世は大配信時代
あれから、あっという間に一年たった。
俺の高校三年間はあえなく終了し、大学生になる歳になった。
そしてなる歳と言う事はならなかったと言う事に他ならない。
いや、なれなかったと言うべきか。
単純に落ちたのだ。
いやだって、学力は終わってるから他の手段を選んだけど、出席日数はないし。
そもそも卒業見込みですらないし。
退学してるし。
だが、それだって今までの俺なら何とかしようと思っただろう。
しかし、残念なことにと言うかなんというか。
思いの他ダンジョンによる収入で暮らせてしまったのである。
だから、俺は電話越しにおばさんに向かってこういった。
「大丈夫。お金に余裕があるわけじゃないけど、何とか食事は出来るくらいは稼げてるし」
俺も独り立ちできるんだぞと言う意味を込めての言葉だった。
おばさんにも多くの心配をかけてしまった。
それも中学生くらいの女の子のようになってしまえば尚更に。
そう思って掛けた言葉だったんだけど……
『え、いや、食事って、ホントに食事だけでしょ?』
「え?」
『光熱費とかもろもろはまだ私が払ってるし。大体アシ君が働いて稼いでるお金って、バイトすれば稼げるって言うか。大学生が勉強の間にバイトして稼いでる給料より低いからね」
「え?」
え?
マジで?
衝撃の事実に頭が揺さぶられた。
『私だって、アシ君がやっと夢中になれることを見つけたんだから応援してあげたいけど、それでも将来のことは考えないと』
「…………わ、わかった。考えとくよ」
そう言って電話を切ったのがついさっきの事。
「いや、マジでどうしよ」
働きたくないし。
バイトしたくないし。
怖いし。
探索者もやっと楽しくなってきたところなのに。
どうするべきか。
いや、何も探索者をやめる必要はない。
探索者でもっと稼げばいいのでは。
もっと下に行くとか。
いや、でもそれだって必死に今まで潜って毎日通ってこうなのだ。
別に力を抜いていたわけではない。
本気を出すとかそう言う話ではない。
どうしたものか。
そう思えば思うほどに心が重くなっていく。
ダンジョンから家に帰って、この気持ちを一度リセットするために顔を洗おうと洗面所に向かう。
この家の諸々も今までおばさんに払ってもらっていたと考えるとなんだかここに居ても落ち着かないが。
まあ、とにかく顔を洗おう。
そう思ったとき、不意に鏡に映った自分を見た。
いや、不意と言う言葉が正確かはともかくとして。
まあ、とにかく。
「これだ!」
俺は鏡に飛びつくようにしてそう言った。
◆
俺の思いついた秘策。
それこそ配信である。
ダンジョン配信。
それは俺も高校の時に見ていた。
最近はあまり見れていないが、更に盛り上がりを見せているのを知っている。
いろんな広告なんかで人気探索者が使われていることも少なくない。
きっとお金もたくさんもらえるだろう。
これしかない。
昔の俺なら配信何て考えられなかった。
配信を見るのは嫌いじゃないが自分がなりたいなんて思わなかった。
大体、昔の俺では人を集めることは不可能だろう。
だが、今はこの容姿がある。
行ける。
そう確信した。
「よし!」
早速俺は準備に取り掛かろうとして、『D-NET』に通知が来ていることに気付く。
『D-NET』は、ダンジョン協会公式アプリであるが、ダンジョンを利用しない人でも配信を見るのに重宝する。
他の『D-NET』と提携している大手配信サービスでも見ることは出来るが、圧倒的な使いやすさから『D-NET』を好む人は多い。
そして、一番それらを使うのはやはり探索者である。
ダンジョン協会からの重要な連絡はここに送られてくる。
他にも、電子決済サービスや掲示板まである。
まあ、俺は掲示板はよくわからないので使ったことはないが、情報の収集がしやすい様だ。
こういった機能は十年ほど前に探索者へ寄り添いたいと言う協会長の思いによって実現されていると言う。
まあ、ダンジョンを使う関係上『D-NET』以外のサイトやアプリも併用するが、そう言ったものの使いづらさを考えれば凄い事なのだろう。
「で、なになに」
俺は画面に目を走らせる。
ダンジョン関連のお知らせは、結構重要なことが多いので出来るだけ読むようにしているのだ。
そして、俺は見出しを見て一瞬動きを止めた。
『ダンジョン配信者支援企画』
なんともタイミングが良い。
そう言いたくなるほど都合よく送られてきたお知らせに目を輝かせる。
どうやら、ダンジョン配信者への支援は今までもしていたようなのだが、ダンジョンのドロップ品を使った機材が完成したことによってこれを支援と言う名目で試験運用したいらしい。
ただ、このお知らせは全員に送られたものではなく、それなりの実力があるものの中から協会側が送ったものらしい。
今はまだ試供品段階とか書かれている。
どうやら無料お試しって感じらしい。
レンタルと言う形はとるがお金は発生しないという。
それと、俺に送られてきたのは多分高すぎない実力を買われてだろう。
高実力者の多くは配信していることは多く機材にこだわりを持っている。
案件のような形で出したとしても、使うのはその一回だけで長期的な試験にはならないのだろう。
まあ、運よく俺が選ばれたってことだな。
今日はもう遅いのでダンジョンに行くのは明日だが、『D-NET』で申請を行って承諾されたようなので、明日行けばそれだけでいいだろう。
◆
「では、機材の使用方法は以上です」
俺は翌日配信機材の説明を受けてダンジョンへと入場した。
今現在入場許可が下りているのは19階層。
まだまだ、中堅にも及ばない。
そんなことを思いつつも俺は進んでいく。
ダンジョンでは五階層ごとに転移陣があるのでそれを使っていく。
ダンジョンの性質からか入場したことのない階層には飛ぶことはできない。
そもそも、禁止されてるのでそんなことはしないが、もしできてしまったら危ないのだろうなとぼんやりと思う。
とりあえず、俺は15階層に降りて配信の準備を開始した。
アカウントの設定とかは、受付で教えてもらったから取りあえずこのまま始められるらしい。
「えーと確かこうして」
俺は受け取った機材の一つであるドローンを展開して飛べるようにする。
正確には魔力だなんだで動くのでドローンと言っても既存のものとは違うようだが、まあ、言いやすいので皆ドローンと呼んでいる。
まあ、それはともかく飛んだことを確認した俺は立ちあがった。
「カメラ起動、これでいいのか」
正直、今回は特に凄いことをするわけではない。
ただ単に俺の容姿で人を釣るのでそこまで集まるとは思ってないが頑張ろう。
配信者となれば、これくらいの階層では人を集められないので本格的に儲かるのはだいぶ先になる予感。
まあ、良いのだ。
あまり強くないとこでやってても微笑ましいと思ってもらえれば人が集まる可能性もあるし。
「じゃあ、開始と」
俺は配信開始ボタンを押した。
ドローンが俺を自動で画角に居れたのを確認して口を開く。
「えっと、こんに──」
こんにちはとまずは挨拶をしようとした時背後からの気配を感じて瞬時にナイフを取り出して振りむきざまに突き刺す。
魔物であることは直接目で見なくてもわかった。
足音、気配、影。
そう難しい事ではない。
安全圏ではあるが全く魔物が出ないエリアではないために隙を狙われたのだろう。
もっと余裕をもって準備をすればよかったかもしれない。
そう思いながら、襲撃をして来た魔物を視界に収める。
15層に出現する魔物の一体である「骨剣」を見据える。
「骨剣」と言うのは、その名の通り骨の剣を持つこれまた骨、スケルトンである。
人骨が骨で出来た剣を持っていると言った方が分かりやすいかもしれない。
そう聞くとそこまで強そうに聞こえないかもしれないが、厄介なのはこれが骨の見た目をしているだけで、骨ではないと言う事だった。
こいつを形作っているのはダンジョンで採掘可能な鉱石で、それを身体に取り込んで骨のような形に生成している。
故に、固い。
ナイフは通りにくく、相当な実力者でなければ相手は難しいであろう。
まあ、ただ。
その代わり動きがノロい。
「────!」
声帯などないだろうその喉で何かを叫ぶような様子を見せて突進してくる。
だが、この骨からしてみれば俺との相性は最悪と言える。
言うなれば俺はスピードタイプ、速い動きで翻弄するのだ。
地面を蹴れば、すぐに背後を取れる。
その重さを利用しての剣の振り下ろしは早いが、それだけ。
あとは攻撃を入れられるかにかかっている。
「かたっ!?」
ナイフを差し込むようにして俺は攻撃を放つ。
だが、それも少し身動きしただけで狙いが外れてしまう。
弱点は関節。
至極わかりやすい相手ではあったが、僅かな隙間を狙うのは難しかった。
だが。
のろのろと動く相手にそう手こずることもない。
俺は瞬時に振り降ろされた剣をギリギリで避けることで、懐にもぐりこみそのまま弱点を突いた。
そうすれば、難なく崩れ去り、光となった。
「ドロップはなしか」
まあ、こいつから高確率で出るのは、ダンジョン産の鉱石だ。
レアものじゃなければ、そこらで採れる物ばかりだから値はつかない。
十九階層まで行くにしても、そうもたもたとしていられない。
俺は移動を開始した。
道中、そう言えばと何人見ているか確認をした。
結果、七人。
たしか、スタッフの人は初回は見ていると言ってたからその人を含まなければ六人。
告知も何もしてない無名だと考えれば上出来と言えるだろう。
まあ、今回は試運転の意味合いが強いからそこまで人が来ても困るし。
それに15階層はあまり俺とは相性良くないしな。
見ていたら退屈かもしれない。
あ、ちなみにサムネイルは去年の花火大会の写真にした。
顔で釣るのだからそれを前面に押し出さなければ。
それとちゃんと一人で映っている。
性転換したばっかの時に浮かれて一人で普段なら行かない花火なんかを見に行った時の写真だし。
そう言えば、あれ以降ダンジョン以外の外出はほぼしてない様な。
◆
「やっとか」
18階層についた俺はそう漏らした。
そこまで時間が掛かったわけじゃないが、数人とは言え誰かに見られていると思うと緊張して疲れる。
今の精神状態を考えれば尚更に一気に人が集まらなくてよかったかもしれない。
緊張で死ねる。
まあ、そんなことは今はいい。
「丁度来たみたいだし」
目の前には大量の魔物の群れ。
魔物の正体は『数え牛蟻』。
一層のやつを大きくしたみたいな感じだ。
あとスキル発動までのカウントが20秒ってことくらいしか違いがない。
「よし、やるか」
俺は数え牛蟻が一つ目の模様を赤く発光させたところで地面を蹴った。
真正面から俺は向かっていく。
一層のやつとは違って接近戦もしてくるが、別に真正面から戦うわけではない。
俺は金属のように硬く光沢をもつ蟻の攻撃をナイフで促して、その小さな体を生かして通り抜ける。
そして数え牛蟲とすれ違う瞬間、正確には俺を食いちぎらんと口を開いた瞬間を狙って、『ばくだん!』を発動して手に握られたそれを体内に放り込む。
それを繰り返すことで、多くの個体に爆弾を仕込み爆破する。
それだけで簡単に倒せるのだ。
一般的には硬い鎧のような外骨格に苦戦して厄介者扱いされているような魔物だが、相性が合えば、俺のように内部からの爆発で事足りる。
故に、相性がいいと言えるだろう。
少し楽しくなってきた。