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【百合バトル恋愛小説】白夜の翼 ―贖罪と救済の輪舞―  作者: 霧崎薫


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第10章: 「「私たちの翼は、もう迷わない」」

 研究室の奥から、不気味な振動が伝わってくる。月詠は思わず奏歌の手を強く握り締めた。


「この先に……」


「ええ、施設長の執務室よ」


 奏歌の声が、わずかに震えている。銀色の髪が、緊張で強張った表情を優しく縁取っていた。


 月詠は、隣で佇む奏歌の横顔をそっと見つめる。いつも凛として強かった彼女が、今は不安げな表情を見せている。その儚さに、胸が締め付けられる。


「奏歌さん……大丈夫……怖くないよ……」


 月詠は意を決して、奏歌の頬に触れた。冷たい肌が、自分の体温で少しずつ温まっていくのを感じる。


「月詠……」


 奏歌は月詠の手に自分の手を重ね、目を閉じる。その長い睫毛に、小さな涙が光っていた。


「ごめんなさい。私、施設長の前だと、昔の記憶が……」


「もう大丈夫……昔みたいに……一人じゃないから……」


 月詠の言葉に、奏歌は小さく微笑んだ。その笑顔に、月詠は心を奪われる。この微笑みを守りたい。その想いが、全身に力を与えてくれる。


 突然、廊下が大きく揺れ始めた。


「来たわ……!」


 執務室のドアが、内側から吹き飛ばされる。そこには、禍つ影を全身に纏った施設長の姿があった。


「よく来たわね、私の実験体たち」


 低く歪んだ声が響く。その姿は、もはや人間のものとは思えなかった。


「実験体ですって……?」


 奏歌の声が、怒りに震える。


「そう。あなたたち全ては、私の計画の一部。由紀も、奏歌も、そして月詠も」


 その言葉に、月詠は震える奏歌の手をより強く握る。


「違います」


 月詠の声が、静かに、しかし力強く響く。


「私たちは……誰かのモノじゃない」


 青い光が、月詠の背から溢れ出す。今度は迷いのない、強い意志を持った輝き。


「そうよ」


 奏歌の純白の翼も、共鳴するように光を放つ。


「私たちの翼は、私たちのもの。お前の実験体なんかじゃない!」


 二人の光が交差する瞬間、施設長の姿が歪んでいく。全身から黒い霧が噴き出し、巨大な禍つ影となって二人に襲いかかる。


「愚かな……だがその力こそが、私の求めていたもの」


 無数の触手が、月詠と奏歌を捕らえようとする。


「月詠!」


「奏歌さん!」


 二人の手が、強く結ばれる。


 瞬間、青と白の光が螺旋を描くように混ざり合う。これまでにない、強い輝きが研究所内を満たしていく。


「これは……!」


 奏歌の驚きの声に、月詠も目を見開く。二人の間で、新しい力が目覚めようとしていた。


「月詠、感じる? 私たちの力が……」


「うん。まるで、一つになろうとしてる」


 見上げた奏歌の瞳が、月の光のように輝いている。その美しさに、月詠は思わず息を呑む。銀色の髪が光の渦の中でオーロラのように揺らめき、頬は上気して薔薇色に染まっていた。


「私ね、ずっと言えなかったけど……」


 奏歌が月詠の手をより強く握る。


「月詠のことが、本当に、大好き」


 その言葉が、月詠の胸を強く震わせる。


「私も……私も奏歌さんが……!」


 感情が溢れ出し、言葉にならない。でも、それは伝わっていた。二人の翼が、より強く呼応するように。


「ふん。お前らの力を吸収して、私の糧にしてやる!」


 施設長の姿をした巨大な禍つ影が、二人を飲み込もうと迫る。


「月詠、私たちの力を……一つにしましょう?」


 奏歌の声には、もう迷いはなかった。


「うん。もう、迷わない」


 月詠は奏歌の両手を取り、まっすぐに見つめる。


「だって、護りたいものが、ここにあるから」


 その瞬間、二人の体が柔らかな光に包まれる。まるで、抱き合うように。


「ちょっと……くすぐったい」


 奏歌の声が、少女らしい甘さを帯びる。その仕草が愛らしくて、月詠は思わず微笑んだ。


「奏歌さんって、本当に可愛いね」


「もう、こんな時に……でも、嬉しい……」


 戦いの最中なのに、二人の間には不思議な温かさが広がっていく。それは、これまでの霊翼の力とは全く異なる、穏やかで優しい光だった。


「これが、私たちの本当の力……」


 月詠の囁きに、奏歌が頷く。


「ええ。誰かを傷つけるためじゃない」


 二人の翼が、一つの大きな光となって広がっていく。


「誰かの実験のためでもない」


 青と白が混ざり合い、新しい色を作り出していく。


「これは、私たちの……」


 声を重ねるように、二人は言った。


「想いそのもの!」


 まばゆい光が、空間を切り裂くように広がっていく。それは青でも白でもない、虹のような輝き。月詠と奏歌の純粋な想いが結晶化したかのような光だった。


「なっ……! この力は……!」


 施設長の声が、混乱と恐怖を滲ませる。巨大な禍つ影の姿が、光の前でよろめき始める。


「許さない」


 月詠の声が、静かに、しかし力強く響く。


「由紀ちゃんや、奏歌さんや、他のみんなを……実験台だなんて」


 その言葉に呼応するように、奏歌も声を重ねる。


「もう誰も、傷つかせない」


 二人の指が、より強く絡み合う。


「お互いの心が……こんなにも温かい……」


 月詠は奏歌の手の温もりに、これまで感じたことのない安らぎを覚えていた。隣で微笑む奏歌の横顔が、まるで聖女のように神々しく見える。


「「お前なんかに、この想いは理解できない!」」


 二人の声が重なり、新しい力が解き放たれる。それは破壊の力ではなく、浄化の光。禍つ影を飲み込むのではなく、包み込むような優しさを持っていた。


「やめろ……やめろおおっ!」


 施設長の姿が、光の中で揺らめき始める。全身を覆っていた禍つ影が、まるで闇を払うように消えていく。


「月詠、最後まで……」


「うん、一緒に!」


 奏歌が月詠の腰に腕を回し、月詠は胸の前で手を合わせる。二人の体が、自然と寄り添うように近づく。


「お互いの、全てを信じて」


 奏歌の囁きが、月詠の耳に心地よく響く。長い銀色の髪が、月詠の頬を優しく撫でる。


「奏歌さんと出会えて、本当に……」


 言葉が詰まる。でも、それ以上の言葉は必要なかった。二人の心は、既に完全に響き合っていた。


 光の渦が、研究所全体を包み込んでいく。それは破壊ではなく、再生の光。憎しみや怒りの連鎖を、優しく溶かしていくような。


「「これが、私たちの答え」」


 重なり合う声、重なり合う想い。


「「私たちの翼は、もう迷わない」」


 青と白の光が交わり、新しい夜明けの色になっていく。


「「この想いが、全てを照らすから」」


 眩い色の光が空間を満たしていく中、施設長の姿が揺らめき始めた。


「やめろ……これはいったい……!」


 その声には、もはや人間らしい響きは残っていない。全身を覆う禍つ影が、まるで苦悶するように蠢く。


 月詠と奏歌の掌から放たれる光は、青と白が混ざり合い、これまでにない温かな輝きを放っていた。それは破壊の光ではなく、浄化の光。


「見えますか……?」


 月詠が囁く。


「ええ」


 奏歌も頷く。


 禍つ影の向こうに、一人の女性の姿が浮かび上がっていた。かつての施設長。実験に囚われる前の、本来の姿。


「ああ、あの頃は、私たちも……」


 震える声で、施設長が語り始める。禍つ影の隙間から、人間らしい声が漏れ出す。


「誰かを救いたかっただけ……」


 光が施設長の体を包み込むにつれ、その姿がより鮮明になっていく。白衣を着た、どこか悲しげな表情の女性。その瞳には、深い後悔の色が宿っていた。


「でも、いつしか手段が目的になって……」


 黒い影が、まるで涙のように施設長の頬を伝い落ちる。


 月詠は奏歌の手をより強く握る。二人の間で光が増強され、より深い共鳴を生み出していく。


「私たちの研究は、人を救うはずだった」


 施設長の声が、少しずつ人間らしさを取り戻していく。


「霊翼の力で、病める者を癒し、傷ついた心を救う……」


「でも、その想いが……」


 奏歌の声が痛みを帯びる。


「どこかで、歪んでしまったのね」


 月詠が言葉を継ぐ。


 禍つ影が、施設長の体から徐々に剥がれ落ちていく。まるで長年の重荷が解かれていくように。その様子は、恐ろしいというより、どこか切なさを感じさせた。


「由紀ちゃんも、奏歌さんも、他の子たちも……」


 月詠の声が震える。


「みんな、誰かの実験台になんてならなくて……よかったはず……」


 その言葉に、施設長の体から大きく禍つ影が剥落する。


「あの子たちは、私が……私が……」


 施設長の目から、黒い涙が零れ落ちる。


「もう……十分です……」


 月詠の声は、不思議なほど優しい。


「もう誰も、傷つける必要はないんですから……」


 奏歌も静かに頷く。


「そうよ。これ以上、罪を重ねる必要はないわ」


 光の渦が、施設長を優しく包み込んでいく。それは裁きの光ではなく、許しの光。青と白が織りなす温かな輝きが、長年の闇を溶かしていく。


「私は……何をしてしまったのか……?」


 施設長の声には、もう憎しみも狂気もない。ただ、深い悔恨の色だけが残されていた。


 禍つ影が完全に消え去った時、そこには一人の疲れ切った女性が膝をつく姿があった。白衣は薄汚れ、銀色に変わり始めた髪がざんばらに顔を覆っている。


「終わったのね」


 奏歌が静かに呟く。


「ええ」


 月詠も頷く。


 施設長は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、もう混沢は残っていない。代わりにそこにあったのは、深い懺悔の色と、かすかな安堵の光。


「許されることは……ないのでしょうね」


 か細い声で、施設長が言う。


「でも、あなたたちの光は……確かに……温かった」


 それが、施設長の最後の言葉となった。

 意識を失いぐったりと倒れる体を、月詠と奏歌が優しく支える。


 朝日が研究所の窓から差し込み始めていた。

 それは新しい夜明けの光。

 すべてを浄化し、新たな始まりを告げる、

 希望の光だった。


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