最後の一つは誰の手に!?
「あっ!」
大好きなキャラクター・もふろうのぬいぐるみ、最後の一個が買われていく。
若いサラリーマンっぽい男性が最後の一個を持って行ってしまった。
心の中で、待ってー! と叫ぶ。
だって、だって、女性だらけのこのイベント会場でお一人様一個限定のぬいぐるみを買っていくなんて転売ヤーに違いない。
「う、うぐ……」
せっかく売り切れないように初日に来たというのにタッチの差で買えなかった悔しさがこみ上げる。
仕事帰りに急いできたのに!
そこに店員さんが通る。
「すっ、すみません! もふろうのぬいぐるみってまだ在庫ありますか!?」
「申し訳ありません。ここになければもう無いです。入荷もあるかどうかわかりません」
「……っ」
私は膝から崩れ落ちそうになった。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり、転売で出てる」
家に帰ってネットを開くと、さっきの限定もふろうのぬいぐるみが出ていた。しかも、定価よりもずっと高い。
「ぐやじい」
もしかしたら、あの男性が買ったものかもしれない。
「転売ヤー許すまじ……!」
限定グッズはどうしても転売ヤーが大量に発生する。
彼らはイベントに行けない人たちに手に入るようにしているのだからいいことをしているなんて言っているらしいが、そんなの詭弁だ。
「マジ許さん」
スマホを傍らに置いて、私はベッドに倒れ込む。大好きなもふろうのぬいぐるみたちがふっかりと私を受け止めてくれる。
もふろうの魅力。それはもふもふな可愛さと、そのもっふりとした身体に身を預けたくなる包容力!
どこでも買えるものもあるし、他のイベントで買った限定ぬいぐるみもある。
友達に言うと、どれも同じとか言われるけど、ちょこんとついているアクセとか、イベントによって違う服とかどれも可愛いのだ。
ついつい集めてしまっても仕方ない!
「ああ、それにしても……」
あのもふろうが手に入らなかったのが本当に悔しい。
◇ ◇ ◇
再び事件は起こった。
今度は違うイベントのグッズ売り場でのことだ。
再び私が目にしたのは、何の因果かまた最後の一個になったもふろうのぬいぐるみだった。
私が手を伸ばそうとした瞬間、隣からも手が伸びてきた。
顔を上げると、目が合った。
「あ」
「あ」
お互いに声を上げる。
「転売ヤーの人……!」
「え?」
私が言うと、サラリーマンらしき男性は首を傾げた。
「だって、この前私のもふろうを掠め取って……」
忘れもしないその顔だ。まさか今回も来ていたとは。
「さては、プロの転売ヤーだな」
私がぎろりと睨みつけると男性は、
「僕が転売ヤー?」
再び首を傾げた。
◇ ◇ ◇
「ご、ごめんなさいっ!」
「いえいえいえ、わかっていただければいいんです」
転売ヤーだと思っていたのは私の勘違いだった。
私は全力で頭を下げる。
彼は転売ヤーなんかじゃなかった。
むしろ、
「まさか、本当にもふろうの大ファンだったなんて。仲間じゃないですか。そんな人に向かって私はなんてことを……」
「そんな、顔を上げてください」
彼が見せてくれたスマホの画面には部屋いっぱいのもふろうグッズが並んでいた。私の部屋にあるものもあるけれど、私ですら手に入れられなかったものもある。
「大体、男でもふろろうが大好きだなんて言うと馬鹿にされちゃうんですけどね」
あはは、と彼が笑う。
私は顔を上げた。
「そんなことないです。もふろうは誰が好きになったっていいんですっ! 可愛いもの好きに性別なんか関係ありませんっ!」
「あ、は、はぁ」
彼がちょっと引いている気がする。
もふろうのことになると私は熱くなってしまう。
そして、自分で言っておいて初対面の時にスーツ姿の男性だからといって転売ヤーだと思ってしまった自分が恥ずかしくなる。
けれど、彼は笑って言った。
「そう言ってもらえると嬉しいです。社会人になって辛いときに、もふろうを見ているとなんとなく癒やされて、それでグッズも集めるようになってしまって。もふろうってなんだかものすごい包容力ありますよね」
「わかります……」
わかりみしかなかった。
「すみません。この前は最後の一個を買ってしまって」
「私こそ転売ヤーだなんて誤解してごめんなさいっ!」
私は再び全力で謝る。
ただ、問題は一応確保するために買ってきた今回の限定もふろうの行方なのだが……。
他の人に取られるよりはということでとりあえず二人で一個、確保だけしたのだ。
◇ ◇ ◇
結果、限定もふろうの行方は気にしないでもよかった。
あれから意気投合してしまった私たちは付き合うことになって、同じ趣味なこともあってかトントン拍子に結婚まで進んでしまったのだ。
「もふろう、二人分になっていきなり増えちゃったね」
「いいよ。コレクションが増えたみたいで嬉しいから」
彼が笑う。
あの限定もふろうも結婚してしまえばどちらかのものにするか気にしなくても、二人のものになったのだった。
「また、限定もふろうが出たら買いに行こうね」
「今度は最後の一個でも大丈夫かな」
これからもきっと二人のもふろうは増えていくんだろう。
今度は彼との思い出と一緒に。