告白できなかった言葉
後悔しても意味がない。
動かないと始まらない。
その事を前世で嫌ってほど痛感した。
だから俺は動き続ける。
最後に君に殺されるとしても。
第一話 告白できなかった言葉
これまでの人生で女性に告白をしたことはある。だが、恋愛漫画のキャラクターのようにそこまで緊張をして思いを告げたことはない。
それまでの積み重ねから確率が高い場合にしか告げないからだ。
そんな打算的でそこまで行動力のない俺の心臓がこれまでの人生で一番と言っていいくらい高鳴っている。
「颯也、どうしたの?」
夜の歩道。
街灯のそこまで明るくない灯りに照らされる俺と彼女。
暗い中でも目の前にいる幼馴染が頬を少し赤らめているように見えた。
これアルコールの力なのかそれとも…。
淡い期待とそれ以上にずっと願っていた瞬間を手にするため俺は決意をした。
「あおい、俺…。お前のことが…」
夢のなかでは何度も伝えて、ハッピーエンドを何度も迎えた。
でも今は違う。現実だ…。
だからこそ、ずっと伝えたかった三文字をこれからーー。
人生というものは、案外あっけなく過ぎていく。
そんなことを考えるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
高校を卒業した頃かもしれないし、大学を出て社会人になった頃かもしれない。
あるいは、もっとずっと前からだったのかもしれない。
とにかく今の俺――香椎颯也は、電車の窓に映る自分の顔を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
帰宅ラッシュの時間帯を少し過ぎた車内は、それでもまだ人が多い。
スーツ姿の会社員にスマートフォンを見つめる学生。眠そうな顔で吊り革につかまる女性。
誰もが一日の終わりを迎え、それぞれの帰る場所へ向かっている。
窓の向こうでは夜の街が流れていく。
都会というには少し物足りなく、田舎というには少し賑やか。
そんな地方都市特有の中途半端な景色だった。
高層ビルの代わりに大型ショッピングモールがあり、ネオンの代わりにファミリーレストランの看板が光っている。
子供の頃から見慣れた景色。
そして、おそらくこれからも見続ける景色。
その光景が、なぜだか今の自分自身と重なって見えた。
二十五歳、地方企業の営業職。
朝は七時に起きて会社へ向かう。
取引先を回り、頭を下げ、事務作業を行い、上司に報告する。
仕事が終われば家に帰り、コンビニで買った弁当を電子レンジで温める。
缶ビールを開け、動画サイトを眺めながら夕食を済ませる。
休日はゲームをするかたまに友人と飲みに行く。
特別不幸ではないが、特別幸せでもない。
平凡。
自分を表す言葉としては、それが一番しっくりくる。
学生時代からそうだった。
サッカー部ではレギュラーだったが、ポジションはディフェンダー。
フォワードのように歓声を浴びることはない。
けれどベンチを温めるほど下手でもない。
クラスでも似たような立ち位置だった。
目立たない。
嫌われない。
でも特別好かれるわけでもない。
そんな人間。
だから今の人生も、ある意味では順当な結果なのだろう。
ただ――。
どれだけ時間が経っても忘れられないものが一つだけあった。
電車がトンネルへ入る。
窓ガラスに映った自分の顔の向こうに、ふと懐かしい笑顔が浮かんだ。
椎名あおい。
幼馴染。
そして初恋の相手。
忘れようと思ったことは何度もあった。
それでも結局、忘れられなかった。
あおいと出会ったのは五歳の頃だった。
隣の家へ引っ越してきた女の子。
当時のことは正直あまり覚えていない。
ただ、初対面の時の彼女が泣いていたことだけは妙に記憶に残っている。
引っ越してきたばかりで友達もいなかったのだろう。公園の隅で一人座り込み、俯いていた。
そんな彼女に母親が言ったのだ。
「颯也、遊んであげなさい」
今思えば随分と雑な紹介だった。
だが、それがきっかけだった。
最初はぎこちなかった。
お互い人見知りだったし、何を話せばいいのかも分からなかった。
それでも砂場で山を作ったり、ブランコを押したりしているうちに少しずつ打ち解けていった。
そして気づけば毎日のように一緒に遊ぶようになっていた。
春は公園。
夏は川。
秋は山。
冬はゲーム。
子供の頃の一年は長い。
その長い時間のほとんどを、俺たちは一緒に過ごした。
秘密基地を作ったこともある。
近所の雑木林の奥。
誰も来ない空き地を見つけて、段ボールや木材を持ち寄り、小さな小屋のようなものを作った。
完成した時は本気で世界征服の拠点ができたと思っていた。
今思えば笑える。
だが当時は本気だった。
そして、その秘密基地は完成から三日で台風に吹き飛ばされた。
二人で泣きながら片付けたのも今ではいい思い出だ。
あおいは昔からよく笑う子だった。
些細なことでも楽しそうに笑った。
だから周囲にはいつも人が集まっていた。
あおいは学生時代から男女問わず人気があった。
クラス替えがあってもすぐ友達ができる。
誰とでも仲良くなれる。
一言で表すなら、明るくて元気なツンデレタイプだった。(ツンは俺に対してのみ)
元気があって自分のなかの芯のようなものをはっきりと持っているものの誰にでも優しかった。
一方で俺は真逆だった。
人付き合いは嫌いじゃないが、自分から輪の中心へ行くようなタイプでもない。
だから自然と、あおいの少し後ろにいることが多かった。
それでも不満はなかった。
隣にいられるだけで十分だったから。
……いや。
本当は違う。
十分なんかじゃなかった。
中学に入る頃にはもう好きだった。
幼馴染としてではなく。
一人の女の子として。
それでも告白はできなかった。
勇気がなかったからだ。
もし振られたら、今の関係が壊れたら…。
そんなことばかり考えていた。
だから結局、何も言えなかった。
高校時代も俺たちはよく一緒にいた。
クラスは中学からずっと同じだった。
お互い部活をしていたが、登下校はほとんど一緒だった。
部活帰りにコンビニへ寄ることもあった。
試験前には図書館で勉強した。
周囲からは何度も冷やかされた。
「付き合ってんの?」
「お前ら夫婦だろ」
新しいクラスになる度にこうイジられる。
「いやいや、あおいはただの幼馴染だから」
「そうそう。このバカは″ただの″幼馴染」
「誰がバカだ!」
こんなテンプレのやり取りをしつつ、″ただの″というワードに毎度傷つく俺…。
でもそんなことは言えない。問われる度にテンプレの開始をして否定を続けた。
そのたびに俺たちは必死で否定した。
まあ周りには俺の気持ちはバレてたみたいだけど。
好きだからこそ言えない。そんな面倒な年頃だった。
そして高校三年の冬。
進路が決まった頃には、お互い少しずつ忙しくなっていた。
大学。就職。
それぞれの未来。
目の前にある現実に追われるうちに、告白するタイミングを失った。
卒業式の日も、その後の打ち上げの日も。
結局言えなかった。
そして気づけば会う機会は減り、やがて連絡もしなくなった。
最後に会ったのは七年前。
大学へ進学する直前だったと思う。
駅前で偶然会った。
少しだけ話した。
それだけだ。それなのに。
七年経った今でも忘れられない。
我ながら重症だと思う。
自宅に戻った俺は、いつものように冷蔵庫からビールを取り出した。
プルタブを開けると炭酸の弾ける音が静かな部屋に響く。
グラスにビールを注ぎ、それを一口飲んでソファへ身体を預ける。
テレビの代わりに動画サイトを開く。
だが内容は頭に入ってこない。
理由は分かっていた。
テーブルの上に置かれた一枚の封筒。
高校の同窓会の案内状。
数日前に届いたもので何度も見返し、参加するかどうか悩み続けていた。
理由は単純。
あおいが来るかもしれない。でも、会って何を話せばいいのか分からない。
たったそれだけだ。
『じゃーん!あたし、結婚したんだ〜』
綺麗になったあおいが左手の薬指の輝きを自慢気に見せてくる(妄想)
これだけで俺は同窓会での思い出を全て忘れる自信がある。
二十五歳にもなって何をやっているんだと思う。
未練がましい。情けない。
だが仕方ない。
忘れられないものは忘れられないのだから。
缶ビールを飲み干し、俺は天井を見上げた。
そして観念したようにスマートフォンを手に取る。
同窓会の参加フォームを開くも親指が送信ボタンの上で止まる。
数秒。いや、数十秒かもしれない。
やがて俺は小さく息を吐いた。
「……行くか」
ボタンを押す。
画面に表示された参加受付完了の文字を見ながら、胸の奥が妙にざわついていた。
期待しているのだ。
会えるかもしれない。そんな僅かな可能性に。
そして、その期待が俺の人生を大きく変えることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。
同窓会当日。
六月の終わりとは思えないほど空は高く、昼間は蒸し暑かった。
それなのに、夕方になるにつれて妙に落ち着かなくなっていた。
時計を見るとまだ三十分もある。
スマートフォンを見るも特に通知はない。
また時計を見る。
我ながら落ち着きがなかった。
「高校生かよ……」
思わず苦笑する。
二十五歳にもなって、たかが同窓会でここまで緊張するとは思わなかった。
理由は分かっている。
もし、あおいが来ていたら。
もし、七年ぶりに会えたら。
そんなことばかり考えてしまうからだ。
結局、予定より二十分も早く家を出た。
昔からあったパン屋は閉店していた。
八百屋もつぶれドラッグストアに変わっている。
景色は少しずつ変わっていた。
当たり前だ。
七年も経っているのだから。
変わっていない方がおかしい。
それなのに。
心のどこかでは、あの日のまま時間が止まっている気がしていた。
会場となった居酒屋の前に着いた時には、すでに何人かの同級生が集まっていた。
「お、颯也じゃん!」
「久しぶり!」
サッカー部時代の仲間に声をかけられ、軽く肩を組む。
学生時代のバカなノリをしながらみんなに挨拶をしていく。
そんな学生時代と変わらない距離感が少し面白かった。
店内へ入ると、懐かしい空気が一気に押し寄せてきた。
焼き鳥の香ばしい匂い。
賑やかな笑い声。
七年という時間を埋めるように、あちこちで昔話が始まっている。
結婚したやつ。
子供が生まれたやつ。
みんなそれぞれの人生を歩いていた。
その光景を見ながら、ふと思う。
もし高校時代に告白していたら、自分の人生も少しは違ったのだろうか。
そんなことを考えた時だった。
「颯也?」
声が聞こえた。
たった二文字だった。
それなのに、心臓が大きく跳ねた。
聞き間違えるはずがない。
振り返る。
そして。
息を呑んだ。
「……あおい」
そこにいた。
栗色の肩までかかるくらいの髪。
左目の下の泣きぼくろ。
柔らかな笑顔。
高校時代より少し大人びている。
けれど、その笑顔だけは昔のままだった。
「久しぶり」
あおいが笑う。
その一言だけで、七年間という時間が一気に吹き飛んだ気がした。
「ああ……久しぶり」
何か気の利いたことを言おうと思った。
家でもシミュレーションをしたのだが何も出てこない。
情けないくらい頭が真っ白だった。
そんな俺を見て、あおいはくすりと笑った。
「よっ、そこは夫婦で参加か〜?」
同じクラスだった奴が冷やかしてきた。
学生時代に何度も受け、何度も返してきたテンプレ。
「ばーか、そんなんじゃーー」
「そうでーす。夫婦になっちゃいました〜」
俺の言葉を遮ったあおいが、俺の腕に抱きつきながらそう言った。
「あっ、あおい!?」
「んなわけないじゃん。冗談冗談〜」
あおいは笑いながらそういうと俺から離れ、女子たちのグループの方へ挨拶しに行った。
ぽかんとその場に取り残され、いまだに心臓の鼓動の高鳴りを留められない俺。
そんな俺を見て、周りの男子たちは憐れみの視線を送ってくれた。
「まあ、飲もうぜ…」
「そうだな…」
こいつらのなかで俺は再びヘタレ認定されただろうと悲しくなりながら俺も輪に入っていった。
そこからは不思議な時間だった。
最初の数分こそ緊張していたが話し始めてしまえば早かった。
高校時代の思い出。部活の話。
教師の失敗談。好きだったゲーム。
文化祭の黒歴史。
次から次へと話題が出てくる。
まるで昨日まで会っていたかのようだった。
笑う仕草も。
相槌の打ち方も。
話している時の表情も。
何も変わっていない。
だからだろう。
胸の奥にしまい込んでいた感情が、少しずつ息を吹き返していくのを感じていた。
忘れたつもりだった。
諦めたつもりだった。
それなのに。
「いやいや、痩せてないって。むしろ最近はダイエット頑張ってる」
時折視線の端であおいの姿を捉えていた。
結局、全然忘れてなんかいなかった。
宴会も終盤に差しかかった頃だった。
「颯也〜呑んでる?」
あおいがグラスを片手に、俺の隣へ腰を下ろした。
「呑んでるよ。あおいは何を呑んでんの?」
「あたしはシャンディーガフ。あんたのは?」
「俺も同じ」
お互いに呑んでるドリンクが同じと分かりくすっと笑った。
「そうだ、颯也は今もサッカーしてるの?」
「いや、もうやってない。やるとしてもフットサルとかかな。あおいは?」
緊張してるもののバレたくはない。
会話を途切れさせないために営業で培ったヒアリング能力をフルで使うなんてことを意識していた。
「最近はもうやってないかな〜。演劇ってやるところ少ないし」
あおいは学生時代演劇部のエース。大会でも全国までは行けなかったけど個人で賞をもらったりしていた。
「それは勿体ないな。中高と演劇部で活躍して、めっちゃモテモテだったじゃん」
ルートを変え、恋愛の方に。
俺は勝負に出た。
「モテモテって女子からばっかだったけどね。そういう颯也もモテてーー」
「お気遣いありがとう」
「ふふっ、なんかゴメンね」
あおいは軽く笑いながらグラスを口元に運ぶ。
「でもあれだね。久しぶり話すと楽しい」
「俺もだよ。学生時代とか毎日話してたのに」
「そうそう。でも、今は話し足りないかも」
その一言で俺は決意をした。
グイッとグラスの中を飲み干すとあおいの方を向いた。
「2人で2軒目行かないか?」
「えっ…」
あおいの頬が少し赤くなる。
でも、俺も同じだった。
だからこそ止めれなかった。
「近くに良い感じのバーがあるんだよ。隠れ家的な感じだけど、広くはないからみんなで行けなくてその……」
所詮は営業歴数年。
ジェスチャーと口数が増えてボロが出まくる。
でも、そんな俺を見てクスクス笑いながらもあおいは微笑んでくれた。
「いいよ。じゃあ久しぶりに2人で行こっか」
「えっ、マシで?」
「なにそれ、誘ってきたの颯也の方じゃん」
二人で顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
昔からこうだった。
考えることが妙に似ている。
「もう抜ける?」
「ああ」
「決まり」
そうして俺たちは、こっそり会場を抜け出した。
夜風が心地よかった。
駅前の喧騒から少し離れた場所まで歩く。
街灯の光が歩道を照らしている。
車の音が遠く聞こえるものの、夜の街はどこか穏やかだった。
「懐かしいね」
あおいが空を見上げながら言う。
「あの頃は毎日会ってたのに」
「高校卒業してから全然だったな」
「だね」
少し寂しそうな声だった。
俺も同じ気持ちだった。
失った七年間。戻らない時間。
考えても仕方がない。
それでも、もしあの時もっと勇気があったならと思ってしまう。
俺は行きつけのバーへ彼女を案内した。
静かなジャズが流れる店内。
木製のカウンターに落ち着いた照明。
他に客はいない。
ゆっくり話すにはちょうどよかった。
グラスを傾けながら、俺たちは再び語り合った。
仕事や友人のこと。
あの頃を取り戻したみたいに楽しかったけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
そして、ついに触れることにした。
あおいの左手の薬指について。
そこに指輪はなかった。
だが薄い跡だけが残っている。
聞かないと後悔すると思いゆっくり口を開いた。
「今日は指輪してないんだな」
その瞬間、空気が少しだけ変わった。
あおいは視線を落とし、小さく笑う。
「…離婚したんだよね」
俺は言葉を失った。
想像していなかったわけではない。
だが実際に聞くと衝撃は大きかった。
あおいは淡々と話した。
「ごめん、伝えてなくて。その頃地元離れてたし、色々バタバタしてて」
「いや、別に…」
ホッとした部分と誰かのものになっていたという部分が俺のメンタルをグッとプレスした。
「まあ、話したくなかったら別にいいから」
「別にそんなことないよ。普通にすれ違いからの離婚だし、1年保たなかったし」
そこからあおいは事情を語り始めた。
夫とのすれ違い。義実家との関係。
子供ができなかったこと。
少しずつ積み重なった問題。
そして離婚。
彼女は笑っていたけど分かる。
無理をしている。
昔からそうだった。
辛い時ほど笑う。
「だからもう全然大丈夫!」
強がるあおいがかつての姿と重なる。
だからこそ流せなかった。
「俺の前くらい無理しなくていいだろ」
気づけば口にしていた。
あおいが驚いたようにこちらを見る。
「辛い時に辛いって言えないの、昔から変わってないな」
しばらく沈黙が続いた。
やがて彼女は小さく笑う。
「それ、颯也もじゃない?」
「……かもしれない」
二人で苦笑する。
その瞬間だけ昔に戻れた気がした。
「もしも、颯也となら離婚しなかったかな…」
あおいがボソッと呟いた言葉が俺の心臓と脳にクリーンヒット。
だから歯止めなんて効かなかった。
素直な言葉が出た。
「離婚はしなかったと思う。絶対に」
バーカウンターの向こうに並べられたウイスキーのボトルを眺めながらそう返した。
恥ずかしくてもう隣を向くなんてできない。
「そ、そっか…」
でも隣にいるあおいも同じだった…。
店を出た時には日付が変わっていた。
川沿いの遊歩道を歩く。
夜の川は静かで水面には街灯の光が揺れている。
風が吹くたびに、その光は細かく砕けて流れていった。
二人の間に会話はないけど、沈黙は心地よかった。
あおいの隣にいる。それだけで十分だった。
いや。違う。十分なんかじゃない。
だからこそ、今度こそ伝えようと思った。
高校の時に言えなかった言葉。
七年間抱え続けた想い。
もう逃げたくなかった。
やがて、あおいが立ち止まる。
「ねえ」
振り返る。
少し照れたような笑顔。
「今日、会えてよかった」
胸が大きく鳴った。
今しかないとそう思った。
「あおい」
「ん?」
鼓動がうるさい。
喉が渇く。
それでも今は。
「俺は――」
その瞬間だった。
耳を裂くようなタイヤ音が夜を切り裂いた。
キィィィィィィィィィィッ!!
反射的に振り返る。
大型トラックが信号無視。
猛スピードで真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。
理解した瞬間。
身体が動いていた。
考えるより先に。
理由なんてなかった。
ただ、あおいだけは守りたかった。
それだけだった。
俺は彼女を突き飛ばす。
視界が回転する。
俺を襲うは衝撃と激痛。
身体が宙を舞い、最後に見えたのは――
「颯也ぁぁぁぁっ!!」
涙を流しながら叫ぶあおいだった。
結局、最後まで言えなかったな。
そんな後悔を残したまま。
俺の意識は闇へ沈んでいった。
どれほど時間が経ったのだろう。
ふわりと意識が浮上する。
最初に感じたのは木の香りだった。
次に聞こえたのは鳥のさえずり。そして頬を撫でる柔らかな風。
ゆっくりと目を開くと見知らぬ木造の天井があった。
俺は瞬きを繰り返す。
身体が重い。だが、それ以上に違和感があった。
手が小さい。腕も細い。足も短い。
「……え?」
なんなら声まで幼い。
混乱し、理解が追いつかない。
すると扉が開いた。
一人の少女が顔を覗かせる。
その姿を見て俺は思わず声を漏らした。
「あおい…」
栗色の髪。
左目の下の泣きぼくろ。
柔らかな笑顔。
俺は大きく息を呑む。
「起きた!」
そして元気よく名乗った。
「はじめまして! 私、アオ!」
その瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
あまりにも似ていた。
忘れられるはずもない。
七年間。
いや二十年間。
想い続けた少女に。
まるで生き写しのようだった。
こうして――。
俺は運命の出会いを果たした。
そうこれが、全ての始まり。
彼女に殺される俺の未来の始まり……。




