫のまんまだね」
「ひどい!りん!」
小声だったが、このやり取りで桜の表情が少し和らいだ。
(それにしてもこいつら、何処の組織に所属してるの? 目的は何?)
事態が一向に良くならないまま三十分が過ぎた。
三十分という長くない時間だが、この異様な雰囲気の中で、同級生たちは緊張感と恐怖で疲れ始めていた。
犯人の男の一人が携帯を開く。
さっきからこの男が一人だけ、携帯を確認している。
(とりあえずこの中ではこいつがリーダーか……本当のリーダーはあの携帯の先に居るやつ……)
りんがリーダー格の男に鋭い視線を投げかける。
(こいつら、何が目的? 私がここに居ると知っての犯行だと思ったんだけど……違うの?)
りんは自分が狙われて、この犯行が起こったと予測していた。
しかし、それから何も仕掛けてこないことに少し戸惑いを感じていた。
その時、背後からりんに向けられた強い殺気。
りんはその殺気の正体を探った。
が、一瞬しか出なかった殺気を追いかけることは出来なかった……
(今の強い殺気、あいつらからじゃない……誰……?)
りんはそっと後ろを見回した。
(何も感じないし、誰も居ない……よね……)
りんは前を向いた。
不意に目の前が暗くなった。
次の瞬間、
りんの体が後ろに吹き飛ばされた。
壁際に置いてある机までりんの体が飛ばされ、派手な音をたてて倒れた……
女の子達から悲鳴が上がり、辺りは小さな空間が出来上がる。
「……う……」
りんが呻く。
幸い寸前で避けたので綺麗に入りはしなかったが、口の中が少し切れた。
口角から血が流れている。
りんはその血を手の甲で拭きながら、立ち上がった。
りんを殴ったのは、携帯をずっと弄っていたリーダー格であろう男だった。
「お前が〝霧の守り人〟の紅一点、桜井りん、だな……」
りんが男を睨みつける。
「お前たち……どうやってこの世界に入り込んだ? まさか……」
男は何も答えず、ライフルをりんに向けた。
辺りが息を飲む。
同級生たちは、少しでもライフルの軌道から離れようと手足を必死にばたつかせていた。
りんは動じず、ただただ男を睨んでいた。
場違いな柔らかい音楽が二人を包み込むように流れている。
りんが膝を少し曲げ、手を太ももの位置に動かした。
「何かしようとすれば、一人殺す」
男が笑っている。
辺りが凍りつく。
りんは唇をかみ締めながら手を下ろした。
「”霧の守り人”は争いが嫌いだって、本当らしいな」
男たちが高らかに笑う。
次の瞬間、
りんの体が男の目の前にあった。男の体が後ろに吹っ飛んでいく。
男が立っていた場所と同じ場所にりんが立っていた。手にはトンファが握られている。
男は立ち上がる気配を見せなかった……
他の男達が、一斉にりんにライフルを向けた。
「私が目的なら、最初から私を狙いなさい。人質を獲るなんて弱い人間のすることよ!」
時間が止まったような空気の中、カウントダウンのように流れるゆったりとした音楽。
りんの体が音も無く宙を舞う。
男達はライフルの引き金を引く間もなく意識を失っていった。
「少しでも隙を見せると命取りよ!」
ゆったりとした音楽の中、りんのトンファが空気を切る。
男達が倒れる音だけが辺りに響いていた。
まるで宙を舞い踊るかのような優雅な姿にみんな目を奪われていた……
「そこまでよっ!」
宙を舞っていたりんの体が音も無く床に下り立つ。
その後を追うかのように、黒のストレートの髪が肩にフワッと治まる。
りんは声のしたほうに顔を向けた。
桜が立っていた。
同級生の喉にナイフを突き付けている。
「桜……どうして……?」
りんは信じられない表情を桜に向ける。
「ふふっ、驚くよねっ、私も驚いたもの」
桜は持ち前の無邪気な笑顔をりんに向ける。
「この計画、うちのボスが立てたんだけど、まさかりんとはね~」
桜の視線が床で伸びている男達へと移る。
床に倒れているのは八人。残り二人は桜のそばへと移動している。
「こいつらが弱いのか……それともりんが強すぎるのか……どっちにしてもこれは計算外だわ」
言いながらため息をつく。
「桜……あんたがこの作戦の本当のリーダー……桜の殺気だったのね……」
りんがさっきとは違って、険しい顔をしている。
桜はその言葉にニコッと笑う。
「そうだよ。私はこの世界の人間だけど、第三のパラレルワールドのボスに見込まれたのよ」
桜は嬉しそうに答える。
「さすがのりんも私がリーダーとは思わないでしょ。あの男にはまめに携帯を見るように言っといたの。見るだけだけどね~」
ニコニコ笑いながら、桜はナイフを同級生に突きつけたまま、自分は近くの椅子に座った。
「あんたのボスは世界を手中に収めたいんだね……そして〝霧〟の消滅……」
「そう。確認されている中では最強と呼ばれる第一のパラレルワールドの〝霧〟 その〝霧〟を滅ぼせばすべての世界を手中に治めたも同然。私のボスこそが、世界を収めるのにふさわしい人間だわ」
「そんなことのためにこんなことを……一般の人を巻き込むなんて……」
感情を押し殺したりんの声が響く。
「一般の人を巻き込むなって…だってこうでもしないと〝霧の守り人〟には適わないでしょ……そのくらいは分かってるわ。それに私は誰が巻き込まれようと関係ないわ」
桜がクスクス笑う。
しかしすぐにその笑みは消え、鋭い視線をりんに向けた。
「あんたはいつも私の邪魔をするのね……むかつく……」
その言葉と同時に後ろにいた男二人がりんの前に立つ。
桜の表情がすぐに無邪気な笑顔に戻る。
桜が同級生の首に当てていたナイフを強く押し当てる。
その刃が皮膚に触れ、血が滲んだ。
同級生は声にならない声を上げた。
男がりんの手足を縛り付け、トンファを奪った。
桜がりんの前に立つ。
「ねぇ、私今回の作戦自分から志願したのよ。どうしてか分かる?」
男からトンファを貰い受け、そのままりんに向かって振り下ろした。
机の上から床にまで書類が散乱している。
第三のパラレルワールドの状況を調べていたはるかが、書類を持っていない手で携帯を開く。
さっきほどから何度も携帯を開けたり閉めたりを繰り返している。
「ボス、りんからの定期連絡がない……」
はるかが何度も携帯を確認する。
ボスが書類から顔を上げる。
「……定期連絡?……はるか……りんにそんなことさせてたんですか……」
はるかの突飛な行動に慣れているボスでも、少し呆れ顔だ。
「りんは俺のものだからね。当たり前でしょ」
はるかはサラッと言ってのける。
ボスが苦笑いする。
「りんが連絡を入れないなんて、おかしい」
はるかの声がいつもより険しくなっている。
「今日、りんは同窓会に行っているんでしたよね」
「そうだよ。中学の同窓会だって言ってたね」
面白くなさそうにはるかが口にする。
「……りんが狙われたのかもしれませんね。すぐ調べさせましょう」
言い終わらないうちに、扉が開き、閉じた……
ボスはそれを横目に入れながら、電話のダイヤルを押す。
「りんが狙われたようです。すぐに詳細を調べて、部隊を派遣してください。はるかが先に行っています」
ボスはそう言って、受話器を下ろした。
苦しさと悲しさが入り混じった表情で、大きな窓から空を見上げる。
「りん。どうか無事で……」
真っ青な空は何処までも遠く、永遠に広がって見えた。
りんが桜のそばに倒れている。
桜はゆったりした音楽の中、楽しそうに椅子に座り、りんを見下ろしていた。
「私があんたをどう思っていたか、教えてあげましょうか」
桜がりんを観察する。
りんには全く動く気配がなかった。
「実は私、あんたが大嫌いなんだよねぇ。中学のときからずっと」
桜はコロコロ笑いながら話す。
「良い子ぶりっ子で、私が声を掛けてあげたのに、私があんたに守られているような、頼っているようなそんなイメージがついちゃってさ、すっごく嫌だったんだよね~ あんたもそれが当たり前のようにふるまってさ、自分ではなんとも思ってないところなんかが特に嫌っ!!」
桜の声が激しくなり、表情も険しくなってくる。
「あんたの横で笑ってた桜はそんなこと、考えてたんだよ~ あんたはそんなこと思いもしなかったんでしょうね」
桜は感情を抑えるように意識的に声を抑える。
桜は人差し指を立て、顎に当てる。桜がものを考えるときのいつもの癖だ……
(桜が物を考えるときの癖……変わってないのに……)
りんの心が悲しさで溢れる。
目からこぼれそうになった涙を、サッと下を向いて、髪の毛で隠した。
「ねぇ、りん」
桜の瞳の奥が卑しく光る。
何かを思いついたらしく、声が踊っていた。
「今のりんはさ、何も出来ないただの人。私でも命を奪えるよね」
桜がコロコロと無邪気に笑う。
顔を上げた桜の目には険しさが戻っていた。
「そしたらさ、私、ボスに褒められるよねぇ。それに”霧”にとってもりんが居なくなるのは大打撃」
桜の笑いがピタッと止まる。
「ねぇ、りん、私のために死んでよ」
桜が無表情になる。
椅子からゆっくりと立ち上がる。
りんが肘をついて体を起こす。
「桜」
りんが桜をまっすぐ見る。
桜の動きが止まる。
「私は死ねない。まだまだ守りたいものがあるの。昔の私だったら何もかも諦めてた私だったら差し出してたかもしれない。でも……今の私は違う。守りたいものがあるの。そのために守り人になったの!」
桜がゆっくりとりんの前に立ち、しゃがんだ。
りんの顔を正面からしっかり見据える。
「りん、私にもあるの。守りたいもの」
ゆっくり、はっきりした声で桜は答えた。
「もちろん、それはあんたじゃない」
それと同時に桜は立ち上がり、りんのお腹を蹴った。
りんの体が飛ばされ、机にぶつかり、激しい音を立た。
「りん、私が昔のままだと思わないことね」
桜の甲高い笑い声が響いた。
崩れた机の下からりんが這い出てくる。
いつの間にか、手と足の拘束は解けていた。
「桜、桜とは戦いたくない」
その言葉に桜の笑い声がピタリと止む。
「あんたのそういうところが嫌いなのよ!!」
桜の表情が憎しみに変わる。
「あんたたち、人質を一人ずつ殺しなさい」
同級生たちの表情が恐怖に固まる。
「桜!!」
「りん、私と戦いなさい。じゃないとやるわ」
桜は歪んだ笑みを浮かべた。
「……分かったわ……」
りんはゆっくりと立ち上がり、太ももからトンファを取り出す。
桜が嬉しそうにニッコリと微笑む。
「こういう戦い方、”霧”の人間は嫌いなんだってね。私は楽しい」
言い終わるか終らないうちに、一番大きな扉が大きな音を立てて粉々に砕け散った。
誇りと煙が舞う中から現れたのは……もちろん……
両手にトンファを持ち、体中から殺気という名の冷気を発している、はるかだった。
「はるくん……」
「何してるの! 撃ち殺しなさい!!」
突然の状況に唖然とする男二人に、桜が慌てて命令する……が男は何もできないままその場に崩れ落ちた。
男達の背後にはいつの間にかはるかが立っていた。
振り向いたときにはるかの瞳をまともに見た桜は恐怖でその場から動けない。
言葉すら発することができなかった。
はるかがゆっくりと桜に近づく。
はるかの表情は怒りに満ち溢れていた。
「はるくん!」
りんの声に、はるかは桜を睨んだままゆっくりとした歩みを止める。
桜はその場にズルズルと座り込んだ。
「何」
低く、冷たい声。
「私にやらせて……」
はるかは何も答えない……ただ、桜を鋭い眼光で睨みつけていた……
「お願い!! はるくん! これは私がやらなきゃ……」
はるかが目を閉じ、一息つく。
りんの前に立ち、口の端に滲んでいた血をふき取る。
りんがはるかの上着を掴んだ。
はるかはりんの瞳を覗き込む。
りんの瞳の中に強い決意を見たはるかは小さくため息をついた。
「ありがとう、はるくん」
りんははるかの瞳をまっすぐ見て、笑った。
はるかはりんの頭を撫でる。
(……俺ってりんに甘いよね……)
はるかは倒れこんでいる男たちを端に寄せて、近くの机にもたれかかった。
はるかにとってはりんが大事で、人質にされている同級生たちには目もくれなかった。
りんは桜に向かう。
桜は放心状態で床に座っていた。よほどはるかが怖かったらしい。
「桜」
りんが桜を見下ろす。
しばらく焦点の合わなかった桜だったが、我に返り勢いよく立ち上がった。
「りぃぃぃぃん!」
桜が自分のトンファを取り出し、勢い良くりんに向かってくる。
りんが自分のトンファでそれを受け止める。
桜の激しい攻撃が続く。
だが、りんはそれを簡単にいなしていく。
りんの眼光が鋭く光った。
桜の攻撃はりんには届かず、桜は一瞬でその場に倒れた。
りんの動きが止まり、倒れた桜を見下ろした。
「桜……」
りんの瞳から一筋の涙が流れた。
「りん、無事で」
お屋敷へ戻ったりんをボスが優しくねぎらう。
「ボス!」
りんがボスに向かって小走りでかけていく。その後をはるかがゆっくりと歩く。
「すみません、りん。辛い思いをさせてしまいましたね」
りんが頭を横に振る。
「ううん。ボスのせいじゃないもの……ねぇボス……桜はやっぱり”銀の牢獄”に連れて行かれるの?」
ボスの表情が少し曇る。
「そうですね。桜さんはそれだけのことをしたんです」
りんは泣きそうな顔で、ボスに笑顔を向ける。
「そっか。そうだよね」
「りん……」
はるかがりんの頭を優しく撫でる。
「りん、後悔していますか? ”守り人”として生きていることを……」
その言葉に対して、りんはすぐに頭を横に振る。
そして、ボスの目を真っ直ぐに見る。
「後悔はないよ、ボス。私はむしろ、感謝してる。ボスやみんなと一緒に働けることが、私にはとっても嬉しいことだから。それがどんなに危険でも…今回のこともボスが誤ることじゃないもの。パラレルワールドと関わっていく限りはいつでも起こりうることだもの。ちゃんとわかってる。だからボス、何にも気に病まないで」
ボスはそんなりんを悲しげな表情で見つめた。
りんはボスに向かって、心からの笑顔を向ける。
「ありがとう、りん、今日はゆっくり休んで」
ボスは小さく笑った。
「私こそ、ありがとう。ボス」
「はるか、りんのこと、よろしくお願いします。僕では逆効果なようなので……」
「分かってるよ、ボス」
コンコン。
扉をたたく音がした。
「はい」
りんは頬を伝う涙を手で拭い、ベッドから体を起こす。
扉が開き、はるかが入ってくる。
「はるくん」
はるかがりんの横に腰をかける。
「りん、俺の前では無理しないで。泣きたいときは俺の前で泣いて」
その言葉を聞いた、りんの瞳から涙が溢れる。
はるかは、りんを自分の腕の中にスッポリ収めた。
りんの体が小刻みに震えていた。
「一番の、友達だったの……そう思ってたの……私だけだったみたい……悲しくて……涙が止まらないの……桜の……気持ちを分からなかった……悔しい……悔しいよ……はるくん……」
りんは声をあげて泣いた。
今日、初めて声をあげて泣いた。
「辛かったな……りん」
はるかはりんの髪を優しく撫でた……
りんはその夜、泣き疲れて眠るまで泣いた……
優しいはるかの腕の中で……
この話は書くのにずいぶん時間がかかっってしまいました……
設定をいろいろ考えちゃったので、短編に入りきらないかと思っちゃいました。
なので、ちょっと設定として分かりにくいところもあったかもしれません(^_^;)
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです(^^)