偽装
スキル保有枠の平均は5である。
その事実は、ダンジョンでの登録の際に判明する要素のスキル保有枠に関する話題であることから一度の登録でやめてしまう探索者にも知られることだ。
そんな平均のスキル保有枠の話題ではあるのだが、その上の6の探索者がどれだけいるのか。
そう問われることがあるのなら、「まあ、そこそこいる」と言った反応になるだろう。
では、その上の7は?
それを聞けば多くの探索者、特にベテランと呼ばれる者たちはこう答える。
「見たことがない」
それは、特に力をつけて多くの強者に囲まれるものほど顕著であった。
多くの場合スキルが多いものほど後を考えずにスキルを取って、結果として息詰まる。
そんな話をする者もいる。
だが、インターネットが発達し、そんな失敗例は嫌と言うほど目にするだろう。
有用なスキルは何なのか、どうすればいいのか。
D-NETに大量にあふれている初心者向けの解説動画の一つでも見れば、すべての動画でその話題に触れるだろう。
そんな現代にあってスキル保有枠の多い者の現状は変わっていない。
故に問題は別にある。
それは、スキル一つに掛けられる研鑽の要素だ。
単純な話、30の労力があった時、5つのスキルに均等に使ったとして6を割り振ることが出来るだろう
では、7つのスキルの場合、均等にスキルを使いこなせるようになった時4が精々。
すべてが中途半端。しかも現実では更にそれは困難になるだろう。
故にスキル保有枠の多い探索者はここの研鑽に押し負ける。
◆
だからこそ、輝葉と言う少年は異常だった。
ここまでのジチョウとの戦闘で、少なくないスキルを高い精度で発動させている。
しかも、探索者になって数か月だと言うのならばジチョウは「ふざけるなよ」と口からこぼれてしまっていただろう。
それがないのは、輝葉と言う少年が配信者の類ではなく細かな年齢を推測することが出来ないからだった。
このことがジチョウの思考を保たせる救いであったのかは定かではないが、比較的思考は出来ていた。
だが、次の輝葉の行動に思考が乱れる。
「っ!?」
気付いた瞬間には、数センチ視界が傾いていた。
まだ、スキルを隠していた!?
いまジチョウが把握しているスキルは7に収まっている。
だが、どう考えてもそれ以外に使用していることは確実だろう。
つまり、8を超えている可能性も存在する。
いや、それよりも。
「──ッ!」
「くそが」
使われたスキルは足元に小規模な沼を発生させるものだった。
幅は足一つが落とせるのがやっと、底も直ぐに足をつく程度。
だが、その一瞬とも言えない足が取られるという行為が相手に致命的な隙を晒せさせることになる。
そして、さらにミスを犯した。
スキルの連発。
それは、ジチョウの思考に少なからず再度スキルでの攻撃が来ると予想させる。
戦闘が始まった瞬間から抜き身の剣を持っているのに。
「とった」
輝葉の口から声が漏れる。
だが。
「いいや」
後方からの声はヒカゲだ。
だが、それも想定の内。
「わかってますよ」
そのまま剣を後方に向けた。
その瞬間固定化された影と銀がぶつかる。
しかし、影を保てるのは二秒。
押し切ればおのずと、ヒカゲは剣を出さざるを得なくなる。
ついぞ一人目が左手を腕から離し剣を抜いた。
この瞬間、ほぼ確定ではあったが明確にヒカゲのスロットに『鍵の破片』が存在しないことが示される。
ヒカゲの移動速度は『影操作』に由来するものではなく影を冠する別のスキル『影潜』と言うもの。
影に潜む単純なスキルであるが、『影操作』によって道を作りそこを潜ることでスピードが跳ね上がる。
しかし、輝葉は気付いていた。
故に「とった」と声を出して、こちらがジチョウの王手をかけたとヒカゲに思わせた。
いや、実際に王手ではあった。
しかし、チェックメイトではなかった。
それでも声に出してヒカゲにそう思わせたのは、考える暇を与えないため。
テケはともかく、ヒカゲはスキルの特性上支援に特化している。
影を忍ばせる事や、先ほどの高速移動によってすぐにピンチに駆け付けられる。
故に、小細工を指せる前に手を出させた。
ジチョウに確実に迫る魔の手を阻止しようと必ず止めに動くから。
そして、隙を作り。
リンヤが動いた。
スキル『斬撃』。
それは一動作に特化したスキル。
『剣術』のように様々な技能が踏襲されたスキルではなく、その一技能を極めたスキルだ。
『剣術』スキルを使えば斬撃の再現くらいは可能だ。
それは実際、ウラウと言う配信者が配信者『花火』との模擬戦で使用している。
しかし、一点特化のスキルはその非ではない。
スキルの使用方法を考えれば溜めが必要なために、敢えて今まで注意を自分に向けにくくして輝葉に注目させていたリンヤがそれを使った。
「クソが」
それだけにジチョウは本気で対応しなければならない。
左手で右手を抑えたままの姿では到底いなすことも出来ない。
故にこの時、ジチョウは肩についた『鍵の破片』を晒すことになる。
そしてすかさず剣を抜いて、それをいなす。
身体強化くらいはしているもののその程度、とてもじゃないが打ち消すことは出来なかった。
身体をよろけさせながら、視界の端で映るのは端末を持ちカメラを向けて来る輝葉だった。
機械に慣れない自分からすれば恐ろしく速い行動に愚痴を洩らす。
「現代っ子め」
しかしこちらもみすみす奪われるような真似はしない。
剣でカメラから『鍵の破片』を一瞬だけ隠し、そのまま反転した。
そのせいで、最後の一人、さなこに『鍵の破片』を向けることになるが、彼女はこちらに端末ではなく弓を向けていた。
あの体勢ですぐさま端末を取り出すのは不可能だ。
しかし、弓を引いてギギギと音を立てるだけにとどめるさなこにたいして疑問を抱き、瞬間、彼女の弓が黒くひび割れ崩れるように瓦解していくのを見た。
《『鍵の欠片』が奪取されました》
そして気付く、張りぼての弓がボロボロと崩れて彼女の構える端末が姿を現すのを。
◆
「まさか、『偽装』スキルで端末を弓に変えるとはね」
「なるほどな」と呟いてフーカはそう言った。
少し露骨ではあったが、相手に輝葉を警戒させた作戦はうまかった。
そう素直に称賛する。
『偽装スキルって、ひび割れたように黒い線入るからわかるけど、戦闘中だと一瞬見落とすしな』
『大体、戦闘で使うの何て対人戦くらいだし』
『偽装の効果も数秒だっけ』
「『偽装』スキルについて説明すると、その名の通り指定した物体について偽装を施せます。と言っても、さなこさんが使ったような端末ほどの大きさのものが精々ですが。効果自体は使用者によって変動はしますが、長くても10秒は持ちません。そして、偽装した物体に対しては黒くひび割れたような線が出ることも特徴的で見破られやすいですね。ですので、今回のような戦闘のさなか、注意を散漫にしてスキャンしても怪しまれないように弓にしたのはとてもいい判断だったと思います」
蝶羽は説明を織り交ぜてそう言った。
「お~Aチームは『鍵』入手後の不干渉時間を使ってさっさと離脱。手際が良いなぁ」
そんなことを言ってフーカは「別の視点に移りましょう」と促した。
先ほどと同じように様々な視点を切り替えるも他のチームと接触したところはない様子、そしてCチームの視点に切り替えた時動きを止めた。
《そうだよね。わかる》
《やっぱ友達とかがいないと、三年間全くイベントがないから学校生活が悪い意味で一瞬なんだよね》
《わかる。高校入学してから盗み聞きして周りの人が中学の頃とか言ってると、自分の中では中学って最近だから時間の流れが違うな~って》
《記憶がスカスカすぎて、懐かしむほど劣化してないだよね》
そこには楽しそうに話す配信者『花火』とシキカの姿があった。
そしてその後ろをついて歩くのは、悟りを開いたように和やかな顔をするミルノ。
「「なにがあった?」」
先の状況とは全く違う風景にフーカと蝶羽は同時にそう言った。