一人で
黒い炎の犬はそれぞれが駆ける。
怪鳥が電気の格子を展開しても、その隙間を一瞬で縫った。
その身をわずかにでも焦がすことすらなく牙を獲物に押し付ける。
スキルによって現われた魔犬の役割はそう多くない。
大きく開いた口が怪鳥に噛みつけば、そこで役割を終える。
食いつき振り落とされない魔犬はその牙でターゲットに食いつくことをトリガーするかのように体を膨張させる。
黒い炎が集まってできたその身体には外殻は存在しない。
だが、スキルの作用なのかその場にとどまり続けようとするさまはその身体の枠を突き破らんと内側の何かが暴れているように見えた。
しかし、そんな状態は一瞬の出来事だ。
一秒も経たずに膨れ上がった魔犬の身体は水風船のように破裂した。
バケツをひっくり返したような様を見せた黒い炎は怪鳥を塗らす。
それが同時に五か所で起きる。
当然のようにそれらの炎は怪鳥の身を焼く。
怪鳥がわめこうと体を動かそうと炎の勢いは衰えない。
スキル特有の特異なそれが三十階層に足を踏み入れた誰よりも最初に仕掛けられ直撃した攻撃であった。
そして、同時にスキルの保有者であるシキカも迫る。
一振りの刀はその身に周囲を写す。
この場にいる多くの者は未だ状況の把握に頭を回している。
そんな様子をありありと細い刀身に映し、それでも数秒後に映し出された景色は黒く塗り替えらえる。
スキルにより現れた黒い炎は未だ彼女の元より漏れ出ており、それが曇りない刀身を包んでいた。
それだけで、シキカのスキルが先の黒炎の魔犬を作り出すだけのモノでないことは明白だろう。
本来ありえない特異な条件で生まれたそのスキルは二つの要素を複合していた。
彼女が討伐するに至った魔物の元の姿は「亜炎鍾」と「土闇傀」と言う二種の魔物だ。
それぞれ、「燃焼し続ける炎」と「徘徊し続ける闇」の特性を持つスキルオーブを落とすことがある。
前者は外部からの干渉のない限り、後者は外部への干渉が出来ないと言う制限のつくものであったが、両者が合わさることにより一つのスキルが生まれることとなった。
そんな経緯を持って生まれたスキルに付与された効果は、外部の干渉力を得る代わりに攻撃をした際に身体を維持し続ける力を失う効果だった。
それと同時に身体を構成するために使われていた闇炎と言うべき炎は敵の身を焦がす。
そして、もう一つ、スキルの効果があった。
それが、「燃焼し続ける炎」が変質して生まれたのが今も溢れ続ける黒い炎だった。
制御はほぼ不可能でありながら、一時的にその炎の一部は刀に纏われる。
そしてそれが意味することはすでに攻撃の間合いに怪鳥を捉えたと言う事。
制御できる短い時間の内に攻撃が仕掛けられることを意味していた。
ただ、そんな状況でこの場にいる多数に人間が傍観の一手を取るとは言えない。
この場にいるすべての人間がスキルを放ち彼女の妨害へと身体を動かしていた。
拘束力のあるスキルは瞬きより早く彼女を追い、武器を握りこんだ数名はすでにシキカを捉えていた。
氷の槍は地上からぐんぐんと伸びてシキカに迫り、しかし何よりも彼女に迫るのは怪鳥の電撃だった。
ただ、それは一瞬の判断で『制御剥奪』を発動させたとなうによって不安定な状態になった電流の格子が鞭のようにほとばしったに過ぎなかった。
しかし、シキカはそのどれよりも早く刀を振るう。
一見堂に入っているような構えでありながらも、素人の域をできない。
しかし、実際に命をかけて詰まれた研鑽の一振りを黒い炎は脅威へと押し上げる。
そしてその一撃は肉を先、傷口から水のように侵入した黒い炎は怪鳥のうち側から破壊することとなる。
時間にして数秒、実力者と言えどあまりにも早い決着がほぼ一人の少女によってなされた瞬間であった。