破滅への道であれ、そこに愛があるのならば。
連載のとある男爵の手記に登場する宮廷魔導師兼義兄の話。
「なんだって?」
いつも、何処かで、夢を見ているのではないかと今でも信じている自分がいる。
妻は、魔道具技師として高い能力を持つ女性だった。
出会ったのはまだ貴族学園に入学したばかりの頃、恋愛よりも勉学に励み、後援者となり得る家格の学友達との人脈作りの為に奔走していた若い日だった。
貴族令嬢としては珍しい、肩口でザックリと鋏を入れた短い髪のその娘は、泥に塗れながら宝物の様に魔道具の素体に使用される魔鉱石を拾い集める様な「変人令嬢」だった。
「あれでは嫁の貰い手もないだろう」
学友達は皆口を揃えてそう言ったが、私の目には本音と建前を使い分けて生きていく事が当然である貴族社会において、心のままにのびやかに生きている彼女の姿はとても鮮烈に映ったのだった。
気が付けば視線は彼女の姿を追い、淑女科との合同授業ではさり気なく傍に立つ。
今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
お互いに婚約者もおらず、
「結婚する姿が想像出来ない」
と学友達に言われた変わり者同士の私達は気付けば惹かれ合い結婚するに至ったのだ。
男爵家からは、
「魔道具技師としての腕は確かだが、それ以外はてんで駄目、踊りも出来ない、帳簿ひとつ読めない娘だが、それでも構わないのか?」
と問われたが、私は彼女以外を妻に迎える選択肢は無かった。
学園を卒業し、私は学園で培ったツテを頼りに王宮の魔法研究室に入職する事となり、彼女は王都の魔道具工房で手伝いをする事となった。
互いの仕事が一段落した雪解けの頃、春の訪れを報せる鳥の鳴く季節に彼女は我が家に輿入れし、小さいながらも式を挙げた。
研究室に泊まり込む事も良くあったが、妻を迎え入れてからはなるべく屋敷に帰宅し、夕食を共にした。
妻は相変わらず泥まみれで油まみれだったが、新しい魔道具の術式について語る姿は他の誰よりも美しいと私は思っていた。
―――そんな、これから何十年と続くものだと信じていた日々が、半年足らずで終わりを迎えようとは、誰が予想出来ただろうか。
いつもの様に、同じ寝台で目を覚ました。
妻と共に朝食を共にし、妻に見送られながら屋敷を出立して、研究室で仕事をしていた、間もなく昼時、と言う頃の事だった。
「ルミネ子爵はおられますか?」
酷く焦った様子の騎士が、息を切らせながら研究室に入ってきた。
酷く繊細な研究対象もあるので、速やかに要件だけを、と室長は言った。
「―――子爵夫人が、事故に遭われました」
手に持っていたペンが、勢い良く床に転がった。
子爵夫人。
事故。
その言葉だけが頭の中で繰り返された。
私の母は既に帰天しているので、ルミネ子爵夫人、と言えば私の妻だと言う事となる。
いつ、どこで?どうして?
混乱する私に、
「丁度、昼の休憩に入る頃だ。君は、奥方のところへ急ぎなさい」
と室長が言った。
体力には自信がない私だが、可能な限りはやく妻の元に辿り着くべく足を走らせた。
だが、現実は残酷なものだった。
「―――遺体は、お目にならない方が宜しいかと」
研究室に報せが届いた頃には、妻は既に女神の御許に旅立っていたのだと知った。
工房に散らばる、赤いもの。
「可能な限り、手を尽くしましたが...」
無事に遺っているのは、婚姻の指輪が嵌められた左手だけなのです、と言う騎士達の言葉はすり抜け、人生で嗅いだ事の無い臭いに嘔吐しながら、妻の手に触れる。
私の、最愛の妻。
今朝方まで、同じ時間を刻んでいた筈の、朗らかな優しい笑顔が思い返される。
◇
納品業者から卸された魔鉱石を運ぶ途中、開発中の魔道具が暴発したらしい。
それくらいは魔道具工房では良くある風景だが、暴発の際の火花が魔鉱石に引火し、爆発。
爆発が直撃した妻は、木っ端微塵になってしまったのだと言う。
工房から多額の補償金が子爵家に入ったが、妻のいない世界で、金などあっても私にはどうでも良かった。
間も無く、妻の誕生日だった。
喜ぶ笑顔を見たくて、シンプルながら繊細なデザインで、普段使いも出来るペンを用意していた。
そろそろ、学生時代から使っているペンの使い心地が悪くなってきたと言う妻が、1番喜んでくれるだろうと考えて選んだペンを、棺に収める。
「使ってくれ」
高価なドレスや装飾品よりも、実用的な品物を喜ぶ妻はもういないのだ、と、何処か冷めた感覚で葬儀を眺めていた。
屋敷が広い。
寝台が広い。
―――世界に、君がいない。
この頃の事は良く覚えていないが、父と義弟が語るところには妻の後を追わせて欲しいと懇願していたと聞いた。
「魔法研究を放り出して後を追えば、烈火の如くに怒り狂います。姉はそういう人です」
義弟はそう説得し、私が妻の後を追わない様に目を光らせてくれていた。
◇
女神の教えによれば、正しき人間が命を落とした時、1度だけその命を蘇らせる事があるのだと言う。
その為には、聖女と懇意になる必要がある。
後添えの打診を全て断り、魔法研究に没頭した結果、宮廷魔導師の称号を手に入れた私に擦り寄る令嬢達からの誘いも全て断っている私にそんな話をしたのは、教会の僧侶の1人だった。
周期として、間も無く聖女が誕生する。
女神様の奇跡と、歴史から知る事の出来る聖女の祝福が重なれば、死んだ人間を蘇らせる事も可能なのではないか、と、そんな話をしたのだ。
平時の私ならば、その様な眉唾な話に耳を傾ける事等無かっただろう。
ただ。
考えてしまったのだ。
「もう1度だけで構わないから、妻の笑う姿が見たい」
と。
―――それから程なくして、義弟が魔力測定で聖女の認定を受けた娘の後見人となった、と言う話を聞いた。
国王陛下の意向で異例の貴族学園の入学の決まった聖女を、学園で魔法技術の講師として呼び出される事のある義兄上に守っては戴けないだろうか、と義弟に打診され、その提案を受け入れる事にした。
聖女は、何処か妻に似ていた。
「魂の性質が似通っているならば、蘇りは夢ではない」
事ある毎に、教会の僧侶は問いかけるのだ。
聖女に関わる度に、僧侶の話が真実を帯びている様な、その様な心地となった。
義弟から、精霊信仰の在り方を耳にしてはいるが、私はただ、目の前の、露程の可能性に縋る事を選んだのだ。
喩えそれが、破滅へと繋がる道であったとしても、今1度、妻に逢う事が出来るのであれば、と。
―――そう、考えてしまったのだ。
イェリッツァさんは華國の守護精霊に情状酌量の余地あり、と言う事で、魔獣暴走の鎮圧の為に尽力した結果、ぼんの30分だけ、亡き妻クローディアとの会話を赦されました。




