My Dream
田舎で
ごく普通の公立高校の山田高校に
通う高校2年生
牧田。
部活は硬式野球部。
とは言ってもめちゃくちゃ弱い高校なので
甲子園を目指すとか
そういうつもりは全く無い。
家から近いのと
一応これまで続けている野球が出来ることと
あとは坊主にしなくても良い野球部だったので
それならとここを選んだ。
学力も至って普通。
テスト前にちゃんと勉強はするので
テストでも平均点くらいはなんとなく
取れている。
顔も至って普通、、、
自分でも思う、
おれってめちゃくちゃ普通な人間だと。。。
将来の夢を聞かれると
少し困るのだが
サラリーマンか公務員かなと
本気で思っている。
「おい!普通くん!今日も元気か?」
元気に登校してくるこの男
二宮だ。
彼は小学校からの幼馴染。
高校までずっと同じ学校という腐れ縁。
そしてずっと一緒に野球をしてきた親友だ。
兄弟のようにいつも一緒にいる。
でも一つだけ違うのがその性格。
おれとは真逆の性格だ。
スポーツ万能で何をやらしても
華になる。
そして勉強もピカイチで
テストではいつも満点に近い点数を
叩き出している。
おまけに顔も良いから女の子にも
すごくモテる。
男が持ちたい全ての要素を
持ち合わせている完璧なまでの
学園ヒーローだ。
野球部でも
こんな弱い山田高校では
当然1年生からエースで4番。
めちゃくちゃ弱い山田高校の中で
唯一の逸材ということで
よくスカウトマン風の人達が
二宮を求めて練習試合に訪れる。
彼は中学の時もかなり有名な選手で
県内のたくさんの強豪校からオファーを受けた。
勉強も出来るので引くて数多だったのだが
なぜかめちゃくちゃ野球の弱い山田高校を選んだ。
「昔、スラムダンク見て流川に憧れてさ、、
近いからここにした!って
言ってみたかったんだよね!
弱い高校をおれの力で強くするってのも
めちゃくちゃカッコいいじゃん!
だからおれは強豪校を蹴って
山田高校を選んだ!」
と、言っている。
そんな感じで高校まで
親友の二宮とは
一緒に生活することになったわけだ、、
おれとは住む世界が違うスペック持ちなのに
飾ることなくおれみたいな普通の日本代表のような男といつも一緒にいる。
性格が良いのか無頓着なのかは
分からないが
それはおれとしても
気持ちの悪いことでは無い、、
まあそんな普通な高校生活を
いま、おれは送っているわけだ。
「おい、普通くん!きみの
愛しのサキちゃんが登場したぞ!」
山田高校野球部女子マネージャーの
サキだ。
才色兼備。
非の打ち所がない
高校2年生。
学園のアイドルだ。
「牧田くん、おはよう!
今日も部活頑張ろうね!」
「あっ、、おはよう、、
うん、、頑張ろう、、」
牧田はカタコトの外国人のような
言葉で返事をした。
「おい、普通くん!なにキョドッてんだよ!
せっかく愛しのサキちゃんから
挨拶してもらったんだから
もっと元気に迎え入れなよ!」
そういうと二宮はサキに元気に
話しかけた。
「サキちゃん!おはよう!
相変わらず今日も美人だねー!
またおれのスーパーストレートと
スーパーホームランの動画いっぱい
撮ってね!よろしく頼んだよ!」
サキは恥ずかしそうに返事をしていた。
二宮はどんな可愛い女の子とも
平気で喋れる男だ。
だからよりモテる。。。
その点おれは女の子の扱いを全然
分かっていない。
というか、気になる女の子とは
まともに喋ることも出来ない。
だからこれまでもまともに恋愛なども
したことがない。
「いいか、普通くん!
気になる子を落とすには
まずは会話だよ!
会話で相手を楽しませることに
全集中だ!
エンジョイスピーキングだよ!
分かる?」
そんな調子で二宮はアドバイスを
くれるが
おれにはそれは出来ない、、、
でもサキちゃんのことは
入学のときから
意識しており
気になっていることは
二宮もよく知っていた。
でも、二宮に話しかけられたときの
サキちゃんのいつもの表情を見ると
二宮のことが好きなんだろうなと
おれは思っている。
まあ、それはそうだよな。
カッコいいし野球上手いし
頭も良いしそれに女の子とも
楽しく話せる。
誰だってこんな男が近くにいたら
好きになっちゃうよな、、
そんな思いにふけっていた。
2年生の野球部の夏の大会は
エース二宮と
4番二宮の
まさに二刀流の活躍で
1回戦の私立超進学校を相手に
5対0で完勝した。
打っては1ホーマー
1二塁打
2四球
1盗塁
3打点
投げては
9イニング完封
被安打2
被四球1
12奪三振
投打共に大車輪の活躍を見せた二宮は
超弱小の山田高校の一回戦突破に
大きく貢献した。
スカウトマンらしき人達も
おそらく二宮のことをバックネット裏で
見ていたと思う。
そしておれのほうは
一応スタメンで試合に出ることが出来た。
8番ライトで出場。
ヒットは打てなかったが
2四球を掴み
盗塁も1つ成功した。
守備の面でもなんとか
エラー無しで切り抜けた。
少しは貢献出来た感じはした。
「牧田くん、お疲れ様!
今日の牧田くんカッコ良かったよ!
次の試合も頑張ってね!」
試合後のミーティングの後
サキちゃんは満面の笑みで
素敵な言葉をかけてくれた。
この子は本当に野球が好きなんだろうなと
つくづく感じた。
「サキ、お疲れー!!
ちゃんとおれの活躍を目に焼き付けたか?
サインなら今のうちにあげとくぞ?
あと数年もしたら
サインなんか書いてあげなくなるからな!」
「それは最低ー!!笑
有名になっても
ちゃんとサインは書かないとだめ!
でも今日の二宮くんは
ほんとにすごかった!
お疲れ様、また次も頑張ろうね!」
勝利以上に喜ぶサキちゃんの
顔は何か眩しくて
長く見続けることが
おれには出来なかった。
二回戦は
県内屈指の強豪
メーテル学院大学附属高校との
戦い。
これはさすがに部活としてのレベルが
違いすぎる。
普通にやればコールド負けは必至だ。
ただ、この試合
二宮はこれ以上ないくらいの
緊張感を持って挑んでいた。
試合前の控え室では
いつもの明るい二宮ではなく
誰も話しかけるなオーラがムンムンと
放たれていた。
「牧田くん、、
二宮くん大丈夫かな?
ずいぶんピリピリしてない?」
サキが心配そうに話しかけてきた。
「そうだね、チームとしての格は
全然違う相手だけど
やっぱり二宮は負けたくないんだろうな。
この試合はスカウトもたくさん見に来るだろうし
二宮にとっては人生を懸けて挑むくらいの
気持ちなんだと思う。」
牧田としても
いくら親友である二宮に対しても
こんなときに軽々しく話しかけることは
出来ない。
滅多にないが
ゾーンに入ったときの二宮は
性格面では人あたりの良い、いつもの二宮とは
随分かけ離れるのだが
野球の結果については
とんでもないアドレナリンで
実力以上の力を発揮するケースを
これまで何度も見てきた。
二宮1人の力で勝つのは難しいかもしれないが
もしかしたらと
期待させてくれる雰囲気だと
牧田は感じた。
「サキちゃん、おれも二宮の足を引っ張らないように出来る限り頑張るよ。サキちゃんも
一緒に戦おう。」
そんなおれも二宮につられて軽くゾーンに
入ったのか、いつも緊張するはずのサキちゃんとの会話がスムーズに出来ていた。
「うん、絶対私も最後まで諦めない。
牧田くんも頑張ってね!」
抜群の笑顔のサキちゃんの
励ましを受け、牧田も更にエンジンが入った。
ノーエラー
ノーエラー
三振しない
頭の中で呪文のように唱えながら
牧田はダッグアウトへと向かった。
快投を続ける二宮。
そして7回裏。
打席には二宮が入った。
「0対0。
同点。
ここでホームランを放ち
1対0で山田高校の勝利。」
二宮はまたも呟いた。
そしてその初球。
様子見で投げてきた甘く入ったスライダーを
二宮は狙っていた。
完璧に捉えきった打球は
レフトの上空でぐんぐん伸びていく。
風にも乗って高々と上がった打球は
そのまま無人のレフトスタンドに
突き刺さった。
快心のホームランが飛び出した。
二宮は一塁ベースを回ったところで
ホームランを確認すると
右拳を高々と上げた。
これが山田高校の二宮だ!
と言わんばかりの佇まいに
高校2年生ながら
スターのオーラを
球場全体に放った。
「ニノはヤバい、、、
覚醒してる、、
もう止められない、、」
牧田は親友の活躍に
鳥肌が立つ思いだった。
残すは8回と9回の
マウンド、、、
二宮は
この1点を守りきることが
出来るのか、、、
8回をまたも無安打で切り抜けた
二宮は
ついに最終回のマウンドに登った。
1対0。
山田高校のリード。
そしてマウンドの二宮は
強豪のメーテル学院を相手に
ノーヒットノーランも懸かった
ラストイニング。
その初球。
相手バッターはセフティーバントを試みた。
キャッチャーの前に打球が転がった。
キャッチャーの高橋が
捕って一塁送球。
なんでもない処理で1アウト、、
かに思われたが
高橋の投げたボールは一塁手の頭を越えた。
悪送球だ。
その間にバッターランナーは2塁へ。
キャッチャーのエラーでノーアウト2塁の
ピンチを迎えてしまった。
「ごめん、ニノ、、」
申し訳なさそうに高橋はマウンドの
二宮に謝った。
「OK、、大丈夫、、」
静かに二宮は答えた。
そして打席にはメーテル学院が誇る
プロ注目のスラッガー
三木谷を迎えた。
「おれはやる、絶対にやってみせる。」
力みなぎる二宮はマウンドで呟く。
その初球。
渾身のスライダーを投げ込んだ。
「ヤバい、、甘く入った、、」
感覚的に二宮はそう感じた。
三木谷はフルスイングで
スライダーを捉えた。
ライトの牧田は
高々と舞い上がった打球を
見上げるだけだった、、
空席のライトスタンドにボールは
突き刺さった、、、
逆転2ランホームラン、、、
メーテル学院はノーヒットノーランの危機を
打ち破り
二宮から逆転をした。
牧田は呆然とした、、
そして何よりも二宮のことを
心配した。
サキはスコアブックを書きながら
涙をこらえれず
泣いた。
そして、二宮は
その後の3人の打者を
全て三振に打ち取って
最終回を終えた。
そして最後の山田高校の攻撃、、、
一矢報いることは出来ず
3人で攻撃を終えた。
2対1。
山田高校は
強豪メーテル学院相手に
勝利目前まで迫ったが
負けた。
投げては
9回2失点
19奪三振
2四球
被安打1
打っては
3打数1安打
1本塁打
1打点
特にピッチングに至っては
この試合
二宮はとんでもない結果だった、、
誰も二宮に
声を掛けることは出来なかった、、
2年生の牧田と二宮は
その夏を終えた。
エラーをしてしまった
3年生の高橋は
号泣した。
「ニノ、、ごめん、本当にごめん!!
おれのせいで、、、
おれのせいで、、、」
全ての責任はおれだと言わんばかりに
高橋は人目も憚らず
控え室で泣いた。
「大丈夫、、大丈夫だよ、、」
二宮は小さな声で高橋に言葉をかけた。
サキにいたっては
もうずっと試合の途中から
ずっと泣いたままで
顔を上げることすらなかった。
二宮は本当にメーテル学院に勝ちたかったんだ。
勝って自分の力を
そして山田高校の力を
見せつけたかった。
それが叶わない辛さは
立場は違えど
牧田も充分に理解が出来た。
夏の大会を終えた山田高校野球部は
束の間の休暇に入った。
試合が終わってからも
牧田は二宮とちゃんと会話する機会は無かった。
そんな折にサキから電話が入った。
「二宮くん、大丈夫かな?
あの負けのショックで野球部辞めちゃうなんて
言わないかな?」
やはりサキもずっと心配していたようだった。
「おれもずっと心配ではあるんだけどね、、
でもまた戻ってくるんじゃないかな、、
今はまだ気持ちの切り替えが出来ないだろうけど。」
そんな会話をしながらも
牧田はサキのことが気になって仕方がなかった。
サキちゃんが気になっているのはニノであって
決しておれではない。
でもニノのことがきっかけで
おれはサキちゃんとこうしてちゃんと会話が出来ている。
なんだか良いのか悪いのか
分からないのだが
一つだけ言えることは
いま、サキちゃんと話しているのは
おれだけだということ。
ニノではなく
サキちゃんはおれと話している。
そう考えると
牧田としては嬉しいという気持ちが
正直なところだった。
ニノがいる以上、サキちゃんは
おれのことを好きになってくれることは
ないだろうな。
でもニノがいなければ
サキちゃんはおれのことなど
全く興味がなくなってしまうだろうな。
だからおれにとって
サキちゃんもニノも
いなくてはならない存在だな。
サキと会話をしながら
半分はそんなことを
考えている牧田だった。
休暇明けの
新チーム初練習の日。
そこに二宮の姿はあった。
ただ、みんなユニフォームに着替えているのに
二宮は制服のままだった。
監督から集合がかかった。
「今日はみんなに残念なお知らせがある。
ここにいる二宮のことだが
退学の申し出が本人からあった。
監督の私としても当然引き留めたんだが
本人の意思は固いようだった。
親御さんも
二宮の意向を汲んであげたようだ。
先日の夏の大会で
強豪のメーテル学院相手に
我々があれだけの戦いが出来たのは
間違いなく二宮の力が大きかった。
とても寂しいのはみんなも私も一緒だが
二宮が決めたことだ。
笑顔で送り出してあげよう。
じゃあ二宮からもみんなに一言。」
監督に促され
二宮はみんなの前に立った。
「みんな、突然のことで本当にごめん。
おれはこの山田高校の野球部を強くしたくて
進学先にここを選んだ。
そしてこの間、強豪のメーテル学院と
試合をして、おれの目標が現実になろうと
していた。
でも実際には負けてしまった。
あと一歩のところで。
もう一回、この新チームで
おれの目標を果たす為に
頑張ろうかという気持ちもあった。
ただ、それ以上に
おれはメーテル学院に負けたことで
今の実力では足りない。
もっと上手くならないと
また来年もメーテル学院に負けてしまう。
そう感じたんだ。
だから、おれは自分の実力を高める為に
アメリカに野球留学することを決めた。
アメリカでもう一度イチから野球を学んで
最高の選手になろうと思っている。
自分の夢の為に
みんなを裏切る形になって本当に
申し訳ないと思っている。
でもいつかこの裏切りを
みんなに納得してもらえるような
姿になって
許してもらえるように
アメリカで頑張りたいと思ってる。
こんな形のお別れになって
本当に申し訳ない。
みんな、これまでありがとう。
みんなの頑張りを遠くから
応援してる。
本当にこれまでありがとう。」
申し訳なさと今後の並々ならぬ
二宮の覚悟が
溢れ出すような二宮の言葉に
涙を流す選手もいた。
サキも突然の報告に
動揺し、涙を隠せなかった。
牧田としては
親友の決意に震え立つ感情を覚えていた。
寂しい気持ちはあるが
何か
いつも側にいてくれた二宮が
遠いところに行ってしまうと共に
これまでとは
ひとまわりもふたまわりも成長した
二宮を見ると嬉しい気持ちも芽生えていた。
監督の望む通りに
残された山田高校のメンバーは
温かく笑顔で二宮を送り出していった。
「二宮くん、本当に行っちゃったんだね。」
牧田の横に座る
サキは噛み締めるようにそう言った。
二宮がアメリカに渡ってから1ヶ月が
経とうとしていた。
「あいつは最後、おれになんて言ったと思う?」
牧田は照れながらサキに言った。
「なんだろう?野球部は任せた!とか?」
「いや、違う、、これからもきみは
普通に頑張ってね!それがきみの
良さだから!
だって、、ほんとあいつらしいよ、、」
サキは笑った。
「それで、、サキちゃんにはなんて?」
牧田は聞いた。
「う〜ん、これまでありがとう。
おれが頑張れたのはサキちゃんのおかげだよ。
って、、、
ずるいよね、、そんなの、、」
話すサキはなんとも言えない切ない表情に見えた。
「サキちゃんは、、想いを伝えたの?ニノに、、」
牧田は聞いてみた。
「えっ??どういうこと??」
「どういうことって、、ずっと近くで2人を
見てたから分かるよ、、
好きなんでしょ?
ニノのこと、、」
びっくりしたような恥ずかしそうな表情のサキ。
「実は、、、そう、、その時に
もう最後かもしれないと思って、、
二宮くんに伝えた、、
ずっと好きでした。
これからも好きかもしれないけど
いいですか?って、、」
思い切って告白したことを教えてくれた。
「ニノは、、、なんて?」
急に牧田は鼓動が高まり、少し震える思いで
サキに問いかけた。
「ありがとう、、嬉しいよ。って、、、」
しばしの間、沈黙が流れる。
「でも、おれはアメリカにいながら日本にいる
サキちゃんに幸せを届けることは出来ない。
おれにとっても高校生活はかけがえのない
時間だし、サキちゃんだってそれは同じ。
だから、サキちゃんにはここ日本で
幸せになってもらいたい。
それは必ず近くに転がってる、、
目の前をよく見てほしい、、
サキちゃんにとっての幸せは
目の前に転がってるよ、、
おれはサキちゃんをアメリカから
これからも応援してる。
だから、サキちゃんも日本から
おれのことを応援してほしい。
そして、残された野球部のことも
よろしく頼む。。
そう言って、お別れしたの、、」
サキは全てを話してくれた。
「目の前に転がってるって、、
どういうことなんだろうね?
単に私を傷付けない為の
言葉だったのかな?
諦めてほしかっただけかな?」
サキの目には涙が浮かんでいた。
「ニノは、その場しのぎの嘘をつくような
男じゃないよ。
その言葉は、ニノからサキちゃんに
送る本心の言葉のはずだよ。
ニノはサキちゃんに幸せになって
もらいたいんだと思う。
ニノはそういうヤツだよ。
でも最後まであいつは
カッコいいよな、、
あいつらしい優しい返事だな、、」
牧田は一旦サキへの想いは忘れ
二宮の気持ちに感情移入するように
サキに伝えた。
「優しいんだね、二宮くんは、、
結果的にはフラれちゃったから
辛いんだけど
でも今の牧田くんの言葉を聞いたら
私も少し救われたかな、、
二宮くんを好きになったのも
無駄じゃなかったと思うし
この気持ちってたぶん一生の思い出に
なると思うから
なんか前を見て頑張っていけそうな気がしてきた、、」
サキの表情は涙目から少し笑顔に変わった。
牧田は二宮のことも1人の男として好きだし
サキのことも好きだ。
二宮がアメリカへ行き
サキとの関係もこれまでよりは期待して良いのかなと思う反面
二宮との男としての差を
大きく見せつけられたような気持ちもあり
なんとも複雑な思いで
サキと話している自分に気付いていた。
それからも普段通りに
牧田の高校生活は進んでいった。
普通に授業をこなし
野球部も活動も
これまで通り
弱小高校のよくある日常が
続いていった。
牧田は勉強もそれなりに頑張り
野球部のほうもそれなりに
練習に励んだ。
ただ、生活自体は
普通に進んでいくのだが
牧田は一つだけ心に大きな問題を抱えていた。
それはサキへの想いだった。
二宮がアメリカへ渡ってから
その気持ちがぐんぐんと膨れ上がってしまっていた。
牧田はこの気持ちをどう対処していけば
良いのか分からず
満を持して
サキの親友であるクラスメイトのコゾノに相談をすることにした。
「あー、そうなんだー、牧田って普通な感じだしあんまり女子に興味なさそうな雰囲気あるけどサキのこと好きなんだー」
コゾノは嬉しそうな反応を見せた。
この至って普通の牧田をどう調理して
あげようかというような一種の楽しみを
味わっているような顔だった。
「サキはねー、ああ見えて結構押しに
弱いとこがあるんだよね、、
二宮くんのことはゾッコンだったと
思うけど、もう諦めないといけないって
本人も思ってると思うよ、、
だから牧田、、チャンスよ!
押して押して押し倒しちゃいなよ!」
悪戯な笑顔でコゾノは言った。
「いやー、おれにはそんな押して押して
みたいなこと出来ないなー、、自信無いし、、」
牧田は苦笑いで答えた。
「男は迷っちゃダメでしょ!
攻めるのみよ!
当たって砕けちゃえ!」
「砕けるの嫌だな、、」
「リスクの無い恋愛に面白みが
あるわけないじゃん!
牧田、たまにはリスクを取りなさいよ!
これまでほぼリスク無しで生きてるでしょ?」
「いや、確かにそれはそうだけど、、
でもなー、、」
何ともはっきりとしない
牧田と
はっきり意見するコゾノの
会議は
何の結論も出ぬままに終わってしまった、、、
休憩の終わりを告げるチャイムが
高々と校舎を響かせた。
「牧田くんは好きな子っている?」
野球部の練習が終わってたまたま
一緒に帰ることになったサキと牧田。
「んっ?好きな人?うーん、どうかなー、、
いると言えばいるのかなー?」
牧田はとぼけた返事をした。
「牧田くんも好きな子くらいいるよねー、、
どんな子なの?」
サキは嬉しそうな笑顔で牧田に問いかけた。
「えっ??
んーとっ、、
優しくて
笑顔が素敵で
真っ直ぐな子、、、かな?」
照れくさそうに牧田は答えた。
「えー、、、
めっちゃ良い子じゃん、、
誰だろう??
山田高校の子なの?」
「うん、、、まあ、、そうかな、、」
「そうなんだー、、
気持ちは伝えたりしないの?」
牧田はビクッとした。
「いや、そうだなー、、
伝えたいという気持ちもあるけど、、
なんか自信なくて、、」
「えー、、そうなの?
そんなの気持ち伝えないと分かんないじゃんか、、
その子も
もしかしたら牧田くんのこと
好きかもしれないんだよ?」
真剣な表情でサキは言った。
「えっ??
まあ、、、
確かにその可能性はゼロではないかも
しれないけど、、
でもそうではない可能性とあるわけで、、」
「えー、、、そうかなー、、、
私は
牧田くんみたいに
真っ直ぐで真面目な人って
相手の人も絶対好感持ってると
思うけどなー、、
告白すると案外あっさりOKして
くれるかもよー、、」
意地悪そうな口調でサキは答えた。
「・・・・」
「えっ?なんで無言?」
はにかみながらサキは言った。
「告白すると案外あっさりって、、、
サキちゃんは
本当にそうなの?」
牧田はボソッと言った。
「えっ??」
どういう意味?という表情でサキは答えた。
「サキちゃんは
そんな思いを
もし
自分にぶつけられた時に
あっさりとOKすることもあるの?」
次は牧田はサキの顔をじっと見つめて言った。
「そ、、、そうだな、、
状況によっては
そういうふうな返事をすることも
あるんじゃないかな、、」
タジタジといった様子でサキは答えた。
「それならば、、
おれは伝えるよ、、
サキちゃん、、
おれは
あなたのことが
ずっと好きです、、、
おれと
付き合ってくれませんか?」
熱湯に熱湯をかけるくらいの
勢いで
放たれた牧田のセリフ、、
自分でも
言ってしまった言葉の
勇気と後悔が入り混じったものに
驚きすら覚えてしまっていた。
長い沈黙が続いた。
サキはずっと牧田の顔を見つめている。
牧田は今にも沸騰しそうな真っ赤な顔を
少しでも隠したいという気持ちで
チラチラとサキを見つめたり下を向いたりしていた。
沈黙を破ったのはサキだった。
「それは、、
本気、、
かな?
、、、」
真剣な表情でサキは言った。
「うん、、もちろん、、
おれは本気、、、」
「サキちゃんは
ニノが好きだし
おれなんかニノとは男としての
レベルが全然違うのは分かってる、、
おれは特段なにか才能を持ってるわけじゃないし
女の子の扱いだって
たぶん苦手だし、、
でも
サキちゃんがニノを好きなように
おれもサキちゃんのことが
すごく気になるし
心配だし
なんか日が経つにつれて
どんどん好きになっていってるんだ、、
だから
この気持ちをいつか伝えないと
いけないって思ってた、、
じゃないとおれは
これからも何にも踏み出せない人間に
なってしまうんじゃないかって、、、」
サキは牧田の言葉に
唇を噛み締めながら、小さくうんうんと
頷くような仕草を見せた。
「だからサキちゃん、
もしこんなおれで良かったら
付き合ってほしい、、
少しでもサキちゃんの幸せを
おれが作ってあげたいなって
そう思ってる、、」
なぜだろうか、、
とんでもなく緊張しているはずなのに
言いたい言葉が
牧田の脳裏にどんどん降ってきて
それをサキにストレートに伝えることが
出来ている、、
ゾーンに入っている、、、
雨がポツポツと降ってきた。
サキは牧田のほうを向いた。
「もし、、
私なんかでよければ
牧田くんの支えになりたい、、
私も、、
牧田くんに幸せを作ってあげたい、、」
サキは言った。
思いもよらぬサキの言葉に
牧田はこの上ない喜びを感じていた。
「サキちゃん、、
ほんとに?、、、
ほんとにおれなんかでいいの?
おれ、ニノみたいにイケてる感じじゃ
ないよ?、、」
サキは笑った。
「二宮くんのことはもう大丈夫、、
こう見えて私、けっこう切り替えは
早いほうなので、、笑
それに牧田くんも
私からしたら
充分カッコいいよ。。」
「ありがとう、、
サキちゃんからそんな返事を
もらえるとは思ってなかったから、、
本当に嬉しいよ。」
「これからよろしくお願いします。
高校生活も野球部も
頑張ろうね!」
サキはいつもの満面の笑顔で
右手を差し出した。
牧田も恥ずかしそうにサキの右手に
手を添えた。
夢のような時間は
牧田にとってあっという間に過ぎてしまったが
家に帰ってからも
これは現実なのか?
夢ではないのか?
少し信じられない部分もありながら
この喜びを噛み締めていた。
すぐに二宮に報告をしたかったが
よく考えると二宮の連絡先を知らなかった。
1人でこの喜びを味わうしか方法はなかった。
サキとの交際は
その後も順調に続いた。
野球部内でもその関係に皆なんとなく
気付いて
少し経つとそれがみんなが知る状況になった。
特にそれで野球がやりにくなったということも
なく牧田としては学校生活も野球部での活動も
これまで以上に高いモチベーションで
取り組めるようになっていった。
そんな生活も続きながら
牧田とサキは3年生に上がった。
3年になると今後の進路についてもお互いに
当然話し合うようになっていった。
牧田は地元の大学への進学を考えていた。
サキについては進学をせず
あることを目標に掲げている様子だった。
「サキちゃん、本当に進学はしないの?」
部活帰りにマクドナルドに立ち寄った
牧田とサキはそんな会話をしていた。
「うん、進学は考えていない、、
前にも少し話したと思うけど
私、役者を目指したいと思い始めたの、、」
サキは真剣な表情で牧田に伝えた。
「それは、、、
本気で、、?」
半信半疑な表情で牧田は言った。
「うん、、、
私、、好きな役者さんがいて、、
その役者さんみたいになりたいって
真剣に思い始めてて、、
もちろん私なんかには
無理だろうなって
思うから、その気持ちはずっと
隠していたんだけど
なんか、自分で無理だと思ったことを
そのまま諦めるのが良いのか
それとも無理と分かってても
その答えを自分で確かめるのか、
どっちが良いのかなって
考えたときに、、
後悔したくないから、、
自分で確かめたいって思ったの、、
それに、、、
牧田くんなら
そんな私の思いを
分かってくれるのかなって、、、
思ってしまって、、、」
サキは振り絞るような声で牧田に伝えた。
「そうか、、、
サキちゃんは本気で
役者さんになりたいと思ってたんだ、、
そこまでの気持ちは知らなかった、、」
牧田は答えた。
「でも、、
本気でサキちゃんが
それを目指してるんなら
おれは絶対に応援する、、
ニノのアメリカへの挑戦も
おれは凄いと思った、、
そんな強い思いで挑戦する
ニノを尊敬した、、、
だから、
おれの好きなサキちゃんが
同じように
強い思いで挑戦するんなら
おれはサキちゃんを尊敬するし
応援したい、、
だからおれは進学して
大学でもう一度学生をやろうと
思うけど
サキちゃんの役者への道は
サポートしていきたい、、」
サキは嬉しそうに笑って
牧田を見つめた。
「ありがとう、、
牧田くんなら絶対に
応援してくれると思った、、
中途半端な気持ちじゃない、、
絶対頑張ろうと思うし
立派な役者になって
牧田くんに認めてもらえるように
努力する、、」
サキの真っ直ぐな思いは
牧田の心の中に強く響くものがあった。
サキも準備が早いので
野球部の活動とも両立させながら
役者を目指し小さな会社ではあるようだが
俳優養成所のようなところにも
通い始めた。
一方の牧田も大学に行く資金はなるべく
親に負担を掛けたくないという気持ちで
新聞配達を始めた。
少しでもお金を貯めて大学資金のプラスに
したいと考えた。
そんな生活を続けていった矢先
街に出た牧田はサキが歩く姿を見つけた。
声を掛けようと思ったが
その瞬間、足が止まった。
隣に若い男がいて
サキとその男は楽しそうに歩いていた。
サキと目が合ってしまうと
どうしていいか分からなくなるので
牧田は目を逸らしてその場を通り過ぎた。
《誰だったんだろう?サキちゃんが男の人と
2人で歩いていた、、》
次の日に牧田はサキに確認した。
「昨日、、おれサキちゃんが男の人と
2人で歩いているのを見かけたんだけど
あれは、、どういう人??」
サキは一瞬焦った表情を作ったが
少し間を置いて返答した。
「えっ、、牧田くん私を見かけたの?
なんで声を掛けてくれなかったの?」
サキは不思議そうに牧田に聞いた。
「いや、だって、、なんか楽しそうに
歩いてたから、、邪魔かなって、、」
牧田はとぼけた様子で答えた。
「邪魔ってなに?なんで街で見かけて
話しかけられるのが邪魔なの?」
サキはいつになく
感情的な口調で牧田に言った。
「いや、だって、なんか、、、」
牧田は言葉にならないような言葉で答えた。
「なんかなに??何か私のことを
疑ったりしてる?」
更にサキは牧田に畳み掛けた。
「いや、そういうわけじゃない、、
ただ、そのときは邪魔かなって
思っちゃったんだ、、ごめん、、」
牧田はサキの圧に圧倒され
折れるしかなかった。
「ごめんって、、謝らないでよ、、
なんで牧田くんが私に謝るの?」
サキはあきれたような口調になった。
「ごめん、、もういいや、このことは忘れて、、おれも大丈夫だから、、」
そう言って牧田はサキの元を離れていった。
校庭では部活に向かう生徒らで
世話しない日常が始まっていた。
牧田はそれからサキと会話するのが
少しぎこちなくなっていった。
何かあまり深いところまで
入り込めず、少しよそよそしい
対応になってしまっていた。
サキに至っては
野球部の活動と養成所での
行き来で、多忙ながらも充実した
生活を送っているようだった。
そんな矢先に
野球部のオフも重なって
2人に時間が出来たので
久々のデートをすることになった。
サキが観たい映画があるということだったので
その映画を観ることにした。
デートが終わると
2人はマクドナルドで軽い食事を
摂ることにした。
「牧田くんはあの映画どうだった?」
サキが映画の感想を聞いてきた。
「そうだな、、おれとしては
充分びっくりさせられた内容だったんだけど
更にラストであんなどんでん返しが
あるなんて思わなかった、、
物語って、本当に面白いよね、、」
ミステリー映画だったのたが
牧田ものめり込むようなストーリーであり
満足出来た内容だったので
牧田も少し興奮げに答えた。
「私もそれは思った、、
最後のどんでん返しは凄かったね、、
しかもあの女優さん、私めっちゃ好きな
人なの、、
あの人の演技がまたあのストーリーを
引き立たせてるんじゃないかなって
感じた、、」
サキは本当に感動したようで
輝いた目を牧田に注いでいた。
「私もあんな女優さんに
いつかなりたいな、、、」
サキは本当に叶えたい夢があるようだった。
「牧田くんはなんか、絶対に
いつか叶えたい夢とかあるの?」
牧田は少し躊躇しつつ答えた。
「そうだな、、叶えたい夢か、、、
おれは公務員かサラリーマンに
なろうと思ってるから
大した夢は特に無いんだけど
まあ強いて言えば
結婚して子供もいて
なんか普通の休日を家族で過ごしたり
出来る
そんな生活を送ってみたいな、、」
「そっか、、ほんとに牧田くんらしい夢だね!
でもそれすごく良いと思う、、
私もいつか結婚したいから
そういう生活もすごく素敵だと思う。」
サキも嬉しそうに言った。
「サキちゃんは将来、役者を目指してて
どんなふうになっていきたいの?」
「私は、英語も学んでいつか
アメリカで、ハリウッドで役者として
成功したいと思ってる、、
二宮くんも、自分の才能を信じて
アメリカに渡ったでしょ?
ああいう姿を間近で見て
私もあんな強い気持ちを持って
目標に向かって頑張りたいと
思った、、
だから私も、大好きな仕事で
世界で活躍したいと思ってる、、」
眩しい視線を牧田に注ぎながら
サキは大きな夢を語ってくれた。
牧田はサキの存在が
以前よりも大きく見えてきた。
高校3年の夏の大会が始まった。
牧田にとっては高校生活最後の戦いだった。
二宮が抜けてからの
昨年夏以降の山田高校野球部はというと
メーテル学院戦が嘘かのように
またも超弱小校へと成り下がった。
秋の大会もコールド負け。
春の大会についてもコールドで
早々と姿を消した。
牧田自身も勉強とアルバイト、そして野球部という三足の草鞋であったので
なかなか野球に集中して取り組めるといった
環境でもなかった。
しかしながらなんとかレギュラーは座は
守り抜き、センターで3番打者という
ポジションは確保していた。
一方でサキについても
野球部マネージャーとして
そして俳優養成所でのレッスンも
両立し、
共にしっかりと目の前の目標に向けて
日々頑張ってきた。
2人が引退を懸けて挑む最後の大会。
初戦の相手はなんと
メーテル学院だった。
今大会は推しも押されぬ
優勝候補。
春の選抜甲子園にも出場し
万全の状態でこの大会に乗り込んできていた。
「牧田くん、この大会で私たち、最後だね。
悔いの無いように全力で頑張ってね!
私も絶対に最後まで頑張るから!」
サキはこの1年間、役者修行に多くの時間を注いだとはいえ、決して野球部のマネージャー業も腰掛けのスタンスでしたかわけではなかった。
夜遅くまで残って野球部関連の雑務も行っていたし、試験勉強なども徹夜同然でやっている姿も牧田は知っていた。
「サキちゃん、ニノが抜けてからのこの1年間。
野球部も大変ではあったけど
ここまでみんなが野球を続けてこれたのは
サキちゃんのおかげだよ。本当にありがとう。
メーテル学院はめちゃくちゃ強いけど
でも最後まで絶対に諦めないし
絶対に勝つという気持ちで挑むよ。一緒に頑張ろう。」
牧田はこれまでのサキの頑張りに応えたいという一心でメーテル学院戦に挑む。
試合が始まった。
序盤からメーテル学院の
全国レベルの打線に圧倒された。
打者一巡の猛攻から始まり
ホームランや長打も入り乱れた。
3回を終わって19対0。
更には山田高校は9者連続三振で
手も足も出ない状態だった。
4回から急遽、牧田もマウンドに登った。
そこでもホームランを含む強打を浴びせられた。
5回表を終わって27対0。
そして山田高校最後の攻撃。
連続三振でツーアウトを取られ
最後のバッター。
ここまで山田打線は14者連続三振。
最後のバッターも追い込まれた後
振り抜いたスイングは空を切る。
三振。
なんと15者連続三振という結果で
山田高校の夏は終わった。
27対0。
全打者全員三振の
コールド負け。
山田高校にもはや去年の面影は無かった。
サキはスコアブックを書く手の
震えが止まらなかった。
涙も出て来ず、呆気に取られてしまっていた。
山田高校のナインも誰1人泣く者はいなく
ただただ茫然とグラウンドに立ちすくんだ。
圧倒された山田高校。
牧田とサキの夏が終わった。
整列し、山田高校ナインは
メーテル学院と向き合った。
茫然とする山田高校の選手達に対して
メーテル学院の一部の選手の話し声が聞こえた。
「あー、どうしちゃったのかね、山田は、、二宮いないと話にならないんだな、、ウォーミングアップにもならなかったなー、、」
笑い声も聞こえてきた。
牧田もその言葉は聞き逃さなかった。
しかしながら、何を言われても
言い返す気力がある選手は山田高校には
いなかった。
学校へ戻り
3年生の引退式的な儀式もグラウンドで
済ませた。
帰り道、牧田はサキと一緒だった。
いつものマクドナルドへ立ち寄った。
「ついに、野球部の活動が終わっちゃったね、、」
寂しそうな表情でサキは呟いた。
「うん、、終わっちゃったね、、」
牧田は答えた。
「こんなに点を取られるなんて思わなかった、
こんなに三振を取られることも、、
なんだろうね、、
二宮くんがいないと
やっぱり駄目だったのかな、、
私達って
どんなに頑張っても
駄目だったのかな、、、」
これまで堪えていた感情が
限界を迎え、
大粒の涙がサキを襲った。
牧田は何も掛ける言葉が見つからなかった。
今は
ごめんねと言うのさえ
自分が情けないし恥ずかしかった。
周りの客も何事かと言わんばかりに
ジロジロとこの高校生カップルに目をやったが
真面目そうな2人だったのが幸いし
特にそれ以上の騒ぎにはならなかった。
数分の沈黙の後に
牧田は口を開いた。
「サキちゃん、おれは悔しかった、、
負けた後にメーテル学院は言った。
ニノがいないと何も出来ないんだなって、、
去年の戦いも
あれは山田高校と良い勝負をしたんじゃない、
彼らにとってはニノと良い勝負をしただけなんだ、、
彼らにとって
山田高校というのは
練習以下のチームってことなんだ、、」
野球に対してあまり熱くなったり
感情的になったりしないタイプの
牧田が強い口調を口にしたことで
サキは俯いていた顔を牧田に向けた。
「おれは、、
このまま終わらない、、
このまま終わっちゃいけない、、
メーテル学院の彼らに
負けたままでは終われないよ、、、」
涙は出てこない。
ただただ牧田は強い気持ちがみなぎっていた。
一点を見つめて話すその表情は
殺気さえ感じるものだった。
「牧田くん、、だいじょうぶ、、??」
心配そうにサキは言った。
「大丈夫、、、
ただ、野球への気持ちが
今日の負けで大きく変わってしまった、、
サキちゃん、、
おれは勉強して大学に行って
普通に働いて、、、
そんな夢があったけど
ちょっと今日で気持ちが変わったよ、、
おれは、、、
大学で野球を続けてプロ野球選手を
目指そうと思う、、、」
牧田から衝撃の一言が飛び出した。
「えっ、、、牧田くん、、
本気なの?、、、
牧田くんが、、
プロ野球選手に、、、?」
サキはさっきまでの涙も急に止まり
全ての集中が牧田の放った言葉に向かった。
「うん、、、
ニノはアメリカで野球の成功を夢見て
いま、駆け回っている。
そして、サキちゃんも
アメリカでの役者での成功を夢見て
一生懸命に努力をしている、、
おれ、、正直2人が羨ましかったんだ、、
叶わないかもしれない大きな夢を
追いかける2人の姿が
めちゃくちゃ眩しかった、、
でもおれには無理かなって
勝手に線を引いていた、、
でもおれは決めた、、
おれも無理かもしれない夢に向かって
頑張ってみたい、、、
今日のこの悔しさを晴らすには
野球しか方法はない、、、
だから、
サキちゃん、、
応援してほしい、、
いいかな、、?」
牧田はサキに問いかけた。
「うん、あたりまえじゃん!!
私、牧田くんを応援する、、、」
満面の笑顔でサキは答えてくれた。
そこから牧田の目の色は変わった。
引退して数日の休暇を終えた
新チームの練習に牧田の姿があった。
「大塚先生、僕は大学で野球を続けたいと思っています。だからもしよければ、卒業まで下級生と一緒に僕も練習させて下さい。グランド整備、審判、練習の手伝いは何でもします。邪魔にならないようにしますのでお願いします。」
監督の教員、大塚は驚いた表情を見せた。
「牧田、、大学で野球をやりたいのか?
それはおれも知らなかった、、
やりたいなら頑張ってみろ、、
おれは応援するよ。
大学野球は厳しい世界だと思うが
その挑戦する気持ちはおれは好きだな。
雑用はたくさんお願いするぞ、
ぜひ下級生の力にもなってくれ。」
監督の大塚は快く承諾してくれた。
良い先生で良かったと
牧田はつくづくと思った。
そこからは夏休みの練習
そして練習試合での塁審
バッティング練習でのピッチャーなど
あらゆる
雑用もこなしながら
牧田は一生懸命に後輩達と共に
汗を流した。
野球に対しての知識が多くない牧田だが
自分なりに自主練習のメニューを組み立て
毎日の素振りや
シャドーピッチング
腕立て伏せ
腹筋
ストレッチなど
とにかく基礎的な練習を欠かさず
取り入れていった。
アルバイトと勉強ももちろん
疎かにならないよう
そこの時間もしっかり確保しながら。
そして何よりも
大切な恋人である
サキとの関係も順調に続いていった。
そんな折に
ある事件が起きた。
そのことはクラスメイトの女子コゾノから
聞いた。
「牧田、、サキと最近順調?
別れたりしてないよね?」
唐突にコゾノは聞いてきた。
「うん、、まあ、それなりに、、
なんで?」
「実はさ、、私、サキが男と映画館に入っていくのを目撃しちゃってさ、、どう見てもその男、牧田じゃなかったから
どうしたんだろうと思って、、
なんか聞いてる?」
《あの男だ、、前に街を歩いていた時に
牧田も目撃したあの男に間違いない》
牧田はビクッとした反応がコゾノにバレていないか不安だったがコゾノは気付いていないようだった。
「いやー、、何も聞いてないねー、、
なんだろうね、親戚とか、、?かなー」
牧田は笑ってみせたが
明らかに引き攣った顔をしているのが
自分でも分かった。
「サキはモテるからさー、気をつけなよー!
取られちゃダメだからね!ちゃんも見張ってなさい!」
そう言うとコゾノは牧田から離れていった。
牧田は不安が押し寄せていた。
《まだあの男と会ってるのか、、どういう関係なんだ?サキは何か隠しているのか?》
考えれば考えるほど
正解が遠のいていくような感じがした。
牧田はその日の練習や帰ってからの勉強は
いつもより随分集中力を欠いていた。
会うといつも通りの対応だった。
牧田に隠れて男と会い
浮気をしているとしたら
それにしてはあまりにも堂々とした
サキの態度に牧田はますます動揺を覚えた。
ただ、牧田としてはもしそうであったとしても
今はとにかく野球の練習に打ち込み
野球の技術を高めていかないといけない
状況だった。
一旦、サキのその行動については忘れて
野球に集中することにした。
通常であれば大学のセレクションに参加して
合格となれば
大学の推薦試験を受けて入学するというのが
大学野球部に入る1番のスタンダードなパターンだ。
しかしながら牧田の場合はセレクションを
受けるコネもなく
更には今の実力で受けたところで
まず合格することはないだろう。
牧田は野球推薦は諦め
一般入試で大学に合格し
一般入試でも野球をやらせてもらえる
大学に絞って入学を目指すことにした。
そこで白羽の矢を立てたのが
江戸大学だった。
江戸大学は学力としてはまずまずの大学であり
野球部も一般入試の学生の入部を認めていた。
その分100人を超える大所帯の野球部だったが
プロ野球選手も多く輩出しており
甲子園経験者や名門高校野球部出身者も
多いとのことだったので
牧田にとっては、上手い選手と一緒に
やることもでき、プロを目指すには申し分ない環境であると考えた。
勉強のほうは牧田のレベルならば合格圏内であり、そのあたりの心配は無いが
野球については入部してから上手くなろうでは遅いことは明白だった。
とにかく入部の時にはある程度の
レベルに達しておく必要があると考えていた。
サキを問い詰めたい気持ちも
もちろんあったのだが
今はぐっと堪え
まずは自分の目標に向けて集中することに
決めた。
牧田は後輩達の練習では
常に全力で練習をこなした。
正直、後輩のレベルも県予選一回戦負け
レベルではあったので
あくまで野球は二の次といった選手が
大半を占めるが
その中で既に引退した牧田が
群を抜いて1番高い意識で練習に取り組んでいた。
自分も二宮のようになって
プロから声が掛かるくらいの選手になる。
大学野球の4年間でそこのレベルに
到達してみせる。
そんな強い気持ちは当然練習態度にも
表れていた。
高校では外野手として試合に出場していたが
プロ野球選手になるにはどこのポジションが
1番なりやすいか調べた結果
圧倒的にピッチャーがなりやすいということに
気付いた。
そこで、牧田は大学ではピッチャーで
勝負することを決めた。
ロードワークもこなしながら
バッティングピッチャーに特に時間を使った。
いかに回転の良いボールを
外角低めに投げ込むか。
そこを意識して徹底的に投げ込んだ。
このピッチャーとしての考え方は
プロ野球界の名将
野村克也氏の著書「野村ノート」から学んだ。
牧田はこの書籍を買い、とにかく隅から隅まで読み漁った。
牧田にとっての野球理論の軸は野村克也氏と
なっていった。
「いつも読んでるこの本って
どんなことが書かれてるの?」
いつものマクドナルド。
正面に座るサキが尋ねてきた。
「これはね、野球のバイブルなんだ。
野球において、いかに考えてプレーを
することが大切か、、
そんなことが書かれてる。
サキちゃんも一度読んでみるといいよ。
とても勉強になる、、
野球って技術で勝負するスポーツである反面
技術だけでなく頭脳も活用して勝負することで
より勝利に近づける。
これは野球が上手い下手に関係なく
全ての野球人が実践することで個のレベルを
押し上げていくことが出来るやり方だと思う。」
熱弁する牧田にサキは若干圧倒された。
「う、、うん、、わ、わたしも読んでみるね、、牧田くんがそんなにハマる本だから
すごい本だと思うし、、」
牧田はその場で本をサキに貸した。
近くの席では同じ学校の女子生徒が
数人でスマホを見せ合って
笑い合う光景があった。
数日後にサキから「野村ノート」が
戻ってきた。
「牧田くん、私、この本
すごいと思った。」
満面の笑みを浮かべるサキの姿があった。
「なんか、私、3年間野球部で
なんとなくマネージャーをしてたけど
この本に書いてあるようなこと
全然知らなかった、、
何も考えずにマネージャーやってたんだなって
心から反省した。。。
野球ってすごく奥が深くて
考えてやるスポーツなんだね、、
すごく勉強になったし
野球だけじゃなくて
私が目指す役者の世界にも通ずるものが
あると思ったよ、、
こんな素敵な本を紹介してくれて
ありがとう、、、
私、これまで以上にモチベーションが上がった気がする。」
想像以上に喜んでくれたのが牧田は嬉しかった。
「ほ、、ほんとに、、そんなに感激してくれた?良かった、、
サキちゃんに読んでもらえて良かったよ、、」
「ピッチャー、、頑張ってね、、
牧田くんならやれると思う。
お互い絶対に上の世界で活躍出来るような
選手と役者になろうね、、」
サキの目は一層に輝いて見えた。
表面上は上手く繕ってきてはいるが
根本の部分では牧田はサキへの疑いが
晴れなかった。
一旦はそのことは考えずに
日々を過ごそうとしてきたが
時が経つにつれて
気にしないどころか
どんどん不安が上積みされていった。
野球や勉強にも支障をきたしてしまっている
状況でもあったので
満を持して牧田はサキの行動を確かめることにした。
サキが通う俳優養成所へ向かい
帰り際のサキを待ち伏せることにした。
サキは17時から20時までレッスンを
しているというのを聞いていたので
20時前に養成所に到着した牧田は
付近の影に隠れて
サキの姿を待った。
数分後、、、
サキが姿を現した。
そして、、
隣には
またあの男がいた。
牧田はそれを見た途端
一目散にサキの元へ向かった。
冷静に考える余地もなく
ただ気が付いたらサキの前に立ち塞がっていた。
「あ、、、何してるの??サキちゃん、、」
いざ言葉を発すると緊張のあまり
その場にはそぐわないセリフを発してしまった。
サキはびっくりした様子で牧田を見た。
「え、、、牧田くん、、逆に
牧田くんが何してるの??
私はレッスンが今終わったとこで、、」
あっ、と牧田は我に戻った。
サキはレッスンの帰りなので
何しているも何もない。
むしろ牧田自身が何してるの?
と言われるのは全くもって
間違っていないことだ。
ただ、サキも驚くような
凄い形相で迫ってしまった牧田に
後戻りという選択肢は残っていなかった。
「いや、、、おれはサキちゃんを
迎えに、、、
悪い??」
「いや、、全然悪くないんだけど、、
突然だったから、、
あらかじめ言っておいてくれたら、、」
「くれたら、なに??
その隣の人と一緒に出てこなかったってこと?」
牧田は強い口調でサキに迫った。
「えっ、、牧田くん、なに言ってるの?
この人は、、」
そう言いかけたサキを制するように
サキの腕を掴み
牧田は隣の男との距離を強制的に
離した。
「痛い、、やめて!なにすんの?
いい加減にして!」
サキは怒りに満ちた表情を牧田にぶつけた。
「なんかごめんね、おれが悪かったね、、
榎本さん、じゃあまた、、」
隣の男は申し訳なさそうな表情で
サキにそう言うと、養成所の中に入っていった。
「牧田くん、、、なにしてるの??
なにか勘違いしてるよね?
なんでこんなことするの?」
その場に崩れ落ちたサキは
涙を流しながら牧田に訴えた。
牧田は自分がやってしまったことに
この時初めて気付いた。
《サキちゃんの大事な練習の場で
おそらくおれの早とちりで
サキに大きなショックを与えてしまった》
牧田はどうしていいか分からず
サキに対しても何も言葉を掛けることが
出来ずその場に立ち尽くした。
「もう、、、帰って、、、」
俯き泣きながらサキはそう言った。
牧田はこれにも反応することが出来ず
ただ、もう取り返しがつかないこの状況を
理解し、返事をせずにそのまま
この場を後にした。
そこから家に着くまでのことを
牧田は何も思い出せない。
ただ、すぐにこの場から離れたのは
確かだった。
その後、数日間サキと連絡を取ることは
無かった。
牧田としては、自分のやってしまったことに
大きな責任を感じていた。
おそらくサキちゃんはおれの行動に対して
激しい嫌悪と悲しみで
いっぱいであることは想像出来た。
おれはもう取り返しのつかないことをして
しまったかもしれない。
牧田は1人、孤独に考えながら
日々のやるべき練習と勉強そしてアルバイトを
黙々とこなしていった。
こんな生活をしばらく続けた後
牧田はサキをいつものマクドナルドへ呼んだ。
サキは約束通りに現れた。
「急に、、ごめん、、」
合流したサキに牧田は声をかけた。
「いや、、大丈夫。」
よそよそしい感じの受け答えだった。
周りのガヤガヤした雑音とは裏腹に
2人の空間は誰が見ても重々しい雰囲気を
醸し出していた。
「この間はごめん、、おれサキちゃんが
他の男と何かしてるって
勝手に思い込んで、、
それであんなに失礼なことをしてしまって、、」
牧田の謝罪にサキは全く反応を見せない。
重苦しい空気が流れる。
「なんかサキちゃんのことが好きで
他に行かれるのが怖くて、、
おれなんかすぐに捨てられるのかなって、、
自信無くて、、
それであんな結果に、、
本当にごめんなさい、、、」
一瞬の間の後に、サキはふーっと息をついた。
「そうなんだね、、
牧田くん、、
自信が無いから
私のことをコントロールしようと
してるってことなのかな?」
サキは冷静に言葉を投げかける。
「そんなつもりはないんだけど、、
結果的にそうなってしまっているのかも
しれない、、、」
下を向いたまま牧田は答えた。
「私、牧田くんのこと好きだよ。
真面目で真っ直ぐで
あんまり欲も無くて
ちゃんと将来のことも考えてる
牧田くんが、、好きだよ。
でもね、私も1人の人間なの、、
誰かにコントロールされて生きていく
のは嫌なの、、
どんなに優しくて素敵な男性と
一緒になったとしても
私は私の人生を生きたいし
それを理解してもらえる人と一緒にいたい。
私、、
牧田くんとならそんな関係でいられるかなって
思ってた、、
でもね、牧田くんのこれまでの行動を見てると
ちょっと違うのかなって、、
思い始めてしまったの、、」
これまで目を合わさなかったサキも
この時は真っ直ぐに牧田の目を見て話しかけていた。
真剣に話すサキのこのストレートな言葉に
牧田は何もその回答を持ち合わせていなかった。
無言で聞き入る牧田。
「だから、、
もう終わりにしたほうがいいかなって
思う、、、」
サキの口から
牧田が1番恐れていた言葉が発せられてしまった。
質問というよりはもう心に決めていて
反論の隙は作っていないという
信念さえ感じられる力強い言葉のように
牧田には聞こえた。
長い沈黙が流れる。
「・・・・・・はい・・・」
牧田はサキの目を見ることは出来ず
ただただ、言われた通りに反応することしか
出来なかった。
「これまで、、ありがとう、、」
そう言って席を立ち、牧田の元から去る
サキの目には涙が出ていたことは牧田にも
分かった。
真っ暗な外の景色を見ながら
牧田は1人、茫然と
オレンジジュースを飲みながら
その場に30分
静かに座っていた。
サキという大切な恋人が去り
悲しみに暮れる牧田だったが
それでも牧田は前を見て進んでいくことを
自分自身に誓った。
牧田は高校生ながらに一つのことを
このことから学んだ。
どんなに自分が好きになっても
それは相手としてはそれほど関係なくて
それよりも相手が自分のことをどう思ってくれるか、、、
そこが何よりも重要であることに気付いた。
牧田は自分がしたことは
どれだけ自分本意の行動で
相手の気持ちを無視していたか、、
それが痛いほどに後になって分かった。
牧田は女性の扱いが上手くないことは
自覚していた。
ただ、自覚があっただけで
それをどう改善すべかの答えを知らなかった。
ただこの件で牧田は学んだ。
人の心をコントロールしてはいけない。
人の心に寄り添い
それでいて自分らしく生きていく。
そんな理想的な男になりたいと牧田は思った。
サキという牧田にとって素晴らしい理想の女性に出会えたことは感謝でしかない。
ただ、それで終わりではなく
この出会いと別れを決して無駄にしては
いけないと感じた。
黙々とバッターに対して投球を行い
黙々とロードワークに励み
そして夜は机の上で勉強に励む。
早朝に新聞配達。
牧田は不屈の精神でこの大変な生活を
乗り切っていった。
そうこうしているうちに
年は明け、新しい年を迎えた。
過酷ながら充実した日々を過ごすことで
牧田はサキとの別れも
良い意味で忘れることができ
なんとか自分を取り戻すことに成功していた。
ある日、いつものマクドナルドで
間食を取ろうと立ち寄った時に
店内にある光景が目に入った。
サキとあの男だった。
牧田は一瞬まずいと思ったが
相手は気付いていないようだったので
相手に分からないように遠めの席を選び
2人を見た。
2人は、テーブルに置かれたフライドポテトを楽しそうに食べていた。
時折、サキはあの男の口元に手をやったりして
仲の良いカップルのように見えた。
牧田の感情は大きく揺れた。
やっぱりそうだったのかという悲しい感情と
サキはサキの生き方があるという相手のことを認める感情。
この双方が交差するように
蠢く感情を
牧田は自身でコントロールすることは出来なかった。
ぐちゃぐちゃに感情が入り乱れながら
牧田の目から涙がこぼれ落ちた。
自分でもどうして泣いているのか
分からなかった。
ただただ、自然と涙が溢れ出てしまっていた。
人目も憚らず、1人ハンカチを出して
悲しみに暮れた。
そこには1人の高校生が
許容出来る範囲を超えた世界が漂っていた。
翌日、牧田はクラスの友人女子
コゾノにこのことを伝えた。
「あー、、、そりゃ黒だねー、、
サキ、その男とデキてるわー、、
やっぱ私も最初に目撃した時から
怪しいと思ってたんだよねー、、
普通、何にもない男と2人で
映画なんか観ないでしょー!
サキも見かけによらず
意外と肉食系なんだねー、、」
コゾノは間違いなく黒だと感じたようだった。
牧田としてはなかなか自分の感情を
整理出来ず、何か違う角度の意見を
もらう必要性があった。
そんな中でこのコゾノの超客観的意見は
牧田の今の感情に大きく刺激をもたらして
くれた。
《自分の信じたサキちゃんはもしかしたら
あの男と以前からそういう関係にあったのかもしれない。でも、そうだとしても
サキちゃんはもうおれの彼女ではない。
サキちゃんがどう生きようがそれは彼女の自由だ。もうメソメソするのはやめて
おれはおれの人生を歩んでいこう》
コゾノから意見をもらえたことで
牧田はえらく気持ちが楽になった。
そして、今日も放課後の練習に
急いで向かった。
大学入試試験日がやってきた。
牧田はこれまでしっかりと勉強も
重ねてきており、受験する江戸大学も
さほど高い学力の大学ではないので
牧田も自信を持って受験に臨んだ。
その甲斐もあり、見事に合格。
牧田は大学野球での成功の為の
第一歩である、志望校の入学を見事に決めた。
本当ならこの喜びは
共に夢を誓い合ったサキと分かち合いたかったが
もうそれは叶わない。
牧田はそこはぐっと我慢し
自分の中で1人喜びを噛み締めた。
江戸大学野球部の新入部員は
総勢30人いることが分かった。
その中にメーテル学院の選手も2人いた。
《おれは絶対に負けない!
このメーテル学院での敗戦が
おれの気持ちに火をつけてくれた。
彼らには絶対負けないし
おれは絶対にこの4年間で実力をつけ
プロ野球の世界に飛び込む。
この4年間に全てを懸ける。
絶対におれはやる!》
メーテル学院の選手を前にすると
俄然、牧田の闘争心はメラメラと燃え盛った。
牧田は合格が決まったその日も
ハードなロードワークをこなし
自宅でもシャドーピッチングと
YouTubeの動画研究で
自分を磨いていった。
そんな折に
牧田の自宅へ一通の手紙が届いた。
《拝啓 普通くんへ。
元気でやっていますか?
おれはアメリカのカリフォルニアの高校に
入学し、野球での成功を目指して日々
鍛錬しています。
英語はなかなか簡単ではないですが
なんとかジェスチャーなどを交えて
試行錯誤ながら
コミニュケーションも取れるように
なってきました。
メーテル学院戦の結果は
ネットで知りました。
やはり彼らは強い。
おれはそう感じました。
でも、おれは負けません。
なぜなら彼らとの敗戦で、おれは
大きな目標を持つことが出来たのだから。
負けた相手を倒す為に
おれはアメリカまで行くことを決断しました。
マッキーは、これからはこれまで以上に
普通を目指して頑張っていく予定ですか?笑
共に舞台は違えど
夢に向けて頑張っていきましょう。
ところで、サキちゃんとはその後どうですか?
順調ですか?
うまくいっていると嬉しいです。
今だから言いますが
おれもサキちゃんが好きでした!笑
でもおれよりもマッキーのほうが
彼女の相手には相応しいと思い
おれはマッキーに譲りました。
別に格好つけたわけではありません。
本当にそう思ったから、、
サキちゃんのことを考えたときに
そのほうが絶対幸せになると思ったときに
おれは、自分でという決断は出来ませんでした。
マッキーなら大丈夫!
真っ直ぐで相手を思いやる気持ちが強い
マッキーなら
サキちゃんにはピッタリだと思う、、、
順調なのか
まだ何も進んでいないのか
分かりませんが
サキちゃんを幸せにしてあげて下さい、、
これはおれからの願いです。
それじゃあ、おれは野球で成功したら
日本にも帰国する予定です。
その時までお互い
頑張っていこう!
突然ごめんね、、
では!
二宮晃多》
アメリカで頑張っている
二宮からの手紙だった。
牧田は情けなかった。
《ニノのこの気持ちに
おれは全く応えられていない。
ニノはおそらく苦渋の決断で
強い気持ちをぐっと堪えて
おれにサキちゃんの思いのバトンを
渡してくれたはずだ、、、
それがおれはなんだろうか?
恩を仇で返すような立ち居振る舞い、、
全くサキちゃんに寄り添う気持ちなどなく
自分の気持ちを最優先してしまっていた、、
ニノはおれのほうがサキちゃんを
幸せに出来ると言った。
おれからしたら
とんでもないが、そんなはずがあるわけがない、、
ニノほど男気があって
相手の気持ちを1番に考えられ
そして、自分の思いよりも
友人の思いを大切にしてくれる、、
こんな男におれが勝てるわけがない、、》
手紙を読み終えた牧田は
涙が溢れてきた、、、
どうしようも出来ない自分への歯痒さ、、
そしてサキと二宮への懺悔の気持ち、、
《おれはとてつもない失敗を犯してしまった、、》
静まった夜に現れる月が
牧田へ小さな明かりを灯していた。
二宮の思いをしっかりと受け止め
牧田は野球に全力を注ぐことを決めた。
牧田が進む江戸大学野球部は
首都大学2部のチームだ。
2部といってもそれなりの選手が集まっており
ここからプロに進む選手もいる。
プロのスカウトも目を光らせるリーグだ。
4月から野球部の生活もスタートする。
牧田はそこまでの期間でしっかりと体力を作り
大学野球のレベルについていけるよう
とにかく自主練習に励んだ。
ピッチャーは未経験だったが
後輩の投手に指導を仰ぎ
ブルペンでも後輩のミットを相手に
バンバンと投げ込んだ。
《おれなんて名もないピッチャー。
誰よりも練習しなければ
プロなどなれるはずもない。
誰よりもたくさん投げ込んで
誰よりもタフなピッチャーになってみせる》
牧田の気持ちはブレが無かった。
とにかく走り込んで強い足腰を作り
とにかく投げ込んで強い肩肘を作っていく。
入念なストレッチも大切にすることで
絶対に故障もしないように気を遣いながら練習を進めた。
そしてついに
江戸大学への入学と野球部への入部の時が来た。
初練習に総勢30人の新入生が揃った。
そこにはメーテル学院の2番手投手
桜井と同じくメーテル学院のレギュラーでセカンドの守谷の姿もあった。
全部員の前で自己紹介もした。
「県立山田高校から来ました牧田謙吾です。
高校では外野手をやっていました。
大学ではピッチャーで頑張りたいと思います。
よろしくお願いします。」
「山田高校??どこそれ?」
上級生の誰かがおちょくるように突っ込み
他の上級生もどっと笑いが起きた。
横では薄ら笑みを浮かべる
メーテル学院の桜井と守谷も見えた。
《想定内、、想定内、、》
牧田は自分にそう言い聞かせた。
超弱小の高校から
ある程度のレベルの大学へ進むと
肩身が狭いというのは事前の情報で調べ上げていた。
また、大学に高校の先輩が居ないというのも
大学野球生活を送る上でかなり不憫になることも
織り込み済みだった。
《余計な雑音に惑わされない、、
大学野球では優秀な選手も
大半が腐ってしまうという現状も知っている。
いかに自主的に高いモチベーションを
保っていけるかが重要なんだろう。
おれは必ずこの大学4年間で
実力をつけてプロに行く。
その過程で無駄なことに時間を使わない。》
牧田は事前に大学野球の現状を
知人やインターネットを通して調べ上げ
無駄なく4年間を過ごしていく為の事前準備を
入念に行い、入部を迎えたのだった。
大学野球のレベルを肌で実感した。
上級生は身体が大きいし肩も強い。
ピッチャー陣を見てもとにかく球が速い。
それに比べて牧田は
素人同然のレベル、、、
力の差は歴然としていた。
ただ、牧田としてはそこも想定内であり
こうなることは初めから予想していた。
《まずは大学野球で通用する身体作り。
そして誰にも負けないコントロールを付けて
とにかく早く実践で使ってもらえるようにする。
故障をせず
どんな場面でも使ってもらえるような
『使いやすいピッチャー』になって
まずは大学野球のレベルに慣れることが重要だ。
今は他の選手との差は大きいが
ここから絶対に這い上がってみせる》
俄然、牧田はモチベーションを高めることになった。
「おい、牧田、、コンビニでパン買ってきて!」
上級生からの雑用というか『パシリ』は
この野球部では日常茶飯事だ。
「はい!行ってきます、、何系にしましょうか?」
「センスで!」
「は、、、はい!分かりました!」
そうやってファミリーマートに向かって走る。
他の一年生はあからさまに嫌々
引き受ける選手が多かったが
牧田は違った。
こんな『パシリ』の仕事でも
一生懸命だった。
《大学野球は先輩から嫌われたら野球生活においてマイナス面が多いとみんな言っていた。
こんな面倒なことでも今だけと思ってちゃんとやろう!
いつか必ずプラスに働く場面が来る。》
「あいつ、ただのパシリだな、、そんなことする為に野球部入ったのかな?」
他の一年生の雑音も聞こえてきたが
牧田は一切気にしなかった。
走って息を切らしながら
ファミリーマートで買ってきた
あんぱんとカレーパンを
先輩に手渡した。
オープン戦を終えた江戸大学野球部は
リーグ戦に突入した。
メンバーには桜井と守谷が一年生ながら
抜擢された。
さすがメーテル学院の選手、、
大学野球レベルでも
即座に対応している動きが評価された。
牧田は勝負としては
3年生の春からと
心に決めていた。
1、2年生の間で
自身が頭角を現すのはちょっと難しいと踏んでいた。
3年生、、いわゆる上級生になってから
本当の勝負が始まると想定し
それに向けて逆算して生活を進めていた。
江戸大学野球部は全国の名門大学などとは
違い、野球部に寮などは存在しない。
基本的には実家から通うかアパートを借りて1人暮らしをして学校に通う。
牧田はなるべく家族に迷惑を掛けないように
大学を選んだので、実家から通うパターンだ。
大学の講義もちゃんと出た上で野球をするという
野球部の方針もあり
将来に役立つような勉強をしようと
牧田は経済学部に進んだ。
講義も真面目に出席し勉学にも励んだ。
野球で頭角を現して
ドラフト指名を受けるという目標の下で
生活を送っているが
その目標が叶わなかった時には
しっかりとした会社に就職して
普通の生活を送るということも
視野に入れていた。
アルバイトは時間的にする暇がないので
基本は大学の講義、そして野球部の練習。
そしてその後は自宅での自主練習、、
こういった毎日をコツコツとこなし
牧田はちょっとずつちょっとずつ
一日毎に成長を続けていた。
そして1年生夏のオープン戦を迎えたとき
ついに牧田の出番が回ってきた。
3点を追う7回表のマウンドに
リリーフとして立った。
ついに大学野球デビューの瞬間だ。
牧田は先輩キャッチャーのサインを見て
丁寧に投球をした。
ストレートのスピードは130キロも満たないが
コントロールはしっかりと持ち味を出せた。
変化球はカーブとチェンジアップでシンプルにまとめたが
相手のタイミングを崩し
しっかりと役割を果たした。
デビューの1イニングを無四球被安打1無失点で
その仕事をしっかりと果たした。
監督からも、よくやったと激励の言葉をもらった。
「気楽な場面で、良いよなー」
マウンドを降りた牧田に対して
ベンチに座る桜井は明らかに嫌味な言葉をかけてきた。
「うん、気楽な場面だから抑えられたよ。
厳しい場面だと、おれみたいなピッチャーは
送られないからね。」
すました笑顔で牧田はサラッと桜井をかわした。
その言葉に桜井は何も返事をすることはなく
不機嫌そうな顔で牧田から離れていった。
とにもかくにも大学デビュー戦を
きっちりとした形で抑えることが出来た牧田は
充実感に溢れた表情でベンチに座った。
大学デビュー戦を上々の内容で飾った牧田は
俄然、野球に対しての意欲が上がった。
同級生は週一あるオフの時間をどう過ごそうか。
パチンコやスロットに行っていくら勝ったか。
今度の合コンでこんな女性を集めたぞとか。
そういう会話が多くあったが
牧田はそういう付き合いは一切遮断していた。
ギャンブルもやらないし
合コンにも行かない。
むしろオフの日は自宅近くの公園で
ロードワークやシャドーピッチングなど
そのほとんどを野球の時間に費やした。
《おれはこの4年間でプロに行けなければ
きっぱりとその道は諦める。
だからこそ、この4年間は全てを野球に捧げる。
みんなが遊んでいても関係ない。
大人になってからでもギャンブル遊びは
出来るし、女性とも遊んだり出来る。
それは今のおれがやることではない。
今はただ、プロ野球選手になる為に
誰よりも努力し夢に向かって走り続ける。
それがおれがやるべきことだ。》
周りからは変わり者とも思われていた。
ただ、牧田は1人その信念を曲げず
今日もオフの日の自主練習で
ロードワークに出掛けた。
その後のオープン戦でも
少しずつではあるが
チラホラと登板機会を与えてもらえた。
ストレートのスピードこそ
他のメンバークラスの投手と比べると見劣りはするが
コントロールに関してはメンバークラスの中でも決して悪いほうではなかった。
そのあたりを監督にも評価され始めた牧田は
自分の信じた方向性が間違った方に進んでいないことは実感していた。
毎日の大学での講義
講義後の練習
忙しい日々を続けながらも
牧田は充実した大学生活を過ごしていた。
毎日練習後に通うファミリーマートがある。
ほとんど同じ時間帯に通っているので
レジに立つ人も大体顔馴染みになっていた。
その中に1人の女性がいた。
おそらく牧田と同い年くらいの大学生らしき女性だ。
笑顔が素敵で接客態度も丁寧
牧田はその気持ち良い接客に
少しばかりの癒しを感じていた。
名札を見てみると《のむら》と書いてある。
長く少し茶色がかった髪色に
パッチリとした目が特徴的な女性だ。
ツナマヨのおにぎりと
ミルクフランスパンを
購入した。
「ありがとうございます!」
その女性の綺麗な声と
ばっちりと牧田のことを見つめる視線に
一瞬、ぐっとくるものがあった。
「あ、、ありがとうございます。」
牧田はこれくらいしか返せない。
《でも、今日もあの人に接客してもらって良かった。。。》
そう思いながら牧田は家路に着いた。
努力を続けていく牧田であったが
1年生秋のリーグ戦を迎え
ついにベンチ入りメンバーにも選ばれた。
背番号は26。
牧田は嬉しさを噛み締めた。
試合では1点リードの7回に
いきなり出番が回ってきた。
「牧田!いくぞ!」
監督の大きな声で牧田の登板が命じられる。
「はいっ!!!」
緊張と嬉しさが共存しながら
牧田は返事をした。
しかしながら、この試合で牧田は
大学野球の洗礼を浴びてしまう。
先頭打者にセンター前ヒット
次打者が送りバントで繋げ
次のバッターに左中間を抜ける
タイムリーツーベース。
次打者をライトフライに打ち取るも
その次のバッターにセンター前ヒットを打たれてしまい、あっという間に逆転を許してしまった。
1回3安打2失点。
この回限りでの降板となった。
牧田のリーグ戦初登板は
散々なほろ苦いデビューとなってしまった。
がっくりとベンチに座る牧田。
この日、先発で試合を作り
勝利投手の権利を得て牧田にマウンドを譲ったのは
桜井だった。
「2点でよく抑えたな。凄いと思うよ。
良い思い出になっただろう。」
桜井は真顔で牧田にそう言い放った。
《お前ごときが、大学野球で通用するわけない。思い出の登板として、喜んでいろ》
牧田はそう言われているような気がした。
馬鹿にされ、今にも桜井に対して怒りをぶつけたいと思ったが
実際に、桜井にとっての貴重な勝ち星を牧田が消してしまったわけだ。
どんな理由があったとしても
1番ダメージが大きいのは牧田よりも
桜井のほうであることは明確だった。
自分の実力不足で桜井にも迷惑をかけてしまったのは他でもない。牧田だった。
「ごめん、、、本当に、、ごめん。」
牧田は俯きながら力なく桜井にそう謝ることしか
出来なかった。
その言葉に桜井は反応せず
無視してその場を去った。
秋の涼しい風が、江戸大学ベンチに
流れていた。
その試合以降、秋のリーグ戦で
メンバーに選ばれることは無かった。
任された仕事をこなすことが出来ず
最悪な結果となってしまったリーグ戦での初登板に
牧田は悔しくて悔しくて仕方がなかった。
自宅の自分の部屋に習字で書いて貼った。
『1回3安打2失点。逆転負けで桜井の勝ちを消す。』
牧田は心に刻んだ。
《ピッチャーは試合の行方を大きく左右するポジションだ。そしてもしかしたら、他の投手の人生も変えるくらい責任あるポジションだ。もうこんな経験はしてはいけない。もっと努力して、今度は桜井を助けるようなピッチングをする。》
ここぞという時に頼りになるスピードボールも
磨いていかなければこの先は通用しない。
走り込みで足腰を強化しつつ
肩周りのトレーニングも積極的に取り入れて
スピードボールにも拘っていくことにした。
また、どういうピッチャーだと打ちにくいかを
少しでも実感する為に
時間を見つけてバッティングセンターにも通い
バッティング練習も始めることにした。
これから大学野球もオフシーズンを迎えることになるが
必ず来年の春にはまた、リーグ戦でリベンジ出来るような自分になる為
努力を続けることを自身に誓った。
引き続き、しっかりとトレーニングをこなしながら
牧田は野球に取り組んでいた。
いつも通りのルーティンで
ファミリーマートで軽く間食を買おうと立ち寄る。
今日も《のむらさん》はいた。
ツナマヨおにぎりと
ミルクフランスパンをレジに置いて財布を取り出す。
「部活帰りですか?」
のむらさんのほうから声を掛けてきた。
「あ、、はい、、野球をやっていまして、、
それでいつも、、」
ガチガチな口調で牧田は答えた。
「いつも来てくれてますよね。野球やってるんですね、、大学生ですか?」
「はい、、江戸大学の野球部です、、
なかなか試合には出れないですが、、」
「えっ、、、江戸大学なんですか?
私も同じです、、、もしかしたらキャンパスで会うかもしれないですね!」
「えっ、、同じなんですね、、、しょっちゅう構内をウロウロしてるんで、、ですね、、」
「もし、キャンパスでお会いしたら、声掛けますね!」
そう言ってレジの対応をこなすのむらさんと
牧田は初めて会話が出来た。
相変わらず綺麗でとても感じの良いのむらさんに
牧田は嬉しい感情を抑えれず、帰り道は練習の一環だと言い聞かせて
普段は歩いて帰る道のりをダッシュで帰ることにした。
真っ暗な夜を、結構な速さで路地を駆けていく姿は
少しだけ不思議な光景でもあった。
牧田はのむらさんの笑顔に完全にやられていた。
正直な話、女性として強く魅力を感じていたことは
否定出来ない状況だった。
野球に集中し、とにかくプロ野球を目指していく必要がある牧田ではあったが
そんな中でも、女性に対して想う気持ちというものはごまかしきれないものがあった。
《野球の練習はもちろん大切だが、のむらさんに対する強い気持ちも大切にしたい》
そう考えた牧田はある決意をすることにした。
《今度、ファミリーマートに行った時、映画に誘ってみる》
そう心に決めてしまった牧田はもう後戻りする気はなかった。
ある日の練習帰り。
牧田はいつものようにファミリーマートに立ち寄り
間食を選んだ。
そしていつもの
ツナマヨおにぎりと
ミルクフランスパンを
のむらさんの待つレジに持って行き、商品を置いた。
「この間は、、どうも、、」
牧田は言った。
「こちらこそ!いつも、ありがとうございます!」
のむらさんは元気に答えてくれた。
「すみません、、あの、、もし良かったら
今度映画とか、どうですか??
もし、、嫌じゃなければ、、」
やめろやめろともう1人の自分が止める中
牧田は勢い任せに、のむらさんに言ってしまったことに気付いた。
のむらさんは、一瞬戸惑いの表情を見せた。
ただ、その表情はすぐに笑顔へと変わった。
「ありがとうございます、、行ってみたいです。
名前を教えてもらっていいですか?」
いつも牧田に送ってくれる満面の笑みで
のむらさんは答えてくれた。
「あっ、、、名前ね、、、
のむらさんですよね、、、
自分は、、牧田、、、牧田謙吾と言います。
野球部でピッチャーをしています。」
牧田はのむらさんに伝えた。
のむらさんはまたも笑顔で応えてくれた。
「牧田くんですね、、、ピッチャーなんですね!
これからも、買い物に、、寄って下さい、、
あの、、、待っています、、」
満面の笑みののむらさんと
緊張しすぎて、顔も引き攣ってしまっている
牧田、、、
しかしながら牧田にとっては、とにかく嬉しい瞬間だった。
いつも気になっていたのむらさんに
《待っています》と言われたことは
牧田としては予想外の展開だった。
「また、、、来ます、、
ありがとうございました!!」
牧田はそう言うと足早に店を出て
またも自宅へダッシュで向かって行った。
そんな牧田をのむらさんは笑顔で見送った。
映画を誘うという目標は達成し
日取りや何の映画を観るかというところの具体案は決めきれなかったが
牧田にとっては《のむらさん》から
最高の言葉をもらい
気分も有頂天に達していた。
大学でマクロ経済学の講義に出た牧田は
講義が始まるのを席に着いて待っている時
声を掛けられた。
「あっ、、、牧田くん!のむらです!
ファミマで働いてる、、」
隣に座ってきたのは
あの《のむらさん》だった。
「あっ、、のむらさん、、
この間はどうも、、、
初めて大学で会いましたね、、」
「そうですね、、でもいま後ろから
牧田くんを見かけた時に、間違いないって
思って、つい声掛けちゃいました!」
満面の笑みでそう言うのむらさんは
天使のように美しく見えた。
隣で一緒に講義を受けた後
ちょうどお昼の時間にもなるということで
一緒に学食で昼食を摂ることにした。
「のむらさんって地元は近いんですか?」
「私、地元は宮崎なんです。だからこっちのことまだ全然知らなくて、、友達も全然いないんです。だから、ファミマで牧田くんと知り合った時に、なんか嬉しくて、、」
「そうだったんですね、、僕は実家は近いんで
このへんから出たことなくて、、でも凄いですよね、宮崎から一人でここまで出てくるんだから、、のむらさんはなんで江戸大学に入ったんですか?」
「私、、学校の先生になるのが夢なんです、、
小学生の頃、担任だった先生がとても優しくて、、こんな先生になりたいなって憧れて、、それで私もいつか小学生の先生になって
自分みたいな子を救ってあげたいなと思って、、」
「救って?、、、とは、、?」
「あっ、、実は、、私、小学生の時にいじめにあってて、、家がとても貧しかったんです、、
父親は他の女の人と一緒になって家を出て、、
母親がアルバイトをしながら一人で私達、姉妹を育ててくれて、、でも全然お金が無かったから、、同級生から散々、馬鹿にされたりして、、でも、その時の担任の先生が
私のことで一緒に泣いてくれたり、側にいてくれたりして、、それでこんな先生になりたいなって思って、、」
「そうだったんですね、、そんな大変なことがあったんですね、、」
「あっ、、、なんかしんみりさせちゃいましたよね、、ごめんなさい、、貧乏話はこんな感じになっちゃうから、あんまり人にはしないようにしてたのに、、牧田くんにはスラスラと喋っちゃって、、ごめんなさい、、」
「いや、全然大丈夫ですよ、、僕なんて
これまでの人生、特になんの特徴もなく生きてきてるので、人に話せるようなこと全然無くて、、聞くことしか出来ないので、、、」
「ありがとうございます、、、
それで、、江戸大学には教育学部があるので、、だから教員免許も取れる江戸大学に行きたかったのと、、あとは都会への憧れとかもあって、、東京とかって住むとどんな感じなのかなとか、、興味があったので、、頑張って
こっちまで来ようかなと思ったんです、、」
「そうだったんですね、、でも夢があって
すごく良いですね、、尊敬します、、
僕も今はプロ野球選手になりたくて
ここで頑張ってるんです、、絶対にその夢を果たさないといけないと思ってて、、
だから、のむらさんの話を聞くと
僕もまだまだ頑張らないといけないなって
モチベーションが上がってきました。」
「プロ野球選手を目指してるんですね、、カッコいい、、、牧田くんはピッチャーでしたよね?
その夢、絶対叶うと思います、、
お互い夢があって、、なんか凄いですね、、
私もなんかすごく心強くなりました!」
学食での楽しい時間はゆっくりと過ぎていく。
人混みでざわめくその空間で
脇役のエキストラのように凛と存在する二人が
輝きある夢を語り合っていた。
大学での講義とその後の野球部での練習、
そして自宅に戻ってからの自主練習。
ハードワークながらも
大学一年生の時期を牧田はしっかりと
その大学生活に打ち込んだ。
そして、ちょっとした息抜きでもある
のむらさんとの関係も
牧田にとってはとても心地の良いものだった。
そんな生活を続ける中で
選手達に向けて江戸大学野球部の監督である
宍戸からある提案を受けた。
「実は今夏にアメリカにあるうちの姉妹校から
サマーキャンプの招待を受けた。
自費での参加となるが
行きたいという選手がいたら
ぜひ行ってほしい。
一週間ほどの滞在となるが
費用は30万円ほどかかる。
ただ、そこでは大学施設での練習は
もちろんのこと、強豪大学や
マイナーリーグとの交流試合も組まれている。
おそらく、行ってみるとかなり勉強になること
ばかりだと思う。
費用は親御さんに負担をかけたくないので
自身がアルバイトで働いて工面してほしい。
希望者を募るのでぜひ検討してくれ。」
牧田は即答で監督に参加を申し出た。
《これ以上ないビッグチャンスだ。
アメリカの野球を体感出来るチャンスは
なかなか無い。絶対におれは行く!》
牧田は心を躍らせた。
春のリーグ戦後の夏休みを利用しての参加となる。
牧田は今から待ちきれない様子で
興奮気味に喜びを噛み締めた。
牧田とのむらさんは
その後もよくキャンパス内で会うようになり
普通に会話が出来る関係になっていった。
当初、計画していた映画への誘いも
のむらさんは快く受け入れてくれ
一緒に映画にも出掛けるようになった。
少しずつ、2人は距離を縮めていった。
しかしながら、
牧田はのむらさんと仲良くなるにつれて
あることに気が付いた。
《まずい、、、のむらさんと一緒にいると
どうしてもサキちゃんと比べてしまっている
自分がいる。
のむらさんはとても笑顔が素敵だし
何より温かい性格をしている。
おれなんかには本当にもったいない女性だ。
ただ、仲良くなればなるほど
サキちゃんの存在がどんどんおれの中で
大きくなっている。
これまで気にならなかったのに
なぜだろう、、
のむらさんと出会ってから
サキちゃんのことをまた考える
ようになってしまった、、、》
牧田は、自分の心の変化を察した。
のむらさんは間違いなく素晴らしい女性だ。
ただ、牧田にとって初めて心から好きになった
サキのことは、今でも忘れることは出来ていなかった。
《サキちゃんは今、どこで何をしているのだろうか?》
《あの男と今も一緒なのだろうか?》
牧田の頭の中はそうした考えで一杯になって
しまっていた。
《ダメだ、、、こんな気持ちでのむらさんのことを好きになってはいけない、、
それはあまりにも、のむらさんに失礼だ、、》
牧田は自分自身の気持ちをしっかりと
整理した時に
牧田が必要としている女性は
今もサキであることに気付いた。
《おれは、サキちゃんにもう一度
会う必要がある、、》
牧田はスマホに手をかけた。
サキの番号へ電話をした。
プルルル
プルルル
「は・・・はい、、」
サキの声だった。
「あ、、、まき、、まきたです、、
突然、、ごめんなさい、、」
「いや、、、大丈夫、、
どうしたの、、、」
電話口の優しい声は間違いなく
サキだった。
「あっ、いや、、その、、
今サキちゃんは
何をしてるのか、、ちょっと気になって、、
それで、、」
少しの沈黙が流れた、、
「今、通っていた演技のレッスン続けていて、、
たまにエキストラとか、、芝居の仕事も
出来るようになって、、
もちろんそれだけで生計は立てられないから
今は外国人がよく来るカフェでアルバイトなんかもしながら、生活してるんだ、、」
小さな声でゆっくりとサキは教えてくれた。
「で、、、牧田くんは、、?」
「僕は、、、江戸大学っていうところで
野球をやってる、、まだまだ戦力にはなれてないけど、、なんとか、、踏ん張りながら、、」
「そっか、、、牧田くん今もちゃんと
夢に向かって頑張ってるんだね、、、良かった、、、」
サキの笑った雰囲気が少しだけ感じ取れた、、
その瞬間、牧田は高校時代のサキとの楽しかった日々を強く思い出した。
この空気感やサキの話す口調、、、
全てがあの時の思い出として蘇ってきた。
「サキちゃん、、、おれ、、、
あの時は、、ほんとにごめん、、、
状況も何も考えないままに、、ただ、一人で
カッとなって、、
暴力的な行為をサキちゃんにしてしまって、、
本当にごめんなさい、、、
嫌な思いをさせてしまって、、
すごくおれも後から後悔して、、、」
電話越しで牧田は何度も頭を下げながら
サキに謝罪した。
少し言葉を選びながらサキは話し始めた。
「あれは、、、
確かに牧田くんに強く腕を引っ張られて
すごく悲しかったのは、ほんと、、、
でも、、、
あの後、私も冷静になった時に、、
牧田くんに不安な思いをさせてしまったこと、
そして、なぜ、隣にいた男性のことを
ちゃんと牧田くんに話せなかったのか、、
とても後悔してる、、、」
「えっ、、、?
隣にいた男性のことを僕に、、、?
それは、、、、どういう、、、」
牧田はサキの言った言葉に驚きを隠せなかった。
サキがあの男性について牧田に何かを言う必要があったということに、、、
「牧田くんが、あの人のことで
すごく嫌な気持ちになっていたことは
私も今ならとても分かる、、
牧田くんとお付き合いしていながら
あの人と一緒にいたりして、、
それは普通に考えたら
私が疑われてもおかしくないかなって、、、」
牧田は唾をごくりと飲み込んだ。
「あの時、隣にいた人いるでしょ、、、
あの人は実は、、私の、、、
そうだな、、、ともだち、、
というか、もっとそれ以上の、、
親友みたいに大切な人なの、、、」
真剣な口調でサキは言った。
少し間を置いて牧田は言った。
「それは、、、なんていうか、、、
とても大切な、、
男性、、、
つまり、、好きな、、、」
牧田はサキに辻褄を合わせてもらえるように、
サキを誘導するかのように聞いた。
「好き、、、とは違う、、、
異性として、、、ではない、、
その、、、
つまり、、
あの人は気持ちが、、、
女性なの、、、、」
牧田はサキのその言葉に言葉を失った、、、
《まさか、、、
まさか、、、
サキちゃんの浮気相手として
疑っていたあの男が、、
恋人ではなく、、、
サキちゃんとは女性同士の
親友のような関係だったなんて、、、
まさか、、
そんな事実が、、、》
絶句して何も言い出せない牧田を察して
サキは続けた。
「ごめんね、、、本当にごめん、、
あの人、、ハヤトって言うんだけど、、
ハヤトも私と一緒で
いつか芝居で成功したいって強く強く思ってる人で、、
とても尊敬してるし、友達としても
私にとってすごく大切な人なの、、、
でも気持ちの面で、男性にはなれなくて、、
そのことをハヤトはとても悩んでて、、
だから、例え牧田くんにでも
私、、簡単にハヤトのことをペラペラ
話すことが出来なくて、、
牧田くんにはずっと隠してしまった形に
なっていて、、、
それで、あんなことになってしまったの、、、
私から何の説明もなく
ハヤトが近くにいたり2人で歩いていたりしたら、、、
確かにちょっと変だなって思うのが普通だよね、、、
なんか私も冷静になれてなかった、、
牧田くんに辛い思いをさせてしまったのは
私のほう、、、
本当に、、、ごめんなさい、、、」
牧田はしばらくの間、言葉を見つけることが
出来なかった。
全く予想もしなかった事実が目の前に
浮かんできた。
《あの男性は何も悪くなかった、、、
そしてサキちゃんも
おそらくみんなの幸せを大事にしすぎて
その結果が
少しズレた形でみんなが進んでいった、、
それだけのことだった、、、
サキちゃんは平気で男を騙して浮気に走るような女性ではなかった、、、
でも、おれはサキちゃんを心から信じることが
出来なかった、、、
たぶん、サキちゃんはおれのことをちゃんと
思ってくれていた、、、
そして親友であるあの男性の理解者でもあったんだ、、、》
処理しきれない問題が牧田の頭の中を襲った。
「それで、、、
あの男性とは、、、
その後は、、、」
言葉を選ぶより前に牧田は
本能的にそれをサキに聞いた。
沈黙が流れ、、電話越しからは
サキの泣く声が聞こえた、、、
「それは、、、、
それは、、、
もう、、、いいの、、、、」
小さく泣きながら話すサキの辛さが伝わってきた、、、
おそらく、、
牧田がレッスン場に乗り込んだあの件で
責任を感じた彼は
サキと距離を置くことにしたんだろう、、、
サキの泣き声から
牧田は察しがついた、、、
《すべて、、、
サキちゃんも、、
あの男性も、、、
おれがあの件で全てを
メチャクチャにしてしまった、、、
関わった全ての人に
辛い思いをさせてしまった、、、》
「サキ、、ちゃん、、、
本当に、、、
本当にごめん、、、
僕なんかのせいで、、、
みんなを、、、、
本当に、、、
本当に、、、」
牧田は電話越しでうな垂れるように
サキに謝罪した、、、
絶望と孤独がまみれる夜の2人の通話は
その後も、、とても小さく
とても静かに続いた後
互いに辛く深い夜を迎えた、、、
その後も牧田は
サキとは少しずつではあるが
LINEの交換やたまに電話なども
するようになった。
牧田はこれまでしてしまったことを
ひどく後悔しながらも
前を向いていくには
やはりサキと関わっていくことが
大切だと考えた。
お互いが嫌いで離れ離れになったわけでは
ないことを、、、
そのことを知れただけでも
牧田にとってはとても嬉しいことではあった。
ただ、あの男性のことについては
牧田はそれ以上のことを聞くことはしなかった。
牧田が原因であの男性はサキの元を離れた。
そこについては牧田の中では
決しておろそかには出来ない問題だった。
いろいろ考えることが増えた中でも
牧田の野球に対する想いが小さくなることは
なかった。
冬場は寒さの為、ボールを使う練習はほとんどしないチームの方針もあって
各選手は比較的時間的余裕があり
基礎トレーニング系の自主的な練習がメインだった。
アメリカへのサマーキャンプに参加するメンバーは監督の考えの通り
アルバイトも積極的に行っていった。
牧田は例のサキとの電話の後、アルバイト先について、サキにお願いし、サキの働くカフェで
働かせてもらうことになった。
「おれも夏にアメリカに行く。その時までに
少しでも英語を話せるようになりたい。」
牧田のその言葉にサキは快く
お店を紹介してくれた。
牧田は、走り込みやトレーニング、
そして講義にアルバイトといった形で
オフシーズンも暇を作ることなく
しっかりと自分の夢に向けて
やるべきことを遂行していった。
大学の学食エリアでのむらさんに会った。
「あっ、、牧田くん、、隣、、大丈夫?」
「うん、、どうぞ、、」
牧田から積極的に連絡を取っていなかったので
いささか久しぶりの会話ではあった。
「牧田くん、、最近野球とかで
忙しい?」
のむらさんが牧田に聞いた。
「うん、、そうだね、、今はトレーニングに
加えて、夏休みを利用してアメリカにサマーキャンプに参加することになって、、
それでその為の費用を賄う為に
カフェでアルバイトも始めたんだ、、
それで少し忙しくなってきたかな、、」
ごまかすように牧田は答えた。
「牧田くん、、、その、、、
牧田くんは好きな人とか
いるの?」
「えっ、、好きな人、、、?」
突然の質問に牧田は驚きを隠せなかった。
「うん、、牧田くんは、、
好きな人いるのかなって、、、」
「好きな人、、、、」
牧田はそう言うと
そっと目を閉じて
しばらくして答えた。
「います、、、高校の時にお付き合いしていた
女性がいて、、、
その人のことが
今でも、、
好きです、、、」
意を決して牧田は答えた。
牧田は目を開けることが出来なかった。
こんなことを言うくらいなら
ファミマにあんなに通うべきではなかった。
映画に誘ったりするべきではなかった。
のむらさんのことを気になるべきではなかった。
色々な後悔が駆け巡った。
《おれは間違った回答をしていないか、、、》
牧田は自問自答しながら
その言葉を
優しいのむらさんに伝えた。
しばらく無言が続き
のむらさんは口を開いた。
「そ、、そうなんだ!!
高校の時の彼女さんなんだね、、
とっても優しい人なんだろうな、、
牧田くんが好きになるくらいなんだから、、
可愛い人なんでしょう??」
いつもより数段明るい声で話すのむらさんの声に
牧田は一層切なさが募った。
「一度別れたけど
でも、牧田くんは、またやり直したいって
ことなんだよね!
そっか、、、
本当にその人のことが好きってことだよね、、
すごいことだよ!
そんなに好きな人と巡り会えるなんて、、、
とても素敵だと思う!!
私、、、絶対応援する!!
牧田くん、絶対その子とやり直さないと
ダメだよ!!
絶対だからね!!」
明るい声だったのむらさんの声が
次第に震えていくのが牧田には分かった。
「ね、、、ぜっ、、ぜったい、、
ぜったい、、、だからね、、
まき、、、たくん、、、」
目を開けた牧田の目の前には
涙を隠しきれない
のむらさんの表情がそこにはあった。
「のむ、、、らさん、、、」
牧田はそれ以上、かける言葉が
見つからなかった。
「わたし、、、何で泣いてるんだろう、、、?
馬鹿だよね、、、
応援してるのに、、、
何で泣かないといけないの、、、?
変だよね、、、?
ごめんね、、、
牧田くん、、、
何で泣いてるんだろう、、、
おかしいよね、、、」
泣きながら何とか笑いに見せるように
頑張るのむらさんの表情に
牧田は全ての思考が停止して
無力感が全身に走るようだった。
《また、、、おれは1人の素敵な人を
傷付けてしまった、、、》
謝りながら席を立ち、、
牧田に向かって
じゃあねと言って立ち去るのむらさんは
牧田との関係に終わりを告げる鐘を鳴らしながら
人混みの中に消えて行った。
のむらさんとの関係は
おそらく終わった、、、
牧田は
《これで良かったのか、、》
《本当にこれが正解なのか、、》
考えても考えても辿りつかない答えに
苦悩した。
《自分に関わる全ての人を不幸にしていないか、、》
これまで恋愛経験の少なかった牧田が
二十歳を前にして
ものすごく大きな恋愛が
同時にのしかかってきて
既に自分のキャパを越えてしまっていた。
《こんなとき、、ニノなら、、、
ニノならどうするだろう、、、
こんなふうに人を傷つけたり
そんなことをニノならしない、、、
ニノが近くにいれば
いろんなアドバイスを聞けたはずだ、、、
おれは、、、
一体どうすればいいんだ、、、》
野球だけでなく
プライベートにおいても
牧田にとって二宮の存在は
とても大きなものであったことに
改めて気付かされた。
「おい、普通くん!
男がメソメソすんなよな!!
自分の信じた道を大事にね!!
人を信じて自分も信じなさい!!
きみなら出来る!!」
《勝手な解釈かもしれないが
もしかしたら
ニノはこんな感じで言いそうだな、、、
ニノは真っ直ぐで思いやりのある男、、、
こんな状況でもおれに前向きな言葉を
くれるんだろうな、、、》
牧田は眠りにつく前に
ベッドの上で
そんなことを思い浮かべながら
深い夜の静けさと共に
駆け巡る思いをじっくりと整理していた。
寒い冬を越えて
春が訪れていた。
江戸大学野球部もこれからオープン戦が始まっていく。
冬場にどれだけトレーニングを積んで
頑張ってきたか。
大学野球の春は
そういった選手の見極めの時期でもある。
ブルペンでは
もうすぐ2年生になる牧田も
まだまだ肌寒い時期ではあるが
バンバンとボールを投げ込んでいた。
先輩キャッチャーも牧田の成長に舌を巻いた。
「牧田ー!!お前こんなに球、速かったか???すごい良いボールが来てるぞ!!
これはリーグ戦の活躍もあるんじゃないか!!?」
そんな嬉しい言葉も飛んできた。
牧田は自分でもこの冬を越えて
昨年以上に唸る肩に衝撃を覚えていた。
《これまでにないくらい走り込んで
下半身の強化もアナログな方法ではあるけど
自分なりに考えたトレーニングで強化してきた。
ボールを握ることはあまりしなかったけど
こんなに身体が動くとは思わなかった、、、
すごい、、、少しはおれも大学レベルの
身体に近づいているのかもしれない、、、》
この冬はスピードボールというところも意識しての
トレーニングを行ったので
既にその効果が出始めていることに
牧田は喜びを覚えていた。
「今年は頼むぞ!!ブルペンを温かくしてくれよな!!!」
先輩キャッチャーは牧田に大きな激励を送った。
「はい!!!頑張ります!」
牧田はなんとかその期待に応えたい。
そんな意思が感じ取れるような大きな返事をした。
久しぶりに帰り道にファミリーマートへ寄った。
いつもの時間帯に
のむらさんはいた。
「どうも、、、お疲れ様です、、、」
牧田はいつものツナマヨおにぎりと
ミルクフランスパンをレジに置いた。
「お疲れ様、、、今日も、、練習、、?」
控えめの笑顔でのむらさんは牧田を迎えた。
「うん、、、シーズンに向けてこれからまた
ハードになっていくと思う、、、」
牧田は言った。
「そうか、、、メンバー、、入ってね、、、
応援してる、、、試合も見に行くね、、、
頑張ってね、、、」
のむらさんは牧田に
本当に優しい言葉をかけてくれた。
「ありがとう、、、のむらさん、、
僕はやる、、、のむらさん、、、
絶対に、、優しい先生になってね、、、
僕も全力で応援する、、、」
牧田はしっかりとのむらさんの目を見て
言った。
「うん、、、絶対、、、なる、、、」
優しい目でのむらさんは牧田に答えた。
春のオープン戦が始まり
ピッチャー陣の競争もここから激化してくる。
リーグ戦のピッチャーの枠を誰が掴むのか
熾烈な争いが繰り広げられるわけだ。
牧田としては去年の秋に1度リーグ戦のマウンドを経験し、この春についてはあの時のリベンジを必ずしたいという気持ちがあった。
《1試合でも良い、、、なんとかあの時の苦い経験、、
桜井の勝ちを消してしまったあの投球、、
あのリベンジは必ず成し遂げたい、、》
そんな強い思いでリーグ戦のメンバー枠を狙っていた。
牧田はオープン戦ではリリーフでの登板を軸に
しっかりと結果を残していった。
打たれることもあったが
更に磨きをかけたコントロールと
去年以上に力の出てきた真っ直ぐを武器に
リリーフピッチャーとしての信頼を少しづつ
勝ち取っていった。
そして、リーグ戦の開幕メンバー発表の時がやってくる。
背番号26 牧田
張り出されたメンバー表に
その名前はあった。
《よし、、、やった、、、開幕メンバーだ、、、絶対に結果を残すぞ、、、》
心の中で牧田は大きくガッツポーズをした。
「牧田、、、メンバーなの、、?
たのみますよ、、、?」
ボゾボソと牧田の横に来て
嫌味な口調でこんなセリフを言う男、、
あいつしかいない、、、
「あっ、、あぁ、、一応ね、、
なんとか入れてもらえたって感じだね、、
こ、、、今度は救援失敗しないように
頑張るよ、、、」
牧田は桜井に言った。
「大丈夫、、、想定済みだから、、、
おれは、プロに行くことしか頭にないから、、
お前がどうとか、、そんなに興味ない、、」
そう言って桜井はゆっくりと消えていった。
桜井の背番号は18
2年生で既にエースナンバーをもらい
中心ピッチャーとなっている。
牧田は一層と湧き立ってきた燃え盛るような感情を
桜井の背中に向けていた。
原宿に来てとサキに言われて
この日は野球部がオフだったこともあり
自主練習の合間をぬって電車でサキの指定する
お店へ向かった。
そこは都会のシャレた雰囲気のカフェだった。
「あっ、、牧田くん、こっち!」
既に店内にいたサキに促され
牧田はサキのいる席で腰を下ろした。
「なんかすごいオシャレなお店だね!
よく来るの?」
「うん、なんかこの雰囲気が好きで
撮影の打ち合わせとかでよく使ってるの、、
牧田くんにもこのお店教えたかったんだ、、」
楽しそうに話すサキに牧田も嬉しくなった。
「それで、、、実は一つ報告があってね、、
今年の夏に、、なんとアメリカに行けることになったの!!
もちろんセリフなんてほとんど無いエキストラみたいなものなんだけど、、、
アメリカで撮影する映画のオーディションに合格してね、、、
だから二宮くん、牧田くんに続いて、ついに私もアメリカデビューします!!」
「ほんとに!!?
それは嬉しいなぁ!!オーディションに合格したって、すごいことじゃない?
さすがサキちゃんだよ、、、
アメリカでの撮影かぁ、、、
すごいなぁ!!
おれも今から楽しみになってきたよ!」
サキの報告に牧田も喜びを噛み締めた。
ただ、牧田はすぐに真剣な表情でサキに言った。
「そのことは、、、
あの男性には伝えたの、、?」
これまであの男性について牧田から触れることはしていなかったが、牧田はここでそれをサキに聞いた。
「いや、、、それは、、、伝えてない、、、」
しばし沈黙が流れた。
「サキちゃん、、伝えよう、、、
おれも一緒に、、、
おれからも彼に謝りたい、、、
そして、これからはあの人とサキちゃんは
堂々と友人として付き合ってもらいたい、、、
いま、来てもらえない、、、?
電話してみてくれないかな、、、」
牧田はいつになくハッキリと、、
穏やかな口調ながらも強くサキに伝えた。
「えっ、、、いま、、、?
えっと、、、あっ、、うん、、、分かった、、
いま電話してみるね、、」
動揺しながらもサキはスマホを取り出し
電話をかけた。
電話は繋がれ、サキはあの男性に
今いる場所を伝え、電話を切った。
「いまから、、、来てくれるって、、、」
「良かった、、サキちゃん、、ありがとう、、」
2人はコーヒーを飲みながら
ゆっくりと彼を待った。
「こんにちは、、
マシタハヤトと言います。
榎本さんとは俳優養成所で知り合って
お世話になっています。」
端正で華奢なその身体つきと腰の低い
人の良さそうな感じで
見た目は確かに男性ではあるが
女性らしさも兼ね備えているのが牧田にはすぐに分かった。
「こんにちは、、、
牧田謙吾と申します。
この間、レッスン場での僕の行動について
本当に申し訳ありませんでした。
何か、とんでもない勘違いをしてしまいまして、、、
嫌な思いをさせてしまいまして
本当に申し訳ありませんでした。」
牧田は立ち上がって深々と頭を下げた。
「いや、、あれは僕のほうも配慮が
足りませんでした、、、
榎本さんからお付き合いしている男性がいるのは聞いていましたし、そうと知りながら
距離感も考えずに、、、
こちらこそすみませんでした、、、」
「2人とも、、、
ごめんなさい、、、
こんな風に謝らせてしまっているのは
私が原因だから、、、
牧田くん、、、
ハヤト、、、
本当にごめん、、、
良かったら、、
これからも
2人と仲良くさせてもらえたら
嬉しいです、、、」
牧田とハヤトは目を合わせ
笑顔でサキを受け入れた。
「僕はもう大丈夫!
これからもハヤトさんは
サキちゃんと今まで以上に
一緒にいてあげて下さい!
そのほうが僕も嬉しいです、、、」
牧田はハヤトに言った。
「牧田くん、、、ありがとう、、
牧田くんにそう言ってもらえて僕も
嬉しい、、、
サキちゃんは僕に任せて、、、
変な男が寄りつかないように守るから、、、」
ハヤトも嬉しそうな表情で答えた。
「ちょっとハヤト!!
私はそんなに軽い女じゃありません!
自分でそのくらいのガードは出来ます!」
本来の仲の良い2人に戻ったようで
牧田は安心した。
東京のオシャレなカフェで
3人の若者が楽しそうにテーブルを
囲んでいた。
熾烈なメンバー争いを勝ち取り
牧田は開幕メンバー入りを決めた。
そして2戦目の川崎文化大学との
試合でついに牧田の出番が巡ってきた。
5対5の7回表。
厳しい場面での登板となった。
この冬を乗り越えて
牧田は真っ直ぐの勢い
変化球の精度
そしてコントロールと
出来る限りの努力で
しっかりとレベルを高めていけた自負はあった。
その成果が試される出番。
先頭を外角いっぱいの力あるストレートで
見逃し三振に斬って取った。
球速は136キロを計測した。
入学当時の球速が128キロだったので
1年間で8キロも球速が伸びていた。
その後の打者もセカンドゴロ。
そして3人目の打者もセンターフライに打ち取ってみせた。
見事な火消し役となり
パーフェクトでこの回を切り抜けた。
「よくやった!!ナイスピッチング牧田!」
「やるじゃん!!無名高!!完璧やなー!」
ベンチでは先輩らに大きな祝福を受けて
迎えられた。
「思い出が増えたなー、、よかった、よかった、、」
別に言わなくてもいいような嫌味なセリフも
案の定、聞こえてきた。
ベンチに座る桜井だ。
独り言なのか、そうじゃないのか分からない
その言葉は、あえて無視した。
ふてぶてしい態度で桜井は視線を落としていた。
牧田はこの回限りでマウンドを降り
役目をきっちりと果たした。
《この喜びをまだまだ味わいたい》
牧田の視線はこの後も続いていくリーグ戦を
しっかりと見据えていた。
それ以降のリーグ戦についても
牧田はリリーフ投手として
江戸大学のブルペンに欠かせない存在となっていった。
接戦で迎える試合終盤に牧田はお呼びがかかるようになった。
「牧田、行け!火消しを頼む!」
監督からもそう言って送り出されるようになり
いつしか先輩達は牧田のことを
《火消しの牧田》と
呼ぶようになっていった。
東京笛吹大学との一戦では
8回裏の終盤。。
もつれた展開の中、7対6で江戸大学リードの場面で牧田が投入された。
「牧田!!火消しを頼む!」
牧田は満を持してマウンドに上がった。
力あるストレートは開幕時よりも
遥かに勢いを増していた。
130キロ後半のストレートが外角に
バンバンと決まった。
力強い相手打線に多少戸惑いながらも
1安打無失点に抑え、見事火消し役を
務め上げ、この試合の勝利に大きく貢献した形となった。
「牧田、ナイス!!」
「火消し大成功やん!!」
試合後、牧田はみんなから賞賛を浴びた。
「ありがとうございます!みなさんの頑張りのおかげです!」
牧田は笑顔で答えていった。
「リーグ戦まだ終わってないから
あんまり喜んだりしないほうがいいと思うけど、、、」
歓喜に溢れる中で
やはりこの男、、、
桜井だけは
言わなくてもいいようなことを
平気で伝えてきた。
「あ、、、そうだね、、、
そうするよ、、、、
とりあえず、、頑張ろう、、、」
牧田はあまり深い話にしたくなかったので
無難なセリフで答えた。
「いや、、、言われなくてもおれは
やることやるから、、、」
桜井は目も合わせずにボソッとそう言って
トボトボと向こうのほうへ歩いていった。
やれやれと思いながらも牧田は
自分がチームの一員となれている実感と喜びを噛み締めながら
試合後のストレッチに流れていった。
リーグ戦も終盤を迎え最終戦となった。
江戸大学は首都大学リーグで3位につけ
最終戦の結果を待たずに順位は確定した。
最終戦には2年生エースの桜井が
先発マウンドに登った。
ここまで桜井は5試合に先発で登板。
3勝2敗の成績を収めていた。
4勝目を賭けたこの試合の相手は
リーグ優勝が決まっている西神大学だった。
桜井はこの試合でとんでもない快挙を成し遂げることになる。
強打を誇る西神大学打線を相手に一歩も引くことのない投球を披露する桜井。
左腕から放たれる真っ直ぐは140キロを超えた。
落差のあるスローカーブを武器に打者のタイミングを狂わせ、三振の山を築いた。
8回まで二塁ベースをも踏ませない圧巻のピッチング。
許した走者は四球で出した走者の1人だけ、、、
訪れたプロのスカウト陣も唸る
とんでもない投球で球場をざわつかせていた。
ベンチに座る牧田も、息を呑むこのピッチングに圧倒されていた。
《すごい、、、桜井という男は、、、
性格は決して良い男とは思えないが、、、
マウンドに上がる桜井はとてつもなく頼もしい、、、
上級生の中にいてもこの2年生エースは
存在感が違う、、、
野球に懸ける気持ちは
江戸大学のどの選手よりも強いかもしれない、、、
おれのことを見下すし、プライドの高さは
鼻につくが、おれはこの男を超えないと
いけないのか、、、
とても高い壁だ、、、
でも、、、
絶対に超える、、、
おれは忘れてはいない、、、
高校3年の夏の県大会、、、
メーテル学院に遊ばれたあの試合を、、、
あの日があったからおれはこうやって
野球を続けている、、
絶対に、、、
絶対に負けない、、、》
闘志みなぎる牧田の前で
最終回を3人で打ち取り
見事ノーヒットノーランで歓喜の渦に巻く
ピッチャーマウンドの桜井の姿を
牧田は目に焼き付けていた、、、
牧田はリーグ戦での活躍が認められ
監督の宍戸がリーグ戦後に選ぶ敢闘賞に
表彰された。
「火消しの牧田!この春はよく頑張ってくれた。
この勢いを秋のリーグ戦でも見せてくれ!」
「はい、この夏も頑張って秋のリーグ戦でも投げさせてもらえるように精進します!」
牧田はしっかりと宣言した。
そしてチームMVPには文句無しで
桜井が選ばれた。
「桜井!2年生エースとしてチームを引っ張ったな。そして何よりも最後の西神大学戦での
ノーヒットノーラン、、、
あれは圧巻だった、、、
秋もそのピッチングでリーグ戦優勝を
果たせるように頑張ってくれ!!」
「ありがとうございます!まだまだこの実力ではプロに行っても通用しません、、
ドラフト一位でプロに行けるように
秋は春以上の成績を残せるよう頑張ります。」
桜井も堂々とプロ入りを宣言した。
無名高でしかも外野手だった牧田が
一般入試で扉を叩いた江戸大学野球部の中で
2年生の春にして、チームに対して存在感を見せることが出来た。
一方で野球エリートで名門メーテル学院から駆け上がってきた桜井はその道のりを順調に歩み、大方の予想通りに既にエースに君臨してきた、、、
この2人のライバルは今後の江戸大学野球部に
何か化学変化を起こしてくれる、、、
監督含め、チーム全体でも
そんな空気が漂い始めていた、、、
牧田はいつものマックでサキと会っていた。
「もうすぐサキちゃんもアメリカだね!」
「うん!ほんっとーーに楽しみ!!
撮影は一週間くらいなんだけど
結構びっちりスケジュール管理されてて
忙しいし大変な現場だと思うけど
思う存分楽しんできます!」
サキはとても嬉しそうな表情だった。
「おれももうすぐサマーキャンプだ、、、
あっちで本場の野球を体験してくるよ、、
たぶん登板機会も与えてもらえると思うし
向こうの大学生との試合も組まれてるから
どこまで通用するか、、、
おれもすごく楽しみだ、、、」
「絶対頑張ってね!!!
私、めっちゃ応援してる!!」
サキは自分のことのように興奮して
応援してくれた。
「サキちゃんも、この仕事でもしアピール出来たら、アメリカで役者として成功する夢が
いっそう近づくんじゃないかな?」
「まだまだ私の実力じゃあ、、全然先の話になるとは思う、、、
でもその夢は絶対に、
常に頭に描いてる、、
こんなチャンスは滅多にないと思う、、、
だから、私は日本の女優として、、
必ず何か爪痕を残したい、、、
日本の女優でもないんだけどね、、、まだ、、」
「いや、、、サキちゃん、、、
おれからしたらサキちゃんはもう
立派な日本の女優さんだよ、、、
日本から羽ばたいて
アメリカに向かうスター候補だよ、、、
これまで頑張って努力した結果
こんなチャンスが巡ってきた、、
サキちゃんの頑張りがこうして
大きなチャンスを作ったんだ、、、」
「牧田くん、、、ありがとう、、、
なんか私たち、
高校の時から出会って
そしてお付き合いもさせてもらって、、
そして、、お別れもして、、、
でもまた、、こうやって巡り合って、、、
なんか、、、
そうだな、、、
切っても切れない関係なのかな、、、」
サキは頼んだストロベリーのシェイクを
飲みながら、牧田の顔を見つめた。
「なんだろうな、、、
ニノがいて
サキちゃんがいて、、
野球をして、、
サキちゃんがマネージャーをしてくれて、、
おれにとって野球とサキちゃんと、、
そしてニノは
切っても切っても
切れない関係にあるのかなと思ってる、、、
こうやって同じ時期に
アメリカに行けることや、、、
そのアメリカには既に
ニノがいて、、、
頑張ってることや、、、
なんかほんとにもう
おれたちは
ずっと一緒に夢を追い続けていけたらなって
思う、、、
どんなことがあっても、、、」
「牧田くんって、、
ほんとに真っ直ぐだし、、
真面目だし、、、
優しいよね、、、
これからも、、、よろしくね、、、」
「おれなんか全然大した人間じゃないよ、、ほんとに、、、
でもおれはこれからもサキちゃんやニノを信じる男でいたいな、、、
どんなことが起きても、、、」
「牧田くん、、、
ありがとう、、、」
夕暮れの外は2人のことを
包み込むような夏の寂しさを演出していた。
牧田はアメリカに飛び立った。
目指すはコロラド州のデンバー、、、
江戸大学の姉妹校のデンバー大学の寮を借りて
サマーキャンプと称してデンバー大学野球部と
交流練習や交流試合が行われる、、、
江戸大学からは20人の選手が参加することになった。
その中には、桜井と守谷もいた。
牧田はこの守谷と
実は仲が良い、、、
「おい、マッキー!!
お前、海外初めてなんだろ??
ダセェなー!!
おれは金持ちの家庭だから
ハワイやグアムは行ったし
結構海外旅行行ってるから慣れてるんだよ、、」
「そうなの?守谷くんはすごいな、、
持ってる道具とかも良いものしか使ってないもんね、、
お金持ちってどう?やっぱり楽しい?
おれなんかは普通の家庭だから
旅行といっても熱海や湯河原くらいしか
行ったことないし
あんまり贅沢とかしたことないからさ、、、」
「金持ちは楽しいかって??
そうだな、、、まあ大抵のことは
お金が解決してくれるからな、、、
やっぱり楽しいんじゃないか?
少なくともおれは親が金持ちで
良かったなと思うよ。」
「そうなんだ、、、
それは良いことだね、、、
でもおれみたいな性格だと
別に海外旅行に行きたい気持ちもないし
ファッションとかギャンブルとかも
全く興味ないし
そもそも物欲もないから
お金の価値とかあんまり重視してないんだよね、、、」
「マッキー、お前それ、、
負け惜しみだろ??笑
分かる、、、分かるよ、、、
認めたくないんだよな、、、
でも、、大丈夫、、、
おれが特別だから、、、
マッキーが普通だよ、、、
あんま気にすんなよ、、、」
「いや、、全然気にしてないから
おれは大丈夫だよ、、、
そんなことよりも
守谷くん、、、
アメリカのピッチャーと対戦するの
楽しみじゃない?」
「えっ、、、そうだな、、
まあおれのセンスなら
簡単にセンター前クリーンヒットでしょ!
アメリカでもおれの実力を存分に
披露してやるよ!」
「あ、、、応援してるよ、、、頑張ろう、、、」
《桜井はぶっきらぼうで性格悪いし
守谷は面白い男ではあるけど
自信過剰で軽い男だし
ほんと、メーテル学院の2人は
いろんな意味で忙しい奴らだな、、、》
そんな思いを胸に
牧田らはアメリカの地へと
舞い降りた、、、、
アメリカでのサマーキャンプは牧田にとって
本当に刺激の連続で30万円をバイトで稼いで参加しただけの価値があった。
まずは大学野球部の施設環境が
江戸大学のそれとは桁違いなものだった。
寮内での食事は栄養士による徹底したアスリートの為の食事が完備され
グランド施設についても地域の独立リーグとも併用して管理しており
天然芝やスタンドなどのクオリティも
非常に高い管理下にあった。
更に室内練習場や寮内でのトレーニングルーム、
ミーティングルーム、クラブハウスなど
プロさながらの充実した施設に江戸大学の参加メンバー全員が圧倒された、、、
クラブハウス内では大きなモニターが完備されており、その中でその日に行われたゲームの映像が繰り返し流される。
選手は着替えや軽食などを摂りながら
その模様を随時チェック出来る環境にあり
これは凄いと牧田も感銘を受けた。
大学野球部のスタッフも
元メジャーリーグ、元マイナーリーグの選手達で構成されており
監督の他、オフェンスコーチ、ディフェンスコーチ、メディカルトレーナー、メンタルトレーナーと多くの専門家を配備され
常に多くの助言をもらえる環境下にあり
江戸大学とは比べ物にならないほどの
クオリティであった。
《これがアメリカの大学野球か、、、
凄まじいほどの環境だ、、、
ここからメジャーリーグで何百億も稼ぐ
選手を作ろうという気持ちが強烈に伝わってくる、、、
こんな場所で4年間を過ごし
心身共に鍛え上げられた才能の塊が
メジャーリーグの門を開くのか、、、
メジャーリーガーになってから頑張るんじゃない、、、
なる前からが戦いの始まりだ、、、》
牧田はこれほどまでの衝撃と
こんな中で2週間を過ごせることに
心を震わせていた。
《ここで、絶対に自分のレベルを大きく上げて
日本に帰ろう!!
この2週間は勝負だ、、、》
牧田の熱い気持ちのこもった
サマーキャンプが幕を開けた。
サマーキャンプでは
まずは挨拶ゲームとばかりに
いきなりデンバー大学との交流戦が
組まれていた。
先発は桜井、、、
デンバー大学はアメリカの大学リーグでも
トップレベルのチームのようだった。
ドラフト候補選手がズラリと並ぶラインナップ。
どうやら本気モードの姿勢で挑んでくるようだった。
一方の江戸大学は、20人の参加者ということもあり、トップチームとは言い難く
普段はメンバー外の選手も多く含まれていた。
この試合、桜井は序盤から打ち込まれた。
デンバー大学の強力打線にとって
140キロそこそこの桜井の真っ直ぐは
格好の餌食だった、、、
特大ホームランや長打など
めった打ちにあい
3回を8失点。
2ホーマー、8安打を浴びて
何も出来ないままに
桜井はマウンドを降りた、、、
そしてその後、、
牧田の出番が回ってきた。
牧田は力勝負では敵わないというのが
桜井のピッチングから分かったので
とにかく丁寧に丁寧に
コーナーを突く
技巧派のピッチングスタイルに徹した。
相手はとにかく真っ直ぐに強いので
YouTubeで覚えた新球種の
ツーシームやカットボールを多用し
なんとか相手に気持ちよく振ってもらい
少しだけ芯を外すような形にしていこうと
先輩キャッチャーと相談し
それに徹した。
大きな外野フライや強い打球のゴロヒットは許したが
長打を打たれることは無かった。
あれよあれよと
のらりくらりで牧田は試合を建て直し
4イニングを1失点。
被安打は6本ながらもタイムリーヒットの
1失点で切り抜け、まさに火消し役に
成功した形となった。
「よし!!牧田!!上出来だ!!
ナイスピッチング!!」
監督の宍戸も牧田を讃えた。
《良かった、、
桜井のピッチングを見れたことで、相手打線のある程度の傾向が予測出来た、、
彼らはドラフト候補揃い、、
こういう球速がない投手と対戦する時は
ある程度ホームランなどで
自分の価値を高めたいと思っているはずだ、、
それを利用して、なるべくコンパクトに振らせない、、大きな振りをしてもらえるように
相手ベンチからは素直なボールを投げているように見せかけ、実は少しだけ変化を加えたボールを多投した、、、
それが成果として出たのは大きかった、、、
桜井、、、申し訳ないけど今日はおれの勝ちだ、、きみの投球を反面教師として参考にさせてもらったよ、、、》
早々とマウンドを降りた桜井は
ベンチではずっと下を向いて英気を失っていた。
みんなが大盛り上がりで牧田を讃える中で
桜井だけは牧田のほうに視線を向けることさえなかった、、、
1番セカンド守谷。
1打席目から左打席での存在感を見せた。
初球のストレートを狙ったかのように
打ち抜き、センター前ヒット。
初球いきなりディレードスチールをしてみせ
まんまと二盗も成功させた。
「絶対警戒してないからな、、、
俺の頭脳はメジャークラス!!」
守谷のようなお調子者は
意外とアメリカのようなワイルドな野球には
向いているのかもしれない、、、
2打席目はプッシュバントをやってみせ
見事に内野安打を勝ち取った。
「ジャパニーズベースボール!!!
なめちゃいけないよー!!!」
塁上で守谷は楽しそうに叫んでいた。
3打席目は152キロの真っ直ぐに
堂々の空振り三振を喫した。
そして最後の第四打席、、、
初球の真っ直ぐをまたも見事に
センターに弾き返した。
4打数3安打の猛打賞、、、
春のリーグ戦では準レギュラーの位置に
留まっていたが、この交流戦で
守谷は打線ではチーム一の大活躍を
見せつけた。
「いやー、、、おれって
やっぱりアメリカ向き、、
メジャー向きなのかなー!!」
その気になった守谷のことは誰にも
止められない、、、
チームは14対0で敗れはしたが
投手陣では牧田の好リリーフ、、、
そして打線では
守谷が火を吐き
2人の大活躍が印象的な試合となった。
江戸大学野球部一向は
メジャーリーグも観戦し、本場の野球に
酔いしれた。
みなアメリカでは気持ちが高ぶり
いつかはアメリカで野球がしたいという
選手もちらほら出始めた。
牧田もアメリカの野球についていろいろと
刺激を受ける部分が多かったが
自分の立ち位置を理解していたので
アメリカで野球をやるという想像には至らなかった。
牧田の目標はあくまで日本のプロ野球。
ここにドラフトで呼ばれるように
とにかくこの大学野球生活を無駄にしないように日々、生活を送っていた。
地元のマイナーリーグとの試合が迫った。
ここには全米のドラフト候補の大学生が任意で集結し、マイナーチームと大学選抜のエキシビションマッチが開催される。
そこに江戸大学からも唯一、桜井が招待された。
牧田らその他の江戸大学メンバーはスタンドで観戦するという形だった。
桜井に出番が来るかは分からないが
日本の大学生の代表としてメンバーに連なるわけだから、ものすごく名誉なことだった。
そして、この試合、、、
牧田は衝撃を受けることになる、、、
全米大学チームの先発投手は、、
なんと、、、
あの男だったのだ、、、
全米大学チームの
マウンドに上がったのは、、、
まぎれもない、、、
あの男、、、
二宮だった、、、
「ニノ!!!!
まじか、、、、、
ニノが投げる、、、、」
スタンドから見守る牧田は
絶句にも近い感情となった。
3年ぶりに見る二宮は
あの時よりも身体が
1サイズ大きくなっているように見えた。
しなやかな身体つきは変わらないが
そこに強さも兼ね備えたような
ボディになっている、、、
牧田の目にはそう映った、、、
《全米の先発が、ニノだなんて、、、
彼はもはや、手の届かないところまで
成長してしまったんだろうか、、、》
牧田は鳥肌を立たせていた、、、
二宮はマイナーチーム相手にも
堂々としたピッチングを披露した。
初回はあっさりと三者凡退に打ち取り
その後の2回、3回はなんなく相手打線を
抑え込んだ、、、
終わってみれば3イニングを3奪三振
被安打1、無失点。
最高の形でマウンドを降りた。
二宮が投げる時は
バックネット裏が騒がしくなっているのが
牧田には分かった。
ここに集まったアメリカの大学生にとってみれば、この試合は、いわばメジャーリーグのトライアウトそのもの。
メジャーリーグに行く為のアピールの場だと
いうことは牧田の目からもすぐに分かった。
二宮が3イニングを投げ切ってダッグアウトに戻る時
スタンドで観戦する客が立ち上がり
スタンディングオーベーションで
二宮のピッチングを讃えた。
二宮が投げるストレートは150キロを計測していた。
《すごい、、、
いや、すごいのは昔から知ってたけど
もっと凄くなってる、、、
ニノ、、、
やっぱりきみはおれの目標だ、、、
きみのようなピッチャーにおれはなりたい、、、》
スタンドから見る二宮は
あまりにもカッコ良くて
画になる男
まぎれもなく
あの二宮だった、、、
二宮の活躍はこれで終わらなかった。
マウンドを降りても
打者、二宮がそこにはいた。
《そうだった、、、
ニノはバッティングセンスも
一流なんだった、、、
もしかして、、、
バッティングでも見せてくれるのか、、、》
牧田の鼓動は高まる、、、
二宮はゆっくりと打席に向かう。、
相手ピッチャーは現役のマイナーリーガー。
ゆうに150キロを超える真っ直ぐが
バンバンと来る、、、
右打席に立つ二宮は
バッターボックスでも華麗なオーラをまとっていた、、、
綺麗なフォーム、、、
本当に何をやらしても画になる男だ、、、
3球目のスライダーをうまく振り抜き
打球は三遊間を抜けた、、、
見事にシングルヒット、、、
二宮はバッティングでも
しっかりとこのレベルに対応してきた、、、
《この男だけは、、、
本当に凄い男だ、、、
なんだろう、、、
おそらく努力とかで
追いつけるような選手じゃない、、、
持って生まれた天性のスター性と
その上から誰にも負けない努力を重ねる、、
そうやってこの男がここまでの
能力になっていったに違いない、、、
とてつもない選手になったんだな、、、
ニノ、、、》
牧田はこの光景を強く強く目に焼き付けた、、、、、
試合終盤に桜井もマウンドに上がった。
デンバー大学戦で打ち込まれてから
桜井はチームでも元気がなくおとなしかったが
マウンドに立つと、その姿はいつも見る
頼りがいのある桜井だった。
デンバー大学とは違い
1ランク上のレベルとの相手になるが
桜井はちゃんと修正を見せてきた。
綺麗な回転の真っ直ぐには頼らず
その真っ直ぐに少しの変化を加えてきた。
デンバー大学戦の牧田と同様に
ツーシームやカットボールを基本線とした
組み立てに変えてきた。
大きなスローカーブは健在で
その緩いスピードに惑わされたところで
スピードのある真っ直ぐが来る、、
打者はここぞとばかりに強振するが
バットに当たる前にクイっと内や外に
変化するため、バットには当たるが
なかなか芯で捉えることが出来ない、、、
そんな形で相手打者を騙しながら
桜井は見事に1イニングを
被安打1、無失点で存在感を見せつけた。
《さすが同学年でエースを任される男だけある、、、
ちゃんと、この短期間で修正してきた、、、
ニノよりも前に
おれは、この桜井との戦いに
勝たないといけない、、、》
牧田は
この日本人2人の活躍を
スタンドで見守りながら
しっかりと自分の向上に役立てる
データとして、この試合をメモに刻んでいた。
結局この試合は
4対3でマイナーリーグの勝利となった。
二宮や桜井の好投もあり善戦した大学選抜だったが
あと一歩のところで惜敗した。
「ニノ!!!ニノ!!!おれ!!!
牧田!!!!」
これを逃しては当分二宮には会えない、、、
試合を終えて引き上げようとする二宮に向けて
牧田はスタンドから意を決して大きな声を掛けた。
「えっ、、、、、
マッキー、、、?」
二宮はポカンとした表情で牧田のほうを見つめた。
「サマーキャンプでこっちの大学に招待されて来てるんだ!おれも大学で野球やってるんだよ!」
「えっ、まじで???
マッキー野球続けてんの??
嘘でしょ!!!
めっちゃ気合い入ってんじゃん!!」
二宮は驚きと嬉しさの
両方が入り混じったような表情で
牧田に言った。
「まあ、おれのことはさておき、、
ニノ、、、
凄いね!!
大学選抜に入って
しかも完璧なピッチングに
バッティングまで結果出して、、、
まさかこれほどまでに凄くなってるとは、、、」
「甘い甘い!!!
マッキー、見立てが甘いよー!!
おれはメジャーに行く!!
見といてくれよ!!
おれはメジャーリーガーとして
必ず成功する!!
マッキー、、、次会うときはおれは
メジャーリーガーだ!!
サインいる??
高く売れるぜ!!」
二宮は楽しそうに牧田に言った。
「サインは
メジャーリーガーになってから
友達の特権で強引にでも頂くよ!
ニノ、、応援してる!!
必ずメジャーリーガーになってな!!」
「任せとけ!!!
そん時は、焼肉奢る!!!」
「おっ、、、焼肉ね、、ありがとう、、、」
二宮は晴々しくダッグアウトに戻って行った。
《ニノ、、、ありがとう!
おれも必ず、、、
プロの世界に行く、、、
その時、、驚いてくれ、、、》
牧田は夕暮れの光り輝く綺麗なグラウンドを
しみじみと見つめていた、、
デンバー大学の施設では
これまで経験したことのないような
トレーニングなども実践出来た。
「日本のピッチャーはなぜ
こんなにたくさんランニングをしてるんだ?」
アメリカの大学生もまた日本の野球に
興味津々だった。
「日本人は侍の時代から
足腰の強化というのは重要視されてたんだと思う。
その昔、国内で権力争いが行われていた。
そんな戦国時代の頃から、日本人は足腰を強化し、強靭なスタミナを作る必要があった、、
たぶんこの古くからの伝統が
今でもこうして
日本の野球文化にも根付いているんだろうね、、、」
牧田はこんな説明をアメリカ人にしていた。
「マッキー、それほんとなのか??」
隣で聞いていた守谷が言った。
「これは僕の持論だけどね、、
そういうことかなって、、、」
牧田はとにかく好んでランニングメニューを
こなしていた。
ランニングメニューは嫌がる選手も多いのだが牧田だけは違った、、
《とにかくランニングで足腰を強化する、、、
ただ、ここアメリカで行われている身体を大きくする筋力トレーニングも決して間違ってはいない、、、
むしろこの部分は日本人も大いに取り入れるべきだ、、、
アメリカと日本、、、
それぞれの良さを融合させて
ベストなトレーニングを発見していこう、、、》
牧田はまた密かにアメリカから学びを得ていた、、、
その後もデンバー大学とのオープン戦や
地元のクラブチームとのオープン戦なども
行い、アメリカ野球を存分に体験した
江戸大学野球部一向は
アメリカでのサマーキャンプを終えた。
刺激的な2週間の日々は
あっという間に過ぎ去って行った。
牧田はこのキャンプでは
多くの学びを得た。
自分自身の特徴を最大限に活かすことで
強靭なパワーを誇る相手にも勝負が出来るという結果も得ることが出来た。
今後のピッチングにおいても
この経験は必ず実を結ぶものになるだろうと
感じていた。
そして何よりも二宮の成長を肌で感じることが出来たことが1番だった。
憧れ続けてきた二宮が
バリバリの大学選抜として
君臨していた。
その存在感や佇まいが
牧田にとってはあまりにも衝撃的すぎた。
二宮との再会も果たし
帰国の途につく牧田であったが
このアメリカでのお土産をもとに
また新たな挑戦が始まっていく。
サキはアメリカの地に降り立った。
ロサンゼルス。
真っ青に晴れた空の下で
バイクにまたがるロス警察が
映画のようなカーチェイスを繰り広げている。
「カッコいいなー!!映画の世界みたい、、、」
サキは初めてのアメリカに感動しきりだ、、、
ここロサンゼルスでサキは2週間に及ぶ撮影に挑む、、、
この映画、実はバリバリのハリウッド映画であり、スタッフや製作費含めかなりの大作だった。
その中で、サキは日本人の家庭教師という役で
セリフこそないものの
しっかりと出演は予定されており
サキにとってはかなりの大きな仕事だった、、
小さなプロダクションに所属しているサキは
副社長兼マネージャーでもある
洋子という女性とこの仕事を共にする、、、
「洋子さん、、私、本当にハリウッドデビュー出来るのかな、、、」
「サキ、、それはあなた次第よ、、、
この撮影でちゃんと監督の要望に応えることが
出来れば、、
あなたの夢の第一歩は叶えられるわよ、、、」
「嬉しいなー、、、私がアメリカでデビュー出来るなんて、、、
めちゃくちゃ緊張するけど、、、
でも楽しみ、、、
私、、ほんとに役者として大きくなりたい、、
成功を手に入れたい、、、
その為にも
絶対頑張る、、、、
どんなことがあっても負けない、、、」
「まあまあ、、、その気持ちは私は
前から知ってるから、、、
あんまり気負いすぎないでよ、、、
私だって緊張してるんだから、、、
でもせっかくロサンゼルスまで来たんだし
まずは、お洒落なカフェでも行って
アメリカを満喫しましょうよ、、、」
洋子にそう言われ、サキも賛成し
カフェを探した。
「このハンバーガーセットとかボリュームあって美味しそう、、、
30ドルだって、、、
凄い値段、、、、」
サキは言った。
ロサンゼルスの中心街にあるカフェに入った2人だったが、ちょっとした軽食を食べようにも
その金額には正直驚いていた、、、
「いや、、、噂では聞いていたけど
ここまでの値段とは、、
ちょっと私としても想定外だわ、、、」
洋子は驚きながらも
サキの選んだハンバーガーセットを2つ頼み、
軽い軽食を摂った。
女2人の楽しくも大変な
アメリカでの映画撮影が幕を開けようとしていた。
撮影は順調に進んでいった。
監督はハリウッド映画の巨匠とも呼ばれる有名な監督でもあり、現場はピリピリとした雰囲気が漂っていた、、、
サキについて、出番はほんの僅かということもあり、ほとんど見学に来ているようなものだった。
ただ本場の撮影現場の緊張感などがリアルに伝わり、それだけでサキにとっては
かけがえのない経験そのものだった。
5日目あたりでようやくサキの出演場面の撮影が始まり、サキも用意された衣装で
監督の指示通りに動いた。
多少の会話なら、アルバイトで鍛えたサキの英語力で通用した。
役柄としてはアメリカ人の小学生が日本の歴史を学ぶ為に家庭教師をつけて日本語を学ぶというシーンに登場する日本人家庭教師だ。
子供に日本語を教えるシーンを何度か
撮影し、見事に演じ切った。
「グッドジョブ!サキ!」
監督の提案で本名のサキという役名をもらい
演技後には監督からも、労いの言葉をもらった。
「サキ、、良かったわ、、、
良い演技、、、
なんか感動しちゃった、、、」
洋子さんもとても喜んでくれた。
その後の撮影現場も2人は一部同行し
サキはアメリカでのこの大仕事を
とても充実した形で乗り切っていった。
ロサンゼルスの壮大な景色と
現場でのきめ細やかな撮影現場に
ギャップを感じながらも
サキと洋子は
日々の仕事をそつなくこなしていった2週間だった。
アメリカでのサマーキャンプを終えた牧田。
そして撮影を終えたサキ。
2人は共に日本での生活を再開していた。
牧田はより一層、野球へのモチベーションが高まり
連日の練習と帰宅後の自主練習ともに
更にギアを上げて
鍛錬していった。
サキもサキで
日々のレッスンとカフェでのアルバイトの
両立を続けていた。
日々、淡々と過ぎていく日常、、、
大きな大きな夢を持つ
2人の男女、、、
牧田はこれからも日本のプロ野球入りを目指し
努力を続けていく予定だ、、、
そして、、
サキは、、
アメリカで撮影したハリウッド大作が完成し
世界での上映が始まると、、
セリフなき役柄といえど
サキの名は
一躍日本でも有名になるだろう、、、
そしてサキの目指す
アメリカで役者として成功する夢は
一層近づいていくと思う、、、
夢を持っても
その夢が大きければ大きいほど
それを叶えられる人間は
一握りになっていく、、、
ビッグな夢ほど
そう簡単にそれを手にすることは出来ない、、、
ただ、、
どんな夢でも
自分自身の気持ちさえあれば
勝手に追いかけることは出来る、、、
この2人が幸せなのは
夢を追い続けている瞬間が、、、
まさにこの瞬間が
この2人にとって1番の幸せな
時間なのではないだろうか、、、
いつか
彼らの夢は叶うのか、、
それとも儚く散るのか、、
もはや、、、
そんな結果は
どうでもいいのかもしれない、、、
大切なのは
自分が掲げた夢を追うこと、、、
それが
「My Dream」
なんだと思う、、、
自分たちの夢を追いかけて
涙を流して
悔しがって
嬉しさを感じて、、、
大変な思いをしてこそ
その夢を追いかける意味が
見えてくるものではないのだろうか、、、、
〜完〜