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波湯ダンジョン


 波湯ダンジョン。


 人口の多く集まる首都近辺や都市部と比べれば、人が集まるとは言い難いが、それでも、そのダンジョンの特性からダンジョン発生時以降周辺地域の急激な再開発が行われるほどには盛況であり、人気のあるダンジョンだ。


 その一番の見どころは、ダンジョンに出現する魔物の落とすドロップ品の買取価格にある。

 人が集中し、供給が満たされた影響で多少の買い取り価格の減少と言う事実はあるものの、それでも『金を稼ぐなら波湯』なんて言葉があるほどらしい。


 コメントによってそのダンジョンの存在を知った俺ではあるが、一度向かう前に調べた情報だとそんなことが分かったのだった。


「結構堪えたな」


 最寄り駅から約四十分。

 長いと言えば長く、短いと言えば短い時間を電車の中で耐え、俺は目的地である波湯ダンジョン前に立っていた。

 元々の志望校であった大学への通学距離を考えればむしろ少しだけ短いくらいではあるのだが、何せこんなに電車に乗った経験などあまりなかったために若干の気だるさは抜けなかった。

 唯一の救いは、最寄り駅からの出発であり、完全に乗客がいない状態で席に座れたことが幸いしただろう。


 まあ、なんにせよついたのだ。

 通勤、通学時間に丸被りして予期せぬ疲労が溜まったものの過ぎたこと。

 俺はダンジョン協会波湯支部の建物に脚を進めた。


「わ」


 まず自動ドアを抜けて驚いたのはその人の多さだった。

 滅茶苦茶混んでいると言うわけではない。

 だが、今まで通っていた教習ダンジョンでは集団の学生と言った人たちが居なければ、スタッフ以外の人を見ることがない日だって珍しくはなかった。


 ただ、人の目を集めたくないと思い俺は動き出した。

 施設としてはあまり変わらない。

 改札があって、奥にカウンターが存在する。

 俺は早速手続きを始めた。







 ◆


「じゃじゃ~ん!なんと入場限界が32階層まで引き上げられました!」

 

『お~』

『おめでとう!』

『すげぇ』

『つーか、それ考えると教習ダンジョンやべぇな』


 俺を褒めたたえるコメントに「ふふん!」と鼻を鳴らしつつ、詳しい説明を続けた。


「一応分からない人もいるかと思うので、詳しく説明します。えっと、まずはダンジョンの入場制限階数なんですけど、一応どのダンジョンに行っても大きな違いはありませんが、もし、今回のように初めてのダンジョンに行った場合、協会側が判断して元々攻略していたダンジョンの入場限界のデータをもとに見極めてくれます。それで、適性の階層より二層減らした状態の入場許可が付与されます」


『へー知らんかった』

『あんま移動する人も多くないから知らん人も多いな』

『つっても、花火ちゃんみたいに上下する人はそうそういないけどな』

『教習ダンジョンの19までいってからの人がいればためになるかもなぁ』


 本来、教習ダンジョンを除いた一般的なダンジョンの難易度はそこまで変わりはない。

 ダンジョンの規模によって存在する階層の数が変わるらしいが、基本的に階層の数字が同じで同士であれば大きな難易度の差はないと言う。

 コメントでも流れていたが、今回のようなことは特別だろう。


「あ、それと実力者同士での強さの指標を最高到達階層で表しているのを目にする人も多いかもしれませんが、そう言った場合に複数のダンジョンで変わる場合は数の多い方を取るみたいです」


 探索者における強さの指標はそれほど多くない。

 階級と言った物は存在しないし、直接的な優劣を決めるのは難しい。

 故に、ダンジョンにおける到達回数によってその実力を測るのだ。


「じゃあ、こんなところで、早速波湯ダンジョンに挑戦します」


 簡単に説明を終えた後、俺はそう言ってダンジョンに入場した。

 やり方はそう変わらない。

 特に苦戦することもなく入場を果たした。


「一応、今日は行ける所まで行こうと思います。32階層までの許可は下りましたが、転移陣を利用するには自分の脚で一度行かなきゃいけないので」


『そりゃそうか』

『転移陣はダンジョンの副産物だから仕方ないな』

『まあ、難易度はそこまで変わらないけど、一応一から降りた方が安全ではあるしね』

『花火ちゃんならそんなに時間もかからなそう』


 転移陣はダンジョンの一機能、そればかりは協会における干渉によってどうにかできる事ではない。

 地道に降りていくしかないのだ。


「とは言っても、一層は素通りになっちゃいますね。全然わかないですし」


 そんなことを言いつつ俺は二層に到達。

 苦戦することなくどんどん進んでいく。

 慣れない魔物や初めて見た種類もいるが、生憎特徴を把握するほどの相手でもない。

 ギリギリの戦闘であれば、そう言ったところから弱点を突く必要があるが、今回はその必要もなかった。


「20階層。結構早くつきましたね。難易度が違うと言ってもなんだか感慨深いです」


『あっちでは19までだったからか』

『相当なスピードで進んできたな』

『途中で他の探索者が驚いてて笑った』


 教習ダンジョンにおける入場限界である19階層を超えて現在20階層。

 一瞬の感動を覚えながら俺は見渡して口を開く。


「そして、これが良く稼げると言う階層の一つ」


 波湯ダンジョンのお金稼ぎに適すと言う特徴をもつ由縁の一つを俺は見て呟いた。


光嫌羊(こうけんひつじ)


 金色に輝く羊毛を自身の身体を包むようにして身体に纏わせる羊のような魔物。

 見渡せば群れのように密集するそれらを俺は見た。


『別名貢献羊』

『光嫌いなのにめっちゃ輝いてる』

『正確にはスキル光を嫌う』


 コメント欄を見ながら再度口を開く。


「コメントでも言われてますけど、光を嫌っていて魔法系のスキルとかを使うとすぐ逃げてしまうらしいですね。かとって、物理攻撃は全然通らないので弱点であるスキルでの攻撃が必須なんですけど」


『逃げ足早いんだよな』

『物理攻撃聞かない上に、逃げずに攻撃してくるんだよな』

『じゃあ、好都合じゃない?』

『いや、強すぎて勝てないし、攻撃は通らないしで、どんなに強い人でも決着がつかない』


「まあ、でも、その代わり倒すことが出来れば、ドロップアイテムで高く売れる羊毛を落とすらしいです」


 今や高級ブランドでも使われるほどのその羊毛はとても実入りが良いらしい。

 世界のセレブのベッドには絶対に使われていると言われるほどで、人気が高い。


「って、ん?何か音が」

 

 そんなことを思っていると不意に何かが地面を蹴るような音が聞こえる。

 いや、振動も。


『あ』

『やば』

『誰かスキル使ったな』

『ちょっこっち来る!?』


「え、あ、ふぇぶっ!?」


 そして気付いた時にはもう遅い。

 正面まで迫って来た羊に俺は吹っ飛ばされた。

 幸いだったのは、高級な羊毛と言うだけあって完全にダメージが吸収されたことだった。







 ◆


 波湯ダンジョン51階層にて剣が舞う。

 銀が空を割けば、その先にいる魔物は二つに割れた。

 舞うように、踊るように剣を振るうのは一人の少女。


 青く輝く瞳は線を描くようにして揺れた。

 そうすれば、彼女を囲むようにいた魔物は死体へと変わった。


『さすが』

『51でも余裕か』

『ソードマにも届くんじゃねぇか』


 彼女を移すドローンは配信と言う形を通して視聴者へとその光景を見せつけた。

 配信を見ていた者は湧き、コメントは加速する。


 そんな中で、彼女は一つのコメントを見た。


『前、配信で話していた花火ちゃんうえにいるよ』


 鳩行為──それは、配信におけるタブーであり、忌み嫌われる行為。

 それは通常の配信ではないダンジョン配信においても何ら変わりのないことだった。

 だが、こと今回のこの少女の配信においてはそれには該当しないかもしれなかった。


 故に他のコメントも注意を促すようなものは一切なく配信が冷めるようなことはなかった。

 そして何より、当の配信者である少女はうっすらと笑みをたたえていた。


 



 ◆

 

「いたた」


 羊に吹っ飛ばされた俺は尻もちをついていた。

 いくら羊の身体がクッションに覆われていると言っても、吹っ飛ばされた先で身体を打てば痛みも走る。

 尻をさすって立ち上がるも羊はもう見えなくなっていた。


『なんてやつだ』

『大丈夫?』

『いたそ』

『身体強化してるからってダメージゼロじゃないしな』


 俺を心配するようなコメントになんだか嬉しく思いながらも、心配させまいと口を開く。


「大丈夫です。結構痛いけど、怪我をしたわけじゃないので」


『ならよかった』

『でも、気を付けてよ』

『やっぱ、防具早く買った方が良いよ』


 防具を進めて来るコメントには「お金が溜まったら」と返す。

 俺だって命を投げすてるようなことはしたくない。

 早くお金を溜めてせめておしりを守れるくらいのものを買おう。


 と、そこで不意にスマホが震えた。


「『D-NET』のDM?」


 電源を入れて画面に表示された文字を見てそんな声を洩らす。

 DMなんて機能があることも知らなかったが一体なんだろうとタップする。


「な」


 そして衝撃の内容に言葉を詰まらせた。


『どうしたん?』

『な?』

『まさか、学科の時みたいに何か忘れてたとか?』

『花火ちゃんの事だから有り得るけど』


 コメントなど俺の眼中にはなく、俺の両目は必死に送られてきた文章を追っていた。

 左から右へと目を走らせて、また同じように読み直す。

 この状況について行かない思考がやっとその一端を理解した時、俺は驚きのあまり声を上げた。


「こ、ここコラボ依頼が来ました」

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