制御剥奪
配信者『となう』はダンジョンの僅か19層に長い期間とらわれていた。
コツコツと配信者活動をしながらも、その努力が実を結ぶことなく停滞していた。
同接の人数はそこまで多くなく、登録者数は501人。
熱心なファンはいても大衆に見られることもなかった。
「今日はいつもよりも1秒減らすことが出来ました!」
『おめでとう』
『この階層の魔物はお手のものだね』
『一秒は凄い!』
ポツポツと流れるコメント。
登録者から考えるとリアルタイムの配信と言うことを考えれば大分コメントは多いだろう。
だが、それでも伸び悩んでいる状況には変わりがなかった。
「次は、一回上の層に戻って、タイムアタックの練習をしようと考えていて……」
『いいねぇ』
『となうちゃんの好きな通りにしたらいいよ』
『ここ数カ月で随分と技量も上がったしねぇ』
となうの提案には肯定をくれる。
だからと言って、横暴な態度をとるわけではないのだが、なんだか細々した活動を続けられるのはこうしたコメントがあってこそだ。
となう自身そう活動者に詳しいわけではないため、コメントの文体に当初は困惑することもあったが今では小さい『ぇ』にすら安心を覚える。
だが、それでも時々、思うのだ。
何かの拍子にバズって有名な配信者になれないかと。
別に、自分が全くと言っていいほど、応援されていないとは思っていない。
ちょっと変動はあるけれど500人と言う登録者数を見ては頬を緩めて、活力にするくらいだ。
500人も登録をしてくれると言うのはどれだけ凄い事かなんて言うのは、活動をしていて身に染みている。
「でも、それでも」
時々思うのだ。
そして、奇跡は起こった。
とあるスキルを覚えたのだった。
スキルの保有枠は平均と言える5はあった。
だから、可能性はあったのだ。
でも、スキルオーブでも使わなきゃそんなにすぐにスキルは覚えられない。
それでも努力をして、彼女が自然と手に入れたスキルは。
「『制御剥奪』」
そんな名前のユニークスキルだった。
◆
となうが発動した『制御剥奪』は対象のスキルの制御を奪うと言うもの。
奪うと言っても、操作が可能となるわけではなく制御を浮かせると言った表現が近いと思える。
発動中のスキルに与えられた指向性を無に帰させるのだ。
スキルと言うのは、結果を生み出す力である。
『投擲』のスキルであれば、投擲が上手くなるのではなく、何処に着弾するかを任意で選べると言った具合だろう。
だから、原理で言えば適当に放り投げたナイフの軌道を外側から干渉して着弾場所を無理やり合わせると言った形だろうか。
例えば、『投擲』の制御を奪った場合、スキルによる超常の力によって制御されていたそれは途端に進路をそれて放り出される。
では、例えば具現させるスキルであればどうだろうか。
そう、今回のように水の球を生成するスキルであれば、具現した水が消滅するわけではない。
具現した水をかたどる枠が壊れるのだ。
特に今回用に水の球を作り、内部にエネルギーを内包し加速を繰り返す其れならば、まるで爆発を起こすかのようにその場で破裂する。
「く」
その衝撃に、その場に留まることは出来ずに身体は押し戻される。
『みぇん』
『画面真っ白』
だが、視界の塞がれたこの習慣にも果敢にとなうは突き進んだ。
ただ、鬼がこちらに出来ることが出来ないなんて道理はない。
白い蒸気のような霧をその棍棒に纏いながらそれは振るわれる。
だが。
「───ッ」
となうは足元に手を向けていた。
使うのはやはり『制御剥奪』のスキルであり、それは地面から生えた蔦を活性化させる。
制御の剥奪により、蔦魔法に起こる現象は本来持続してその場に残り続ける特性を完全に消滅させる。
それにより行き場を失ったエネルギーは蔦の成長を過剰に促す。
それはいわば、スキルの再起。
再発動とも言える技であり、それは目の前の青鬼の脚を止める。
ただ、それは一瞬の隙を生む程度の……いや、違う。
過剰に成長した蔦はわずかにとなうの脚を上方へと押し出した。
少しだけ、ただそれでも跳躍距離は稼げる。
それだけでとなうは水忍鬼の上方を跨いで、首に取り付き一閃を入れる。
今度こそ手ごたえがあった。
だが、それでも、傷は浅い。
だが、そこにダックの斧が加勢する。
大振りで振られる斧は一直線に首に叩かれんとするが。
やはりその瞬間、鬼は印を結ぶ。
だが、それは想定済み。
鬼の腕には蔦が絡みつく。
そこをヘキの剣が一閃する。
傷を入れれたのは指一本。だが、それだけで十分だった。
印は崩れ、技の失敗。
それは、ダックの斧が鬼の首をはねたことが証明していた。
◆
「とったあああ!!」
『うるせぇ』
『すげぇぇええ』
『となうちゃん鍵入手!』
公式チャンネルでフーカが叫ぶ。
熱が入り過ぎたその声は、視聴者の耳を痛く揺らした。
「声デカいなぁ。でも、となうちゃんたちのEグループが三つ目の『鍵の破片』を手に入れましたね」
あくまで蝶羽は冷静にそうコメントをした。