てんてんてんし
三十階層手前での足止めをふりきり、トミイタを始めとする『鍵』未所有側の陣営は今も合成を続ける者たちを捉えていた。
ここで迫られる選択は、いち早く追い付き合成の妨害をすること。
または、合成完了前に追いつき、スタート地点を同じにそろえる事。
しかし、そもそも今の状況下で採れるのはほぼ後者一択であると言ってもいい。
そもそも、この時点で追いつくことは容易い位置まで迫っていることに加えて、このままいけば合成完了時点で扉の前までたどり着くことが可能だからだ。
もし追い付いて合成を失敗させたとして、争うことをせずに再度合成の時間を待つ作業が増えるだけでうまみはない。
加えて、協力関係にあったとは言え後方の出遅れた『鍵』を持たない陣営の者たちが追い付く可能性は高い。
であるならば、競争相手が少ない今この場で邪魔をせずに合成を待つべきだと言う判断が妥当であった。
すでに迫りながらも誰よりも早くボスを打倒する作戦を各々が頭に巡らす。
唯一、この場でアドバンテージがあるのは『鍵』の未所有側であるグループだろう。
『鍵』の所有者側は攻勢を期すために各グループから一人ずつ選出しているのに対して、そんなことは関係のないこちらは突破できる者は何人だろうと突破してきている。
トミイタと昆布西口、そしてジチョウとヒカゲは実質戦力が二倍であるとも言えた。
戦闘力に関わらず、一人は妨害に動けることを考えれば相当な有利が見て取れるだろう。
考え得る中で最高のシチュエーション。
一つ気がかりがあるが、それでもこれ以上ない状況だった。
「来るぞ」
そしてついに、『鍵』の合成はなされることとなる。
《参加者シキカの手によって『鍵』の合成が完了されました》
初めての名指しのログ。
そしてそれが流れた瞬間、扉が開き、光が漏れた。
その瞬間にはその場の全員が動いていた。
スキルの使用により常人には及ばない速度で行動を移す。
そしてこの中で出遅れるとするのならば、合成要員であるシキカだろう。
彼女は合成の間モーションをとれない。
作戦を考えることが精々で、予備動作を取ることが出来る他の面々とは明らかにスタート地点が後方にあった。
故に、一秒にも満たないその時間は彼女に牙をむく。
そう既に皆は……。
いや、そんな皆が動くより早く、否、速く動いたものがいた。
後方百メートル。
通路すら抜けていないその人物のスキルが一線を描く。
『キター!!』
『完全な視覚外からの攻撃』
『連はくんマジ天使』
『連羽くん!』
一人、連羽と言う少年が誰よりも早い一手を投じた。
一見少女のような見た目にも見える彼は、『鍵』を所有していない側の人物であり、先の足止めを喰らって後方にいた。
そんな彼のスキルは『天使転羽』。
ユニークスキルに該当するそのスキルは盤上をひっくり返すポテンシャルを秘める。
スキル発動時に現れるのは天使と身がまうほどの純白の翼。
僅か三秒間の顕現を許されたそれは朽ちるように黒く染まり散っていく。
しかし、スキルの本領はそこではない。
スキル発動時に手元に現れる一本の白い羽は翼が散る三秒の合間にだけ特別な効果を発揮する。
遮蔽物がなければ、百メートルほどを一瞬で直進し、そして使用者と位置を入れ替える。
言ってしまえば転移の力だった。
デメリットは多くある。
先に触れた遮蔽物の有無。
外部からの干渉による失敗。
転移先の判明。
だが、今この瞬間条件が満たされ彼の放った羽根は一直線に飛び動かんとしていた人物たちを追い越した。
しかし、これをトミイタは知っていた。
いや、此処にいる数人の内のいくらかも知っていた。
だからこそ、防がれるのも簡単に想像のつくことだった。
剣を振るったのはトミイタだ。
いくら早く動いたって探索者の身体能力であれば捉えることは難しくない。
掴むだけで効果はなくなるそれに対して切り伏せることくらい簡単なことだった。
だが、羽根が伸びきる前に連羽の姿はそこに現れる。
空中で身体を捻る連羽はナイフでそれをはじく。
そして、そのまま前へと足を進めた。
この時点で先頭は連羽へと変わる。
しかし、トミイタとの差はほぼなく、そんなトミイタよりも一歩先に輝葉がいた。
彼らはついに踏み込み、深紅の怪鳥を見据える。
『網猟鳥』はすぐに人間を認識してスキルを発動する。
鳴き声は不快で同時に、放たれたイカズチのような電流は網目状に空気を割いた。
各自は壁のように放たれた雷の格子を避け足を進める。
連羽は跳躍し、輝葉は足元に蔦を生成して自信を押し上げる。
トミイタは昆布西口の援護を受けて先を進む。
そして連羽がファーストアタックを仕掛けようとした時、一つの声が発せられた。
「──闇炎」
後手に回り、未だその場にしゃがみ込むシキカの口から洩れた言葉だった。