ビビる
ダンジョンハント本戦。
予選から勝ち抜いた計30名が、各三人一組のチームとなって獲得ポイントを競い合うイベントだ。
イベントの様子は、配信の枠を取っている出場者が居れば見ることが可能。
そして……
「ここ、ダンジョン協会公式チャンネルでは、ゲストを招いて各チームに焦点を当てた実況を行います!」
マイクに向けて一人の女性がそう声を上げる。
ここは、ダンジョン協会が手配したイベント実況のためのセットであり、そしてこの様子は彼女が発したように、協会公式チャンネルによって全世界へと拡散されていた。
「そんなわけで改めまして!ダンジョン協会主催、ダンジョンハントにて『実行委員』を任命されました、ダンジョン配信者のフーカです!」
仕切り直しと言わんばかりに発せられた言葉の中で彼女は名乗る。
名はフーカ。
大人気ダンジョン配信者その人である。
『テンションたけーな』
『最近忙しくしてたからな』
『結構前々から裏で打ち合わせしてたっぽいし』
当然のように解放されたチャット欄では、コメントが流れる。
ダンジョン協会公式サイトと言うだけあってか、その量はすさまじかった。
「お!皆さん。今入って来た情報によると既に同接が30万人超えているそうです。いや~凄い!」
『マジですげぇわ』
『もう?』
『最近の協会主催の企画大体つまんなかったけど今回は毎年恒例のやつだし』
『フーカの知名度と公式イベントの相乗効果やべぇわ』
前々からの宣伝。
そして、連日ニュースに取り上げられていた『ダンジョンドミノ』を逆に利用した知名度の向上によってか、多くの人たちの注目を集めていた。
「さてさて、そろそろ進めさせていただきますね。じゃあ、先ほど簡単に本戦については説明したので、この配信についての注意事項を説明したいと思います」
『フーカが台本呼んでる』
『今のところ、漢字読めてるな』
『分からなくなってもインカムでスタッフが教えてくれんだろ』
いきなり口調が変わった彼女に視聴者は若干台本の気配を感じながら耳を傾けた。
◆
気まじぃ。
「…………」
「…………」
ダンジョンハント出場の際に指定された控室にて、俺はちらりと視界にもう一つの人影を入れていた。
恐らく今回一緒にチームを組むことになった人だろうと思いながらも、なかなか話題を切り出せずに口を閉ざしていた。
と言うか、俺がちらちらと見るたびに睨まれている気がする。
相手は綺麗なダウナー系のお姉さんでなんだか近寄りがたい印象を受けていることも影響しているかもしれない。
いや、普通に睨まれているだろう。
黒く長い髪からのぞく深い紫の瞳は、眼光を鋭くする。
怖い。
超怖い。
顔が整っているだけに余計に怖く感じた。
大体、あんなイケイケな見た目な人と話すなんて俺にはできないのに、彼方からも拒否されているのであれば余計に親睦を深めるなんてことは出来ないだろう。
「…………」
つぐんだ口は開かない。
どうしようもないのだと思いつつも、何か打開策はないかと意識を巡らせる。
そんな中、遅れて希望が廊下へと続くドアの向こうから差し込んだ。
「こんにちわ~。今回一緒にチームを組むことになったミルノでーす」
大分立派な胸部装甲を備えた人物が高いテンションと共に現れた。
そして、勢いのままに挨拶をした後部屋の隅から隅、いや、俺ともう一人の女の人を一瞥した後首を傾げながら口を開いた。
「えっと…仲悪いの?」
悪くなる仲もないのだがと、ここで良い出せれば苦労はない。
そんなことが出来ればすでに話しかけられている。
そんなことを思いつつも、ミルノと名乗った彼女のおかげもあって自己紹介をする流れとなった。
「じゃあ、改めてミルノです。ダンジョン配信者してまーす」
なんとも気軽に彼女はいった。
そしてそれに続くように俺も挨拶をする。
「あ、えっと、花火って名前で、配信してます」
「あっやっぱそうだよねぇ」
俺がどもりながらもそう言うと、ミルノさんは反応を示した。
その声に身体をビクつかせていると、彼女は口を開いた。
「前に、ウラウさんとコラボしてたよね」
「え、はい。知ってくれてるんですか?」
「うん。凄いなぁって思ってみてたよ」
なんだかその言葉に嬉しくなりながら、つぎの自己紹介を聞いた。
「私はシキカっていいます。えっと、配信とかはやってないです」
「よろしくねぇ」
「よ、よろしくお願いします」
ミルノさんに続いて俺も口を開く。
やはり、ダークな印象を持たせる彼女はクールな印象だ。
きっと普段はイケイケなんだろう。
怖い。
◆
最悪だ。
そう心の中で唱えるのは何回目だろうか。
シキカは帰りたくなる気持ちを何とか我慢する。
始めの話しかけられないフェーズをなんとかミルノと言う女性の助けによって脱したが、次に続く自己紹介で不安に駆られる。
流れで自己紹介できればこちらのものと思っていたが、花火と名乗った少女が自己紹介をしたタイミングで他の二人の間で話が弾んでしまっていた。
すぐに自分の番に回って来たからよかったものの、二人が話に熱中しシキカの存在を忘れてしまって自己紹介のタイミングを逃すのではとヒヤヒヤしていた。
さらに、花火と言う少女と二人りきりの時に、話しかけてこなかったことから彼女も実は人と話すのが苦手であると考えたが配信者だと名乗った瞬間にそれは潰えた。
黎明期ならともかく今の配信者に陰キャなどいない。
いてもビジネス陰キャだ。
そう考えているシキカにとっては、絶望的な事実であった。
大体、花火と言う少女は美少女と言えるほどに顔が整っている。
それで陰キャなわけがないのだ。
終わった。
そうシキカは心の中で呟いた。