どんまい
六面窓。
その最大の特徴は、木のようにして広げられた枝のような六本の腕に各一つづつ供えられた長方形の板のような器官だ。
それはさながら何かのモニターのようで人工物にも見えるほど。
そして俺たちはすでにその内の一つに光が帯びていることに気付いていた。
男──センテンが警戒を促せば、それは炎となって舞い降りた。
火球。されど、低位の魔物とは比べられないほどのそれはこちらに向かって打ち出された。
「ッ!」
地面を蹴り難なくそれを避ける。
そして、本体へと接近する。
反対側からセンテンも鏡合わせのようにして地面を駆けた。
これならば、時間内に行けるだろう。
そんなことを思いつつ、一つの引っ掛かりに思考を割いた。
何かと言えば。
◆
「さいごにいいですか?」
「あ?」
一つだけといって俺がそうセンテンと言う男に話しかけたのは、六面窓が遠目に見える位置に来た時だった。
「ptの分配をして、同率一位ってのは分かったんですけど。二人で挑戦するなら貢献度の関係で、俺がおのずと多くptを手に入れることになると思うんですけど」
「そしたら、俺は二位になるだろって話だろ。分かってる。こっちにも考えがあんだ」
俺の疑問に何でもなさそうに彼はそう言った。
そして。
「まあ、アンタは気にしなくていい。どうせ、さっき言った貢献度の関係で、分配するとなればどう転んだって、アンタのptの方が多くなる。ルールが介入する分配においてズルはしねぇよ」
そう言って彼は会話を切り上げた。
◆
《警戒してください!》
そんな涼香さんの声に俺は我をとりもどす。
戦闘中に考え事などしている場合ではない。
仮にも相手は30層の魔物だ。油断して勝てるような相手ではない。
俺は先ほどのように放たれた火球を避ける。
そして、それを隠れ蓑にして迫る枝のような腕の振りを躱す。
上方への回避故に若干の跳躍力不足、短刀を使い何とかいなし対応する。
そして空中からの視界には、俺と同じようにして攻撃を避けたセンテンがいた。
彼はこちらを一瞬見て、叫ぶ。
「次が来るぞ!」
その言葉をなぞる様に六面窓は行動を起こす。
現在確認出来ているのは、六本の腕による振り払いと、そのうち一本の長方形の板のような器官からの火球である。
そして、それが可能であるのなら、残りの五本も似たような機能を有しているのは当然と言えた。
向かって左、上から二番目の腕から水が噴射された。
水によるスキルの中には、水球を飛ばすものがあるが、恐らくスキル光は出ていない。
故に、圧縮された水による切断と言った攻撃は警戒する必要はない。
精々吹っ飛ばされる程度だろう。
そう思っていた俺の考えとは裏腹に、結果は少し違った。
「これは……」
視界の悪さに俺は目を窄めた。
そして周囲の警戒をしながらも相手の出方を見ていた。
奴が行ったのは霧状の煙の噴射。
それにより、視界を奪ったのだ。
故に、探知系のスキルのない俺には五感での察知しかしようがない。
『まじで見えん』
『カメラ真っ白』
『これ、足とかも滑るんじゃないか?』
踏み込むには適さなくなった足場を睨んで俺は考える。
今回は一人じゃない。
故に、センテンのスキルにも頼ることは可能だ。
あの男が、探知系のスキルを持っているのならば、情報の共有を行うことで優位に立てる。
そう思った次の瞬間、背後からの気配を感じ俺は短刀をそれに向けた。
「っ!?」
すんでのところで、それがセンテンだと気付き迎撃を止めるも、無防備になった俺はいとも容易く押し飛ばされた。
そして、何かを言う前に、眼前に水煙を掻きわけ、濁流のようにして電車ほどの何かが通過した。
「な」
小さく声を洩らしたところで、それが六面窓の腕であることに気付く。
『あのおっさん助けてくれたのか』
『一瞬裏切ったのかと』
『ギリだったな』
そして、その先端にある板がこちらを向いていることに気付いた。
火か?そう身構えるも光はなかった。
ただ、安堵しそうになった時、眼前に何かが迫っていた。
視界いっぱいを埋め尽くすほど接近していたそれに対して俺は寸でのところで短刀を挟んだ。
盾にするような使い方をするも、いなすことも出来ずに吹っ飛ばされる。
そして、後ろを向けば、自然と地面に落ちたそれが濡れた地面を滑りながら止まっていた。
「岩か」
そこでやっとその正体に気付く。
視界の悪さ、そしてスキル光がなかったことによる先入観によって痛手を負った。
戦闘には支障はないが、気を引き締めなければならないと自分に言い聞かせた。
そう思っていると、今度は軽快な足取りが近づいてきた。
念のため構えるも、予想通りセンテンだ。
「おい、頼むぜ。あんたがなれてないのは承知の上だが、このままじゃタイムオーバーだ」
「あと、さっき俺のこと疑ったろ」と彼は言うが俺は苦笑いを返した。
先ほど押し出されたときは少なからず警戒したのは事実だ。
「アンタが居なきゃ俺がpt取れねぇんだからするわけねぇだろ……まあ、いい。今度の攻撃で、俺が奴の気を引く。そこを叩け」
「わかりました」
分断されるような形になったが、元からそのつもりだったのだろう。
彼はそう言って、俺に指示を出した。
そして地面を蹴る彼に続いて、俺も地面を蹴った。
それを妨害するようにして、腕は動く。
だが、それは足場に等しい。
俺とセンテンはそこを駆け上がった。
センテンのスキルの概要は知らないが、動きを見るに探知に優れているように見える。
長剣を握り、後方からの攻撃など視界外の攻撃への対処をしている。
俺は、そう言ったことは出来ないので、極力警戒をして、あとは体が小さいことを利用し、回避を行う。
だが、奴も早い。
枝のような腕は、どんどん動いて足が取られそうになるほどだ。
ランニングマシーンにしては、早すぎる。
そして、枝の先にあるモニターのような板は素早く動き、俺たちを挟みこむようにして、左右から衝突した。
これをセンテンは跳躍、俺は身を屈めることで避けるも。
今のは陽動である。
次が来る。
横に意識を向かせることで、上下の警戒を散らせた六面窓は今度は俺たちが足場にしている自身の腕ごと挟むようにして板のような器官を押し付ける。
左右に回避しようとして、復帰してきた先ほどの二枚に挟まれる。
それに対して、俺とセンテンは地面を軽く蹴ることで、一瞬後方へ回避。
枝のような腕はなくなり、最悪なことに足場を無くして板に挟まれそうになるも、へりを掴んで外側に脱出。
そして、別の腕へと乗り移る。
再度板は迫り、先ほどのように霧を出す、
視界は悪くなるも、それを掻きわける板は分かっている。
それをよけようとして、先ほどとは違う差異を感じ取る。
この動きは押しつぶさんとするものではなくもっと別のものだと推測して、俺は地面を蹴る。
それはスキル光であり、故に次に来るのはスキルによる攻撃の類。
そう考えた通りに、火球は俺たちを目掛けて発射された。
霧に当たり、若干の音を立てながら火球は迫りくる。
探索者でなければ、一秒もないその間に俺はそう思う。
スキル故に力がそがれることがない火球を俺はよける。
ただ、そこで終わりじゃない。
後方の板へとぶつかると思われたその瞬間には、溶け込むようにして消えて、右斜め後方を囲んだ板から火球が出て来た。
いわゆる転移系統のスキル。
飛ばしたスキルを板状の器官を介して転移させる。
空間を直接つなげるようなその力は、油断を許さない。
ただ、生憎、それは知っている。
涼香さんによってもたらされた情報にそれはあった。
知っていれば初見殺しにはなりえない。
まるで、ピンボールのように、数を増やして俺の周りで転移を繰り返す火球を避け走る。
板が俺を囲もうとするが、退路を塞がれる前に包囲を抜け出した。
塞ごうとする板に対して、センテンが外から攻撃をして邪魔をしてくれるのが、ありがたかった。
そして、大分余裕をもって、本体への接近を成し遂げる。
射程範囲に入った瞬間に俺は爆弾を投げる。
木の幹のような本体は揺れるだけで、決定打にはならない。
だが、それでいい。
無傷ではない。
罅がはいり、外傷を負わせた。
そこに、爆弾を括りつけた使い捨てのナイフを投擲し、爆破させる。
そうすれば、突き刺さったナイフは爆風に押し出されて深く突き刺さった。
もう一押し、そう思ったところで板は追いつき後退を余儀なくされる。
ただ、これでもうセンテンが倒せる状態にはなっていた。
むき出しになった核のようなモノ。
誰が、攻撃をしても、倒せるだろう。
「おい、一度後退だ!」
そんな時、不意に届いた声にセンテンを探してみれば、随分と後方にいた。
先ほどの支援を考えると、随分と早く移動したように見えるが。
と言うか、なんであんなに目立つ位置に。
そう思ったとき、俺は突き動かされるように、核へと目を向けた。
そして、そこには、後方にいるはずの男とうり二つの人影が核へと接近している姿があった。
情報が処理しきれるほどの時間はなく、ただ、反射的に俺は板へと短刀を投擲した。
そして、その短刀は転移されてセンテンの手元へ向かい、弾かれる。
意味がわからなかった。
ただ、状況を鑑みれば、彼は二人いる。
きっとスキルによるものだろうと仮定して、何故そんなことをする必要があるのか考えた。
『コピーを作るスキルなんてあんのか?』
『ユニークじゃね?』
『いやそもそもなんで?』
『メリットなんて一つしかないだろ』
「ptの総取り!?」
二人であれば、貢献度に応じたptの配分。
三人であれば、最後に攻撃を入れた人物の総取り。
つまり、スキルだろう何らかの方法で強制的に三人の状態を作り、ptを一人占めする気だろう。
俺の方がスピードが速い。
そうはさせない。
だが。
「そんなことが出来るわけが」
そう声を洩らす。
ルール的にそれは有りなのかと言う話だ。
俺の方が速い。
だが、追い付かない。
そう悟った俺は、足を止める。
「態々、運営に問い合わせまでしてんだ。できませんでしたはねぇよ」
男はそう返して、剣を振りかぶる。
そして、剣は核へと突き刺さった。
「残念だったなぁ。配信者」
センテンはそう言った。
『めっちゃ燃えそう』
『ユニークさらしたら、特定されんじゃね?』
『これで終わりかよ』
『ユニークは普通秘匿してるから大丈夫じゃね?』
ただ。
《pt加算がされました。只今の首位花火さんです》
「あ?」
彼方も順位変動を聞いたのだろう。
センテンは予想外の結果に、声を洩らした。
そして、何かに気付いたのか不意に俺の後方へと視線を逸らした。
そして、俺の短刀が深々と刺り、まるで魔物のように消えていくのを見て、目を見開いた。