次のダンジョン
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「──了解いたしました。では、当日キャンセルになりますので手数料がかかってしまいますがよろしいですか?…………はい。でしたらこちらで処理させていただきます。ご連絡ありがとうございました。失礼いたします」
教習ダンジョンにおけるダンジョン協会支部の事務室にてガチャリと受話器が置かれた。
そんな受話器を今までに手に持ってダンジョン教習のキャンセル手続きを行っていた女性は必要事項を記入し終えると伸びをした。
僅かな息が漏れるも、誰かに聞こえるほどではない。
だが、その仕草は誰がどう見ても疲労から来たものであると言う事は明白であった。
故に、その行為に対して心配そうに声をかける者が居てもおかしな話ではなかった。
「千装さん、お疲れだねぇ」
「あ、先輩。すみません」
話しかけてきたのは、千装と呼ばれた女性より少し年上の女職員。
そんな先輩である彼女に対して仕事中に伸びをしたことを見られたからか、千装は反射的に謝罪をした。
「いやいや、良いよ。と言うか、むしろ千装さんの仕事じゃないのに電話対応させて申し訳ないくらい」
先輩職員はそう言った。
確かに、今日は急に自分の子供が熱を出したと言った本来電話を受けるはずの職員の代わりに、比較的身動きを取れる千装が電話を任された。
だが、それだって千装に面倒ごとを押し付けられたと言う話ではない。
「いえ、そもそも一人抜けた分の仕事で言えば先輩方の方が請け負ってくれてますし」
「むしろ、普段の業務に電話対応が追加されただけですし」と千装は続けた。
そんな千装にそれでも悪かったと言う表情を魅せつつも先輩職員は気を取り直すように言った。
「まあ、今日は電話も少ないと思うから悪いけど引き続き頼むよ。……それに、あの子も学科をやっと終わらせてついに卒業しちゃいそうだしね」
あの子と言われて千装は一瞬考えた。
だが、そう考えるまでもなく学科をやっと終わらせた人物の顔を思い浮かべた。
「玉屋さんですか」
「そ。結局、教習期限が丸一年だったから本当にギリギリだったけどね」
その言葉を聞いて千装も頷いた。
そう言えばそうだ。
教習期限は当たり前のように存在していて、それを過ぎればもう一度料金を払って教習を受けることになる。
三十万程度かかる自動車免許と比べれば、探索者資格を取るために必要な料金はそう高くない。
だが、それでも学生にとっては大金であることは言うまでもなく。
今話しに出ていた玉屋葦の普段の稼いでいる金額を考えれば相当に財布にダメージを与えうることは想像に難くはないのだ。
まあ、とにかく現在の日付は五月中旬。
去年の五月下旬に登録をしにきたことを考えれば本当にギリギリだったと言えるだろう。
そして、不意に千装は口を開いた。
「支部長もそれを気付かせるために配信をさせたんですかね?」
玉屋葦は今や配信者『花火』として一躍時の人。
そして、彼女が教習を無事完了することに至ったのはその配信がきっかけである。
そんな考えのもとに彼女は言ったのだが、あえなく笑い飛ばされる。
「ないない。支部長はなんだか彼女を気にかけているようだけど、それとは別だと思うわよ。支部長が本部の企画に彼女を押したのだって、「おもしろそうだから」って洩らしていたから」
ものすごい計算づくで玉屋葦を救った支部長像が千装の中で崩れていく。
だが、まあ、あの人を一目でも見れば別に想像のつく範疇ではあったと千装は思った。
ただ、仕事中、しかも先ほど一人抜けて大変だと話したのはこの二人である。
それなのに、こうも駄弁っていればそれに待ったが掛けられる。
「二人とも、喋ってないで仕事してよ~!」
優しい口調。
それでも促された注意に二人はしまったと言う顔をして仕事に戻った。
◆
言い訳をしたい。
俺が学科の存在を知らなかったそのわけを。
色々聞いてみて判明したのだ。
集団でダンジョン登録を行ったあのプランにて俺は学科などと言った説明をされていなかったのだ。
いや、正確には聞く機会が、聞く状況になかったと言うべきか。
俺はあの日、自身のスキル『ばくだん!』によって気を失った。
そこから紆余曲折あって病院に運ばれたのだが、俺が搬送された後に皆はダンジョンから引き揚げて色々と説明を受けたらしい。
探索者資格についての諸々と、学科と実習について。
「だから、俺は悪くないです」
そう言い切ったのだった。
だが、デジャブと言うかなんというか。
俺が言い切った後には否定の言葉が羅列された。
『(仕方なく)ないです』
『でも、その後直接教えてもらったんでしょ』
『流石に擁護は……』
『こればかりは肯定できない』
酷い。
「まあ、いいや。取りあえず、探索者資格は手に入れたし」
そう言って自分を納得させる。
ちなみになんで配信しているかと言えば、資格取得を祝ってである。
それと前回答えられなかった色々を答えようと言う魂胆でもあった。
「えっと、じゃあ、前回あまり聞けなかったので、質問とかあったらお願いします」
俺はそう言う。
現在はダンジョンではなく、自宅にて配信中である。
故に魔物に警戒することなく思う存分視聴者さんとコミュニケーションが取れると言うわけだ。
『ダンジョン関連で言ったら装備かな』
『ああ、確かに』
『そう言えば前回はそこらへんは答えてなかったな』
『下着も装備だよね?そうだよね?』
「じゃあ、装備の話にします」
質問の多そうな装備について答える。
「といっても、最近はナイフ以外は普段着だしそんなに話すこともないんだけど」
『ん?』
『普段着?』
『不可視系の装備でもなく?』
『え?生身でダンジョンってこと?』
俺が呟くとコメントが流れる。
慣れてしまって今はそうでもないけどよく考えてみたらやばいかもしれない。
そう思って言い訳をする。
「えっと、別にダンジョンを舐めてるとかじゃなくて。初めはレンタルの奴を使ってたんですよ。でも、途中から払えなくなって」
そう。
どうせ稼げるとか。
そんな甘い期待を持っていたのだが、やればやるほどレンタルでは元が取れなくなってきたし、いや、それどころか借りるほどのお金もすでにないのだ。
『やっぱりお金ないんだ』
『まあ、確かに前回の配信でちょっとコメントでも出てたけど』
『あんなに強い魔物倒しても余裕無いの?』
「確かに魔物は強いけど、ちゃんと稼げる人はもっと下の層に言ったりしてるみたいだから、俺だと多分まだまだ稼ぐのは難しいです」
コメントにそう返す。
俺が今潜れるのは19階層。
実力者と呼ばれる人たちはもっともっと深くへ進んでいるだろう。
「それに、コメントで見たけど、俺が行っていたダンジョンは群を抜いて稼げないらしいので」
そんな言葉を付け加えた。
なんとなくは感じていたのだ。
こんなに稼げないのはおかしくないかなって。
「で、でもっ、ナイフはしっかり買ってますよ!いいやつ!」
そうナイフはいいものを買っている。
それだけは断言出来た。
なぜなら、
「ほら、見てください!あの有名な探索者向けの武器メーカー『夜鍵堂』のナイフです」
俺は取り出したナイフをカメラに映す。
ちゃんと『夜鍵堂』の印字がされている。
ちなみに夜鍵堂と言うのは俺が口にしたように有名なダンジョン探索者向けの武器を作るメーカーだ。
創業当時は鍵屋だったらしいが、紆余曲折の末に武器メーカーとなったようだ。
「あまり高いのが買えないので、店頭にあった一番安いやつですけど」
でも、それだって有名な信頼性のある所の武器には変わりがない。
そう思ったのだが……
『これ、普通のナイフじゃね?』
『あーこれやすくていいよね』
『え?それで潜ってたの?』
『よく生きてたね。今まで』
思っていた内容と違った。
「でも、普通のナイフのはずないですよ。ちゃんとホームセンターの探索者用コーナーで買いましたもん」
『ホームセンター……』
『それ多分、草木が多い階層とかではらい退けたりするようじゃない』
『俺もダンジョンで調理するときとかに包丁代わりに使ってるわ』
『ホームセンターじゃちゃんとした戦闘用の武器はうってないんだよなぁ』
「…………」
『花火ちゃんめっちゃ抜けてね』
『普通に心配になるレベル』
『ア〇なのか単に不注意なのか』
『今までよく生きてこれたね』
『周りが優しかったんだろうなぁ』
なんか呆れられているような気がする。
でも、自分でも思うのだ。
なんか最近やばくないかって。
TSする前はこんなことそうそうなかったはずなんだけど。
もしかして、この身体に精神が…………いや、ないない。
見た目は中学生だか小学生だか微妙なラインではあるけれど、中学生あるいは小学生だってここまで抜けているはずがない。
ま、まあ、とりあえず置いておこう。
答えが出る気がしないし。
「こほん。……えっと、装備とかそう言うところも踏まえてなんですけど他のダンジョンに移ろうと思っていていいダンジョンないですか?なるべく稼げるところとか」
話を変えようと思いそう言った。
とは言っても、先ほどの会話に関連することであり、そこまで突飛な話ではないだろう。
それに、ずっと考えてはいて聞こうと思っていたのだ。
『うーん。難しいな』
『有名どころは首都圏に集中してるけど、稼げるってなるとどうなんだろ』
『教習ダンジョンより良いって意味では普通のとこなら全部いいとは思うけど』
『花火ちゃんの行ってたダンジョン周辺でって考えてもむずいな』
『うちの地元に結構いいとこあるけど山中だしな』
俺はコメントを目で追った流石に全国各地にあるダンジョンからそう簡単にここだと言うものがでてくることはないのだろうか。
そんなことを思いつつコメントを眺めているよさそうな案が目についた。
『少し遠いかもしれないけど、波湯ダンジョンとかどうかな』
「なみゆダンジョン…………あーこの辺か」
ネットで検索を掛けてどんな場所か確認する。
そんな俺の呟きに反応してかコメントも流れた。
『波湯は確かにいいかも』
『ちょうどいいんじゃない』
『距離が大丈夫なら俺もおすすめだと思う』
コメントも概ね賛成。
そんなことを確認した末、俺は口を開いた。
「じゃあ、なみゆダンジョンに決定で」