年の功
安常輝葉は天才だ。
わずか半年足らずで中堅探索者の目安と言われる三十階層の魔物を仲間と共に突破。
協会主催のイベント、ダンジョンハントにも出ることの出来る実力者。
そんな彼が初めてダンジョンに潜ったのは探索の解禁される一月ではなかった。
彼は当初ダンジョンと言うものに興味はなかった。
ダンジョン配信などは好んで見る。だが、それだけ。
自分が画面の向こうの人物のようになりたいとも思わなかった。
そう簡単に成れるとは思っていなかったし、そもそもそう言った発想はなかった。
探索者に限る話ではないが、何か活動するような人は自分とは違う。
そもそも自分の持つ選択肢に彼らのようなモノはない。
だから、現実的ではないダンジョンに潜って何かを得るという考えは全くと言って湧いてこなかった。
だが、そんな彼ではあったが、二月半ば、何の因果かダンジョンに足を踏み入れることになった。
きっかけはバイト先の先輩だった。
同性の男の先輩で歳は二十一歳くらいで自分とは三か四つほど離れていた。
彼は元々高校を出て就職をしたらしいが、一年ほどでやめて探索者をしているらしい。
それだけでは収入が足りない為バイトもしているという。
そんな先輩が、ダンジョンへと輝葉を誘った。
無論乗り気ではない彼は断ろうとしたものの一度だけだからと言われて入場することとなった。
その翌日輝葉は先輩と約束をしてダンジョンへ向かった。
先輩の家はバイト先からも少し遠い場所にあるようだったが、最寄りのコンビニを教えるとそこへ車を回してくれた。
別にダンジョンはそう遠くなく移動に車を使うほどでもなかったが、先輩は「初めてのダンジョンは疲れるから」と言った。
そして向かった先でダンジョン登録をしてデビューを果たした。
手に入れたスキルは『探知検索』。
そう珍しいスキルでもないが、それなりに当たりの部類のものだった。
その詳細は簡単に言えば条件の絞りこみにおける探知スキルだ。
先輩によれば、使いようによっては倒したい魔物を効率的に探し当てることが出来ると言う。
例えば、そのダンジョンに出現する魔物『少々歌』という魔物。
この魔物は虫型の魔物。
と言うより、知らなければそこらの虫と見分けがつかないような見た目のものだった。
そんな少々歌の特徴は特殊な羽音で歌うというものがあるのだが、倒した時に獲得できる素材が高値で売れるという。
しかしその小ささゆえに見つけるのは至難の業。
だが、輝葉のスキルを使えば簡単に見つけ出すことが出来ると言う。
つまり『探知検索』である。
それにより少々歌の特徴に合致する条件を設定すればいい。
例えば、このダンジョン内で「一番小さい魔物」とすればそれは少々歌以外にあり得なかった。
そしてその思惑通り少々歌の発見を可能にした。
しかし、先輩はそこまで有用なスキルであるとも言わなかった。
大抵の探索者が同じスキルを手に入れても、範囲が一階層あればいい方でそれどころか数メートルしか効果範囲がないこともあると教えてくれた。
その分輝葉は一階層分は探知できるため優秀であると。
そんなことを場を聞き流して、彼はその日先輩と元のコンビニまで車で移動し別れた。
ダンジョン内でも特に乗り気と言った様子を彼はみせることはなかったが、翌日、別のダンジョンに輝葉はいた。
研修ダンジョンなど昨日の内に早々に終わらせて、来たのは少し遠くにあるダンジョンだった。
そこで彼は自分のスキルを発動した。
そして気付く、自身のスキルの効果範囲は四層にまで及ぶと。
◆
輝葉は地面を蹴る。
現在行動を共にするのはAチームの面々。
大会の仕様上、チーム内の移動速度は大して変わらないようだ。
「鍵を発見したチームを見つけた」
「ホントか」
「ああ」
奇跡的にと言うべきか、同じチームに振り分けられた少年に言葉を返す。
彼の名前は春畑リンヤ。
バイトをやめてダンジョン探索活動に専念した輝葉とパーティを組んでいた人物だ。
一人そう言った人物が居るだけで他のチームに相当なアドバンテージをとることが出来ていることを感じながら、もう一つの声に耳を傾けた。
「強化付与します」
「助かる」
スキル『強化付与』を操るのはこのチーム唯一の女性メンバー配信者『さこな』であった。
そして唯一の配信者である。
このイベントにおいて配信者の方がチーム内での数が少ないのは珍しいことであった。
さらに珍しいのは皆が同じ年であることであるが。
『さこなが同年代の男と話しているとむずむずする』
『連携凄いな』
『おっさん多くねここ』
『おっさんが嫉妬しててキモイ』
当然配信者であるために、さこなは配信をしてコメントは流れていた。
強化された影響か、さらに速度は早まった。
そして階層を跨ぎ、捉えた。
瞬間、三人の人影が視界に映る。
接近にはギリギリで気付いただろうが、一直線にここに向かってきたことに驚いたような表情を浮かべていた。
「おいおい、どうやったんだ」
直ぐに状況を把握したBチーム唯一の男ジチョウが呟いた。
◆
一瞬で距離を詰められた。
そう気づいた時には、眼前に現れた人影にジチョウは舌打ちした。
「『探知検索』による条件の絞り込み」
しかし自身が呟いた質問でもない様なそれに、少年──輝葉が呟いたことに一瞬あっけにとられる。
『え、教えてくれんの?』
『この歳は凄いでしょって言いたくなるからな。分かる』
『おっさんの俺にもそんな時期があったな』
『いや、少なくともここ以外の階層から来たっぽいけど効果範囲どうなってんの?』
『でもそのスキルでどうやって検索かけんだよ?』
ジチョウの視聴者の考えも概ね反応は同じであった。
「『鍵』、いや、『鍵の破片』を探すと言う過程でスキャンが必要になる。その性質上、捜索中はどうしても手分けをして探す必要があります。ですので、皆さんばらけます。ヒントを発見した際に皆で確認すると言う可能性はありますが、現状大したヒントがない以上、開始直後なら話は別ですが、この時間になってそんなことをする人たちはそう多くない。」
「つまり、『探知検索』を使って『鍵の破片』入手ログの後に『鍵の破片』を見つけて調子に乗って一か所に集まっている俺たちを狙って『このダンジョン内で一番人が密集している場所』を検索するってわけか」
「なるほどな」とジチョウは呟く。
だが、続く言葉は別のものが発した。
「凄いね。よく考えたと思うよ。でも……」
そう言うのはヒカゲの名で活動する女性。
中性的な顔立ちに芯の通ったたたずまい。
その賞賛には嫌みもあおりも感じられなかった。
ただ、大して彼女は続ける。
「流石に私たちも三人一組のチーム戦で一人人が居なければ警戒するよ」
そうしてジチョウと同じく正面を向くがいるのは二人の少年だけ。
輝葉とリンヤだ。
もう一人、さこながいない。
「本来は種明かしと、奇襲。その二つ、あるいは他にもあったのかもしれないけれど、それをもって時間を稼いで背後からもう一人の子が『鍵の破片』の強奪を試みてスキャンを開始する。その予定だったんだろうけど……」
バレている。
そう気づいたのか、物陰から一人の少女──さこなが身を表す。
いや、バレているから出て来たのではない。
「私たち全員の内誰が持っているか分からない状態、それも堂々と隠している状態で君たちはどうするのかな」
さこながひとまず当初の作戦を放棄した理由は一つ。
ここにいるBチーム。
その三人の内すべてが、右腕を左手で隠すように掴んでいた。
五つのスロットの内、恐らく『鍵の破片』は右片に存在する。
だが、三人すべてがそこを隠した状態ではスキャンするどころか誰を狙えばいいかすらも分からなかった。