超理論
「取引、といかねぇか?」
「え?」
俺を待ち伏せするようにして、30階層にて立つ男の言葉に俺は声を洩らす。
てっきり、手を出されるものとばかり。
『襲ってくるとかじゃないんだ』
『意外と理性的』
『つーか、なんで顔隠れてんの?』
『設定すると配信上で顔が映らなくなる』
『顔隠して配信してる人もいるし』
『賢明ではある。男だとDHみたいなイベントで女配信者と関わっただけで、狂信的なファンに特定される可能性もあるし』
『うわぁ。こわ』
『一般人が参加しにくい理由なんだよな』
俺が分かりやすく驚いたからだろうか。
男は続けるようにして言う。
「え?じゃねぇよ。なんだ?まさか俺が、実力行使に出るとでも?」
「いえ」
「心外だなぁ。そういう発言すると燃えんじゃねぇの?」
煽るような言葉選びに、何も考えず警戒を解くなんてことは出来なかった。
そんな俺を見て、男は仕方ないとばかりに話をしだした。
「ま、いいや。何で、取引しようぜなんて言ってるのかって、事だろ」
俺の疑問を自ら晴らすように彼は言う。
「簡単な話だ。今回の、イベントは予選に限れば潜れるのは、ここ30階層までだ」
確認するようにそういう。
確かにそうだ。
DH予選では、時間がそこまで多くないと言う事もあって、入場限界は30階層までとなっている。
「で、だ。今回のイベント参加者の実力の平均は知らねぇが。一般的に言われる探索者の壁と言うものがある」
もったいつけるように男は言う。
「それが30階層だ。節目と言われるほどの階層であり、その全てに共通して、より強力な魔物が湧く」
俺は流塊剣を思い出す。
確かに、すべてのダンジョンの難易度が似たようなものならば、30と言う階層にはああいったものがいると言う事になる。
「そんで、俺は30階層の魔物を単独で仕留めるほどの力はねぇ。それは、あんたを除く今の試合に参加している奴らもそうだ」
『ねぇのかよ!』
『いや、まあ確かにそう』
『配信者じゃ珍しくないけど、探索者全体で見ればほんの一握りだし』
目の前の男はともかくとして、他の参加者のことなど分かるのだろうかと思っていると、不意に涼香さんの声が耳元で聞こえた。
《確かに、その人が言っていることはあっています。ランキングを見れば少なくとも、ここまでたどりつくことが出来る人数も数人です》
確かに、取得ptを見ればそれくらいは予測できるのか。
「そこで提案だ。俺と協力して30階層の魔物を倒してくれないか?」
一瞬理解が追い付かなかった。
今の話の流れから、それが取引になりえるとは思わなかった。
男に力が足りないから、協力をしてくれ。
そう言いたいのは分かるが、俺へのメリットは全くない。
何をもってしてこの男は取引と言ったのか、疑問を浮かべざるを得なかった。