多忙によりスタッフ補充②
昼下がり。時間を知らせる鐘が4つ鳴った時に店を閉めてサイデル商会に向かう。この世界では時計が高価で王侯貴族や大手商会の商会長クラスでなければ持っていないので、街に響く鐘の音で住民は時間を知るんだよ。これが時計が当たり前にあった俺には慣れないから、アニメグッズの懐中時計でも買うとしようかな。
南地区にあるFAZNA商店から歩いて30分の距離にサイデル商会はあった。これだけ歩くなら馬車を利用した方がよっぽど早くて楽だったな。
失敗したなと思いながら奴隷を扱っている地下に足を進めると、意外と明るく意外と清潔な店内で意外でも何でもなく胡散臭い商人が来店客を待ち構えていた。
この人はクレント商会で見掛けた事がある。一度見たら忘れられない胡散臭さの商人は、確かサイデル商会のウサンク商会長だったはずだ。
「いらっしゃいませぇ。どんな奴隷をお探しですかなぁ?いっひひ」
胡散臭ぇ…。表情、糸目、笑い方、喋り方、格好。どこを取っても胡散臭いって胡散臭さの権化みたいな存在だよな。ヤロップと仲が良さそうだったから、多分悪い人ではないんだろうけど。悪い人ではないんだろうけどね…って感じだよな。
「始めたばかりの商店で店頭に立つ奴隷ですね。読み書き算術は出来れば有難いですけど、出来なくても真面目で向上心があれば問題ないです。それぐらいですかね」
俺は販売業で店長になった経験が無いから、どんな人材を採用して指導すれば良いのか判断がつかない。なのでとりあえず最低限の条件だけ伝えれば良いだろう。
「いっひひ。商店の店員でしたら見た目の良い者の方がよろしいかと存じますがぁ?老いた者ですとこれから覚えさせるのも大変でしょうから、ある程度若い者になさいますかぁ?」
この人の語尾を上げる喋り方とか最高に胡散臭いけど、俺の不足を補ってくれて優秀だわ。ヤロップが推薦するのも頷ける。全乗っかりしますのでよろしくお願いしますって伝えたいぐらいだよ。
「それでお願いします。予算は金貨50枚で条件に合う人いますか?」
「ええ、ええ。勿論ですとも。金貨50枚のご予算で見繕ってまいります。お掛けになってお待ち下さいませぇ」
ウサンクに着席を促されて商談用のソファーに腰掛けた。毛皮の色味を生かしたベージュのソファーは程好いクッション性で質が高い。このソファーだけでも金貨10枚は下らないだろうから、サイデル商会も質の高い商品を取り揃えた良い商会なのがわかる。これなら奴隷も期待出来るかな。
前髪が目の下まであるメカクレ店員が淹れてくれたお茶を飲みながら待つこと五分。ウサンクが店の奥から戻って来た。
「お待たせいたしましたぁ。お客様のご要望に沿う奴隷を三名お連れ致しましたぁ」
テーブルとソファーを挟んで向こう側に並べられた三人の奴隷は病衣っぽい服を着ていた。性別は全員女性。意外と言ってはなんだが、この世界での奴隷の扱いを考えれば随分と身綺麗にしている。髪は脂っこくないし肌の色艶も良い。何より目が死んでいないので、俺にとっては非常に有難いチョイスだ。流石ヤロップ…所謂さすヤロである。
「一人ずつ自己紹介をさせますねぇ」
いやぁ、そのニヤケ顔が胡散臭いな。胡散臭いけれども奴隷の自己紹介を自分でさせるのは選ぶ上で親切だよな。喋り方や所作で少しの時間でも相手の雰囲気が掴めるから買い手としては有難い事この上ない。本当に胡散臭さは突き抜けてるけれども。
「カミラです。歳は38歳です。元夫が商会で番頭をやっていましたので、よく店番はしていました」
一人目は普通の主婦って見た目だな。接客経験があるのはポイントが高い。ただ喋り方がおっとりしていてテキパキ仕事を熟してくれそうなイメージは湧かないかな。とりあえずキープで。
「コリンナ25歳。あたしは文字が書けるし10までの計算も出来るから役に立つよ」
二人目は快活な印象で何となく冒険者っぽい。文字が書けて計算も最低限なら十分戦力にはなるんだが、言葉遣いが乱暴で粗野な感じはマイナスポイントだな。商品を雑に扱いそうとか気に入らない客と言い争いしそうとか悪いイメージが湧いてしまう。とりあえずキープかな。
「ローズマリーです。年齢は18歳で5の月に生まれたので来月で19歳になります。文字は一通り書けますし、計算は三桁まで出来ます。よろしくお願いします」
三人目は真面目そうな印象の美少女だな。喋り方がハキハキしていて内容も明確。頭の回転が早そうだ。そして何よりも三桁の計算ってアピールポイントを伝えたのが高印象だ。
日本に住んで義務教育を受けた人間ならば三桁の計算なんてと鼻で笑うだろうが、実はこの世界を基準だと地味に優秀だったりする。そもそも平民は教育を受ける機会が殆んど無いから計算が出来る者自体が限られていて、屋台なんかだとお釣りの計算で指折り数えたりするってのがこの世界の教育水準だ。そんな中で三桁の計算は普通に高等教育を受けているレベルになる。
平民は百単位の買い物なんてしないし、この世界の通貨は鉄貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨と単位が上がる度に別の硬貨が採用されてるから二桁の足し算引き算が出来れば問題無い。クレント商会でも複雑な計算になると玉が一列十個の算盤を使って計算する店員が多かったからな。
彼女は確実に優秀な人材だろう。とは言えブラフの可能性もあるから一応試してみようか。